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戦の始末


 山賊武門連合の頭目は、本当に武門の出であった。

 王宮からほど近い都市を治める一族の嫡子で、不自由なく過剰な恩恵を受けて、放蕩息子としての人生をきっちりと歩んでいた。

 多少の乱行も許される、権力を笠に着たつまらない男として一生を終えるはずだった。

 しかし、王位簒奪をもくろむ王叔父による内乱、武学集団武山団の台頭を利用した宰相管鯉の綱紀粛正。内乱。月独将軍による武侠粛清。うねり緩急をつけ大きく変わる時流に乗り損ね、隙が生まれたところで下剋上、部下にとって代わられ、没落し家は潰れ、一部の取り巻きと共にごろつきとなる始末。

 それなりに武術の心得もあり、悪党としての目端も利いてしまったのが世の中のためならず。

 国が乱れたことを利用し、中央からの統率低い辺境で、まだ武山団の勇名を利用して御用盗を始めた。

 自分達こそが、この国をもう一度立てなおす武山の裔である。自分達に協力しないものは国に楯つくも同じである。

 このくだらない文句が、それなりに効いた。

 刃向かう者はほとんどいなかった。最早、粛清により妓栴国には武と呼べるものが現存していなかったからだ。

 誰もが唯唯諾諾と従い、刃向かう者は見せしめに殺した。

 とても愉しかった。

 かつての権力を取り戻せたような気分になるからだ。

 自分達既得権益保持者を追い詰めた侠というものを悪用してやれるのも、すかっとした。


 なのに。

 刃向かう者がいるという。

 今日の夕暮れ、物見に出した二人が、重傷を負って逃げ帰ってきた。

 話を聞けば、それなりに収穫の見込めそうな村を見つけたが、その村人を捕まえてしめ上げようとした時、突然現れた大男にのされた、ということだ。

 たまに、そういう腕自慢がいる。

 そういう奴を、大勢になぶり殺しにするのはとても愉しい。

 早速、全員で出動した。

 松明を掲げ、行進する。

 物見に行った二人に案内させるが、どうにも案内を嫌がる。よほど強い男がいたのか、怯えるほどだ。

「あいつは、人間じゃねえ」

「剣を帯びてた」

 もしかすれば、今に生きる武人なのやもしれない。けれど。そんなものは大勢で突き殺せば死ぬのだ。

 どうしても先に進もうとしない二人をその場で切り捨て見せしめにした後、さらに進む。

 深夜には村のある場所に辿りついた。

 村には灯りが一つもついておらず、寝静まっているかのよう。

 昨日の今日だというのに、自分達が来るとは思っていないのだろうか。

 斥候に出したすばしこい男が帰ってきて報告するには「人っ子一人いやしない。村を捨てて逃げたのかも」

 昨日の今日でそこまで判断ができるのだろうか。もし何の収穫もなしに帰参となれば士気に関わる。

 苦虫をかみつぶして、しかしそんな急であるなら物資を全部持って逃げることなどできまい。と切り替え、方針を村を焼き奪えるものを奪うことにする。

 そういうことを愉しむ連中が、50人からここにいる。


 だから、勢い勇んで村に入ろうとして、その光景に気勢をそがれた。

 男が一人、村の広場の真ん中に陣取っていた。

 いつの間にかいくつもの篝火を点けて、それに囲まれて男が一人。

 小太りの、小さな男。

 他に誰もいない。

 ああ、この光景も見たことがある。

 村の人間は全て逃げたが、意地を見せようと居残り迎え撃とうとする奴もたまにいるのだ。

 宴の興にはちょうどいい。

 「殺せ」と号令をかけようとした時である。


『おうおう、間抜けどもが、雁首揃えてやってきおったか』


 どこからともなく、声がした。

 大きな大きな、響く声。

 世界を包み込むような、どこから聞こえてくるのかわからないような声。

 まさか、あの小男からかと目をやるが。小男はじっとしている。


『武山の御山の名を語り、善良なる村人から奪ってまわる人面獣心の塵共が、今夜もそのつもりでおっちら ほうれ、凡よ、一つ言ってやれ』


 どうやら、凡とはその小男の名前のようだ。

 言えと言われたのに反応するように動き出した男は、思った以上に大きな声で喚きだした。

「あ、あ、あ、阿呆ども。あ、あ、あ、阿呆ども」

 それが単なる吃音なのか、拍子をとって馬鹿にしているのかどちらかわからなかったが、血気逸った手下共は後者だと受け取ったらしい。


『本当のことを言われて怒ったか? ほうれ悔しければかかってこい。ここまでやってこい』


 その言葉が出るや、小男は後ろに向かって駆けだした。

 その逃げる早さは、さいしょからどう逃げるかが決めていた速度だが、そこまで気が回らない。

 手下共も追いかけた。

 小男は、村の裏手の、山に向かって走って行った。明かり一つない山に続く道を、少しも迷わずに。

「止めろ、罠だ」

 明らかに、待ち構えているであろうやり口に、制止をかけるが。

 それを見計らったように声は続く。


『それはそうだ。罠を張ってるし、待ち構えている。だから来ないのか? 貴様その姿を見るに元はどこぞの領主のドラ息子か? 落ちぶれて、自分と敵対していた武山の名を語るか。ああ、よくいるよくいる。そういう恥も外聞もない恥ずかしい手合は。お前のような情けない奴を殺す為の準備は整えているぞ。どうだ来てみろ。ここにはお前が見下した平民しかおらんぞ』


 あまりに侮蔑の色がこもったその声に、頭が血が昇り、いつの間にか自分まで前進していた。


『来るか来るか 阿呆が』


 結局その声がどこからしているのかはわからないが、おそらく目の前の山のどこかに。この闇のどこからかこっちを見ているということはわかる。

 殺してやらなければならない。

 御山にむかって走る。

 まるで、山そのもの向かうように。

 山が鳴いているかのように。


 そうして、悲鳴が上がるのを聞いた。


 山に上がる道は、それなりに広く登り易いものが薄明かりでも見える。

 実際には凹凸も激しく木の根っこが飛び出したりしているので、血の気が多い人間が走ればこけもする。何十人もの人間が一斉に走れば先頭が倒れて将棋倒しになる。

 それを踏みつけてさらに進む。踏みつけられた者たちは骨が折れ呻き悲鳴を上げる。

「あ、あ、あ、阿呆共」

 小男の声が闇の向こうから聞こえて、そちらに向かって走り続ける。


 先頭集団が最初の坂を登り終えた頃会いで、突然山中に声が響く。


『一班、落せ!』


 その声に合わせて、彼らの頭上に石が降り注いだ。

 しかし、夜闇の中にいる者達にはそれが何かわからず、立ち止まる。立ち止まると後続がそれにぶつかり転倒する。

 半分ほどが怪我を負いその場に倒れる。残り半分が前進する。


『二班、投げろ!』


 その声に合わせて倒れる男達に何かが被せられた。

 網である。

 蔓で編まれたそれに絡まり動けなくなる。

 どうやら登山者には死角になるところに隠れていた者達がいたらしく、上手に被せられた。


『三班、叩け!』


 流れるように、次に現れたのは、長い棒を持った女たちであった。

 これでもかと、しこたまに叩きつけられる。遠くから、長柄でばんばんと。

 惨劇に、悲鳴が上がる。


 先を進む残りの連中は、突然目の前が行き止まりになり驚いた。

 本当は行き止まりで、少し途中手前で右折するのが正しい道順だが、その道は隠されていたため、何も知らずにまっすぐと走り、岩壁に衝突した。


『四班、閉じろ!』


 闇の中からの声で、潜んでいたであろう男達が、柵を持って飛び出し、盗賊達を囲ってしまう。

 閉じ込められようとした悪人達は柵を叩き壊そうとしたが、暗闇で夜目を鳴らしていた竹やり部隊に柵の隙間から突かれ、戦意を失ってしまった。


 元々、迎え撃つ者達は死角に隠れており、侵入者に合わせて罠を展開していく。

 しかし、その連携があまりに見事過ぎた。

 誰かが、全体を把握し、最善のタイミングで指示を出さねば、こうも旨くは嵌まらない。

 しかも夜である。

 人間業ではない。

 おそらく、迎え撃つ村人達も何故自分達がこんなにもタイミング良く動けているのかわかってはいない。

 これは、御山そのものが指示を出しているかのような錯覚さえ受ける。


 御山の麓。

 手下共を行かせ、村の広場からその光景を見ていた盗賊の頭は、馬上から聞いていた。

 御山中から響く、手下共の悲鳴に戦慄していた。

 御山の闇の中で、食われてしまったような、阿鼻叫喚の悲鳴。

 左右に控える同じく馬に乗った側近二人も、絶句のまま固まっている。

 全部、あの声だ。

 自分を挑発し、状況に合わせて指示を出し一網打尽にしてしまった何者かのせいだ。

 誰だ、こんなことをするのは一体誰なのだ?

 そこで、物見達の言葉を思い出す。

『人間じゃねえ』

『剣を帯びていた』

 まさか。

 まさか、本当にいるのか。

 ここに、奴らが。


「さて、どうせ手下共だけ行かせて自分は高見の見物としゃれこむかと思えば、まさか本当にその通りに行動するとは。まったく歯ごたえがない」


 いた。

 いつの間にか。

 目の前に。

 涼しげな眼をした、剣を帯びた長身の男が一人。

 今までの盗賊生活を支えた危機感が最大限に発揮される。

 この男は危険だ。

「お、お前ら! こいつを殺せ!」

 二人の部下が、我に帰り、きっと同じ感想を持ったのだろう。剣を抜き放ち猛然と騎馬突進を繰り出した。

 無意味であった。

 ただ馬に乗っただけのゴロツキが、武人に敵うわけがない。

 男は跳躍する。ゴロツキ二人が繰り出した斬撃は空を泳ぎ、飛び上がった男に視線が追いつくよりも先に、首が両断されていた。

 二人が相手をしている内に逃げるつもりだったのに、その時間すら与えられることはなかった。

「私も大概に古典的だが、貴様のような古典的なクズも珍しい世の中になったな」

 人二人殺しても、平然と軽口を叩いた。

「だ……、誰だ。お前は、な、何者だ」

 震える声で誰何する。

 穏やかで、しかししっかりと怒りを帯びた声色が、応答した。


「我が御山に踏み入る賊は、悲鳴を上げてただ死すのみ。我が名は武山団第三頭領 本営地武山防衛長官 劉鳴山。人呼んで悲鳴山」


「お、お前本物の」

「そういうことだ。貴様が騙った武侠のなれの果てだ」

 剣を掲げ、男は歩み寄る。逃げようとしたが、男が『喝』と大声を上げると馬が慄き暴れ、その動きを制御し損ね、落馬した。痛みに呻き、近付いて来る男に怯え後ずさる。

「私の特技のこの大声くらいでな。だが、これのお陰で御山のどんな遠くにいる味方にも指示が出せる」

「あ、あれは全部お前が。お前は最初からここにいたのか?!」

「そうだ。流石に私が50人も斬って回っていては貴様を取り逃がしてしまうかもしれんからな。村の人達に力を貸してもらい、お前を確実に屠れるよう手下共を退治してもらった」

「な、な。なんで俺を。俺が武山を名乗ったからか?! そ、それなら謝罪する。金ならいくらでも出す。もうこの村を襲わない。だから、頼む殺さないでくれ」

「それは私が決めることではない」

 すると、鳴山を名乗る男は誰かを呼んだ。

 闇の中から、頭に包帯を巻いた男が現れた。

 若く、たくましく、少し哀しい眼をした男。その手には拵えのしっかりした剣を強く握っている。

「義松林。この村の主はそなただ。決めよ」

 自分の生殺与奪を握ったらしい若者に、命乞いをした。平伏した。

 自分を見降ろす若者と鳴山。

 若者は鳴山に訊いた。

「鳴山様、この男は改心するだろうか。俺はこの男を受け入れることができるだろうか」

「決めるのは、そなただ」


 少し迷った後。

 若者は言った。

「武器を捨てて降伏しろ」

 命がつながり安堵した途端、欲が芽生えた。

 若者が剣を下げた瞬間を狙い、懐に隠した短剣を取り出し突きだした。刺殺し、虚をついて馬に乗ってにげようという算段である。

 そんな、そんな三流の目論見など、とうに見破られ鳴山の剣が右手を切り落とす。

 そうして、盗賊は上から下まで全員悲鳴を上げた。

 悪党が最後に言う言葉は。

「な、なんで俺ばっかりこんな目に遭わなくちゃならないんだ。お前ら武山のせいで領地を追われて、お前らになんでこんな目に」

 男の刃が振り上がる。

「貴様如きに口上はいらん。さっさと逝ね」

 だが振り下ろされる刃を。

 若者の、義松林の刃が抑えた。

「鳴山様、殺さなくてもいい」

「それは侠ではない。単なる意地だ」

「わかってる。でも。もしここで斬らねばならないのならば、それは俺の務めだと思う」

 若者は、剣を振り上げた。

 そこには、怨嗟もなく、怒りもなく、怖れもなく。

 果たすべき責務を果たす為。

 若者は、剣を振り下ろした。

 剣は悪党の咽喉に刺さるが、一撃では死なずもがき、すかさずとどめに首を刎ねた鳴山が言う。

「武のない剣ほど残酷なものはない。生きたまま苦しめるような惨い真似だけはしてはいけない」

「……はい、誓って」


 そうして、静寂。

 いや、御山ではいまだ投石や棒叩きで悲鳴を上げる悪党の声。

 まだ止めろとも捕まえろとも指示を受けていない村人達による攻撃が続いていた。

 言わなければいつまでも同じことをするのでは、凡と同じ有様だなと、場違いなことを松林は思った。


 

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