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最優先:

・資材リスト、未提出者の確認と催促

・執行部用進捗管理システムの立ち上げに関する打ち合わせ(芝田先輩と)

 →市販の無料システムが利用しづらいところをまとめておく

・特別講演者に連絡、謝罪と状況説明

 →エマちゃんに依頼必須。明日ミーティングできるようメール(送信済)

・搬入プラン、バッティング部分の解消

・プログレスレポート(緊急発行版)の最終確認と印刷


優先:

・当日パンフレット表紙ラフの催促

 →コミケ終了後

・演劇部照明プランの催促

 →放送部部長にアポイント

・保護者向け通知の文面作成

・入場門デザインコンペ用資料作成

・周辺住民に対する学園祭告知とお願い文面作成

 →元地主の玉城さんには盆明けに生徒会長を挨拶に向かわせること

・周辺飲食店に対する当日パンフへの広告出稿営業

 →昨年は地図掲載に関してトラブルがあったらしいが詳細が不明。要調査。

・大学の学生自治会に挨拶に行く日程の調整

・プログレスレポート2号用の原稿発注

 →イラストは表紙ラフを使いまわせればベスト




「――ToDoリストか」

 背後から声がする。私は軽く頷き、リストに見落としがないかを再確認。

 進められるところだけでも進めてきたつもりだが、やはり全体的に遅れているのは否めない。


「お前が全部やろうとするなよ?

 俺でも誰でも、どんどん使ってくれ」


 そりゃもう、よくよく分かってます。

 というか冗談抜きで、私が最優先にしているのは、「誰にどんな仕事を頼むか」の交通整理だ。でもそのためには、まずは「どんな仕事が残っているか」が明らかでなくてはならない。


 この立場に立ってみると、「何をすべきかの確認」は、果てしなく胃が痛い。ここで見落としがあったら、進捗は一気に焦げ付く。

 しかも問題として炎上しがちなのは、例えば「必要な資材のレンタル申し込みをしていなかった」などという「いかにも」な案件ではなく、たった一通の手紙を出さなかった、たった一度挨拶を怠ったという、ほんとうに些細な見落としだ。

 まったく、挨拶に行かなかった程度で、なぜそこまでへそを曲げるんだ!――と叫びたくもなるが、立場を入れ替えて考えてみると、通すべき筋が通されていないというのは、ムッとする。

 ましてやそこで「そんな筋なんて通さなくて当然、こっちは忙しいんだ」的な態度がにじみ出たら、私でもカチンとくるだろう。それくらいには、自分は人間が小さい自信がある。


「実際、言われるほど、誰も彼もが他人の足を引っ掛けようとして虎視眈々、ってわけじゃないんだよなあ。

 どっちかっていうと、なんのかんので、みんな普通の人だしな。

 それだけに、こじらせると、どうしようもなく、こじれる。

 ガキかと思わんでもないが、挨拶して、飴玉の1個でも渡しておくってのは、大事なんだよな……」


 飴玉はともかく、挨拶を欠かさないことの重要性は、私も散々思い知った。

 そして同時に、これまでは立場上、いろんな人に守られてきたのだなと、痛感させられる。

 ある種のプロフェッショナル、あるいは技術者として、自分に課せられた仕事を完璧に仕上げる。それさえ間違いなく達成できていれば、誰も文句を言わないし、「ちゃんとした人だ」「有能だ」と評価すらしてもらえる。

 でもそれは、人に使われる側だからこそ、だ。

 様々な人と対等な立場で渡り合い、時に使い、時に使われ、貸し借りの帳尻を合わせながら、大きなゴールに向かって状況を進めていく――その立場に立ったとき、「ただ自分に求められたことだけを成し遂げる」のでは、まったく足りない。


 私はひとつ、ため息をつくと、もう一度リストを眺め直した。

 ――遺漏はない、ように、思える。

 なのでさっそく、人を使うことにする。立っている者は猫でも使うよ?


「――現状、必要と思われる作業をリスト化して、仮に優先順位を設定しました。

 問題ないかどうか、チェックをお願いできますか?」


 ノラド王国の魔術親衛隊隊長であるガレナ大佐は、「そこで俺を使うか」と苦笑しつつも、私が書き上げたリストを受け取り、目を通していく。


「……こんなもんだな。

 ちょっと項目が細かすぎる気もするが」


 それは自分でも、少し意識している部分だ。

 あまり細かく仕事を決め打ってしまうと、部下が判断する余地がなくなる。それはそれで命令の迅速な実行にはつながるが、こちらとしてはある程度は状況判断をして、最適な解決を導いてほしいという思いもある。

 このあたり、指揮官という立場を初めて体験する私が、一番「間合いが測りきれていない」部分だ。


「ま、どこまで任せられるかってのは、信頼関係ができてこそ、だからな。

 それに、どんなに信頼していたとしても、一挙一投足をこっちから指示すべき場面もある。こればっかりは、鉄板のマニュアルなんて作れないさ」


 彼はそう言うと、リストを私に差し戻した。


「ひとつだけ、絶対に修正が必要な項目がある。

 この最優先事項のC項だが、現状の仕事配分だと、お前がやるしかないよな?」


 ああ、それはその予定で。

 ですがそれ、何か問題ありますかね? 別に、特に私の負担が大きいというわけじゃないし。危険でもないし。

 彼から受け取ったカップになみなみと注がれたコーヒーを飲みながら、視線でそんな雰囲気を訴える。ほぼ徹夜でリストを作ったせいか、やけに眠い。


「お前さ。これをお前がやるってことは、お前はパーティに参加できない、ってことになる。

 それとも何か、お前は分身の術でも使えるのか?」


 おっと。


「パーティへの参加は、義務だ。

 パーティの席でお前に何か仕事があるわけじゃないが、参加することに重要な意味があるのは、わかるよな? 不参加ってのは、つまりは『義理を欠く』ことなんだからよ」


 いやはや。なんとも――なんとも、面倒くさい。

 確かに現状、私がパーティに参加しないということになると、いろいろ余計な勘繰りをされるのも間違いないだろう。「筋は通すべし」なのは真実だが、面倒なものは面倒だというのも真実だ。


 まったく、パーティに着ていく服すらないというのに。


「――わかりました。仕事の組み立てを修正します」


 修正自体は、そこまで難しいものではない。幸い、人手にはまだ余裕がある。

 御木本会長は、はっきりと苦笑すると、軽く頷いた。

 私はコーヒーを一口。どうにも、眠気が収まらない。


 しかしまあ、自分で仕切っておいてなんだが、上手くいくんだろうか。


 実のところ、自分としては「やらねばならないことの量が多い」のは、あまり問題を感じない。

 そんなものはちょっと気合いを入れて1晩2晩徹夜すればどうとでも捌ききれるし、夜はちゃんと寝ろと怒られるのであれば、今自分がやっているように分散処理を徹底するだけのことだ。


 問題は、「達成されるべき成果」と「やらねばならないこと」の関係が、錯綜してしまっている場合だ。


 数学の試験に例えると、これは実に分かりやすい。

 「やらねばならないことの量が多い」というのは、シンプルな計算問題が100問も200問も続く、そういう問題だ。手を動かし続けていれば、いつかは解き切れる。敵は時間であり、それ以上でも以下でもない。

 「達成されるべき成果と、やらねばならないことの関係が、錯綜してしまっている」というのは、数学的難問そのものだ。

 求められているのが「解」であるのは、明白だ。

 でも解にたどり着くために、何をすればいいのか。ここが複雑になればなるほど、解は遠のく。時間をかければ必ず解けるというものではないし、間違った方向に進んでいる場合は、時間をかければかけるほど解から遠のく。


 現状、私が向き合っているのは――というか、私が組み立てたものは――後者に属するように思える。

 自分としては、たとえ作業量そのものが増えたとしても、可能な限りシンプルにすることを優先して全体を組み立てているつもりだが、それでもなお、作業を進めれば進めるほど、全体の複雑性が上がっていくのを感じる。


 どうもこれは、私の望む方向性ではない、ような気がする。


 私は決して、頭の良い人間ではない。快刀乱麻を断つような大胆なアプローチであるとか、イノベーティブなパラダイムシフトであるとか、そういうものは、自分の手に余る。

 だから、「ひたすら手を動かし続けることで、必ずゴールに到達できるようなルートを探す」のが、私のやり方だ。しばしば「それってもうちょっと効率よくできるんじゃ」と言われることもあるし、そういう指摘を貰えると大変嬉しいのだけれども、私としては「そうですね」以外に返答しようがない。


 ふむ。


 もう一度、ToDoリストを見直す。


 ――やはりこれは、何かが違う。

 多分このままでは、破綻してしまう。


 おそらくここが、勝負の分水嶺だ。


 今ならまだ、計画全体を見直す時間的余裕がある。

 キャンセルすべきものをキャンセルし、新規発注すべきものを新規発注する。

 そうやってやり直しが仕掛けられる、最後のチャンスだ。


 カップに残ったコーヒーの名残を、飲み干す。

 もうちょっと、コーヒーが必要だ。しっかり、目を覚まさなくては。


 今のまま計画を進めても、上手く行く可能性は高い。

 だが事故の上に事故が重なり、そこに更に不測の事態が重なったら、たぶん計画は破綻する。フェイルセーフの限界を、越えてしまう。

 そしてその「極端な不測の事態」は、多分、想像するよりずっと高確率で発生する。なぜならこの計画は、ほぼすべての局面において、複雑性が上がりすぎているからだ。


 ふと、背後から、肩に手が置かれた。


〈勇者〉の、大きな手。

 剣を握る手なのに、指は細く、長い。


 私はその手に、自分の手を、そっと重ねた。


 そうだ。

 彼には、いくつも問題がある。欠点もある。

 でも彼は、それが必要なときには、躊躇なく頭を下げ、謝ってくれる。


 私は、何をしていたのか。

 何に、こだわっていたのか。


 私は振り返って〈勇者〉の目を、まっすぐに見る。

 彼もまた、私の目を見つめ返した。


「――計画を、変更します。この計画は、危険すぎます。

 私の、ミスでした。申し訳ありません」


「ユスティナがそう思うなら、それがいい。

 でも、現状よりベターな作戦なんて、あるの?」

 彼は軽く頷くと、実に都合の良い質問を投げかけてきた。ふむ。


「実は、理論上は可能だけど、まだ実証実験をしていない魔術があるんです」


「ほう? もしかしてそれは、例の〈方程式〉とかいう奴?」


「いえ、それは全然関係ないです――ってか、その話、誰から聞きました?」


「嫁のことは、何でも把握してるさ」


「……そういうことにしておきましょう。

 ともあれ、今回の依頼で一番難しいのは、市街地が舞台になっていることです。私が全力を叩き込むような、高出力の魔法を使えば簡単に解決するのだけれど、そんなことをしたら街ごと吹っ飛んでしまう。

 ですが理論上、街に被害を出さず、かつ私の全力の一撃を打ち込める、そんな魔術が、あります。

 もしこれが実際に可能なら、計画はずっとシンプルなものにできます。

 私はその魔術を発動させるにあたって最適な場所に潜み、皆さんには目標をその『キルゾーン』に追い込んでもらう。つまりは、ただの狐狩りです」


「なるほど。それは確かに、ずっと単純だ」


「ですので、今からちょっと郊外に出て、実験をしてこようかと。

 ――道中、護衛をお願いできますか?」


 正直言って、〈勇者〉の剣の腕前では、私が彼を守ることがあったとしても、逆はない。でもなんだか、彼とちょっとした「お出かけ」をしたくなった。


 〈勇者〉は笑って「いいよ」と言うと、私をぎゅっと抱きしめた。

 私は空になったコーヒーカップを机の上に置いて、彼の背中に両手を回す。


          ■


最優先:

・資材リスト、未提出者の確認と催促(完了)

・執行部用進捗管理システムの立ち上げに関する打ち合わせ(芝田先輩と)

 →市販の無料システムが利用しづらいところをまとめておく

・特別講演者に連絡、謝罪と状況説明(完了)

 →エマちゃんに依頼必須。明日ミーティングできるようメール(送信済)

・搬入プラン、バッティング部分の解消

・プログレスレポート(緊急発行版)の最終確認と印刷

 →印刷は明日

・当日パンフへの広告出稿関係のトラブルの詳細を小林先生に確認


優先:

・当日パンフレット表紙ラフの催促

 →コミケ終了後

・演劇部照明プランの催促

 →放送部部長にアポイント

・保護者向け通知の文面作成

・入場門デザインコンペ用資料作成

・周辺住民に対する学園祭告知とお願い文面作成

 →元地主の玉城さんには盆明けに会長を挨拶に向かわせること

・周辺飲食店に対する当日パンフへの広告出稿営業

 →昨年は地図掲載に関してトラブルがあったらしいが詳細が不明。要調査。

・大学の学生自治会に挨拶に行く日程の調整

・プログレスレポート2号用の原稿発注

 →イラストは表紙ラフを使いまわせればベスト

・駅前商店街の会長に、御木本会長と一緒に挨拶に行く

・冷凍庫にコーヒー豆の補充(「化学部」の表示を忘れずに)

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[良い点] なにこれ!なにこれ!なにこれ!なにこれ? 筒井康隆先生と同じ匂いがします。 [一言] キ○ガイの天才の文章。
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