衝撃的な味噌汁会議
「わかったわかった。さっきも聞いた、本題に入ろうか」
「本題ですが、聞いて驚かないでください。核心ついて教えます。
実はわたし、・・・・・・今年度からチームになってしまいました」
「・・・・・・だれと? ここでわざわざ言うということは、え、僕!?」
「そうです。このたび、霊級解体士の並さんとご一緒させていただくことになった詠唱士、岸河詩乃音です。どうぞよろしくおねがいしまーす・・・・・・」
あざとい棒読み。
おい、長久手 並! はたして自分はこんな、わざわざ"厄介者です”と自己紹介してくるような性格の詠唱士と組んでいいのか? しかも美人だぞ、優等生だぞ。こんな人と組める自信なんてあるのかよ?
自問自答する。脳内会議を開催したところで、なかなか答えはでそうにない。
「ちょっと待て。それって、僕が拒否できるのかな?」
「わたしじゃ、まずかった・・・・・・ですか」
思いもよらぬ反応にショックだったのか、残念そうに詩乃音が顔をうつむかせた。
うわ、女の子傷付けちゃったかな。
「いや、そういうことではなくてだな・・・・・・。急にコンビが変わった理由を知りたいんだよ」
適当な言い訳をひねりだして場をおさめる。
「それなら、本来は書くのすらわずらわしいはずの推薦状を本部に提出してまで、わたしたちを組ませようとした推薦人に尋ねるのはどうでしょう?」
「推薦人って、誰が推薦したんだ!?」
「その犯人は、ここにいる」
強い語調を伴って真後ろから影のように現れたのは、なんと佳南だった。
「佳南!?」
「あ、この人です。カナンさんでしたかしら」
「えーと、佳南。ちょっと尋ねてもいいか?」
「いまさら何の用だ? その娘から教えてもらったはず。並の詠唱士はバトンタッチした」
「そこに用がある!
なんで、わざわざ詩乃音とバトンタッチしたんだ。意図でもあるのか?」
意外と素直に受け入れなかった並をおもしろく思ったのか、佳南は腕組みをして、なるほど、と小さくつぶやいた。次にあっさりと理由を明かした。
「並には分からないかもしれないが、・・・・・・無線官にあこがれた」
「あこがれた、ってチームリーダー兼詠唱士になるんじゃなかったのかよ」
「チームリーダーが無線の資格取って、わざわざ別の無線官の操作を介さなくても常時通信できたら、手っ取り早い。でも、無線官の訓練って結構ハードでな。さすがに現場の詠唱士まで同時並行でやるのは無理だったんだ」
ここまで完璧な正論を前に、詩乃音と組むのを拒むことはできなかった。気が引けた。
やはり、佳南には勝てない。完敗である。到底、レベルがおよばない。
「いま思えば、ちょっと自分勝手すぎたか、チッ」
自分の突っ走りのウケに不満だったのか、佳南が軽く舌打ちした。きっと自分に対して。
「ぜんぜんそんなことないって! むしろ助かるくらいだよ」
「なら、いいんだがね。佳南加奈は本部から並を見ておくよ」
「佳南こそ、無理しすぎるなよ。無理されたらこちらが困る」
互いに一瞥しあう。僕と佳南の、一見すれば敵対しているかのようなやりとりを、詩乃音が無表情に見つめていた。
佳南は、これでやることはすべて終えた、とだけ言い残していなくなった。その足取り一つ一つに表現しがたい威厳があった。
「ここでひとつ、残念なお知らせです」
詩乃音が、突然の来訪者から話を戻そうとしたのか、しれっとしたさまで口を開いた。
「この前の魔物化物件ついて調査したんですが・・・・・・、犯人は並さんだったようですね」
「犯人? 怨念物件を作り出す原因は、強い感情を残した土地所有者の感情が無効土壌に移ることによるものだろ。なんで、解体作業をしている人間が犯人扱いされる?」
と、口ではこう返しつつも、内心ではまずいと思っていた。怨念物件自体を発生させたのは片思いの恋心を抱いていた元所有者だが、魔物化させたのはその場にいた自分だ。
こちらの顔色をうかがうようにしてわざとらしく首をかしげた。感づかれないように彼女から目線をそらした、――が無駄だった。
「はぁ・・・・・・バレないとでも思っていたんですか。わたしの一見にかかれば、そんなはずないに決まっているじゃないですか」
「い、いや、でも、モトをただせば、詠唱士が来なかったのが悪かっただろ――」
「ーー言い訳無用です」
ため息混じりにそう告げた詩乃音は、レンズ光るメガネをはずし、さらさらした右前髪を押し上げる。表現をあらためるなら、右目の上をさらったのか。美しい瞳の中に鮮やかな水色の輝きがのぞいた。オッドアイ―――ここが人の心の中身を読みとってしまうのだろう。
神秘的とは、まさにこれのことを指すのだと思えた。
「これは誰にも言わないで・・・・・・企業秘密だから」
「口外なんかしないさ」
「これを見たにしては気の抜けた表情ですが」
「あぁ。詠唱士には妙な能力を持つ奴なんざ、そう珍しくはないからな」
詠唱士には、変人ーーもとい、超能力者が多いから慣れている。
不思議な能力には大衆の注目が集まるが、逆に、自分の能力で騒ぎたてられるのは迷惑なのだ。これは能力者のことを常日頃から知らないと分からない。なんて理不尽なことだ。
アイデンティティがある詩乃音を思いやってあげたつもりだったのだが、
「しっかし・・・・・・、詠唱士なんていらねー、とかほざいて怨念物件を魔物化させたなんて、バカにもほどがあるんじゃないですかねぇ?」
「いやいやいやいや! 詩乃音だって、霊級解体士は人件費のムダとか言って颯爽登場したかと思えば、ちゃっかり蔓にまかれていたじゃないか!」
「そ、それはその・・・・・・、だいたい、被害額がちがうじゃないですか! 並さんのための出動のために数万円のロス、こっちはゼロ。国の税金の無駄遣いです! うん、そうです」
今のまちがいなく理由こじつけただろ? 絶対そうだよな?
「金の問題!?」
霊級解体士も詠唱士も、怨念物件の解体・地鎮のための費用は全額を税金からまかなっている。税金の無駄と表現してもあながち嘘ではないのでグサリと刺さる言葉ではあった。
「と、とにかく、当分は魔物化物件を建ててしまった霊級建築士なんかに、地鎮なんて任せられません。そばで見学でもしていなさい、とだけ伝えておきます」
「!? 待った待ったぁ、いくらなんでもそりゃないだろ!」
「問答無用です。なんなら、カナンさんをもう一回呼んできましょうか?」
「ぐ・・・・・・その手はチートだよ・・・・・・」
今日も石巻の空には、太平洋の青を反射して綺麗なグラデーションが映っていた。
▽▲▽
始業式が終わり授業開始したのが翌日。始業式の日にチームを結成した並・詩乃音のもとに第一号の仕事が飛び込んできたのは、さらにその翌日だった。
決して遅刻しそうになるわけでもなく、いつもどおり始業15分前に座席に着いたときだった。次に教室のスライドドアを開けたのは、同級生ではなかった――一年生だった。しかも男女二人組のペアで。
学級委員長、亘伏あかりが対応に向かった。そして、呼び出される。
「えーと長久手さんはいたかな? ・・・・・・ああ、いたいた。長久手さーん!」
髪をうしろでまとめてお団子ふたつにした学級委員長は、間延びした声で僕を呼んだ。