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詠う彼女と霊級解体日誌  作者: 32字以内
唱えはじめの季節
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人手不足の解体作業

 さすがに、人気が皆無(かいむ)な場所でわざわざ詠唱士(えいしょうし)のために長時間待つのは気が狂ってしまいそうなので、規則を無視して仕事を片付けてしまうことにした。すぐに終わらせて、あとは海でも眺めておけばいいのだ。


 この物件(ぶっけん)は、案外(あんがい)単純(たんじゅん)思考(しこう)の持ち主が(じょう)を残していったようだ。個人情報保護のため、霊級解体士には所有者の情報は、なにも渡されないが、その程度で理解に苦労するほどのことはない。


 情が自然怪化(しぜんかいか)した土地の建物に反映された様子を見るかぎり、これは、ただ自分に絶望しただけの人間だ。


 ――(さっ)するに、事業が失敗した、あるいは入試で全滅(ぜんおち)したかだろう。


 こんな場合は、割とたやすい。絶望したのなら、目的に向かっていけるように本人のやる気を再燃させてあげればいいのだ。


 術式(じゅつしき)構文(こうぶん)、かつ組み上げていく。


 チョークを取り出して、土の地面に書き込んでいく。これは(たん)なるメモなので、完成した瞬間に効果があらわれるわけではない。このメモをもとにして、一つ一つ(とな)えあげる必要がある。


 個人的には霊級(れいきゅう)解体士(かいたいし)が本業なので時々()まるが、それでも(おのれ)の全神経を白い一本のチョークに込める。


 そしてすべてを自らの手にゆだねる。


「クリーニング、スタート。

 理性(りせい)的処理を希望。

 (だい)(がた)公式は解凍(かいとう)開始。

 コンディション。

 気温25度、中心地点の地温(ちおん)推定(すいてい)27度、なお湿度高め」


 ごく一般的な言葉を話しているものの、足元には、見慣みなれない形の文字が出力される。日本古来こらい達筆たっぴつ文字に近い。詠唱士の作業をはたから見ていれば、それらしいものにはなる。


 十分な自信がもてる手さばきだ。


「ロケーション、範囲はおよそ140平米へいべい。ただし、再地鎮さいぢちんは直下30メートルまで実行。

 ……第3型公式の解凍が終了。

 プログラムを使用。構文に公式を挿入そうにゅう。――終了。さらに構文中に文言を追加。

 この先、言語変換……」


 一度手を止める。専業の詠唱士みたいに、メモなしアドリブ状態での術式詠唱が不可能なので、決してスピードは速くない。よって、精神的に疲れる。


 しかし、ここからが重要段階だ。


「言語変換有効。フロムJA(現代日本語)、トゥーoldJA(古典日本語)。


 ――――希望を失った者は、その目的への段取(プロセス)を失敗しただけ。

 目的自体への欲が否定される理由は無い――――


 以上、oldJAで構文に代入。大地神へコンタクトを要求」


 ここまで来れば、事前に必要な準備を整えた。あとは、術式の詠唱だけだ。そして、本来は詠唱士のやるべき領域りょういきになる。


 再度、まわりを確認する。やはり、詠唱士はまだ現れない。



 詠唱士いらずとはいえ、めったに術式を唱えないので、からだじゅうに緊張がはしる。もし、良くないタイミングに間違ったことをすると、反作用はんさようで吹き飛ばされる。



 だが、おどおどしている時間はない。覚悟かくごは決めた。



「……よし、いこう。術式起動(カルキュレーション)!」


 一声叫ぶと、一帯の空間が(ゆが)み出す。怨念物件を詠唱待ちの状態にできたのだ。

 ついさっきのメモに軽く手を添える。



 刹那(せつな)



 手から神経を通り、脳と口まで感電ギリギリの強さで電気信号が流れた。自分の体は、いまや術式に乗っ取りを許している。感覚としては、このまま提供した口で術式を唱えてもらえばいい。


 順調、順調。いいぞ。


 口が勝手に動き、なにやら、わけのわからない暗号文が聞こえてくる。久しぶりに耳にしたたぐいの言葉――大地神とのコミュニケーション手段たる術式は、こんなものだ。


「--詠唱、終了」


 なんなのだろう? この奇妙きみょう達成感たっせいかんは。


 ぐったりとつかれてしまった全身が、ゆっくりと、地面に倒れていく。

 今年度担当の詠唱士、だれだろう?


 そんなくだらないことを考えていた。


 怨念物件おんねんぶっけん周辺の空間がかすかに発光して、効果があらわれはじめる。





 ――はずだった。





 がふるわず、ずっと寝っ転がりつつ安心しながら、浄化じょうかされていく怨念物件を眺めていた。あざやかなものだ。こういうことが常にできる詠唱士はいい仕事しているなと、つくづく思ってしまう。


 地鎮ぢちん作用によって、無事に消滅しかけていた怨念物件。


 撤収てっしゅうの片づけをしようと立ち上がった瞬間に、事件は起きた。



 突然、その向きから大量の小石こいしが降ってきた。


 侵入しんにゅうした霊級解体士れいきゅうかいたいしを襲撃するかのごとく。


 音はしなかった。

 ただ、このままでは確実に直撃する。


「え? ちょっ、まっ!」


 戸惑とまどう。

 言葉にならないうめきをあげる。慌てて跳ね飛び、怨念物件から距離きょりをおく。


 自身に問いかけた。これは、なんだ? 僕の組み上げた術式はちゃんと大地神に通じたはず。だとすれば、どこが間違っている? 


 意味が分からない。ありえない。盛大せいだいなドッキリ? ばかな。


 なんとか、公道こうどうの部分までさがった。直後、すさまじい衝撃をもたらして眼前がんぜんには崩れたコンクリートの破片が落下する。


 まともに受けると、致死デス一直線リードである。


「地鎮作用が停止!?」


 術式使用のために怨念物件周囲を覆っていた空間の境が、内部からの強烈な波動圧はどうあつによって、打ち破られる。破裂――――。


 思わず、目を背ける。



 公道の反対側まで、吹き飛ばされる。


 ()たたたたた…………。


 腰をしたたかにへいにぶつけたので、しばらくうずくまっていた。だめだ。敵から目をそらすと不利そのもの。なんとか顔だけを上げる。


 そして目に入ったものに、僕はぎょっとした。


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