水面に映えた二人
今回は、短めです。
人工島の景観において自然的なテクスチャとして設置された小川には、今でも水が流れている。そばであった地鎮について特に気にしないような小魚の群れが、時折通過していく。
本土からの迎えまで時間があいて暇になった霊級解体士と詠唱士は、河口近く、人工芝が残っている河川敷に、仲良く並んで腰掛けていた。
「そういえば、今回の仕事はあくまでも臨時だよな。つまり、僕とお前の組み合わせも、最初で最後か」
「わたしにだって、岸河 詩乃音という名前がありますから!
だぁーれが、お前なんて呼べと?」
声を裏返らせてまで、詩乃音は言いたかったようだ。
「……でも、まぁ臨時なら関係のないこと」
「そうだな。どうせ新しいタッグが決まったら、すぐ忘れてしまうだろうな」
合理的に考えれば、それで正解だと思ったが、詩乃音はなぜか残念そうな顔をした。
こんな僕が覚えていたってどうしようもないだろうに。
「ところで、あなたはいつから――」
「僕にも名前はある。長久手 並だ」
僕も対抗して話しをさえぎったが、詩乃音は特段気にしなかったようだった。
「あ、そうですか。並さんはいつから霊級解体士をやっているんで?」
「14才、ちょうど中学二年の頃からだな」
「あなたの現在の学年から計算して三年間か。なるほど」
「どうして、僕の学年なんかが分かる……いまどきの詠唱士はエスパーか!?」
「超能力じゃないです。単なる術式による計算結果を言ったまで。まぁ、やろうと思えば、あなたの誰にも言えない秘密くらいまでは、暴けるんですけどね。あんなことやこんなことまで……」
「いやな予感しかしない」
「冗談です。ふふっ」
愛嬌たっぷりに笑う詠唱士だったが、僕は苦笑いすることしかできなかった。
冗談でも、幅広い意味で一般レベルをはるかに上回った実力の彼女なら、しないとも断言できない。
詩乃音が満足そうに腕組みしながら芝生に横になったとき、遠くからやる気のない汽笛が聞こえてきた。 迎えがようやくきたのだろうか。
「こんな時代にもなって、本部はいまだにボートなんか使っているのか……」
「あの人たちは完全に時代遅れ。そもそも、詠唱士と霊級解体士を同時出動させないといけないというルール自体、いらないんですよ」
「たしかに―― 僕らのうちのどちらかが消えることにはなるけれどもな」
ここで、詩乃音は、キッときびすをかえした。
その悪い意味での食いかかりに、僕はわずかにひるんでしまった。
「往生ぎわの悪いこと。あなたのほうだけが消えていただくしかないですよ? わざわざ慎重にプランを立てなくてもいいような詠唱士だけなら、かなりのコスト削減になる」
「待て待て! さっき僕がいなかったら、あなた確実にやられてましたぜ、詩乃音さん?」
霊級解体士に精一杯、喧嘩を売った詩乃音だったが、重要なことを忘れていたようだ。彼女の肩がピクリとはねた。見ると、目をそらそうとしている
「そ、それは……とにかく詠唱士の育成がまだ本部は足りないという証拠だってーー
おや、そろそろお別れの時間ですね」
気が付けば、小型のモーターボートが川をのぼって、目の前に接岸していた。河口にいれば、それでいいのに。こういう無駄なサービスは、本部連中になにかと多い。中年バイトの船頭から緊急用浮揚着をわたされる。
お別れ、にひっかかった。
「詩乃音は本土に帰らないのか?」
「ああ、わたしですか? 本土もいいんですが、ここに残れって本部からのお達しがありますからね。やはり、このわたしは皆から実力者と扱われているわけで」
「なるほど、テントでも張っているのか。魔物化物件に殺されるなよ」
「はぁ~。かなり低くみられた……」
詩乃音があきれ顔で、わざとらしくため息をつく。
モーターがうなりだして、上下しながら水上を滑り始めるボート。
友人との離別のように手を振ることもなく、僕と詩乃音は、それぞれ事務的に帰宅した。