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もしかして:大人気

 勉強会は好評で、回を繰り返すごとに参加者が増え始めた。

 参加者が増えると、「エマちゃん強化合宿」という本来の趣旨から微妙にズレてこざるを得ない。

 これがまたエマちゃんもnoblesse obligeなんて言葉がナチュラルに出ちゃう系だから、「古典日本語もよろしいですけれど、数学も勉強したほうがよろしくなくて?」とか言い出しちゃうからさあ大変。

 あのさー。エマちゃんさー。エマちゃんの場合、これ以上数学勉強しても、1点も伸びないんですよー?


 ……などという理屈が通るエマちゃんではない。


 そこで、これまで土曜のみの開催だった勉強会を、日曜にも拡張することにした。土曜はエマちゃんの苦手科目重点、日曜は集まった人で決める。


 なんだか、ほとんど企画化し始めましたよ。


 最初は「そこまでの負担は無理」と思ったのだけれど、日曜は理数系の教科がメインになることが多く、こうなると私としても話が変わってくる。

 なにしろエマちゃん、こう見えても中味は天才少女だ。学力は大学への入学が可能なレベル。いくらフランスのバカロレア資格が「思考力を問う」試験形式だからといって、それを2年早く取得できてしまうというのは、並ではない。調べてみたら、フランスでは飛び級は2回まで、しかも非常に限られた「飛び級によってより望ましい教育環境が得られる者」だけに適用されるシステムだ。


 しかも、理数系はエマちゃんの独壇場。私より、明らかにエレガントな解答を、あっという間に導き出す。目から鱗というか、解答が示される度に「おおっ!」とどよめきが上がるレベル。私も、ものすごく勉強になる。

 勉強会が終わったあと、半分涙目で「エマさんのおかげで、数学が好きになれそうです! 数学って、こんなに楽しかったんですね!」と告白しにきた女子がいるのも、むべなるかな。


 でもって、その評判が、勉強会への参加者を増やすわけですよ。


 エマちゃん、人望あるからなー。

 それに、数学に対する愛情の深さが見ててもわかるから、解答に到達しただけみたいな解答に対して「ノン、そんなことでは問題に失礼ですわ!」みたいに高飛車な否定をされても、「そんな必死に否定するくらい、数学が好きなんだ」と思えちゃうんだよねえ。


 ……そういう理解ができない人は、次から来なくなるとも言うんだけど。


 そんな状況だったので、ユスティナの記憶を再現する作業は、しばしお休みとなった。

 いや、さすがに、マジでこれは無理です。

 思い出し続けたら倒れるかも、じゃなくて、これ両立させようとしたら、寝不足で倒れる。無理。絶対無理。


 ともあれ、苦労をしたかいあってか、勉強会で一度簡単な模擬試験をやってみたところ、エマちゃんの国語の成績は大幅に改善されていた。

 語学に堪能というだけあって、エマちゃんは古典文法と単語をあっという間に飲み込んだ。

 苦戦するかと思った敬語も「日本人には、外国語には敬語がないなどと、失礼なことを仰る方が多すぎですわ」と文句をつけながら、さっさとマスター。

 ううむ。やっぱ天才は、なにやらせても凄いね。

 古典の成績が急上昇したので、これなら期末テストで50位以内は堅いでしょう(ただし理系科目が完全満点だった場合)、というのが私の観測。


 ちなみに世界史の先生に「外国語で解答しても大丈夫なんですか?」と聞いてみたところ、「俺は構わん。タイ語だろうがアラビア語だろうが、日本語から逆引きで検索すればいいだけのことだ。ただし、日本での大学受験を考えるなら漢字で書けるようにしておけ。大学から留学を考えているなら、現地の言葉で書けたほうがいいに決まってる」とのご返答。

 おお、これは合理的なご意見。そしてエマちゃんはラッキー。


 ……なお、この手が通じない日本史について、エマちゃんに「なんで日本史にしたの?」と聞いたら「日本史を学ぶなら、日本で学ぶのが一番ではありませんの?」と、実にエレガントなお答えを頂いた。

 正論すぎて、ぐうの音も出ません。


 正論、という面で言えば、エマちゃんが頑として譲らない部分もある。現代国語の問題だ。

 私は「現国は数学と一緒で、たった1つの正解に定められる答えを持った問題が出ます。そこには個人の意見や主義は混じりません」というスタイルなんだけど、エマちゃんは「国文学の問題で、自分の見解を述べなかったら、どんな意味がありますの!?」と根っこから否定。

 んー。こればかりは文化の違いとしか言えませんなー。論述ではなくて、テキスト分析なんですよーって言ってはみたけど、エマちゃん的には認められない風情。いやまあ、50位の予想ボーダーラインは越えてるからいいんですが……。


 そんなこんなで、あっという間に日々は過ぎて、期末テスト1週間前。部活動は停止、執行部の仕事も概ね棚上げになって、放課後は試験勉強タイムだ。


 期末テスト準備期間は、毎晩、寮食で勉強会となった。

 明らかに寮生じゃない人が混じってたりしたけど、まあ、いいんじゃないでしょうか。エマちゃんに数学を教わると、マジで「スッキリ!」になるからねえ。

 一方で私は主に国語担当。現国が苦手という人にとって、私のやり方は「スッキリ!」らしい。ううむ、自分的には、数学のほうが得意科目なんですがね。国語はむしろ苦手だから、対策を練りに練ったというだけで。


 そして、いよいよ明日から期末試験、という夜。


 予想問題を解いていたら、エマちゃんが覚悟を決めたような顔で、「遙さん、あなたの国文学の解き方、もう一度だけ教えてもらってよろしいかしら?」と聞いてきた。


 あら、さすがのエマちゃんでも、やはりカド番はプレッシャーか。


 時間もないので、概念的な部分は抜いて、完全に手順に落とし込んだ解き方を説明する。

 エマちゃん、それを聞いて、複雑な表情。

「――エレガントなメソッドだと、思いますわ……。

 でも、そのメソッド、私のポリシーには、反しますわね――」

 お、揺らいでる。なら、ここはひと押し。

 私はエマちゃんの目をじっと見て、用意してきた決め台詞を言う。まばたきしないのがコツ。

「私、2学期もエマちゃんと同じ教室で勉強したいです。

 そういうのじゃ、ダメですか?」


 エマちゃん、地団駄を踏まんばかりの「ぐぬぬ」という顔になって、腕をブンブンと振り回して、何度も何度も反論しようとして。

「――参りましたわ。

 今回だけは、わたくしの美学を曲げてでも、高梨メソッドを採用させて頂きます」

 そう言って、右手を差し出してきた。握手するとこなのかなコレと思ったけれど、折角なので、がっちり握手。なんとも、可愛らしくも面倒くさい人だ。


 ともあれ、これでエマちゃんが50位を割ることはないでしょ。



          ■



 期末試験が終わった週の、週末。驚くべきことに、この週末にまで、エマちゃんは勉強会を入れてきた。なんなの。ワーカーホリックなのは日本人の特権じゃないの。


 ……と思ってサークル棟に行ったら、なんとそこにはサプライズ・パーティが。ホワイトボードには「期末試験終了バンザイ!」と書かれていて、机の上にはたくさんのお菓子とドリンク。

 おー。なるほどなるほど。そういう趣向でしたか。

 期末試験直前はだいぶ増えていた勉強会メンバーだけど、この日にまで集まったのはさすがに一握り。初期のメンバー6人と、あとは数名というところ。一応、明日はきちんと告知してパーティにするらしい。内々の前祝いというやつですね。


 お祝いと言いつつ、私としては勉強会のつもりで準備までしてきたので、折角だからということで、ホワイトボードの空きスペースに「数学セミナー」に掲載されていた問題を書き写してみた。

 はい。準備って言っても、さすがにこれが限界でした。昨日までテストやったんやで!


 エマちゃんがしげしげと問題を眺めて、「バンザイ!!」のあたりをささっと消すと、サラサラと解き始める。早い。そして綺麗。

 最後まで解き終えると、「いかがでしょう?」と自慢げに指差す。間違っているはずがない。みんなで拍手。うむ、ほとんどショーですね、これ。エマちゃんは華麗なレヴェランス。


 翌日の日曜日は、寮食で「打ち上げ」。

 今度は勉強会に参加したことがあるメンバーがほぼ全員集まった。

 そうか、考えてみれば運動会系の部活は、土曜は練習が再開されてたところも多かったか。だから2回開催だったわけね。


 打ち上げは盛況のうちに終わったけれど、結果を見るまでは期末試験が終わったとは言えない。

 それに、期末試験の発表が終わった頃に、演劇鑑賞会もある。

 もちろん、夏休みということは、開けたら学園祭&体育祭が近いということ。

 執行部はフル稼働だ。


 ドタバタと1週間が過ぎて、いよいよ発表。

 うわー。ドキドキする。正直、自分の成績より、エマちゃんの成績が、むっちゃ気になる。


 とりあえず上から見ると……


 1位 高梨遙  649点

 2位 朝倉武志 647点


 お、今回は単独1位でした。勉強会効果かね。

 でも649点かー。予想より10点くらい低い。どこか大問1つ、間違ったことすら分からないレベルで間違ったっぽいぞ。

 いや、でも今はそれじゃない。エマちゃんだ。エマちゃん……で探すより……長い名前の人は……と――


「やりましたわ! やりましたわよ!!」


 エマちゃんの、悲鳴にも近い絶叫が耳元で鳴り響いた。右耳がキーン。ぐわー。そうですか。私はまだ視認できてませんが、やりましたか。背後からエマちゃんに強くハグされる。うおー。やわらかい。おっきい。いや違う、指摘すべきはそこじゃない。そこじゃないし、あっという間に周囲からも勉強会メンバーが集まってきて、もみくちゃになる。飛び交う「おめでとう!」「やったね!」「がんばったもんね!」コール。なんぞこれ。大学受験に合格でもしたんですか。


 結局、朝礼が始まる寸前まで、私はその歓喜の渦から逃げ出せなかった。

 というか、エマちゃんが何位だったのか、最後まで確認できずじまい。いや、あれで50位割ってるってことはあり得ないけど。


 朝礼後、エマちゃんと2人だけで、朝礼の後片付け。そうですよー。2人とも執行部員ですからねー。朝礼の準備をしなきゃいけなかったんですよー。

 普通は執行部員全員でやる後片付けが「2人だけの罰ゲーム」になったのは、準備に遅れたのみならず、朝礼そのものに遅刻までしたゆえのこと。

 まったく、申し開きようもないです……。


 ちなみにその日の夜、寮食で改めて「エマちゃんカド番脱出おめでとうパーティ」が開かれたのは言うまでもない。


 なお、エマちゃんの順位は28位、617点だったそうです。どうやら数学の大問6(配点15点)、学年で解けたのはエマちゃんだけだったらしい。


 なるほど。


 なるほど……。



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