もしかして:ため息
転生したにも関わらず現実は厳しかったが、一番大きな問題は解決した。
さすがにこれだけヤバイ魔法を使うだけあって、ユスティナは暴発に対して徹底したリスク管理をしている。
そりゃそうだ。悪夢を見て、うっかり寝言で呪文を唱えたら、仕えてる王国が蒸発しました、では話にならない。
呪文を唱えるだけでは魔術が完成しなかったのは、そういうフェイルセーフの一環だ。
一方で、戦場では何が起こるかわからないという意識も、彼女は強く抱いている。
なので実際に呪文を口にしなくても、魔法を発動させられる技術は磨いている。
このあたり、ユスティナは実戦を繰り返すうちに、自分自身を魔術師ではなく、兵器とみなして「開発」していったのを、憶えている。
安全でありつつ、必要なときには即座に機能する。
それが、彼女の目指した境地。
私にしてみれば無駄に完璧主義すぎる印象なんだけど、それだけ厳しい世界だった、ということだろう。
でもねえ。人間が、人間であることを捨ててまで目指すべきことって、あるのかなあ……それとも、「高梨遙」が育ったこの世界が、ないしこの人生が、恵まれすぎてるだけなのかなあ。
――その手の難しい話は、後回しだ。
ユスティナの完璧主義のおかげで、朝起きたら学園が大炎上していた、ということは、起こらない。
ありがとうユスティナ! 素晴らしいよ私!
でもって、同時に2番目の問題も解決。
ユスティナの魔法は、現代社会においては、世界中どこに行こうが、威力過剰だ。
ある意味で、現代の核兵器と同じこと。
その威力ゆえに、使えない。
なんらか実験することすら、難しい。
ということで、私が魔法を使うことは、絶対にない。
よって、魔法を使っているところを見られることも、考えなくていい。
魔法の力なんて、なかったんや……!
となると、残るは最後の問題。
電波系ワードを、TPOわきまえずに放ってしまう危険性だ。
これには、まったく別のアプローチが必要になるだろう。
でも、ヒントは見えた。同時に、もっと深い危険性も。
電波系ワードの不意打ちが怖いのは、「何が飛び出てくるかわからない」からだ。これでは、高梨遙として何に注意すればいいのかも決められない。
ということは、まずはユスティナである自分が、ユスティナとしてどんな体験をしてきたか。これを明確にすればいい。
というか、「高梨遙」と「ユスティナ」の記憶の境界が曖昧だと、今後問題が拡大していく危険性がある。
例えば、高梨遙としての経験を、ユスティナの経験と勘違いするとか。
あるいは、その逆とか。
その先にあるのは、客観的に見れば「二次元と三次元の区別がつかなくなった人」だ。
うん。ヤバイ。
今後少しずつ、ユスティナの記憶を思い出しては、書き起こしていこう。まずは、そこからだ。
ちょっと面倒くさいけど、テープ起こしなら任せて!
■
ユスティナ問題の傾向と対策が一段落したところで時計を見ると、寮食が閉まりそうな時間になっていた。
食べそこねても桜あんぱんがあるが、寮食のおばちゃんに顔を見せておかないと、寮食が閉まった後で「心配になったから」と夜食片手に部屋までご来訪頂いてしまう可能性がある。
以前、私が発作を起こして倒れた日に、病院帰りに寄ったコンビニのパンで夕食を済ませたら発生した事案なので、再発防止に務めるに如くは無し、だ。無駄な迷惑をかけるわけにはいかない。
今更ながら制服を脱いでハンガーに吊るし、トレーナーに着替える。寮生は寮内では私服OKなのだが、だいたいの女子寮生は私服として「楽な格好」を選ぶ傾向にある。
いやー、しかしこうしてハンガーに吊るされた制服を見ると、改めて、可愛い服だなあ、と思う。宮森学園を目指す女子生徒の5割くらいは、この制服目当てという噂があるくらいだ。
スタイルとしては、ちょっと古い感じの白セーラーなんだけど、デザインのバランスが絶妙。縫製がまた見事で、立体感のある仕上がりだ(なので脱いだときはハンガーに吊るさないと、すぐにヘタる)。
制服にバリエーションがあるのも嬉しいところだ。
女子はセーラー服にスカートでもいいし、パンツルックでも構わない。
そして、それとは別に、ワンピース型の制服もある。セーラー服のデザインをベースにしたワンピだが、清楚感があって、実に可愛い。
ただ、ワンピが出動することは滅多にないのが現実だったりもする。白のワンピなので、汚れると大変なのだ。まかり間違っても、学食でカレーうどんを頼むわけにはいかない。
ちなみにこの時期の私は、セーラー服にスカート一択。冬になるとパンツルックだけど、夏用のパンツは持っていない。夏服セーラー、冬服セーラー、夏用スカート、冬用パンツの最小構成。あとはせいぜいカーディガン程度。
理由? お金がかかるからです。以上!
……いやね、そりゃあ、ワンピ、憧れますよ?
着てみたいか、着てみたくないかで言えば、着てみたいですよ?
でもあれ、セミオーダーなんです。
ぎょっとするくらい、お高いんです。
しかもそれを着るのは成長期の中高生。
あっというまにミニになるので、仕立直しも必要ですわよ、お嬢様。
え? 私は1パターンしか制服持ってないのに、バリエーションがあるのが嬉しいってのはおかしい?
何をおっしゃるウサギさん。私は栄えある生徒会執行部員!
毎日のように、星野先輩のお姿を至近距離で遠慮無く拝める立場!
いやー、式典とかがあると、星野先輩はワンピ着てくれるんだけど。
もうね、眼福ですよ、眼福。
でまた、星野先輩のパンツルックが、実に素晴らしいッ!
もともと中性的な魅力を全身から発散させてる人だけど、パンツルックになると「妖しい魅力」としか言いようのない色気を大放出ッッ!!
……すみません、つい熱くなりました。
現実に戻って、○まむらで買ったトレーナーでバッチリ決めた自分の姿を、鏡で見る。
うむ。
これが現実。
くっそ、現実世界にも転生みたいなイベントがあるんだったら、アバターチェンジも実装してくれないかなー。
そんな馬鹿なことを考えながら部屋を出て、寮食へ向かう。
この時間、寮食はさすがに閑散としている。自室では勉強が捗らない系女子が集まって、勉強会という名の女子会を開いている程度。
食券を買おうと思って自販機の前に立ったら、調理場からおばちゃんの大声。
「あらー、遙ちゃんじゃない! もう具合は良くなった?
おばさん特製のおじやを作っといたから、食べたかったら言うのよ!」
大変ありがたいんですが、そういう特別扱いは、微妙に胃によくないです……ほら、女子会メンツがこっち見てる。彼女たちの視線に悪意がないのは、わかってるよ? わかってるけどさ?
でも、おばちゃんの好意を無駄にするのは、もっと胃に悪い。
「じゃあ、おじや、頂きます。カレーの食券でいいんでしたっけ?」「そうねー、前回もそれだったかしら? じゃあ、それでいいわよー」的なやりとりをして、トレーに土鍋おじやを乗せてもらって、隅っこの席に陣取る。
アツアツのおじやは、とても美味しかった。
美味しかったんだけど、胃が痛くなる思いをしながら、消化に良いものを頂く、このマッチポンプはどうしたものか……これが生きるということか……
今夜も、私のため息は絶えない。
【第1部:覚醒篇・了】