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 第一話 ネコが来る


 第一話 ネコが来る


 小暮崎市駒木町笹ヶ野商店街はっぴい通りのあるアーケードは、夕方と言う事もあって夕飯の買い物客で賑わっていた。


 地方都市の商店街などと想像すれば、大手スーパーなどに押されてシャッターの降りている寂れたイメージがありそうだけれども、ここ笹ヶ野商店街は近隣の再開発もあり、数年前まで農地だった場所が住宅街に変わったということもあって、人口の増加に伴い、その恩恵を受けているような地域だった。


 わたしは人通りの多い中、店先に出てのれんを掛ける。


 「居酒屋 ぶっとばすぞこのやろう」


 夏の暑さもおとなしくなり、陽が落ち始めれば秋の風が気持ちよく吹き付けて揺らぐのれんは藍色の地に白で店の名前が抜かれている。


 その物騒でおかしな店の名前はお父さんが名づけたものだ。


 そのお父さんが「俺はもっとビッグになる。ビック王になる」と頭のおかしい事を言い出して蒸発したのは三年前の事だった。


 お父さんの失踪のあと店はお母さんが一人で切り盛りしてきたのだけど、そのお母さんが二週間前に過労で倒れて入院してしまった。


 そのおかげで店を営業する事ができなくなって、ずっと休業していた。


 お母さんは店を閉める事も考えた様だけれど、生まれた時からこの店で育ってきたわたしはこの店が大好きだった。


 この店にやって来てくれるお客さんも大好きだった。


 だからわたしはお母さんに店を継ぐと言う事を伝えた。


 以心伝心。


 闘魂伝承。


 母は当然のように反対したのだけれど、わたしの熱意に根負けしたのか、それもとしばらくやってみれば、その大変さに気が付いて諦めると思ったのかも知れない。


 兎にも角にも店はわたしが再開する事になって、今日がその初日なのである。

 

 「イズミさーん、皿洗い終わったニャ」

 

 店の中からわたしを呼んでいるのはアルバイトで採用した白ネコのチャメだ。


 いくら生まれてからずっと店の様子を見てきて、お父さんが失踪してからは店を手伝う事も多く、そのおかげで一通りの事はできると言っても、さすがにわたし一人でやるのは無理だろうと思い、お母さんとの相談の結果、アルバイトを雇う事にしたのである。


 ほどなくして店の前に張ったアルバイト募集の張り紙を見て現れたのは、何故か体長一メートルはある、少し小太りな白いモフモフっとした綺麗な毛を持つた、二足歩行するネコだった。


 ちなみに雄。


 「いちおう飲食店だし、ケモノはちょっと……」


 面接を始めてすぐにわたしは難色を示したのですが、それはとっても当然の事だと思う。


 「問題ないニャ。国会でも問題ニャいって最近決まったのニャ」


 母が倒れたりして、いろいろといそがしくしている内に世の中は変わってしまったらしい。

 元々わたしはニュースなど見ないので知らなかった。


 「ネコって喋れるのね」


 一番の疑問を聞いてみる。


 「それは個体別にニャルね。修行を積んだネコは格が上がるニャ。格が上がるとシッポが増えていって喋る事ができる様にニャルね。ちなみにミャーは二本あるニャ」


 「それはもうネコって言うより妖怪とか、化けネコとか言うんじゃないのかな?」


 衝撃の事実だけど、ネコは大したことなさそうに言う。


 「細かい事は言いっこしニャ。世の中は不思議で溢れているのニャ」


 そう言うものかとわたしは一人納得する。


 ネコにはネコなりの事情というものがあるかも知れない。


 「名前は?」


 「まだ無いニャ」


 とりあえず面接なので質疑応答の他に、簡単な実地作業をしてもらうと、ネコは皿洗いや焼き物をそつなくこなしたと言うか、わたしよりも年季が入ったベテランのようで、もう何年も居酒屋で働いていた事があるかのように上手くこなした。


 「なかなかできるみたいだけど、前にも居酒屋で働いていた事があるの?」


 わたしの質問にネコはドヤ顔で言った。


 「さて。何せネコなもので、三日も経てばもうその前の事なんか覚えていないのニャ」

 

 お母さんに相談したところ、お母さんはネコ好きとも言う事もあって、すぐに採用が決まった。


 「今日からあなたの名前はチャメよ。働いてもらうのに名前がないのも不自由だし」


 「チャメですかニャ。まあ、いいでしょうニャ」


 割と気に入っているようで鼻歌交じりにチャメチャメ言いながら踊り始めた。


 「お客さんが来たら、ちゃんと挨拶をしてね。挨拶は商いの基本なの」


 「わかったニャ」


 こうしてチャメとわたしはたった二人の開店準備を始めたのだった。

  

 西の空に太陽は沈み、夜の闇が空を覆い始めるのだけれども、笹ヶ野商店街はっぴい通りのアーケードには電飾が付き始めて、昼間よりも明るく感じられる。


 わたしは店に入り、お客さんが来るのを仕込みをしながら待っている。


 まだわたしは中学二年生の十四歳だけれども、きっとチャメと二人でやっていけると言う、そんな根拠のない自信が湧いてきていた。


 そんな事を考えていると、わたしとチャメにとって、はじめてのお客さんがのれんをくぐって店に入ってきた。


 わたしとチャメは大きな声でお客さんを迎えるのだった。



 「ぶっとばすぞこのニャろう」

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