夢8
……………ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああっ!!!
遠くで悲鳴が聞こえる。
そう思って跳ね起きて、悲鳴をあげているのが自分だということに気がついた。
全身が、汗でじっとりと湿っている。嫌な汗だ。
過呼吸を起こしそうなほど、呼吸が暴れている。
自分で自分の体を、ぎゅっと抱きしめる。
真っ暗な部屋の、ベッドの上で。
わたしは、ひとりだ。
寒い。
どうしようもなく、寒い。
この寒さは、よく知っている。
体が寒けを感じているのではない。
心が、凍えている。その、寒さ。
どうしようもない、寒さ。
コンコン、と小さなノックが響く。
深呼吸しながら、「大丈夫です」と、なんとか声を絞り出す。
ドアの向こうから人の気配が去って、もう一度、私は一人になった。
敬して遠ざけられる。
それは、自分が望んだポジションだし、思うにもし今、私の周囲に善意に溢れた人たちが群れをなして暖かな笑顔で優しく慰めてくれようとしていたら、私は発作的に自殺してしまうかもしれない。
私は、生きることが苦手だ。
こんなにも孤独が心を凍らせるというのに、人の暖かさが自分を殺してしまうことを、より恐れている。
ああ。
いっそ、こんな自分が、いなくなってしまえばいいのに。
何もかも、この世界ごと、いっぺんになくなってしまえばいいのに。
こんな私が生きていたって、誰も喜ばない。
こんな私が生きていたって、誰もしあわせになれない。
だのに私はこんなにも死にたくなくて、こんなにも生きていたい。
喉の奥から、もう一度、悲鳴がこみ上げてくるのを、必死で押し殺す。
死にたくない。
死にたくない。
もっと、ちゃんと、普通に、生きたい。
生きるってことは、もっと楽しくて、ウキウキして、未来に希望があって、毎日がキラキラしてて、ときには落ち込んだり悲しくなったりもするけれど、結局最後は「めでたしめでたし」で終わるはずじゃなかったのか。
オシャレな服を買いに行った店先、お財布の中身と相談しながら流行りのワンピースを眺めて、ちょっと遅れてやってきた友人たちとお互いにお薦めを押し付け合いながら買い物して、可愛くて美味しいランチをみんなでおしゃべりしながら食べたあとは、お気に入りの床屋に行って髪型を少し整えてもらって、おろしたてのワンピースに着替えたら、日暮れも近い時刻には友人たちと別れて、恋人と待ち合わせる時計塔の下に向かう。
そんな、当たり前の。
そんな、誰もが苦労しながらも、頑張って手にしている毎日が。
それが、どうして、私には与えられないのか。
私に、何の罪があるというのか。
私が、何の罪を犯したというのか。
いや、私は罪を犯した。
私は人を殺した。人を、たくさん、殺した。
私は犯罪者だ。人殺しだ。大量殺人鬼だ。世界の破壊者なのだ。
もし私が、私と同じ部屋に閉じ込められたなら、恐怖のあまり失禁するかもしれない。
こんなふうに、私しかいない部屋に。
そしていま、私には、私しかいない。
逃げたい。
逃げ出したい。
この人殺しから、逃げたい。
でも自分からは、逃げられない。
喉の奥から湧き出る悲鳴を噛み殺しながら、私は私をあざ笑う。
なんでだろう。
なんで、こうなってしまったんだろう。
どうして、もっと普通に、生きられないんだろう。
確かに私は、人を殺した。
このまま生きていれば、もっとたくさん、殺すだろう。
過去において私は殺戮者で、未来においてもまた、殺戮者だ。
でも私は、罪を犯したというよりは、罪を犯された人間だ。
ギリッと、音がするほど強く、奥歯を食いしばる。
憎い。
私は、憎い。
私は、私の人生を狂わせたあいつらを、憎む。
拳を、固く、固く、握りしめる。
憎い。
憎い。憎い。憎い。
憎しみが、私を包む夜の闇のように、心を覆っていく。
握りしめた拳を振り上げる。
でもそのドロリとした熱もまた、私の凍てついた心を溶かすことは、できなくて。
私は、振り上げた拳を、ゆっくりと、枕に押し付ける。
そのまま私は、亀のように体を丸めて、冷たいベッドの上でうずくまった。
渇望も、恐怖も、憎しみも、私を救ってはくれない。
誰か。
お願い、誰か。
助けて。
■
目が覚めた。
窓からは、やわらかな朝日が差し込んでいる。
しばらく、ベッドの上で、朦朧としていた。
眠ったような、眠れていないような。
なんだか、ひどく悪い夢を見たような気がする。
狭い部屋に、殺人鬼と一緒に閉じ込められて、どこにも行けない。
そんな夢。
しばらくそうやって夢の名残を反芻していると、控えめなノックの音がした。
私は急いでベッドから下り、最低限の身だしなみを整えると、ドアを開ける。
ドアの外では、なんとも言えない無表情で身を守った、侍女がいた。
「――おはようございます、ユスティナ様。
あと3時間ほどで、カヤ導師の葬儀が行われます。
ご準備のほど、よろしくお願いします」
一礼すると、侍女はそそくさと去っていく。
ひとり、取り残された私は、ゆっくりとドアを閉めた。
そうだ。今日は、カヤの葬儀の日。
死後、王国騎士章を授与されたカヤの葬儀は、国葬となる。
文字通り「どのツラ下げて参列するのか」と罵倒されるべき立場の私だが、それでも、否、それだからこそ、行かねばならない。
ああ。
どうして、世界をいっぺんに消して、もう一度最初からやり直させてくれるボタンが、ないんだろう。
もしそんなボタンがあったら、私は迷うことなく、あらゆる代償を支払ってでも、ボタンを押すだろう。
まったく、世界の破壊者とは、過大評価も甚だしい。
その名を背負う者の望みが世界の消滅なのに、実際には腑抜けのように、こうしてひとりで、閉じたドアの前に立っていることだけ。
ため息を、ひとつ。
まずは、着替えるとしよう。
このまま呆然としていても、世界は消えてはくれないのだから。
その決意とは裏腹に、私は突っ立った死体のようにフラフラとベッドに向かうと、崩れるようにその上に倒れこんだ。
ああ。
どうして、世界をいっぺんに消して、もう一度最初からやり直させてくれるボタンが、ないんだろう。
そんなことを思いながら、目を閉じる。
次に目を開けるときは、どうか、世界が消えてしまっていますように。
どうか。
神様。
次話まで、また少しお時間を頂くことになりそうです。
9月第3週が終わるまでスケジュールが……




