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日記 4日目

8月 2日


 院長先生の件は、住所を割った元看護婦さんにアナログの「手紙」を書いて、面会して直接話しをするのに都合のよい日程を教えてもらえないか、打診。

 こちらのメールアドレスを書いておいたので、彼女がネット接続環境を維持していれば、今後はメールでのやりとりになるはずだ。


 生徒会室は封鎖されたままだが、学校には出向いた。放送部の部長からの呼び出しとあっては、避けられない。


 放送室で行われた会談は、簡単に言えば、非公式の「文化祭実行委員会」だった。

 集まっていたのは、放送部長&副部長、御木本会長、私、生徒会顧問の小林先生、教頭先生。


 なんだか私だけ激しく浮いている感覚があったが、この布陣はつまり、私が「執行部」の代弁者だということだ。


 会議は非常に実務的なもので、要は「執行部をこのまま停止させていると、文化祭の準備に明らかに差し支えるので、一番クリティカルな案件だけでも進めていこう」というもの。


 午前10時に始まった会議は、昼食(教頭先生が自腹を切って、仕出し弁当を頼んでくれた。えらく豪華なお弁当で、私は途中でギブアップして会長に残りを押し付けるハメになった)を挟み、一段落ついたのは夜8時。

 途中、何度か生徒会室を開けて必要な資料を放送室に運び込んだり、私が寮の部屋に戻ってノートPCを持ってきたり(生徒会室のノートより、自分のノートのほうがパワーがあって使いやすい)、といった小休止はあったが、それ以外はほぼほぼ議題の検討と、処理の手順策定の繰り返しとなった。


 なんとも超過勤務も甚だしいが、やむを得ない。

 星野先輩が采配していた仕事5日分を、1日で片付けようというのだ。

 6人がかりでまる1日かかったとしても、不思議はない。


 初めは午前中で終わるとたかを括っていた教頭先生だが、弁当を食べて一息ついたところで「君たちは普段からこれを全部やっていたのか……」と嘆息。

 小林先生は「彼らは実によくやってますよ」とコメント。

 食後のお茶を飲んでいると、教頭先生が執行部の日常について質問してくるので、会長と交互に解答した。会長が概論を語り、私が補足と訂正をする、そんな役割分担。


 いろいろ質疑応答をした最後に、教頭先生が「そんなハードワークで、勉強や部活動との両立もさせて、委員会活動もこなしているとなれば、星野君のようなことになってしまうのも、無理からぬことかも知れないな」と言い出しやがったので、私は決然とそれを否定しておいた。

 その上で、星野先輩の件は執行部の激務が直接の引き金になったのではなく、それ以外の何かが影響したのではないか、と指摘しておく。

 私の言葉を聞いて、会長は「それ以上はやめろ」と言わんばかりに私を睨んだが、ここで引き下がるわけにはいかない。


 私の中のユスティナが、決定的なチャンスなのだからここで引き下がるなと、叫んでいるから。


 私は、星野先輩が抱えていた家庭の問題、公私に渡り星野先輩を守ってきた有原先輩の入院といった事案を指摘。

 星野先輩が急に仕事を増やし始めたのは有原先輩の入院以降であること、また、もともと星野先輩が見かけほどメンタルの強い人ではないことも、その「前科」をほのめかして指摘した。


 露骨なまでの執行部擁護&星野先輩批判を聞いた教頭先生は、さすがに表情をしかめ、「君にとって執行部が大切なのは分かるが、星野君も君の大事な先輩ではないのかね?」と釘を刺しに来た。


 思わず、心の中でガッツポーズをした。


 ひとつ深呼吸をして、逸る気持ちを抑えてから、用意してきたセリフを返した。

「私にとって、星野先輩も、執行部も、どちらも大事です。

 そして星野先輩は、執行部という組織を、心から愛されていらっしゃいます。

 ですから私は、星野先輩のために、執行部を守りたいと思います」


 教頭先生も、すぐに自分がハメられたことに気づいたようだ。「末恐ろしいね」と苦笑しながら呟くと、それでこの話はおしまいになった。


 その後は、私はもっぱら書記として記録をまとめ、必要に応じて資料を引っ張りだす役割に落ち着いた。

 小林先生と放送部長は懸案事項をポスト・イットに書いてはホワイトボードに貼り付けていき、生徒会の裁可が必要なものは会長が、学校側の裁可が必要なものは教頭先生が、即決できるものと、検討が必要なもので、より分けていく。


 午後3時で一度コーヒーブレイクを入れたが、このあたりから作業の中心は問題点の洗い出しから、実際の処理手順策定に移行していった。

 こうなると、さすがに私と放送部副部長だけでは事務方の手が足りなくなったので、全員の許可を得て永末さんを召喚。

 永末さんは豪華メンバー(しかも教頭先生入り)にキョドっていたが、すぐに自分の為すべきことを把握した。

 教頭先生は感心したように、「徒弟制か」と、しきりに頷いていた。小林先生は苦笑いして「最近じゃOJTと言いますね」と一言。


 7時をまわって校舎が閉まる時刻になったが、もう一息で一段落つくということで、学長室を借りて作業を続行。

 8時には「今日までに最低限やっておくべきこと」に追いついた。思わず、全員で、拍手。


 その後、折角だから夕食でも、ということになった。

 家族のいる人達は家族に改めて電話をし、私は寮母さんに直接報告して、小林先生のミニバンに乗って近所のステーキハウスへ行った。小林先生、支払いは教頭先生が持つと聞いたせいか、店の選択が強気だ。


 放送部長と御木本会長は、食べ盛りの男子高校生に相応しく、600gのTボーンステーキをぺろり。

 放送部副部長(ちなみに女子)も、細身なのに200gのサーロインステーキを綺麗に平らげた。

 さりげなく御木本会長の隣の席をゲットした永末さんは、「私そんなに食べられません」と言いながら、俵型のハンバーグ250gを完食。


 一方で、小林先生は若いくせにチキンステーキ。ダイエットですかね。

 小林先生、私が中等部2年のときからずっと顧問だけど、そういえばこの3年でお腹にだいぶ余計なお肉がついてきた気がする。つうか、ならなんでステーキハウスにしたんですか先生。

 教頭先生は、スライスされたフィレステーキを100g、わさび醤油で頂く和風コース。「若い子はよく食べるねえ、僕も昔はそれくらいいけたんだがねえ」と述懐しながらTボーン組の健啖っぷりを観察していた。


 まあ、私は、あれだ。

 メニューとにらめっこをしていたら、会長が「俺はこれ食うからね?」と600gの肉を指さしたので、単品のサラダバイキングにドリンクセットという安牌を選んだ。

 永末さんに「そんなので持つんですか?」と驚かれ、教頭先生には「君はダイエットが必要には見えないがね?」と訝しがられ、小林先生には「しまったその手があったか」という顔をされたが、いやほんと、こういうときは、実に困る。「生きるのが苦手だから食べるのも苦手」とは名セリフだが、食べるのが苦手だと、こういう場面を上手く渡り難い。


 もっとも、永末さんは会長に「永末、結構しっかり食うんだね。俺はそういうの好きだよ」と言われて傍目にも分かるくらい舞い上がっていたので、それはそれで良かった。

 会長も調子に乗って、自分のステーキの一切れと、永末さんのハンバーグの一切れを交換とかしていたので、まあ、そんな雰囲気で、私はとても美味しくコーヒーが飲めた。


 タバコが吸いたくなったのは、きっとユスティナの記憶のせいだろう。


          ■


 日記を保存して、さて寝ようと思ったら、会長からのメールが着信していた。

 明日、至急相談したいことがあるので、六本木ヒルズの森タワーエントランス前で、10時頃待ち合わせできないか、とのこと。


 とりあえず、10時、森タワーエントランス、了解ですと返信。


 デートのお誘いに読めなくもないが、おそらくそういうことでは、ないのだろう。


 ヒルズともなれば、着ていく服も少しは考えたほうがいい。

 あいにく、自分の制服はクリーニングから戻っていないし、学校から借りた制服は微妙にサイズがあっておらず胸元がダブつく。


 ……なんだか無性に敗北感を感じたので寝る。寝てやる。明日の準備もせずに熟睡する。


 会長め、人のコンプレックスを刺激した罰だ。

 明日はとびきりダサイ格好で待ち合わせしてやろう。


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