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ストレンジファントム  作者: 幽霊部員
第3章 ハルジオン
12/20

2

 ――――電車に揺られる事一時間。


 船を漕いでいた僕は、先輩が急に立ち上がる音に驚き意識を覚醒させる。


「――飽きた」


 彼女はそれだけ呟くと、荷物を置いたまま電車を降りようとする。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 眠っている間に、電車は何処かの駅に停車していたようだ。

 僕は慌てて彼女の後を追う。


 やがて電車は発車して、周囲に残されたのは蝉の鳴く声だけだった。


「んー!到着」


 気持ち良さそうに背筋を伸ばす先輩だが、ついさっき"飽きた"と言って降りたような…。


「こんな遠くまで来て何をするんですか?」


 ずり落ちそうになる荷物を抱え直して訪ねる。

 辺りを見渡せど、閑静な住宅街しか映らない。

 土曜日だというのに人通りも少なく、寂しげな印象を受ける町だった。


「散歩って言ったじゃない」


 それだけ言うと彼女は鼻歌交じりに歩き出した。

 なんて行動範囲の広い人だろう。


 目的無く進む先輩の少し後ろに並んで歩いていると、まるでデートでもしているようで気恥ずかしくなる。


 興味の惹かれるモノを見つける度に目を輝かせて飛び付く先輩に呆れつつも、心は次第に凪いで行くのが分かった。



 ※※※※※※



 初めて訪れる町を歩き周るのは新鮮だった。


 先輩に出逢わなければ、一生目にする事も無かった景色かもしれない。

 そう思うとどこか感慨深くなり、折角の"散歩"を僕も楽しむ事にした。


 昔からあるような商店街を冷やかして歩いたり、神社の境内で涼んだり、田んぼの畦道を歩いて生き物を探したり。


 そのどれもが実に子供っぽい行動だったが、楽しそうにしている先輩に水を差す事は無かった。

 なんだかんだ言って、僕自身も楽しかったからだ。


 一通り遊んで、途中の道の駅で買ったソフトクリームを片手に僕らは木陰の連なる川沿いを歩いていた。

 耳に届く水流の音が心地良く、思わず目を細める。


「先輩」

「なに?」


 美味しそうに苺味のソフトクリームを舐めていた先輩は、口の周りを白くしながらこちらを見上げる。

 苦笑してちり紙を差し出すと、少しむくれながらもそれを受け取った。


「今日は誘ってくれてありがとうございました。僕を気遣ってくれたんですよね?」

「別に……ただ、なんとなく何処かへ行きたかっただけよ」


 そっぽを向く仕草がまた子供っぽくて、思わず笑ってしまう。

 本当に天邪鬼な人だ。


「それでも、ありがとうございます」


 もう一度呟く様に僕は言った。

 しかし、その言葉に返事はない。


「先輩?」



 ――――振り返る僕の脇を一陣の風が通り抜けた。

 木々は騒めき、虫は鳴りを潜めている。


 視線の先には、先程の様子とは打って変わった様子の先輩が佇んでいた。

 彼女は通り過ぎた脇道に、鋭い視線を向けている。


 その足元には、落下して流体となったソフトクリーム。

 周囲には既に虫が集っている。


 僕は思わず息を飲んだ。


 覚えのある緊張感と、じりじりと忍び寄る恐怖。

 彼女の瞳は一体何を映しているのだろうか。



 ――その青褪めた横顔は、ゆっくりとこちらを振り向くと口端を吊り上げて笑った。



 ――――――

 ――――

 ――


 揺れるツインテールを見失わないよう必死で追う。

 足元に続くのは、長く舗装されていないであろうコンクリート。

 横突の激しい道は足取りが悪く、気を抜けば転んでしまいそうだ。


「待ってくださいよ、先輩!」


 僕の叫び声は虚しくも先輩の耳には届かない。

 何かに取り憑かれた様に先へ先へと進んで行く。

 そうやってどれだけ歩き続けただろうか、既に日は暮れかけていた。


 どうしてこうなってしまったのだろう。

 ついさっきまで、楽しく談笑していたというのに。


 早歩きで尚も進む先輩は、僕を振り返らずに興奮した様子で訪ねてくる。


「自殺した人間は、その後どうなると思う?」

「は、はぁ?こんな状況で何を言っているんですか?」


 息を切らしながらも、その問いの意味を考える。

 人間が自殺したらどうなるかだって?

 そんなもの、わからないに決まっている。

 僕はまだこうして生きているんだから。


 いつまでも答えを出さない僕に向かって先輩は続ける。


「自殺した人間は死後、三つに別れるの」


 ――彼女の口から飛び出した言葉を脳裏で反芻するが、その記号は理解できなかった。


 酸素の不足している脳は考える事を拒絶し、先輩の言葉を只頭の中で繰り返す事しかできない。


「肉体は無に、魂は還り、そうして残された精神の残滓は――――」


 そこで言葉は途切れ、彼女はふいに立ち止まる。


 下を向いて歩き続けていたら、どうやら舗装路の途切れ目に辿り着いたようだった。

 先には砂利道、その脇に広がる木々の間には獣道が伸びている。


 息を整え先輩を見上げると、彼女は獣道の方を見据えて言葉の続きを放つ。


「――生前の記憶を頼りに、死の瞬間までを繰り返す」


 その視線の先を、僕は恐る恐るも見てしまった。

 長い間一人として通る事の無かったような、草木で荒れた獣道。



 その中央には、暗い木陰が霞んで見える程の闇を纏った人影が――――



「さぁ、果たして彼はどちらなのかしら」



 ――――日常は時として、ふとした瞬間に翳りを見せる。

 僕にとってそれはいつだって、非日常から這い出して来る"何か"が原因だった。


「行きましょう」


 それだけ言うと先輩は、日の光も届かない非日常の中へと再び足を踏み入れてしまったのだった。

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