人の殺し方
なんでもない毎日だった。
いつ死んでも構わなかったし、誰を殺しても誰を傷付けても、さほど大きな罪だとは思えなかった。
それぐらい平凡で、平穏で、平和な毎日だったのだ。
だから俺が豹変したのは俺自身のせいではない。
絶対に違う。
世界が悪いのだ。この安泰すぎる世界が、俺をここまで邪悪に変えてしまったのだ。
どこまでも普通であった俺は、どこかで非凡な生活を、出来事を、いうなれば事件を、それだけを期待して生きていた。他のことには期待どころか興味さえ湧かなかった。
この時点で俺は非凡であったのかもしれない。
―――――――――
「人の殺し方を教えてください」
俺はネット掲示板にそんなことを尋ねていた。本当に軽い気持ちで、半ば冗談で書き込んでいたのだ。送信してからしばらく後悔していたが、回答は思いの外早くに届いた。
「教えます」
それだけの言葉と、添付されたURL。不穏な空気が流れた気がした。いや寧ろこれは俺にとって最高の事態だった。非日常ならなんでもいい。こんな世界を構築した人間なんぞ全て消えれば良い。無論……俺も含めて。
クリック。
ページが飛ぶ。
日常を手放す。
そこには四枚の画像、そしてまた一言だけ付け足されていた。
「これだけ」
俺は四つの画像のみで記された情報を凝視して、少しの間目を閉じた。
時が過ぎるのを、あるいは止まっていないのを確認する。深く息を吸って、細く長く吐いた。
目を開いたその先に、二度と画像は映らなかった。俺が情報を受け取ったら投稿が抹殺される仕掛けになっていたのだ。今考えても、その詳細を知ることはできていない。
「やってしまおうか」
頬が緩んだ。
「別に構わないだろう」
胸の奥で何かが蠢いた。
俺の右手は既にそれを捉えていた。
ぐしゃり。
利き手は素晴らしく気管を握り潰し、気味の悪い感触が俺の全てを包み込む。噴き出した鮮血はどこまでも、どこまでも紅い。
ぐちゃ。
もう一度力を込める。
管は千切れ、逃げそびれた体内の空気が指の隙間から溢れる。
この手で殺した、その実感を生で感じる。血液の暖かさ、力が抜けていく感覚。終わりを知らない死が目前に迫る。
「これで終わりか」
俺は心底晴れ晴れとしていた。
呑気にあの画像を思い出した。
爪と剃刀の写真。刃を爪に装着。親指で頸動脈を、他の四本で気管を確実に捉える。そして、握る。
あぁ、早かった。楽しみはこんなにも短いのか。俺は二度とこの快楽を味わえないことを既に悟っていた。全てに満足した。俺はこのまま寝ることにしよう。
目を閉じる。
光も閉じる。
何も見えない。
それでもいい。
もう見なくて良い。
俺は何も見なくて良い。
心を最大限に落ち着かせ、極めて安らかな顔で眠りにつく。
――――――――
人間に生きる価値などない。生きる意味など到底ない。世界を支配するのは人間ではない。人間が世界に支配されているのだ。人間が、人間は、生きているだけで罪なのだ。生き物を殺して自らを生かす。それが正当だと信じて疑わない。圧倒的な悪事だと気付かぬまま、需要もないまま生き続ける。
生きるだけで罪だ。罪悪だ。
人間など破滅すれば良い。
無論……俺も含めて。
俺が人間である限り、永遠に。