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もしかして:

 それから〈勇者〉は、すべてを話してくれた。


「簡単に言うと、最初の俺――つまり、今ここにいる俺は、有原先輩に片思いしてた。

 彼女に旦那がいることも、星野を囲ってることも知ってたが、それでも燃え上がるのが若き恋ってやつだ」


 まあ、そうですね。


「だから、この時間線から見ると去年の12月、有原先輩が旦那と一緒にいるところに暴漢が襲いかかったのを偶然見た俺は、反射的に飛び出してた。

 で、あっさり死んだ。

 今だから断言できるが、相手はプロだったよ。おそらくは、有原先輩が進める大学改革に反対する連中が雇った、ヒットマンだ。老害どもは、それくらい、追い込まれてたんだろうな」


 なるほど。そして、気がついたらなぜか〈あちら〉だった、と。


「なぜか、ってのはちょっと違う。

 死にかけてるとき、俺は選択肢を示されたんだ。

 このまま死んだほうがマシだったと後悔するくらい、とんでもなく苦しい旅になるが、もう一度チャンスを掴むか。

 それとも、ここでおとなしく死ぬか。

 ――選択の余地なんてないだろ、これ?」


 これはまた、ひどい提案ですね。


「最初は、まるでワケがわからなかった。

 半端に拗らせた程度のオタでしかない俺が、そのままのスペックで、あの世界にすっ飛ばされたんだぞ?

 いきなり、これくらいなら死んだほうがマシだったと思ったね。

 魔法もろくすっぽ使えないければ、剣もまともに振れない、そもそも基礎体力が違いすぎる」


 そりゃあ、私だって今から〈あちら〉に行けと言われたら、絶対に御免です。

 文明バンザイ、クーラーバンザイです。


「だがそれでも、それなりになんとか上手くやる方法は、見つけた。

 俺にも使える――いや、俺にしか使えない魔法があることに、気づいたからな」


 ……それは、おそらく、時を操る魔法、ですね?


「ご明察。早送りしたり、周囲だけスローにしたり、時を止めたり、ほんの数秒だけなら巻き戻したり、だ。後ろに行くほど、消耗がデカイ」


 なるほど。病院で見た、コマ送りのような動き。

 あれはやはり、時間魔法だったんですね?


「一番簡単なのが時間線を渡る魔法だってのが、なんとも洒落にならん。

 要は『やり直すなら何度でもやり直せ』と言われて、あの世界に放り出されたってわけさ」


「もう察しはついてるだろう、〈世界の破壊者〉さん?

 俺はしばらく、自分の能力に酔いしれた。実質、無敵に近いからな。

 時間魔法は前もって発動条件を定めた『予約』ができるから、『俺の身体機能が停止したら、時間を数秒巻き戻して、即座にもう一度やり直す』みたいな魔法を最初に使っておくこともできた。

 でもある日突然、世界全体が蒸発したときには、さすがに驚くしかなかったよ」


 たぶんそれは、アレですね。私が純魔力粒子を連続崩壊させた、アレ。


「だから、俺にこの力を与えた奴が何を望んでいるかも、分かった。

 このままだと、どこかの誰かが、この宇宙全体を滅ぼす。というか、時空を越えて魔法世界全体を崩壊させる。

 それを阻止しないと、有原先輩との関係をやりなおすどころじゃない、ってわけだ」


 だったら、私の信頼を勝ち取ったところで、闇討ちしてしまえば良かったのでは?


「そこが厄介なところでな。

 最初の50回くらいは、そりゃあもう、必死になってお前を殺そうとした。

 なにしろこっちは時間を操れる。特定の誰かを暗殺するなんて楽勝だ。

 おまけに2回めにして、〈世界の破壊者〉なんていう、もうコイツしか犯人はいねえ、みたいな奴がいることを知った。

 なんだ、こいつはイージーモードじゃないか。そう思ったよ」


 ですよね?


「だが、そうはいかなかった。

 お前は、世界にとって、特別な存在なんだよ。

 俺の時間魔法は、お前の前ではなぜか不発だったり、致命傷を負わせたはずなのに、死に際の反撃で世界全体を灼かれたりした。

 お前もまた、存在がチート級だった、ってわけだ」


          ■


「正面から行っても勝てそうにないってのは、100回目くらいで身にしみた。

 だから数回無駄にして、魔術学院の資料を片っ端からひっくり返すことにした。何かヒントがあるんじゃないかってな。

 そうしたら、よりによって、お前の論文を見つけたんだよ。

 魔法理論そのものをメタに解析すると、『魔力粒子とはスカラーではなくベクトルである』ことにしないと、理論が成立しない、と。

 そのベクトルを解析するのが、〈ユスティナの方程式〉だ、よな?」


 その通りです。

 さすが、攻略対象のことをよく調べてますね。


「攻略対象言うな。

 だが俺に言わせれば、お前という存在こそが、その〈方程式〉なんだよ。

 お前が、魔力に特定のベクトルを与えている。

 だからお前の周囲では、ときにご都合主義としか言えないことが起きる。

 なぜならお前は、世界そのものだからな。自動的に、『それが世界の選択』になるのさ」


 ――なるほど。だから私が滅びを望むとき、世界も滅びる、と。


「そういうこと。

 それで俺は、戦略を変えることにした。

 お前が滅びを望まないような、そんな未来を作ればいいんじゃないか、ってな。

 そうやって気持ちを切り替えて、敵じゃなく、守るべき人間としてお前に接近してみたら、中身はああいう、残念で、繊細で、どうしようもなくボッチな人間だった、ってわけだ」


 残念と来ましたか。否定はしませんけど。

 じゃああなたは、憐憫から私を抱いたんです?


「まったく、意地が悪いな! そんなわけないだろう。

 てかお前は、そんな風に感じてたのか?」


 あは、それはいい逆襲ですね。


「――やれやれ」


 でも、また上手く行かなかったんですよね? なぜです?


「人間が不幸になるのは、簡単なのさ。

 30回ほど試行錯誤して、初めてお前と、小さいけれど、安定した家庭を作ったときのことだ。

 5年ほどして、魔族が人間世界に攻め込んできた。国がどんどん滅んで、ご近所さんもバタバタ死んで、お前は俺と別れてノラド王国軍に戻ることを選んだ。

 俺には、止められなかったよ。

 お前を死地から救うことも、できなかった」


 〈方程式〉は、世界の滅びを求めていた、と。


「ああ。それからも、あらゆる手段を試した。

 〈あちら〉における有原先輩であるイリスを見つけて、仲間に引き込むルートも見つけたけれど、無駄だった。

 あまりのことに絶望して、お前をガン無視して、世界が滅びるまでイリスと爛れた毎日を送ったこともある――いや、1度や2度じゃあない」


 それはまた、羨ましい。


「やめとけ。実際にやると、自己嫌悪しか残らん」


          ■


「とはいえ、だんだんヒントめいたものが見えてきたのも、事実だった」


 ほう?


「お前を放置してたら、お前は結構な確率でアイリスやロザリンデと出会うんだよ。

 おや、と思ってイリスとイチャつくのも止めて、完全な傍観者としてお前の動きを追ってたら、ほぼ毎回、イリスとなんらか絡んでた。

 最悪のパターンのときは、ロザリンデが新皇帝になって、アイリスが大将軍、イリスが宮廷魔術師、お前があだ名そのまま〈世界の破壊者〉として、4人組で世界を滅ぼした。あのときは、蹂躙としか言いようがない、一方的な破壊だったよ。

 だがな、この手の、複数人で組んで世界を滅ぼすパターンに入ったときは、稀にお前は世界が滅びる前に死んでるんだ。戦死が最低6回、ロザリンデが殺したのが3回、イリスが1回。アイリスのために自害したのが1回。

 それでも毎回世界は滅びたが、これはどうも何かあると思った。それに、ただ単にお前が死ぬだけでは、世界の滅亡は止まらないってことも、改めて実証された」


 ――こういう統計の対象にされるっていうの、なんだか不思議な体験です。


「そこは一応、謝っておく。俺もさ、もうそういう感覚でしか見れなくなってる部分は、あるよ。本当に俺はまだ人間なのかと思うことも、珍しくない。

 だがそれでも、ここまで続けた以上、やり遂げなきゃ気がすまない。

 それくらい俺は、イリスの、アイリスの、ロザリンデの、そしてお前の、絶望を見てきた。こんな不条理を許しちゃいけないと、今でも思ってる」


 それはコンプリ欲ってやつかもしれませんよ?


「かもしれん。オタは世界を救うんだよ。

 ともあれ、そんなわけで俺はお前ら4人を一箇所に集めて、可能な限り平穏な暮らしを送ることを第1目標、世界の危機を排除することを第2目標に据えて、トライを再開した。お前が世界に対して強い悔いを残したまま死ぬと、まるで慣性の法則でも働いてるみたいにして、世界が滅ぶからな。

 とはいえそのトライも、ここに至るまで、ことごとく失敗し続けた」


 でも、今回は、違う。

 でなければ、あなたは〈こちら〉には、いない。


「そこの説明は、後回しにさせてくれ。

 お前が――高梨が推測したとおり、そこをお前に知られると、いろいろ不味いんだ」


 なるほど。

 それで、その魔法陣は、〈あちら〉へのゲートですか?


「ああ。これをくぐれば、全魔法世界の破滅は防げる。

 俺の、長い長い冒険も、これでエンディングだ」


          ■


 ですがその魔法陣、新しいですよね?

 というかこんな都合のいい場所にあるってことは、この親睦会の間、どこかのタイミングで、〈あちら〉に行こうと思ってた――ですよね?

 なぜ、ですか?

 〈こちら〉でやるべきことがあったなら、あなたならそれを速攻で片付けて、この数千年規模の冒険に終止符を打ったでしょうに。


「――痛いところを、突くな。

 そうさ、俺は、戻りたくなかったんだよ」


 まあ、当然ですよね。〈あちら〉にはアニメも漫画もないし。


「そこかよ! まあ俺も、〈こちら〉に戻ると思ったとき、ちょと考えたけどな。

 でもなあ、戻ってみて、超久々にジャンプの新刊を買ったら、もう何一つ、どんな連載だったのか、覚えてなかったんだよ。

 当たり前だよな。覚えてるわけがない。

 しかもな、ジャンプだけじゃなかったんだ。自信満々で覚えてたつもりだった、好きだった漫画のシーンとか、セリフとかも、記憶と全然違っててな。

 ショックだったよ。俺はもう、〈こちら〉の人間じゃないと、思い知らされた」


 ……ああ。


「でもそれは、小さなことさ。俺はもっと大事なことを、忘れてたんだから。

 俺が〈こちら〉から〈あちら〉に飛んだのは、有原先輩が刺される、まさにその場面において、だ。

 だったら時間魔法で無理やり〈こちら〉に戻ったら、どこに着地し得るかくらい、想像できて当然だ。

 なのに俺は、その可能性に思い至りもしなかった。

 あれだけ盲目的に恋してた有原先輩のことを、その瞬間まで完全に忘れてたのさ。

 だが、〈こちら〉に戻った途端、目の前で二人が刺されそうになっていて――」


 そしてあなたは、長年の経験から、割って入っても手遅れ、ないし割って入ったら自分が殺されると判断した。


「そうだ。無理な時間線跳躍をした直後だったせいで、魔力酔いも酷くてな。

 でも反射的に思ったのは、『ここで身体的に死んだら、俺は〈あちら〉に戻れるのか? 本当に死ぬんじゃないのか?』ってことだったよ。

 そうしたら、足がすくんで、動けなかった。

 何の事はない、俺は前回『あの場面』に遭遇したときより、もっとダメな男になってた」


 それが、歳を取るってことだと思いますよ。

 あなたには、失いたくないものができた。それは、恥でもなんでもないでしょう。


「そう言ってもらえると、少し気が楽だがね。

 ともあれ、俺は――電話機の使い方を思い出すのにちょっと手間取ったが――すぐに警察と救急に電話して、まだ息があった有原先輩にその場でできる限りの魔術的処置をしてから、逃げた。有原先輩の体内時間をいじったのさ」


 なるほど。それで有原先輩は、一命を取り留めた。


「だが困ったことに、医学的処置によって身体機能が回復したら、体内時間を止めたのはマイナスに働く。意識を失った状態で時間を止めたから、そのままじゃあ永遠の眠り姫にならざるを得ないってわけだ。

 なんとかして時間を通常の流れに戻しに行きたかったんだが、ICUに入る方法がない。

 〈こちら〉で魔法を使えば俺無双できるかとも思ったが、監視カメラはともかく、電子ロックには、時間魔法では歯がたたん」


 ロマンに欠ける見解ですけど、私も同意します。

 じゃあ有原先輩が回復したのは、魔術を行使するチャンスがあったから、ですね?


「そういうこと。ちょうどあのストーカーさんが、適度な騒ぎを起こしてくれた。入室用のパスを机の上に置いたまま現場に向かった警備員を見た時は、もうこんなチャンスはないと確信したよ。

 あとは適当なタイミングで時間を止めて、ICUに忍び込んで、有原先輩の体内時間を元に戻した。

 きっつい魔法の連発で、ほんと、しんどかったけどな」


 有原先輩が回復したから、戻ることにしたんですか?

 やっぱりまだ有原先輩のこと、好きなんです?


「好きかどうかで言えば好きだが、言った通り、恋じゃあない。

 その手の感情は、いまじゃ全部〈あちら〉にあるよ。

 ただ俺は、もう二度と、〈こちら〉に出張るつもりはない。

 だから、悔いを残したくなかった」


 なるほど。


「――ってのは、ほぼ全部、綺麗事だ。

 真相を言えばな、家に帰って、親父とお袋の顔を見た途端、〈あちら〉に戻りたくなくなったのさ。

 それだけだ。

 それだけ、だよ」


 だったら、帰らなくても……


「そうも、いかん。

 ユスティナも含めて、俺の大切な人達が、〈あちら〉で待ってる。

 それに、〈こちら〉で親父と、キャッチボールもした。

 お袋の味噌汁も、食った。

 もう、満足すべきだよ、俺は。大満足、すべきだ」


 ――あなたが帰ったら、この御木本先輩はどうなります?


「特に大きな変化はない。あったとしても、時間線が自動修復する範囲だ。

 もちろん、〈あちら〉の記憶は残らないが、無責任で口ばかり上手い、見栄っ張りの生徒会長なのは、何も変わらない。

 中等部の永末に惚れてるロリコン野郎だってのが、一番大きな差だな」


 自分のことなのに、ひどい評価ですね。


「客観的評価をすれば、そう言うしかないだろ?」


 まあ、それは、否定しません。


「――さて。これが、話せる全部だ。

 そろそろ、行くよ。世話になった。

 この御木本も、あとちょっと、サポートしてやってくれ」


 ……はい。


「時間のことは、気にするな。前もって、結界を張っといた。

 この小屋の中では、結界の外から見ると、まだ1分くらいしか経ってない。

 誰も、不埒な想像は、しないさ。

 館林あたりは『遅かったね、楽しんだ?』とか言うだろうが」


          ■


〈勇者〉は立ち上がると、魔法陣に手を触れた。

 青白い光を放っていた魔法陣が、すっと赤くなり、やがて赤熱するかのように白に近づいていく。

 臨界まで、あと5分というところか。


「魔法陣を起動した。だから最後に、お前のことを話しておく。

 時間魔法論的には、俺はもう、〈あちら〉にいるからな」


〈勇者〉は私に向き直ると、私の目を見た。

 何度も何度も見た、澄んだ瞳。

 その瞳を見て、私は、ここに来る前からずっと言おうと思っていたことを、言うべき時が来たと、確信した。


 でもなぜか、言葉が出なかった。


 そんな私を見ながら、〈勇者〉は言葉をつなぐ。


「お前の予想通り、お前は今、〈あちら〉では〈魔王〉として君臨してる。

 それを、まさに今、俺たちが討った」


 なんとなく、それは予想できていた。

 でもそれは、今知りたいことではない。


「正確に言えば、〈あちら〉のお前は、まだ死んでない。

 俺が、〈あちら〉のお前ごと〈こちら〉に飛んだ、その瞬間から、時が止まってる。

 〈こちら〉のお前は、〈方程式〉なんだよ。世界を滅ぼす、〈方程式〉だ」


 それも、今私が聞きたい言葉ではない。


「理解しました。

 でもその〈方程式〉は、〈あちら〉の世界を滅ぼすことしかできない。

 魔力粒子の密度から何から異なる〈こちら〉では、私は無害な〈方程式〉にすぎない。

 一方で、〈あちら〉の私は、〈方程式〉としての特性を失った。だから、死んでも、世界は滅びない」


 そんなことを、言いたいのではない。

 でも〈勇者〉は、強く頷いた。


「さすがだな。その推測で、完全に正しい。

 だがな、〈あちら〉側である俺と、〈あちら〉側での最後の記憶を取り戻したお前が出会うと、お前は〈こちら〉側でも完全に機能する〈方程式〉に変化――というか、『目覚める』可能性が高い。

 〈方程式〉が、環境に適応するんだ。

 万が一そうなったら、第三次世界大戦は避けられんだろう」


 そうかもしれない。

 でも今は、そんなことは、どうでもいい。


「もしお前がすべてを『思い出して』いたら、俺はもう一度、最初からやり直すつもりだった。惜しいことは惜しいが、〈あちら〉のために〈こちら〉が滅んでもいいとは、思えない。

 また何千年かかるかわからないが、それでも、もう一度やり直す必要がある。それを、覚悟してた。

 すまなかった。俺がさっさと帰っておけば、お前はあんなに苦しまなかったし、星野もあんな選択をしなかった可能性が高い。星野は俺が来ることで、『ロザリンデ』の宿命を呼び起こしてしまった。その結果が、あれだ」


 私は、強く首を横に振る。

 言え。言ってしまえ。


「やめてください。それに、バカにしないでください。

 私が苦しんだのは、私の選択です。

 星野先輩の苦しみだって、星野先輩だけの苦しみです。

 ロザリンデの苦悩が、ロザリンデのものであるように。

 それは絶対に、あなたのものじゃあ、ない。絶対に、違う」


 本当に言いたいことを口にできないまま、私は意味もなく〈勇者〉を糾弾した。

 違う。そんなことを言いたいんじゃあ、ない。


「だから、謝らないでください。

 私はあなたに感謝してますし、あなたを尊敬します。

 あなたは私に――ユスティナに、『未来』を見せるという約束を、守ったのだから」


〈勇者〉は目を閉じ、少し迷ってから、頷いた。


「そうだ、な――悪いことを言った。

 高梨は、強いな。俺より、ずっと強い。

 最後の最後まで、助けられたよ」


 魔法陣が臨界に達し、術が駆動し始める。

 それにあわせて、〈勇者〉の輪郭が、ゆっくりと薄れ始めた。


 言え。


 言ってしまえ。


〈勇者〉が、光に覆われていく。




        「じゃあな」




 そんな声が、聞こえた気がした。


 言え。


 言うんだ、高梨遥!


 黙っていては、伝わらない。

 言葉にならない思いは、存在しないのと同じ。


 だから、言え!


 今しか、もう、言えないことを。

 伝えたいことを。伝えるべきことを。

 何度も繰り返してきた過ちを、また繰り返さないために。

 それを言う意味など、言ってから考えろ。今はただ、言うんだ!


          ■




       「御木本先輩!」




 自分でも驚くほど、大きな声が出た。


 魔法陣が放つ光に包まれた御木本先輩が、こちらに向き直る。その顔は、かすかに笑っていた。言いたいことはわかってるよとでも言わんばかりの、あの、笑顔。


 だから私は、言わねばならない。いま。ここで。




        「私は!」




      「先輩のことが――」



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