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もしかして:紳士

 「やらねばならないことがある」というのは、実に素晴らしい。

 それが「ただひたすら手を動かせば、必ず解決する」というのは、もっと素晴らしい。


 50分間、私は全力で作業して、なんとか会議資料は整った。

 プリントアウトの指定をして、永末さんに人数分コピーするようお願いする。

 予定を10分前倒し。生徒会室にはボチボチと運動部の部長たちが集まってきているが、遅刻者もそこそこいるので、「ギリギリセーフ!」といったところ。

 このぶんなら、会長が軽妙なトークで場を持たせる必要はなさそうだ。


 とても、良いことだ。


 ……と思っていたら、今回の会議における最重要人物、星野先輩が姿を見せない。


 星野静香先輩は高等部3年A組、会計班のリーダー、かつ、執行部長ポジションの偉人だ(伝統的に、会計班長が部長ポジらしい)。

 そのスペックは、完全にチート級。

 この人こそ、異世界から転生してきたんじゃないんですかって言いたくなるレベル。さもなくば、固い決意を心に秘めて、同じ時間を何度でも繰り返す系の人。


 まず、成績がすごい。高等部一年生のときにT大模試を受けて、総合で全国7位。どんな模試を受けても、だいたい全国一桁入りするらしい。

 それどころか、フランス語検定1級を持っている。英検は取らないんですか? って聞いたら「TOEFLの対策しかできてないから、自信ないですね」と言われた。いろいろと、頭の構造が違いすぎます、先輩。


 そして、実務能力がすごい。表計算ソフトを駆使して予算組みをあっというまにまとめてしまったかと思えば、高価で複雑なデザインソフトを使ってチラシやパンフレットを綺麗に作ってみせる。噂によると、そろばんを使わせても、すごいらしい。

 それでいて、押し付けがましくない。現状でご自分ができる範囲の仕事をあっさり仕上げると、静かにボードレールやサルトルなぞ読んでいらっしゃる。そして後輩に託した仕事が終わりそうな頃、おもむろに本を閉じると、「できました?」と聞いてくる。聞かれる頃に作業が終わってないのは、会長くらいだ。

 ちなみに、兼任してる図書委員会では、4期連続で委員長だそうで。さもありなん。


 さらに、ルックスがすごい。間違いなく、学園ナンバーワンの美女だ。かわいいとか、綺麗とかじゃなくて、「美しい」が一番しっくりくる。あまりにレベルが違いすぎて、嫉妬する気にすらなりゃしない。

 まー、あえて言えば、星野先輩も私と同じ平坦族というのは、画竜点睛かもしれない。平坦レベルで言えば、私より高い(高い、でいいのかな?)くらいだ。

 でも、すらりと伸びた細い手足、セーラー服の中で泳ぐ引き締まったボディラインは、風になびく綺麗なストレート・ロングヘアとあいまって、モデルさんですか? と聞きたくなるくらい。平坦族の下っ端である私とは、レベルが違う。

 もっともこれまたご本人曰く「150センチ台のモデルなんていません」だそうで。んー、先輩のオーラっていうか、存在感すごいから、それくらい、いいんじゃないですかねえ。

 絶対、需要ありますって。

 それに、そもそも平坦はステータスなんですよ!

 希少価値なんですよ!


 ……こほん。


 私が執行部員になったのも、星野先輩に憧れた、という部分が大きい。

 中等部新入生歓迎会の裏方を務める星野先輩が、重そうな荷物を運んでいたので、知恵と勇気を振り絞って声をかけて、半分持たせてもらったのが、私と執行部のなれそめなのだ。

 私としては、「一度だけ」「ちょっとだけ」手伝ったつもりだったんだけどなあ。いつのまにやら依存ループ。


 その星野先輩は、会議開始5分後に到着した。走ってきたのか、桜色に上気した頬と、汗で額にはりついたほつれ髪、少し乱れたセーラー服の襟からのぞく鎖骨が、実に艶かしい。


「すみません、図書委員会の案件が長引きました」


 そう言いながら星野先輩が頭を下げると、ほぼ全員集まっていた運動部長たちも、中途半端な笑みを浮かべつつ頭を下げる。

 わかるわかる、わかりますぞ。圧倒されますよねー。


「大丈夫だよ、星野さん。

 そもそも今日はみんな、星野さんを至近距離から遠慮無く見るために集まったみたいなものだし」


 脈絡のないフォローをしたのは会長。あんたも黙って圧倒されてなさい。



          ■



 運動部長を集めての修正予算会議は、星野先輩の采配でつつがなく終わり、目の前の議事録は「○○部:再修正要求なく承認」で埋まった。


「いやあ、星野がいると、議事進行がスムーズだね」


 いいから会長は黙ってて。つうか普段から「さん」つけろ。外部の人が来た時だけ、カッコつけて「さん」づけにすんな。口からクソを垂れる前と後にはサーと言え!


 星野先輩は、部長たちが去った生徒会室を、粛々とお掃除。

 私も議事録を別名保存してバックアップを作ってから、掃除を手伝うことにした。

 と、星野先輩が私の顔を覗き込む。思わずドキリ。


「……高梨さん、体調は大丈夫ですか?」


 おおっと、星野先輩は私が倒れたことを知ってたのか。

 少なくとも、会長は知らなかったぞ。たぶん。

 でも、そんな質問されちゃうと……

 星野先輩、自分にはまだ、今日締めの仕事が残ってるんですが……


「あれ、高梨、具合悪かったの!?」


 慌てたように、会長。

 ほーれ。こうなっては、笑ってごまかすのは難しい。


「えーと、3時間目の剣道の時間に、いつもの発作がありまして。

 4時間目まで保健室で休んで、病院に行って、6時間目に戻ってきました。

 診察では、問題ないということでした。体調的にも、もう大丈夫です。

 すみません、星野先輩にまで心配させてしまって」


 椅子を並べ直しながら、星野先輩にご報告。


「だめだよ高梨、そういうのは先に言ってよ。

 ごめん、大変な仕事、おしつけちゃった」


 てめーに何か言ったつもりはねーぞ、会長。

 でもこの流れは……


「高梨、今日はもう上がって。

 永末、悪いんだけど、高梨を寮まで送ってもらっていい?

 あー、いや、俺も一緒に行くわ。高梨、どうせお前、昼飯食い損ねてるんだろ? お詫びに何かおごるよ。

 星野、悪いんだけど後は任せる。永末、一緒に来てくれる? 俺は女子寮に入れないから、最後の見送りを頼みたい」


 はい、こうなった。


 私としては、正直、執行部の仕事をしてるほうが、気が紛れるんだけど。

 というか……そうやって気を紛らわせていないと、どうしたって「ユスティナ」の件を考えちゃうんですが……


 しかし、会長の言うことは正論だし、指示も的確だ。

 星野先輩は軽く頷くと、掃除の手を止めて、執行部員に仕事の分配。

 永末さんは「会長、私は購買の桜あんぱんがいいです」とか言って、一緒におごってもらう気マンマン。いや、あれは口止め料の請求か。さすが我が後輩。


 会長は、私の目を真っ直ぐに見る。

 その眼差しは、思わず居住まいを正してしまうほど真剣だ。


「掃除はもういいから、支度してくれ。

 高梨。本当に、すまなかった」


 会長の頭が、深々と下げられる。


 ……やれやれ。

 御木本会長は、どうしようもなく見栄っ張りで、どうしようもなく怠惰で、どうしようもなくお調子者の、見下げ果てた男だ。

 でも、私はどうも、会長のこの真っ直ぐな視線に弱い。


「私こそ、自分から言うべきでした。

 40秒ください、いろいろ片付けますので」


 私は自分の席に座り直して、念の為いろいろと保存しなおしてから、PCをシャットダウンさせる。幸いというか何というか、生徒会室に来てすぐ作業に没頭して、そのまま会議になだれ込んだので、カバンは帰り支度そのままだ。

 忘れ物、なし。私が今日中に終わらせるべき仕事は、星野先輩が完璧に把握してるから、引き継ぎの説明をするだけ無駄に星野先輩の時間を奪うことになる。


「すみません、お先に失礼します。

 飯島書記長、星野先輩、あとはよろしくお願いします」

 生徒会室のドアで一礼。飯島先輩と星野先輩は、私に軽く手を振ってくれた。

「お大事に!」という執行部員たちの声を背に、会長&久末さん&私の3人は廊下に出る。


 と、会長の手が、カバンを持つ私の右手に触れた。


「高梨、カバン、持つよ」


 私は無言で、会長に自分のカバンを差し出す。

 紳士モードの会長に、何を言っても無駄だ。


 しばらくの間、私達は無言で廊下を歩いた。

 生徒とすれ違うと、会長がにこやかに挨拶する程度。

 ううん、なにこの空気。


 私は、この奇妙な沈黙を打破したくて、とりあえず会長への要求を申告することにする。


「会長、私も購買の桜あんぱんがいいです」

 ボソリとつぶやく。


「よし、じゃあ購買に寄ってから、女子寮の前まで送ろう」

 御木本会長はそう言って、私の顔を見てにこりと笑うと、二人分のカバンを肩に引っ掛けた。


続きはまた夜に

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