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詠う彼女と霊級解体日誌  作者: 32字以内
唱えはじめの季節
8/35

始業式、出会いの季節

 四月八日。


気が付いたころには毎年恒例まいとしこうれいのうわついた空気のなかで、が高校のぎょうしきの日がやってきた。僕の家の近所、バスで15分の距離にある。

この時代らしく、校舎エントランスは天井が高くひらけていて、かなり風通かぜとおしが良い。長期ちょうき休暇きゅうかけには、毎回まいかい圧倒あっとうされるものだ。二年生の並でも、いまだに慣れないものはある。


 初々(ういうい)しい新入生たちが美しく二列に整列し、広い廊下ろうかをぞろぞろと歩いていた。県内でも比較ひかくてき規模きぼの大きい学校だけに、人数もちょっとやそっとではない。


「よおっす! 久しぶりだな、長久手!」


 急ぎの用もなく、エントランスにたたずんでいると後ろから快活かいかつな声がとんできた。髪の長さがまたいちだんと短くなり外見が爽やかになった元級友、遊沢(ゆざわ) (けい)だった。


 家が近い幼馴染と呼ばれる関係にある彼だが、無駄にテンションが高いサッカー部員なので、応対に困る。欠点としてはあまりに小さすぎる欠点だが。


「あぁ。ここ最近、霊級解体士の仕事が忙しくてまともに会えてなかったな……」

「おやぁ? どうしたんです長久手サン、元気ないですね。もしや、できたばかりの彼女にたった数日で電撃的にフラれたとか!?」


今日の遊沢は、みょうにあざとかった。


「なぜそうなる!? 展開がくるっているよ。僕にくような女性なんざ、まずいないと考えておいたほうがいい。彼女なんて縁遠い話だ」


「マジですかい……」


「そんなあわれみの目で、こっちを見るな!」


 間違いを丁寧ていねいにただしておいたはずだが、遅かった。啓がやけに大きな声をだしていたおかげで、周りの聴衆ちょうしゅうに男女問わず聞こえていたのだ。冷やかすような目線がいっせいにこちらを向いた。


「おい、啓。これでもし変なうわさが広まったら、ちゃんと責任とれよ!」


 と、振り返った時には、遊沢 啓の姿は消えていた。




 始業式でクラスえがあるという大事な時期に、印象を悪くしたようなものだ。困った困った。頭を抱える要素がひとつ増えてしまった。


 上履うわばきにようやく履き替えたとき、タイミング悪く、別のクラスらしき新一年生が廊下をさえぎってしまった。遅刻ギリギリの時刻には程遠ほどとおいけれども、執拗しつように待たされるのはごめんだ。



「――相変わらず、お前はバカか」


 聞き慣れた声の女性が肩にもたれ掛かってきた。横にかかる圧力ではなく、リュックサックでも背負ったように縦にかかる重力。佳南(かなん) 夏那(かな)、僕が怨念物件をあれこれしているときにこっそり本部で、れがたい僕の失敗談をあっさり暴露ばくろしたとんでもない元パートナーの詠唱士えいしょうしだ。


「……バカとはなんだ」


「たわけ。幼馴染おさななじみのことすら、まだ気づいていなかったとは。失望しつぼうものだ」


 佳南の全体重が肩にかかる。でかい態度のくせに、これでも同学年だというのだから不思議だ。本部で知り合って以来、冷戦関係にあるようで実はたよりになるから憎めない。


「幼馴染のこと?」


「うむ。分かっているはずだが遊沢(ゆざわ)のことだ。

 彼、一見すると凡人ぼんじんのようにしか見えないが…………いや、この話は今はやめておこうか」


 なにか言いかけたのを中途半端に終わらせられると、むしろ気になる。


「は?」


「とにかく、始業式に集中してこい!」


 返す言葉も生まれず、二人の間は沈黙ちんもくのみがたちこめる


「……そこだけ威勢いせいよくいわれても、混乱しか生まれないと考えるのは僕だけ?」


 言葉の爆弾ばくだんを投下されて困惑している並を置いてきぼりにして、佳南は去った。「あ、ごめんね」と、急に態度を変えて声をかけた佳南が一年生の列を横切って、新しい教室へ向かう。

 この女、恐ろしいことに、この学校の第38代生徒会長なのだ。


 新入生の記憶のなかに、この高校の裏が一つ植え付けられた瞬間だ。おそろしや。

 

 ちょうどよく列が止まったすきに、僕もささっと横断させていただく。


 たった数人の在校生によって、立場逆転、足止めをくらった一年生集団の切り口は、量産されていそうな白のシンプルなカチューシャで飾られただけのーーけれども、周りよりはなぜかワンランク上に見える女子生徒だった。かけている黒縁クロブチのメガネが良い演出をしているのかもしれない。


 ごくありふれたメガネ女子ーー



「なんで、ここにいるの? ・・・・・・です、か?」


「ん?」


「この学校の……先輩……?」



 彼女希望のサインもオーラも出していないはずなのに、例によって、その美麗びれいな女子生徒に呼び止められた。だとしたら何の用だろう。こいつは・・・・・・」



「長久手 並・・・・・・さんじゃありません、でした? あれ、ちがったのかなぁ・・・・・・」


「人違いではないね。だけど、なぜ僕の名前を知っているんだ?」


 自分から上級生にアタックしたものの、勝手に緊張している女子生徒がそこにはいた。ぱっちりとしたひとみが上目づかいにこちらをのぞく。


 見覚みおぼえがないとは、いいがたい顔が向いていた。





 ――これは詩乃音じゃないか! 

  あの戦闘時とはうってかわっておだやかそうな新入生をえんじていたから、ぱっと見では気づかなかった。



「君、まさか詩乃音!?」


「ふふ、やっと気づきましたか。正解です! 岸河 詩乃音です」


 詩乃音が満足そうに微笑ほほえむ。


「マジかよ・・・・・・お前、この学校の新入生だったのか。まぁ、臨時パートナーだったから、佳南ほどには面倒めんどうなことにならないとは思うが」



 佳南。今でこそパートナー外だが、去年までずっとチームを組んでいた彼女からは、いろいろといじられたのだ。本人こそ楽しいのかもしれないが、こちらとすれば大層はた迷惑めいわくだった。優秀な詠唱士ほどサディストな傾向があるらしい。


「どう思うかは自由ですけれど、わたしだって想像以上に厄介やっかいものですよ」


「そうかな?」


 いくら厄介者でも普段のやりとりがなければ、影響はないはずだ。それにも関わらず忠告してくるなんて、まったく、心配のしすぎだよ。ちょっとは落ち着きなさいな。



「そうだ! この前の件で事後報告があるので、今日の正午にでも、食堂のテラスでもう一回落ち合いませんか?」


「事後報告だな。分かったよ、では正午に」


 他の新入生たちが不思議そうな目でやりとりを眺めていたが、足音あしおと立てず歩き出した詩乃音におくれをとらないよう、慌ててついていった。詩乃音は、やはり一昨日とは一線を画した雰囲気をかもし出していた。みだれもかざりもない優等生だった。圧巻あっかん


「なに一年ばかり見つめているんだ。ひょっとしてロリコンか?」



 佳南が、教室に入らない僕にかみついた。なんてこった。また、変な噂が広まりかねない。



「頼むから、せめて、もうちょっとマシな話をしようぜ、佳南さん?」





 ▽▲▽





 慣例的かんれいてきにとりおこなわれ、先生達せんせいたちすらまるでやる気のなかった始業式はあっという間に終わってしまった。この時代、わざわざ始業式などという行事をおこなったところで、あまり意味はない。

 

 伝統はときに無駄を作り出す。


 校内には静かな春の陽気ようきと、正午のチャイムが流れる。

 

 僕は始業式前の約束どおり、おびだしされた場所に来ていた。今日は始業式だけなので、他の生徒はほぼ全員、速攻そっこうで帰宅した。よって、食堂には現在、自分と、ねむそうにあくびしている調理ちょうりいんのおじさんしかいない。


 仕事仲間とはいえ、ひとりの女の子にお呼び出しされたのだ。僕自身、かなりむねをときめかせて食堂に向かったものだ。ーーが、そこに彼女の姿すがたはなかった。


 呼び出したちょう本人ほんにんが、遅刻しているのだ。"これが最初の厄介事でした”とかだけは勘弁かんべんしてくれ。そういうのは反応に困るぞ。



「すみませーん! 遅れましたぁ!」



 そして、声を裏返うらがえして彼女は飛び込んでくる。そこまで厄介ではなかった。ほっとしたわ。



「あぁ、問題ないよ。どうしたんだ?」


「これを買っていたら、つい遅くなっちゃって。はい、これどうぞ」


 ポリ袋に入っている同じ缶飲料二本のうち、一本をくれるみたいだ。


「ありがとな。わざわざ買ってきてくれたのか」


れいには、およびませんよ」


 詩乃音のさわやかな笑顔が空気をあたためる。

 缶の表面オモテに、"ポータブルみそスープ”とあった。実に微妙びみょうな・・・・・・。


「・・・・・・では、事後報告とやらをお願いしようか」


 僕が腕を組んだところで、詩乃音は神妙しんみょうな面持ちを浮かべた。いつにもなく真面目な顔つきである。いわゆる、ビジネスモードだ。


「まず、並さんに謝らなければならないことがあります」


「は!?」


「・・・・・・並さんがまさか年上だと思いませんでした! えと、失礼な言動申し訳ありませんでした」


 机に両手と頭をこすりつけて謝罪しゃざいされる。あまりの唐突とうとつさに唖然あぜんとするしかない。

 どうも、いっこうになおる気配がなかったので、彼女の肩をつつく。


「いや、べつに気にするようなことじゃないよ。それから、呼ぶときは並でいいよ」

「ありがとうです、並・・・・・・さん」


 自分の構築こうちくしたスタイルを、そう簡単には崩さない主義、強情ごうじょうさんですか・・・・・・やれやれ。臨時コンビのことだから、関係ないにひとしいが。


 缶入り味噌みそしるを開封して、ほんのちょっと口にする。味噌の風味とともに、ほんのりとした甘さが口いっぱいに広がっていった。うまいな、これ。


「事後報告は、それだけ?」


「あ、まだです。まだまだですよ」


「そうかい。じゃあ次の報告を――」





「その前に軽く警告しておきます。わたしは厄介者です。心に留めておいてください」





 詩乃音が顔を近づけてくる。メヂカラが幾分いくぶん強くなった気がした。


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