日記 2日目
既に一度投稿したものを、諸般の事情で二分割したものです。
すでにお読みになられている方はスルーして頂ければと。
7月30日
宮森おばさんには一度Skypeか何かで話をしたい、とメールを入れたが、まだ返事はない。
おばさんはいま、アメリカで大きなカンファレンスに出席しているから、とても返信する余裕はないだろう。
逆に言えば、おばさんが日本に帰ってくるまでは、星野先輩の一件が急に動くこともないだろう。
だからそれまでに、打てる手をすべて打っておかねばならない。
とりあえず今日は、学園OBの芝田先輩と会ってきた。
芝田先輩は5期上の大先輩で、宮森学園生徒会が初めて「執行部」を形成したときの生徒会長だ(梓先輩の積年の恋人でもある)。
今ではT大学理学部工学科に進学、ソフトウェア・エンジニアの友人と組んで学生起業したらしい。なんとも、雲をつかむようなというか、雲の上の話だ。
芝田先輩は、星野先輩の一件を、既に知っていた。
その上で、とても衝撃的な話を聞かされた。
星野先輩が「荒れた」のは、これが初めてではない、ということ(これ自体は梓先輩からそれとなく聞いていたが)。
前回は中等部2年時の頃で、そのときも不純異性交遊・妊娠・自殺未遂のケータイ小説的3冠を成し遂げたこと。
ほぼ間違いなく退学処分(宮森は私立だ)というところを、執行部設立にあたって大きな役割を果たした有原先輩が必死でかばって、奇跡の執行猶予を勝ち取ったこと。
ゆえに、今回はもう誰もかばえないかもしれない、ということ。
また、星野先輩のご家庭の事情も、「あくまで伝聞」という但し書きつきで、聞いた。
星野先輩の家は母子家庭で、星野先輩はどんなに良く言っても母親と疎遠、はっきり言えばネグレクト状態にあるらしい。
有原先輩は、そんな星野先輩の状況を見るに見かねて、自分の部屋と、資産の一部を星野先輩に貸しているそうだ(資産って何だ。有原先輩は何者なんだ)。
だから有原先輩が意識不明のままICUで昏睡しているというのは、星野先輩にとって「恩のある先輩が危篤」という以上の意味がある――事実上、有原先輩は星野先輩の母親代わりを務めていたのだ。
これは、星野先輩が精神的に追い込まれていった、大きな理由の一つと考えて間違いないだろう。
なんとも、悪いニュースの連続だ。
しかしこの絶望的な逸話は、聞けてよかった。
最悪の事態には、慣れている。
私が、ではなく、ユスティナが。
むしろユスティナの記憶のおかげで、「真の最悪とは、事態がどうなっているかすら分からないことだ」という実感がある。
絶望的であったとしても、その状況が明らかになったのは、確実に「前進」なのだ。
芝田先輩には、このままでは執行部が活動停止に追い込まれる可能性があることを説明した。
芝田先輩も、さすがにその可能性には思い至っていなかったようだったが、すぐに「十分にあり得る」と同意してくれた。
そこで芝田先輩には、お手数を煩わせて申し訳ないがと前置きしつつ、宮森OBに「執行部による学園自治システム存続の嘆願署名」を仕切ってもらうことにした。
最近では電子署名を立ち上げるのはいたって簡単になったが、発起人が「執行部が誕生したときの生徒会長」である意義は、とても大きい。
芝田先輩は二つ返事で受諾してくれ、既に電子署名サービスを利用しての署名運動が始まっている。
さて。
しかしながらこうも状況が悪いとなると、優先順位はよりシビアな選択が必要だ。
星野先輩を学園に留め、かつ執行部も維持するというのは、おそらくは非常に難しいゴールになる。
最初からそのゴールを捨てるつもりはないが、優先順位だけは前もって決めておかなくては、土壇場で判断を誤ることになる。そのことは、ユスティナの人生で嫌というほど体験済みだ。
現実的な路線で考えれば、執行部の存続が絶対防衛線になるだろう。
そしてそのために最も効率的な作戦は、「執行猶予中にもう一度同じ不祥事をやってしまった星野先輩が、それでも学園に留まれるべき、誰もが同意できる理由」を探すことだ。
なぜならそれによって、「それだけの理由がある星野先輩を、それでも退学にするというなら、せめて星野先輩が大切にしてきたものは学園に残してください」という交渉が可能になる。
嫌気がさすほど打算的で、嫌らしい絵図だが、これくらいシンプルで、誰にでも理解できる“感動的な物語”を武器にすれば、たとえ交渉相手が百戦錬磨の宮森おばさんになったとしても、戦い得る。
それから、ロザリンデが私たちに何を隠していたのかも、気になる。
そのことは、あまり小さいとは言えないレベルで、「こちら側」にも影響している可能性がある。
ともあれ、まだまだ根回しと、情報収集が必要だ。
おそらく梓先輩はすべてを知っているのだろうけれど、いま梓先輩は東北に遠征中で、連絡が取れない。
電話をかけてみるのも手だが、大事な試合を抱えた人に、こんな微妙極まりない相談をするのは、さすがにマズイ。
それに芝田先輩からは、「梓も相当参ってるから、今はなるべく水泳だけに集中させてやってくれ」と頼まれている。芝田先輩には電子署名を立ち上げてもらった恩がある。恩を仇で返すわけには、いかない。
それよりも、どうにかして院長先生に直談判する必要がある。
今回の件を、上手く攻め落とせるとしたら、おそらくは彼が最大のキーポイントになるだろう。
だが、注意は必要だろう。なにしろ院長先生にしてみれば、援助交際&不倫&不倫相手の妊娠という、これまた辞任待ったなしのスキャンダルだ。
突撃するなら、必勝の体制を作らねば。




