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――夏至を迎えて数日。
僕の通う都内某所の私立高校では、1学期の期末テストを終えたばかりの頃だった。
教室はどこか浮ついた雰囲気で、休み時間の度に話題に上がるのは今月末に迫る夏期休暇の予定。
かくいう僕もそれは同じで、高校生になって初めての夏休みをどう過ごそうかと頭がいっぱいだった。
開け放たれた窓から吹く風は大きなカーテンを涼しげに揺らし、夏草の香りを僕の鼻腔いっぱいに届ける。
そうやって机に肘をついて窓の外を眺めていると、ふいにすぐ側で二つの足音が止まった。
「透、ちょっといいか」
隣人の声に振り向くと、隣にはもう一人――"西村 加奈"さんというクラスメイトの女生徒が立っていた。
「どうしたの?」
僕は姿勢を正し、二人に尋ねる。
西村さんとは席も離れていて殆ど会話をした事がないが……確か、初めに先輩の噂をしていたのは彼女だったか。
先輩というのは、僕の所属する"おばけ研究部"――通所"おば研"部長の事。
非日常に住まう、この世ならざる得体の知れない存在を研究する部活動。
それがおば研の活動内容だ。
……酷く胡散臭いとは僕も思う。
先輩は変わり者だと校内で広く噂され、……まぁ実際おばけが好きな変わり者なのだが。先月僕が抱えていた悩みを簡単に解決してくれた彼女に、僕はある種の畏敬を抱いて最近よく一緒に行動していた。
スカートの裾を握りしめていた西村さんは、短い茶髪を揺らして一度だけ僕の表情を伺うと、再び俯いてしまう。
どうやら何かを伝えたい様子だった。
しかし、いつまでも話し出さない彼女に隣人は溜息を吐くと、難しい表情で僕に向き直った。
「実は俺の幼馴染がちょっと厄介に巻き込まれたらしく、ここ数日学校を休んでいるんだ」
「厄介?……というか、隣人は僕と同じ地方出身者じゃなかったっけ」
何だその呼び方は、とツッコミを入れられる。
隣の席だから、隣人。特に意味は無い。
彼曰く、両親の都合で引っ越す前はこの辺りに住んでいたとか。
「へぇ、幼馴染なんて居たんだ。誰の事?」
「そういえば話した事無かったな。――雪菜、"春咲 雪菜"だ」
あー、と生返事をして思い浮かべる。
春咲さんも僕達と同じクラスなのですぐに顔が頭に浮かんだ。
確か、先輩を電波呼ばわりしていたのが彼女だったか。
僕は自分の事を棚に上げ、当時の会話を思い出して苦虫を噛む。
我ながら先輩の事になると、何故かよく覚えているものだ。
「俺は部活があったから知らなかったんだが……。先週の土曜、雪菜と西村があそこにいる馬鹿共に心霊スポットやらに連れていかれたらしくてな」
額に青筋を浮かべた隣人が教室の隅を指差すと、三人の男子生徒が「ヒィッ!」と悲鳴を上げる。
まぁ、ガタイの良い野球部のエースに睨まれたらそうなりますよね。
それにしても心霊スポットか……。
「そこで、何かあったの?」
おばけ研究部員である僕が、そんな有益な情報を聞いて興味を持たない筈がない。
詳しく事情を伺うと、その心霊スポットは隣町にある廃屋で、全員が屋敷内で不気味な人形を見たそうだ。
それだけなら怖かったね、程度で済む話だが……。
「実は――」
恐る恐るといった風に、西村さんがついに口を開く。
無事に廃屋を出た5人だが、春咲さんだけその後も様子がおかしかったそうだ。
譫言のように『ごめんなさい、ごめんなさい』と呟き、頻りに背後を気にしていたとか。
まるで、何かに取り憑かれたかの様子に西村さんも心配していたらしい。しかしその日はそのまま解散となり、春咲さんは今日まで学校を休んでいる。
「なるほど」
「透は最近、お化け研究部とやらに出入りしているだろ?何かわからないかと思ったんだ」
そう言われても、にわかの僕には今の情報だけでは何もわからない。
西村さんの言う通り、取り憑かれた可能性も有るが只の思い込みかもしれない。
「それじゃあ放課後、直接本人に聞きに行こうか」
「は?今日か?」
「今日」
突然の僕の提案に隣人と西村さんは互いに顔を見合わせる。
しかし彼らも心配していたのか、急遽お見舞いも兼ねて春咲さんの自宅へ行く事になった。
普通に考えて、親しくも無い僕が着いて行くのは心底謎だが。
始業のチャイムが鳴って席に着いた隣人が、「お前、何だか最近変わったな」と言っていたのが気になった。
※※※※※※
――放課後、僕ら三人は手土産を持って春咲さんの自宅に来ていた。
インターホンを押すと数秒待って『はい』という返事が聞こえて来る。
「ゆっきー……お見舞いに来たよ」
無機質な声に向かって西村さんがそう呼びかけると、程なくして寝巻き姿の春咲さんが玄関先に現れた。
顔色こそ優れていなかったが、その表情は想像していたより元気そうだ。
「加奈、わざわざありがとう。高峰君まで。こんな格好でごめんなさい……」
彼女はそう言って西村さんと僕に礼をする。
隣人が、『俺は?』という顔をしていたがスルーされてしまったようだ。
「……具合はどう?」
西村さんが心配そうな表情で顔色を伺う。
その頭を一撫でした春咲さんは、微笑を浮かべて長い黒髪を目元まで垂らした。
「もう大丈夫……。明日からは学校にも復帰するから」
その返事に「そっか、良かった」と、どこか憂いを帯びながらも笑顔を浮かべた西村さんだったが、僕には聞かなければならない事がある。
「春咲さん。答え難かったら無理しなくても良いんだけど、心霊スポットに行った最後に"何を"見たの?」
意を決して本題を切り出す。
"何を"という部分を強調して言うと、隣人は冷や汗を浮かべ、西村さんは俯きながら視線を逸らして返答を待つ。
僕の質問に彼女は一瞬息を飲んだ気がした。
……少しの間を開けて、口を重たそうに開く。
「――ごめんなさい、極力思い出したく無いの」
「そ、そうだよね。無神経な事聞いてごめん」
――しまった、聞き方が悪かったかな。
僕は直ぐに謝罪する。
学校を数日休む程のショックだったんだ、思い起こすのが嫌なのは当前だろう。
何を見たのかなんて直接的な質問は、もう少し彼女の心に余裕が出来てからの方が良かった。
失敗だ。
「……雪菜。もう心霊スポットなんかには行くなよ」
隣人が低い声で咎めると、「言われなくても、わかってるよ」と俯きながらも口を尖らせてみせた。
彼らの距離感はいまいちわからないけど、少なくとも隣人は幼馴染を心から心配している様子だった。
――結局僕らはその後も重要な事を本人から聞き出す事は出来なかった。
先輩であればもっと上手く聞き出せたかもしれないが、言葉足らずな僕が無理に他人の事情に深入りする事は躊躇われた。
それに今は落ち着いているみたいだし、何かに取り憑かれているなんて事も無さそうだ。
一先ずは安心だろう。それが確認出来ただけ、直接見舞いに来たのは無駄足ではなかったと思う。
少なくとも、隣人と西村さんにとっては。
……おばけに関しては、後はもう自分の目で確かめる他あるまい。
そうして僕らは、春咲さんの自宅からお暇して帰路に着いた。
途中の駅前で西村さんと別れて、隣人と二人になる。
「僕から見ると、そこまで変わった様子は無かったと思うけど」
「あぁ……。まぁ、幼馴染とは言っても小学生の頃までの付き合いなんだ。俺にも雪菜が考えている事はそこまでわからん」
だけど、と続ける
「あれは明らかに無理をしている様子だったな」
「うーん……。少なくとも変なものに取り憑かれているとか、そういう様子は無かったと思うよ」
この世ならざる異形の何かが這い寄る時、僕は決まって酷い耳鳴りに襲われる。
春咲さんと会話している最中も、その付近にも、得体の知れない何かを感知する事が僕には出来なかった。
「まぁ、兎に角ありがとな。少し気が楽になった」
その後「じゃあな!」と隣人は手を挙げて、僕とは別の道へ逸れていった。
結局春咲さんが見たモノは何なのか、心霊スポットと噂される廃屋は何なのか。
今回飛び込んできたおばけ事情も、力不足な僕には何一つ詳細が分からなかった。
――これは明日、先輩に相談するしか無いな。
おばけの専門家である彼女なら、きっと喜んで協力してくれるハズだから。
そう心に決めて、初めて気が付く。
「あ、先輩に休部する事を伝えてないや……」
と。
頰を膨らませて怒る先輩の姿を想像して、失礼ながらも少し笑ってしまった僕だった。
――――その翌日、春咲さんが学校に来る事は無かった。
いつも読んで頂きありがとうございます!٩( 'ω' )و
主人公のフルネームが4章2話でついに明かされましたね(˘ω˘ )
今回は新キャラが多く登場した為、活動報告にて登場人物のおさらいを書かせて頂きました。
もし気になって頂けるようでしたら是非ご確認下さい!
今後共宜しくお願い致しますm(_ _)m




