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本日2度めの投稿です
死にたくない。
心の奥底から淀みきった液体が滲み出す。
耳の奥で、甲高い音がしている。
心臓が正しく脈打っていない、気がする。
息を吸っても吸っても、酸素が足りない。
脳が、痛い。
脳そのものには、痛みを感じる機能がない、という。
だがいま、間違いなく、頭蓋骨の内側に痛みを感じる。
――私は、選ばれなかった。
そんな言葉が、心の皮膜にふっと舞い落ちる。
違う。
違う。
違う、違う、違う。そうじゃない。
『まず、人を好きになりなさい。
あるいは同じくらい、人を憎悪しなさい』
違う。お母さんは、そんなことは言わなかった。
彼の選択は、まったくもって合理的な判断の、その結果だった。
これはあくまで、合理的な選択の、結果。
でも。
死にたくない。
でも、でも!
こうじゃなかったら。こうじゃない世界だったら。
こうじゃない結果を選び取れる自分であったら。
■
目が覚めた。
おそろしく、切羽詰まった夢だった。
こんなことなら、夢日記をつけようだなんて、考えるべきじゃなかった。
だが、すぐに辞めてしまうのも何か負けたような気がする。もう少し、続けてみることにしよう。
と、背後でパサリ、と軽い衣擦れの音がした。
振り返ると星野先輩がベッドから起き上がっていた。
私は驚きと、それを上回る喜びで、思わず最高の笑顔になる。
「先輩! 大丈夫だったんですか!」
でも先輩は、静かに首を横に振った。
「いいえ。ダメです」
星野先輩が着ている白い入院着が、血に濡れていく。
首元から、そして胸の中央、お腹のあたりへと一直線に、赤いY字状に、血痕が広がっていく。
「死んだ人間は、生き返りません。
それは、この不確かな世界における、絶対の法則です」
そこまで言われて、私は思い出した。
ここは霊安室だ。
星野先輩は、死んだ。
死んだのだ。
あの美しい体は司法解剖でY字に切開され、無造作に縫い合わされた。
「お腹の子も、私も、助からなかった。
――なにもかも、あなたのせいです」
死者が語る糾弾の声は、私の心を痺れさせた。
マヌケな笑顔を顔に貼り付けたまま、私の目からは涙が流れ始めた。
もう、涙も枯れ果てるほど泣いたと思ったのに。
「あなたが、もう少し慎重だったら。
もう少し、気づくべきことに気づいていれば。
私も、子供も、死なずにすんだ。
あなたは、自分の能力を、買いかぶったのです」
そう語る唇はとても愛らしく、その瞳は死者とは思えぬほどに澄んでいた。
白い入院着は、ほとんど全体が真っ赤に染まった。
それを見て、バカバカしいことに、星野先輩は白も似合うけれど、赤もよく似合うなあ、と思った。
だがその思いは、圧倒的な後悔の前に、押し流されていく。
星野先輩を殺したのは、私だ。
私が、星野先輩を殺したのだ。
■
目が覚めた。
なにかひどい夢を見ていたのだけれど、思い出せない。
それに、悪夢から覚めても、結局、私は一人だ。
遠くで、カラン、と鐘の音が聞こえた。
ロージィの死を悼んで教会に集まった参拝者が、追悼の鐘を鳴らすその音は、1回ごとに私の心を窒息させようとしていた。
葬儀の日から、すでに1週間。ロージィの人徳と人脈を示すかのように、彼女の亡骸を訪れる人の列は絶えず、鐘の音もまた絶えない。
家の中は、あらかた片付いた。
アイリスの部屋は実に綺麗に整頓されていて、彼女がいつ死んでもよいように準備をしていたのが、よく分かった。私は机の引き出しから見つかった遺書を参考に、燃やすべきものを燃やし、送るべきものを送るべき場所に送り出す、それだけで良かった。
イリスの部屋は、大変だった。本からアクセサリーからキャンディの瓶から可愛らしい柄のクッションから、とにかくあらゆる物が、種種雑多に入り乱れていた。どれが大事なもので、どれは捨てて良いのか判断など到底不可能だったので、私はそのすべてをアイリスの遺品と一緒に燃やすことにした。
後世の歴史家が「世紀の天才イリス」の足跡を追おうとしたとき、私は彼らに大いに恨まれるだろう。だが私は、彼女の真実は、私たち家族の間だけの秘密にしておきたかった。それがたとえ、好きなキャンディの銘柄であったとしても。
ただ、おそらく結婚指輪と思われる指輪(高級そうな箱に、厳重に保管してあった)だけは、彼女の墓に供えた。
「恋の願いが叶う秘密のおまじない」が触れ込みの、なんとも安い指輪だが、彼女にとっては一番大事なものだったのだろう。
〈勇者〉の部屋には、驚くほど、何もなかった。最低限の着替えや生活用品は残っていたが、彼の趣味や嗜好を示すような何かは、そこにはまったく残されていなかった。アイリスですら、ナイフや砥石といった、彼女を想起させる私物があったというのに。
まるで、彼という人物は、最初からこの世界にはいなかったかのようだった。私は少し怖くなって、何もかもを袋に入れて、捨てた。小さなズタ袋1つに、彼の「私物」は、収まりきった。
そして今、やっとロージィの部屋に手を付ける決心がついた。
思い返してみれば、彼女と過ごした夜の数は、〈勇者〉と過ごした夜の数よりも、圧倒的に多いような気がする。
でも私は、最後まで、彼女の部屋には入らなかった。
自分では抱えきれない思いを抱えこんで鬱々としている私のことを察して、ロージィの方から私の部屋を訪れてくれるというのが、常だったから。
恐る恐る鍵を開けてみると、ロージィの部屋は、とてもさっぱりとした部屋だった。
カーテンやカーペットは、質素に見えるけれど、上等なものが使われているようだ。
机もタンスも、作り付けの、そのまま。でも、ところどころに置かれた小物がとても品が良くて、それがロージィのことを思い出させて、思わず泣きたくなる。
唯一の例外はドレッサーで、これだけは実家から持ってきたのか、歴史を感じさせる豪華な作りだ。化粧品や香水も、入っている瓶からして高級そう。
しかし、困った。
下世話な話だが、ロージィの遺品は、金銭換算したときの桁が、最低でも2つか3つは違う。なかには「個人の資産というよりも、人類の資産」に近いクラスのものも、あるのではないだろうか。特に宝飾品の一部は、そういう説明を受けたことがある。
こうなると、単に「まとめて燃やす」というわけにも、いかない。
教会の人を呼んで、教会に寄付するのが一番だろうか。
そんなことを考えながらドレッサーを眺めていると、奇妙なものを見つけた。彼女の持ち物にしては、あまりにも安っぽく見える、指輪。
ロージィがこんな指輪をつけているところは、見たことがない。
好奇心と違和感に駆られて、指輪を手にとってみる。
――このデザインには、見覚えがある。
イリスの墓に供えた指輪と、同じデザインの指輪だ。
突然、私はすべてを理解した。
ロージィは、〈勇者〉に貰った指輪をしたまま、教会で横たわっている。
だからこの指輪が、彼女にとっての結婚指輪である可能性は、ない。
ではなぜ「恋の願いが叶う秘密のおまじない」がかかった、このチープな……そしてイリスとお揃いの指輪を、ロージィは国宝級の指輪と同じところに保管していたのか。
背後で、クスリ、と小さく笑う声が聞こえた。
反射的に振り返る。
そこには、ロージィが立っていた。
「ロージィ、あなた……」
思わず最高の笑顔になって、私は彼女に手を差し伸べようとする。
やはりあれは、何かの間違いだったのだ。
〈勇者〉たちが仕組んだ、壮大なトリック。
死を偽った彼女たちと、謎の失踪を偽った〈勇者〉に、私。この5人で、また、世界中を旅するのだ。
「ジャスティーナ。
ご覧の通り、私が一番愛したのは、イリスでした。
でも、イリスは死に、私も死にました」
笑顔が、凍りつく。
「死んだ人間は、生き返りません。
それは、この不確かな世界における、絶対の法則です。
アイリスも、イリスも、私も、死にました。
なにもかも、あなたのせいです」
死者が語る糾弾の声は、私の心を痺れさせた。
マヌケな笑顔を顔に貼り付けたまま、私の目からは涙が流れ始めた。
もう、涙も枯れ果てるほど泣いたと思ったのに。
「あなたが、もう少し慎重だったら。
もう少し、気づくべきことに気づいていれば。
私も、イリスも、死なずにすんだ。
あなたは、自分の能力を、買いかぶったのです」
そう語る唇はとても愛らしく、その瞳は死者とは思えぬほどに澄んでいた。
彼女が着る真紅の豪奢なドレスは、その美しさを際立たせている。
それを見て、バカバカしいことに、ロージィは白も似合うけれど、赤もよく似合うなあ、と思った。
だがその思いは、圧倒的な後悔の前に、押し流されていく。
ロージィを殺したのは、私だ。
私が、ロージィを殺したのだ。
■
目が覚めた。
ひどい、とてもひどい、夢を見た。
何かを書くには、とてもなれない。
でも、このまま起きていても、きっと眠れない。
お母さんを起こしてしまうのも、ダメだ。
いや。
お母さんは、死んだ。
死んだんだ。
私のせいで、お母さんは
■
8月 8日
なんとか、目が覚めた。
ひどい、悪夢だった。夢日記など、つけるものではない。
だがようやく、自分が進むべき道が見えた。
ユスティナの方程式を、解明する。
母が遺したユスティナの方程式。
それさえ解明できれば、なにもかもを明らかにできる。
私には、それがあった。
それがあれば、




