島への忘れ物
あの一年生たちは僕に用事があるようだ。亘伏のように委員長級の仕事をして生徒会に貢献しているわけでもなければ、告白されてしまうような美顔なんてのも持ち合わせてはいない。もし告白だったところで、"ふざけている”ようにしか感じられない。
ここは、へたに自分を過剰意識するより、ちょっと否定しているほうが現実的かな。
あえて一年の待つ扉のほうへ足を運ばないでいると、次の瞬間、理想通り、二人組は僕の机に集まっていた。亘伏が、おい、とでもたしなめたそうな表情でいたが、無視する。
「私たち、実は重大な忘れ物を例の人工島に残してしまったんです」
「それで、この学校に在籍中の長久手先輩が、霊級解体士だとお聞きして・・・・・・」
◇◆◇
「――ということらしいんだ。なにかあるか、詩乃音?」
僕らはその日の放課後、昨日と同じく人気のない食堂のテラスに居残っていた。
「なにかあるの、じゃなくて・・・・・・わたしらがなんでわざわざ、そんな仕事しなきゃいけないのか、既に疑問じゃないですか」
「どういうことだ?」
「そんなお願いは、本部にするべきだと思いませんか? こっちだって、なにも危険を冒してまでボランティアするために詠唱士しているんじゃないのに」
その性格からして本来は張り切って受け入れそうな詠唱士の出番にも関わらず、詩乃音が乗り気でないのには理由がある。
朝の新入生、どこで聞きつけたのか、僕と詩乃音が霊級解体士と詠唱士だと知っていた。そして、人工島におもむくついで、忘れ物を取ってきてほしいと依頼してきたのである。
--つまり、タダ働きをお願いされたのである。詩乃音もお金にはうるさい人間のようだ。
「やるやらないの前に、忘れ物ってなんなんですかぁ? ゴミ処分したときに粗大ゴミになるようなもの、持って帰りたくはないですよ」
けだるげに詩乃音はつぶやいた。
中学とは違い、一段とレベルが上がった授業に対応しきれていないのか、始業式の時の麗顔にも疲れがはっきり浮かんでいる。
普通の新入生は授業開始なんかでヘバるはずがないのだが、彼女はまるでストレスでも抱えているように疲弊していた。
「忘れ物は、ずばり――タイムカプセルだ」
「タイムカプセル!?」
睡魔に襲われかけていた詩乃音だったが、ここにだけは反応した。
「タイムカプセルだと、まずいことでもあるのか?」
「ひとつ質問! それ、どこの学校ですか?」
「創立10周年記念事業で、彼らが西13中学校の中一だった頃埋めたらしい」
「西13中学校っ!」
方角と番号で示された人工島独特の学校名になにか心当たりでもあるのか、詩乃音は思わず椅子から立ち上がってしまっていた。僕はその変わりっぷりに、僕は飛びのいたくらいだ。
「西13中が・・・・・・どうかしたか?」
「わたしの母校ですよ、母校! でも・・・・・・タイムカプセルを埋めた記憶は曖昧ですね」
それはそれは数年前のことだから、忘れても仕方ないんじゃないか? タイムカプセルとは、記憶を思い出すことにあるはずだ。
「本当は20年ぐらい埋めておくつもりだったらしい。ちょっと早い開封にはなるみたいだが、手伝ってくれるかい卒業生の詠唱士さん?」
「はい、引き受けてしまいます!」
さっきの拒否はいったいなんだったのかと目を疑うほど、今度はすんなり受け入れた。
「そう言ってくれるのを待っていたよ」
それにしても依頼人の二人、那須野与一と那須野ひなのは、なぜずっと頼みやすいはずの同級生に依頼することなく、あえて上級生の僕に任せたのだろう?
詩乃音を校内で見かけることはあるが、特に他から嫌われているような感じもしない。彼女だって人当たりは、いいはずなのに。
とりあえず詩乃音が"ボランティア”に賛同してくれたので、この件はよしとしておこう。
「わたしがいないと、並さんが一人で仕事しに行っちゃいますから・・・・・・行かざるを得なくなったということでもあります」
相変わらず、彼女は僕を信用しきっていないようだ。僕だって霊級解体士だぞ――
▽▲▽
紆余曲折あったが、なんとか人工島西地区へ向かう手続きを済ませた。人工島は一般人の立ち入りを禁じているほどの危険地帯なこともあり、セキュリティが、政治の中心、東京・霞ヶ関レベルに厳しい場所である。
だがそのセキュリティは、魔物化物件解体の時にうっかり忘れ物をしてきた、というなんとも滑稽な言い訳と、詩乃音の顔パスによって華麗に騙された。
周りの反応からして、詩乃音は相当な実力者としてみられているようである。
「・・・・・・久しぶりに来たかもしれません」
無事に人工島西地区へと送り届けられた僕らは、ごくありふれたデザインのとある学校の前にたたずんでいた。すると、突然にも詩乃音がぼそっともらした。
「何を言ってんだ。ついこの間卒業したばかりじゃないのかよ?」
「そうですよ。ただし、書類上では、と注釈を付ける必要がありますね」
僕は吹き出したが、表情を変えずに、ことこまかく詩乃音は続ける。さらに。
「わたし、卒業式を欠席したんです。たしかに卒業はしましたがギリギリの出席日数で、卒業が危ないところでした・・・・・・」
「親御さんの仕事の関係? それとも入院でもしていたのか?」
僕が尋ねたところで、詩乃音は顔をうつむかせた。鬱なことでも語りだすかのように。
いままであった明るさが、まるで全部どこかへ飛んでいったような。
暗い。そして、深い。
なんだ、これ?
「両方です。・・・・・・ごめんなさい、これ以上は思い出せません」
――直感した。本当は思い出したくないだけなのだと。
それ故に彼女は、心の奥底に闇を葬ろうと、隠してしまおうとしている。持っている悩みは吐き出させてあげるのが正しいのかもしれないが、でも、今の詩乃音にそれをやってはいけないと思えた。
もしそんなことをすれば、詩乃音が内側から崩壊していきそうだった。
少なくとも、今はアウトだ。
「まぁ、いいよ。どういう経緯があろうと母校は母校だろ? さぁ、ご注文の品を掘り出そうぜ!」
今日はメガネをかけていない詩乃音が小さくうなずいた。