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ユスティナ13

(ロザリンデの秘密について、果たしてイリスは何らかの確証を得られたのか否か。どうにも思い出せない。何か、重大な事実が隠されていたような記憶があるのだが……

 この「思い出せない」という事案だが、今度一度、「何が思い出せないのか」を整理して、その傾向を統計的に調べてみる価値はあるかもしれない。

 が、今はとりあえず思い出せた記憶のうちから、ロザリンデの秘密に比較的関係があったはずだという印象が強いものを記録する。実に迂遠だが、仕方ない)




神聖暦1969年 4月




「……ジャスティーナ? 大丈夫ですか?」


 肩に手を置かれて、私は初めて自分がロザリンデに呼ばれていることに気がついた。

 慌てて「大丈夫です」と答え、ロージィの手に自分の手を重ねるが、指先が不規則に痙攣するのが抑えられず、ロージィは不安そうな目で私を見つめた。


 目を閉じて、深呼吸。

 少し、震えが収まる。


 どうも、いけない。

 自分でも、過去のあれこれを、自分なりに乗り越えてきた――という思いはない。

 乗り越えるには、あまりにも痛みが、怒りが、後悔が、大きすぎるから。


 だから私は、自分の過去の記憶を「やりすごす」方法を覚えた。


 学院時代、その「やりすごし」の最前列にあったのが、魔術理論だ。次席がタバコ。

 でもいつの間にか、記憶は私に追い付いてきた。複雑極まる魔術理論も、灰皿に山と積み上げた吸い殻も、記憶を追い払うには不十分だった。

 だから私は、もっとシンプルに、ひたすら目の前の毎日にだけ集中できる環境を探し、軍という理想の(そのときは理想と思えた)組織に思い当たった。


 ノラド王国軍時代、厳しい国境警備の任務と、熾烈極まる蛮族との戦いは、記憶を「やりすごす」に十分だった。

 生と死が交錯する混沌とした戦場や、勝利の歓喜、死者を悼む酒盛りといったものに、私は夢中になった。

 それでもいつしか、私の記憶は、私の背後に、ひたひたと迫っていた。

 そしてカヤを失い、最前線での任務を解かれた私は、冷たい部屋で一人、記憶と向き合う日々を迎えた。


 だから、〈勇者〉が未来を語り、私に手を差し伸べたとき、私は心底救われた気がした。

 この人と一緒に未来を追えば、きっとまた、記憶を「やりすごす」ことができる。

 そんな気がした。


 その予感は、正しかった。

 世界を代表する3人の才女たちに加え、世界級の馬鹿な夢を抱いた〈勇者〉に囲まれた毎日は、記憶を「やりすごす」どころか、日々を順当に消化するだけでも一苦労だ。



 それだけに今回の、「記憶」の不意打ちは、痛かった。



          ■


 ここに至った経緯は、それほど複雑なものではない。

 いつものように、私達は〈勇者〉がいずこからともなく拾ってきた無理難題の中から、費用対効果が釣り合うものを選び、解決のために旅だった。

 移動手段はいつもどおり、イリスによる空輸だ。


 その日は雲ひとつない快晴で、風も穏やかだった。

 イリスは鼻歌交じりで背中から生やした巨大な翼を羽ばたかせ、私達は魔力で筋力を強化した彼女が持つ大きな(とは言っても4人が入ると相当狭苦しい)バスケットに詰まって、それなりに快適な空の旅を楽しんでいた。


 だがやはり、大きな籠を抱えて空を飛ぶ少女の姿は、どうしたって目立つ。

 雲が濃い日であれば、雲の上を飛ぶことでカモフラージュできるが、こんな綺麗に晴れ渡った日ともなると、魔術師に馴染みのない地域の人達は空を指さして大騒ぎを始めることになる。


 結果、日が暮れそうなので最寄りの街に着陸し、宿を探してた私達は、突如ものものしく武装した警備兵の一行に包囲されることとなった。

 アイリスは素早く臨戦態勢になったが、ロザリンデがそれを制して、警備兵の隊長に要件を聞いたところ、要は「何をしに来たのか、説明を求める」ということらしい。

 考えてみれば、当然の対応だ。明らかに超高位の魔術師が、それぞれに特異な雰囲気を漂わせる3人+1人(〈勇者〉は員数外)と一緒に、街に飛来したのだ。警戒しないほうがおかしい。


 とはいえこちらとしては、「旅の途中であり、一晩の宿を探して着陸した」以上の説明はできない。「嘘をつくな、何か企んでいるだろう」「そんなことはない」「そんなことなくない」的な不毛な押し問答は、最終的に、その街の市長を交えての面談となった。

 市長はさすがに、私達に理解を示してくれた。正確には、私達(単数形)が本気になれば、この街が一瞬で消し炭になると気づいた彼は、「朝になれば出て行く」という約束に飛びついた。「世界の破壊者」のあだ名が役に立つこともあるらしい。


 その後も証書にサインしたり、イリスのファンだという市長の奥さんに晩餐に招かれたり、宴席でアイリスと警備隊長が意気投合して「円盾と角盾はどう使い分けるべきか」で延々とトークしたり、ロザリンデが地元の名士たちにひっぱりだこになったり、それをよそ目に私はバルコニーでこっそりタバコを吸おうとしてイリスに叱られたりしているうちに、宿に着く頃には日付が変わっていた。


 ようやく荷物を下ろした私達は、「これが続くのはマズイ」という認識をすばやく共有、対策を考えることにした。


 結果、消極的ではあるが、空路ではなく、陸路で目的地に向かおう、というラインで話はおちついた。

 時間は3倍ほどかかるが、この地域は特に高位の魔術師が珍しい(=空を飛ぶ人がほとんどいない)ため、空路は最悪「迎撃される」ことすらあり得る。


 だが、このプランをもとに地図を広げ、ルートを決める段になって、私はこの計画が個人的な問題を孕んでいることに気づいた。

 最も合理的なルートを選ぶと、私の故郷の村に投宿することになるのだ。


          ■


 その場では、そうは言っても、もう大丈夫だろう、と思った。

 だから特に、計画に異を唱えることもしなかった。

 そもそも、私の故郷がどこにあるか、知っている人は、この場にはいない。

 ましてや故郷で何があったかなど、誰も知らない。

 私がちょっと我慢すれば、それで済む話だ。


 だが、その日の夜、さっそく私の心は変調をきたし始めた。

 相当疲れているはずなのに、眠れない。

 「夜明けと同時に決戦」を決めた軍議の後のように、私はまるで寝付ける気がしなかった。


 結局、一睡もできずに朝を迎え、さっそくイリスが私の異常に気がついた。

 私は最大限のさりげなさを総動員し、「気になることがあって、遅くまで本を読んでいました」と「告白」。それでその場はなんとか誤魔化せた。


 けれど、次の日も私は眠れなかった。

 こうなると、体調にも露骨に影響が出始める。

 3日目の夜もほぼ眠れず、次の日の昼、ついに私は荷馬車の床に崩れ落ちるように、意識を失った。


 目が覚めたときには、まる1日が経過していた。

 野営用のテントの中で目を覚ました私は、洗いざらいすべてを話さざるをえない状況に置かれていた。


          ■


「よくある、たわいもない思い出、くだらない話なんです」


 そう前置きして、私は話を始めた。イリスとアイリスは厳しい目で私を睨んでいて、対照的にロザリンデと〈勇者〉は心配げだ。


「このルートで旅を続けると、6日後にはカレル村に投宿しますよね?」


 アイリスが無言で頷く。


「カレル村は、どこにでもある、小さな、貧しい村です。

 特に産業があるわけでもなく、名産品があるわけでもない。

 農業と牧畜でほそぼそと食いつないでいる、そんな村です」


「詳しいね」と、イリス。


「ええ。たぶん私のほうが、イリスより詳しいですよ。

 カレル村は、私が生まれた村なんです」


 それを聞いて、アイリスの表情が厳しさを増した。


「大丈夫だと、思ったんです。もう、昔の話だと。

 たかが1晩泊まる程度のことだし、最悪、私だけ野宿してもいい、と」


「待ってください」

 穏やかな声で口を挟んだのはロザリンデ。

「ユスティナ。あなたは、故郷の村に、そんな嫌な思い出があるのですか?

 それとも、村に入れないような事情でも?」


「――言わなくていい」

 説明しようとする私を、〈勇者〉が急に制止した。


「ユスティナがこんなにも思いつめた挙句、ぶっ倒れるほどの『何か』を、無理に抉るべきじゃあない。

 話せば楽になる、なんて言うヤツもいるが、話す程度で楽になるなら、普通はもうどこかで楽になってるはずだ。

 無理に、過去に立ち向かう必要はないよ。

 幸い、時間に余裕はある。街まで引き返して、別のルートを考えよう」


 私は首を横に振る。それでは都合1週間を無駄にすることになる。

 その上、別ルートを選ぶとなれば、最悪、期日に間に合わない。


 でも〈勇者〉は頑なだった。私の両手を握ると、瞳を覗き込む。

「いいか、ユスティナ。

 俺は、お前がこんなにも苦しむところを、これ以上、見たくない。

 それは、みんなも一緒だ。

 ユスティナほどじゃないにしても、俺たちは多かれ少なかれ、『故郷』と折り合いが悪い。だよな?」


 イリスが、アイリスが、そしてロザリンデが、頷く。


「お前の気持ちが分かる、だなんて傲慢なことは言わないし、言えない。

 でも、想像することは、できる。実態からは、遠いにしても、だ。

 そりゃあ、逃げずに立ち向かうべきものは、ある。

 でも、なんでもかんでも立ち向かっていたら、倒れちまう」


 アイリスが、静かに、でも何度も、頷いた。


「事実お前は、立ち向かおうとして、倒れた。

 だから、もういい。

 お前は、よくやった。よく戦った。でも今回は、勝てなかった。

 それで、いいじゃないか。

 いつか、俺たちが腰が曲がったジジババになる頃までに、勝てればいい。

 今すぐ、どうしても、すべてを賭けて戦わなきゃいけない、そんな戦いじゃないだろう、これは?」


 反論しようと思ったけれど、うまく言葉を見つけられなかった。


 それより、私達が「腰の曲がったジジババ」として暮らしている未来が、彼の口からごく自然に出てきたことが、嬉しかった。

 それは、とても、とても、好ましい、暖かな未来だ。


 ――まったく。

 非理論性の塊みたいな男なのに、彼を相手に、口論で勝てる気がしない。


 結局、私は今回も、彼の提案を飲んだ。

 それからみんなで、何もなかったように食事をして、食後にイリス特製のお茶を飲んで、見張りの順番だけ決めてから、眠ることにした。


 今夜に限り、見張りの任務から外された私は、今回も無事に「やりすごす」ことができたことを〈勇者〉に感謝しつつ、目を閉じた。

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