佐取さんはやさぐれてる
「じゃあ、これをセットで下さい」
「かしこまりました。では出来上がり次第お席にお届けしますのでこの番号札をどうぞ。590円になります」
料金を払うと店員さんが注文を厨房に伝える。お釣りを受け取ってから僕は9番の番号札を持って席へと向かう。
「あ、全然待ってないから大丈夫だよ」
僕が席に向かうとボサボサとしたくせっ毛の髪の少女が、注文したセットメニューを前にお預けを食らっていた。読んでいた文庫本をパタンと音を立てて閉じて彼女は僕を出迎える。中々に様になっている。
ページにしおりを挟むのを忘れたらしく慌てて本のページをめくりだした事には目をつぶる事にする。
彼女はようやくお目当てのページを探し出し、本をセットメニューの置かれた机の隅に置く。どうやら、先に注文を済ませていた彼女はこちらを気にして待っていてくれたみたいだ。冷めてしまうから先に食べていてくれても良かったのだが。
「ん、それじゃあお先に失礼して……いただきます」
彼女はそう答えると自分の分のハンバーガーの包装を外して食べ始める。
小柄な彼女が黙々と小さな口でハンバーガーを食べる姿は小動物的を思い出させる。目つきの悪さと無造作に切り揃えられた髪の毛、そして凹凸に乏しい体が相まって一見少年の様にも見えてしまうのだが。
失礼な思考が読まれたのか彼女はこちらを睨みつけるような視線を向けてくる。
話をごまかす定番と言えばやはり空の話になるだろう。良い天気ですね、というフレーズは幾度となく口下手な人物を救ってきた実績を持ち、天候の話は場の持たない会話を邪魔化す事の出来る優秀さを誇っている。
僕たちは雲ひとつない快晴だった空に裏切られ追い立てられる様に、このファストフード店に避難していた。僕達の他にも同じ思考の人がいるみたいで店内は髪の毛を濡らした人物が数人スマホを弄りながら時間を潰している姿を見る事が出来た。
「確かに今天候の話は重要だね。予報にも無かった大雨だったけど流石に何時間も振り続けたりはしないんじゃないかな? 夕立だろうし、ここで時間を潰してるうちに上がるだろうさ」
そう言い切ると彼女は唐突に手を上げた。
「店員さんこっちですこっち」
彼女の背後にいた店員さんが突然の行動に驚くが、僕が慌てて掲げた番号札を見つけるとこちらに向かってくる。店員さんはボサボサ髪の彼女に目を向けると納得した表情になり、僕が注文した品を机の上に置くと厨房の方に戻っていった。
「相変わらず、器用な力だね」
と、僕は彼女との会話で初めて言葉を発する。
「割りと不便なんだよこの力って。しかもそれ、今日で何回目のセリフだと思っているんだ」
彼女は苦笑いしながらそう答える。やや鋭い目付きが多少和らいだ。
この町では当たり前のように妖怪が、化物が、そして神様が人間に混ざって暮らしている。それがこの町で育ってきた僕らの当たり前であり、外から来た人も何故かこの町の日常に慣れて、いつの間にかその存在を受け入れてしまう。
そして、僕の目の前でハンバーガーを食べるこの少女もその妖怪の一人である。特技は人の心を見透かす事のさとり妖怪だ。その子の目の前に座ってフライドポテトを齧る僕は正真正銘の人間だ。
化生の者と人間が混じり合って暮らすこの町においても、さとり妖怪はその特殊性から煙たがられる事が多いけど僕はあまり気にしていない。と、いうか小さい時から幼馴染として接してきた為に心を読まれるのには慣れてしまったし、もはや隠すような事がなくなってしまった故に最近は以心伝心を地で行くこの関係がとても楽しくなっている。言葉にしなくて良い分楽だしね。
彼女が傍らに置いた本が気になりそちらに視線を向けたがカバーがかかっていた為にタイトルを知ることは出来なかった。すると、視線に気づいたのか彼女が本を指し示して答えた。
「ああ、この本? 今流行りの映画化もされた奴だよ。聞いた事はないかい?」
彼女がその本のタイトルを述べると確かに聞いた事があった。確か、心の読める少女が悪意に触れて傷付き、暮らしている荘の個性豊かな住民に励まされ、助けられたイケメンに恋をするみたいな内容だった気がする。
やはり、さとりであるこの少女もこういう話に憧れたりするのだろうか。
「あ、いや憧れとかでは断じてない。でも、結構面白いよ。自分の力に振り回されてる少女が滑稽で」
このやさぐれさとり少女はかなりひねくれた感性をお持ちでらっしゃるようだ。
「でも、君だって左手が勝手に自分を殴る人間を見たら愉快に思うだろ?」
いや、可哀想だと思う。それは流石に理不尽すぎる。
「あ~これは種族というか性格の問題っぽいね。シャチが溺れる事も無ければ、電気ウナギだって感電して死なないし、タコの足が絡まる事も無いだろう?私達にとっては向けられる感情を受け流す事も当たり前に出来る事なんだよ。心を読み取る事も、ね。今までにどれ程の人の感情に触れてきた事か……この子みたいにピュアでは居れないんだよ私達は」
まあ、しっかりと読める訳でも無いんだけど。そう、彼女は話を濁す。
サトリという種族は世間一般で言われている程心を読み取る能力は高くないらしい。せいぜい感情とか動揺とかを読み取れる程で、出来て表層意識をうっすらと感じ取れるぐらいだと彼女は言っている。しかし、読み取ってしまう情報と今までの経験を合わせるとかなりの精度で心を見抜く事が出来るらしい。
実際に考えは読み取られてる訳だし。
「君のはかなり分かりやすいから仕方ないさ。それに加えて幼馴染だよ? それだけ経験に基づいた読心が出来る様になるからね」
でも、このやさぐれさとり少女にも読み取りきれない物があるらしい。男のロマンというべきものだ。
「確かに君の言うロマンとやらは十数年幼馴染やってるが、いまいち読み取りきれてはいないね」
彼女はハンバーガーを食べ終わるとそう言い放ちストローを口に咥える。確かに熱く語った事はあった。その時は怪訝な顔をされたっけ。
「変形、ドリル、絶対領域などなど。前者は確かにかっこいいかも知れないが、後者に至ってはあまり同意しかねるな」
と、再度睨みつける様にして言い放つ。感情は見通せても理解が出来ない感じらしい。本当の以心伝心の間柄とはいってもお互いを理解するのは大変そうだ。
これは性格の問題っぽいね。そう思うと彼女はハムスターの様にほっぺたを膨らませた。
面白かったのでほっぺをつついて遊んでみる。彼女は頬を染めながら少し不服そうに言い放つ。
「きみはもっと乙女心を分かれ」
それこそ、さとりじゃないと厳しいんじゃないかな。そう思っていたら、すねを蹴られた。