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もしかして:天才

 休んだぶんのリカバリーやら、執行部の仕事やらで、ゴタゴタした一週間も、なんとか終わった。TGIF!

 メガネと髪型は概ね好評、エマちゃんの誤解も解け、彼女がコスプレ登校してしまう椿事も避けられた。


 なお、エマちゃん、某「オスカル様」をやる気満々だったらしい。

 見てみたいといえば、見てみたい。が、そんな格好で登校してきたら、良くて生活指導室に強制連行、悪くすれば公式な処分ワンチャンだ。さすがに、「日本とフランスの文化の差による勘違い」では済まされない。


 そんなこんなで、折角届けてもらった「ユスティナ・ノート」は、まだチェックできていない。


 できていないというか――正直、手を出しかねている。


 なにしろ「半神」の台本が引き金になって(なったとしか考えられない)倒れてしまったのだ。濃度100%のブツを読んだら、どうなることやら。

 それとも、「自分が思い出したユスティナの記憶」を読み返しても何も起きないんだから、大丈夫なんだろうか。


 大丈夫なようにも思えるし、大丈夫じゃなくも思える。


 ……これは、あれだ。

 夏休み、自室でこっそり読むのがベストじゃなかろうか。

 これなら万が一があっても誰にも迷惑をかけないし(って、この発想がダメだというのは分かるんだけど)、自分の勉強や執行部の仕事に過度なしわ寄せを作ることもない。

 よもや、倒れたっきり目が覚めなくなって衰弱死なんてことは、ない――と……

 ない――ない、よね?

 まさかね。ないはず。ないといいな。


 ぐわー。

 考えれば考えるほど、「取り寄せないほうが良かった」的な感想しか出てこないよ。

「便利なグッズかと思って取り寄せたらパンドラの箱でした」という、この現状。

 そういえばユスティナ・ノートを取り寄せようと思った日って、やることなすこと全部藪蛇だったなあ……なんという厄日……。


 ともあれ、今は目の前の案件から、なんとかしよう。


 明日、土曜日の朝10時から、ついに「第1回エマちゃん試験対策講座」が始まる。

 中間試験の段階では、まずは「ライバルの力を借りずに頑張る自分」で行きたかったみたいだけど、カド番となっては「ライバルと共闘してでも目標を達成する自分」にならねばならないわけで、合理的、かつエマちゃんらしい判断だ。


 場所は寮食――の予定だったんだけど、エマちゃんが気合入れて大学のサークル棟会議室を借りてしまったので、そっちで開催。

 なんでもエマちゃんと一緒に中間試験対策をした女子会のメンツも連れてくるとかで、いよいよ話が大げさになった。


 ちなみにうちの学園には、大学も隣接している。

 というか、もともとこの学園は、大学の付属校だった、らしい。

 ただ、大学のレベルとしては、非常に、その、お察しという感じで……。


 一応、私達は、ほぼエスカレーター式で大学にも進学できる。

 でも今の宮森学園に入った生徒が、そのまま大学に進むことは、まずない。私自身、現状では、あの大学に行きたいとは思えない。

 偏差値がどうこうではなく、図書館から講義プログラム、講師陣まで、とにかく魅力がない。一部に気鋭の講師を迎えてもいるんだけど、その人のfacebookを見ると、大学の運営に関する愚痴が徐々に増えているような状態。

「近くにあるから、なおさら粗が見えてしまう」というレベルを、明らかに越えている。


 高等部から大学への進学状況について、大学からはいろいろと嫌味を言われているらしいし、大学の教授陣と宮森学長は事実上の戦争状態だとも聞く。

 学長的には、高等部以下にやったみたいに、大学に対しても大ナタを振るいたいんだろう。

 でもこれ、どんなに宮森おばさんがやり手でも、数年程度で解決する問題には見えないなあ。


 などということを考えながら、明日の講座の準備。


 まずはエマちゃんの現状だけど。

 Google様で調べてみたら、フランスの入試というか、高等教育機関に入学するための資格試験と、日本の入試は、まるっきり方向性が違う。

 あのノリで日本の試験に挑めば、そりゃアカンよね、というのが正直な感想。

 フランスの試験がいいとか、日本の試験のほうが優れてるとか、そんな話ではなくて、「釣竿持って鳥を撃ちに行ってもダメ」というお話。


 うーむ。どうすっかな。

 まずは、国語からいってみるか。

 エマちゃん、日本語の読み書きに若干の問題ありと言ってたし、そこから推察するに、たぶん国語はヤバイんだろう。

 あのプライドの高いエマちゃんが「問題あり」と言うからには、議論の余地なくダメだってくらい、ダメだと思ったほうがいい。


 つうかさ、これってさ、エマちゃんの部屋行って、聞き込みすればいいんじゃ?

 それだ。それだよ私。ナイスアイデア。


 ……今が夜10時じゃなければな!


 生徒会室を出る間際に「問題点を洗い出したいので、明日は中間試験を全部一式持ってきて下さい」って伝えておいたところまでは、悪くなかったはずなんだよなー。それで満足してたよ。問題点の洗い出しだけなら、今日でもできたじゃない。

 あーもう。なんでこんなに気が回らないかな、私は。


 ううん。ないものねだりしても、仕方ない。


 とりあえず、現代日本語でもヤバイなら、古典はもっとヤバイだろう。古典文法の勘所をまとめた本をコピーしておくか。絶版だけど、いい本だし。寮の10円コピー機は24時間営業だから、今からでも大丈夫。


 ついでにユスティナ・ノートも、念のためコピーしとこう。いますぐは読まないし、控えが電子データ化されているとはいえ、「原本にコーヒーこぼしました」では、宮森おばさんにも今宮さんにもあわせる顔がない。


 よし、決定決定。古典文法本と、ユスティナ・ノートを持って、いざ出撃。


 薄暗い購買横のコピー機にかじりついて、コピー開始。

 コピー代、結構かかりそうだなー。今月は浪費したから正直きっついなー。でも、古典文法本のコピーはエマちゃんに請求してもいいよね。エマちゃんの家、お金持ちっぽいし。

 ……などということを考えつつ、無心に作業をする。


 そうこうするうち、古典文法本64ページ、すべてコピーが終わった。そのままだとちょっとみっともないので、表紙と裏表紙を1枚の紙にコピーして、これで全体を挟み込むことにする。最終的な製本はエマちゃんにお任せ。


 それから、ユスティナ・ノートをコピー。こっちは両面に書いてあるけれど、コピー機は最新型なので、フィーダに差し込んで両面コピーすれば全自動。素晴らしいですね。ルーズリーフはこういうときに便利。

 1000円投入してコピーを動かしていたけれど、途中でお金が切れたので、500円追加で投入。コピーが終わったところで、お釣りが200円。おお、10円以下の端数なし。綺麗だ。ちょっと嬉しい。


 さて、これにて準備は完了。明日に備えて、さっさと寝ましょう。



          ■



 一夜明けて、土曜日、朝10時。大学のサークル棟の会議室には、エマちゃんと私を筆頭に、6人が集まった。寮食女子会、思ったよりずっと意識高い。


 まずは開会宣言的なものを、私から。


「本日は部屋まで準備していただき、ありがとうございます。

 なんだかこう、顔見知りに挨拶するのもなんですが、高等部1年A組の高梨遙です。勉強を教えるなんて柄でもないし、教えるより教わる側ですが、今日はよろしくお願いします」


 パチパチパチ。

 あわわ。もうちょっと冷やかし的なアレになるかと思ったけど、みなさん真剣ですよ。あわあわ。


「――で、その、一応この集まりの方向性というか、目的というか、それなんですが。

 私が聞いていたのは『エマちゃんの成績向上』だったものですから、今回はその準備しかしてきませんでした。

 ですけど、今後もまたこんな感じで、みんなで集まるようでしたら、ちょっと趣向も変えたほうがいいかなと思ってます。

 そのあたり、あとで相談しましょう。私もいろいろ勉強したいですし」


 5つの頭が熱心に頷く。


「さて。あー、まずはその、現状分析と行きたいと思います。

 得意分野を伸ばすよりは、苦手分野を伸ばすほうが、点数を伸ばすだけなら効率がいいです。そして現状、エマちゃんに必要なのは、点数です」


「それは、とてもエレガントな論理ですわね」

 エマちゃん、感心したように頷く。


「ありがとうございます。じゃあ、差し支えなければ、中間試験の答案を見せてもらっていいですか? 皆さんの前で公開っていうのが嫌でしたら、こっそり見せて下さい」


「隠すようなものでもございませんでしょう?

 これが、わたくしの答案ですわ」

 堂々と答案の束を差し出すエマちゃん。つられるように、他のみんなも机の上に答案を並べ始める。おおう、ちょっと待ってね、順番に見るから。


 まずはエマちゃんの成績を拝見――って、なにこれ!?

 うわ……そうか、そういう手があるのか……


 点数だけを並べると、英語・数学・物理・化学が満点。この4教科だけで比べたら、私も負けてる。ていうかエマちゃん、英語も完璧なのか。

 世界史は85点。でもこれ、ちょっとズルイ。エマちゃん、どうやら日本語は「読むのは完璧だけど、書くのは不十分」らしく、ところどころ回答が英語だったりフランス語だったりする。

 そっかー、乾隆帝って英語だとQianlong Emperorなんだー。先生もこれ、困ったろうなあ。でも確かに、間違いじゃないしなあ。問題文のどこにも「日本語で答えなさい」って書いてないし。つうか化学もところどころ英語だったりフランス語だったりしてんなー。

 結果的に、そういう逃げが許されない日本史は48点。てかさ! なんでエマちゃん、日本史選んだの!? 地理だったら世界史と同じ逃げ方ができたのに!

 最後に、問題の国語。こちらは64点と、そこまで壊滅的でもない。けれどよく見ると、古文はほぼ全滅、現代文も芳しくなく、点数はほぼ漢文で取ってる――これは、エマちゃん……まさか、まさかの、アレか。


 頭によぎった疑問を、エマちゃんにぶつけてみる。

「エマちゃん、もしかして、中国語が分かったりします?」

「いわゆる北京語でしたら、問題ありませんわ」

「じゃあ、世界史の回答が英語なのは、どうして?」

「中国の漢字と、日本の漢字、形が微妙に違っておりましょう?

 日本の漢字には、まだ自信がありませんの。

 混ぜて書いてしまったら不正解と言われても仕方ありませんし」

 なるほど、やっぱりか。ってことは何か。エマちゃん、フランス語、英語、中国語あたりまで完璧で、日本語も筆記以外は問題なしってことか。

 いや、問題なしって言うには、口語が独特だけど。


「あの、高梨さん。ちょっと、補足、いいですか?」


 おずおずといった感じで、女子会メンバーから手が挙がった。

 彼女は清里さん。どっちかというと無口系なので普段からあまり目立たないのだけれど、特進クラスで、かつ陸上のスポーツ特待生という、スーパーマンだ。いや、ワンダーウーマンか。

 今日も、朝練と合同自主練の間の時間を使っての参加だとか。


「あ、はい。お願いします」

「エマさん、喋っちゃっても、いいですよね?

 エマさんは、もう、バカロレア資格を取ってるそうです」


 はい!?


「――はい!?

 それってつまり、フランスだともう大学に進学できるってことですよね!?

 なんでそんな天才が、わざわざ日本の高校に!?」


 驚きのまま、驚きがそのまま口から飛び出る。

 バレちゃったからには仕方ないといった風情で、エマちゃんは胸の前で腕を組む。たゆん。いや違う。注目すべきはそこじゃない。


「わたくし、昔から日本文化に興味を持っておりましたの。

 いつかは日本にと、ずっと憧れておりました。

 幸い、バカロレア資格を早めに取れましたので、浮いた2年間、日本に留学させてほしいと、両親を説得しましたの。

 どうしても、日本のハイスクール生活を体験してみたかったのですわ。

 部活! 制服! 文化祭! 生徒会! ほんとうに、どれだけ恋い焦がれたことか……」


 これは、あれだ。筋金入りだ。筋金入りの、天才馬鹿なオタクだ。


 呆れつつ、他のメンバーの中間テストも拝見。ふむ、全体に古典で点数とれてないなあ。今の古典の先生、教え方が情緒的だからなあ。そうなるか。

 でもまあ、都合がいいっちゃ、都合がいい。

 じゃあ、予定どおり、今日は古典文法の日にしよう。


「――拝見しました。

 現状ですと、皆さん全体に、古典が一番点数を伸ばしやすいと思います」

 数人が頷いた。苦手意識があるらしい。でもエマちゃんは釈然としない顔。


「遙さん、わたくし、現代日本語でも、筆記で減点をもらっておりますの。

 それが、いきなり古典日本語から、ですの?」

 なるほど、ご説ごもっとも。でも、そこがまず認識の差なんですよ。


「はい。これは『古典が苦手』な人はだいたいみんなそうなんですが、古典を『日本語として読める』と思ってしまうのが、躓きの始まりなんです」

 中等部で国語の教師が力説していたことを、孫引きする。

「確かに古典文法で書かれた文章は、現代の日本人が読んでも、なんとなく意味が取れます。

 ですがその文法は、現代口語とは大幅に異なっています。

 ぶっちゃけ、完全な外国語だと思って挑んだほうがいいです。

 エマちゃんは外国語の習得が得意そうですし、その面でも、まずは古典を攻めるのがいいかと考えました」


 エマちゃんは「その発想はなかった」という顔で、ちいさく拍手。


「アラビア語も、口語と文語でまるで違う言語だと聞いたことがありますわ。

 言われてみれば、古典日本語は、日本語における文語相当でしたわね」


 そうなんだ。

 しかし、ここでアラビア語のトリビアですか。エマちゃん、点数から類推すると理系の天才少女っぽいんだけど、語学も凄そうね……ってか、飛び抜けて凄い人は、何やらせても凄いか。そうですね。はい。


「ご理解頂けたところで、古典という外国語の、文法をおさらいしましょう」

 用意してきた古典文法本を取り出し、コピーと一緒に机の上に出す。

「これ、私が愛用してる古典文法のテキストです。

 絶版なんで、必要でしたら下のコピー機で増やしてください。階段降りたところのホールに、コピー機があったと思います」

 エマちゃん以外の全員が、「折角だから是非」と、原本を持って部屋を出て行った。エマちゃんは、コピーしたテキストをパラパラと読む。


「――動詞の活用から、ですわね。

 確かに、外国語の習得ルートとしても、比較的一般的ですわ」

「ええ。ただし古典文法の鍵は、助動詞にあると言って過言ではないです。

 動詞の活用を把握して、それから助動詞の種類と、その活用パターンを覚える。助動詞の活用は、動詞の活用とパターンが同じですから。

 それで古典文法の半分――は大げさですが、大きな山をひとつ、越えられます」

「面白いですわね。

 ただ、わたくしは、こういうテキストを見ているだけで心が踊るのですが、普通の皆さんには退屈かもですわね……」

「そこはそれ、『これを知っているだけで点数が10点は伸びる』みたいなコツもあります。今日はその話もしますよ」

 それを聞いて、エマちゃんは感心したように何度も頷く。


「遙さんは、とっても寛容な方ですわね」

 おおっと、突然のお褒めの言葉。

「わたくし、最初にあんなに挑戦的なことをしたのに、ここまで親身になってくださって。

 それに今日、来てくださった友人たちは、わたくしに日本のテストのポイントを教えて下さった方々なのですわ。

 ですが、遙さんにしてみれば、ほとんど縁もゆかりもない方々でしょう。

 さもなくば、直接のライバルですわ」


 なるほど。


「うーん、そうですね……この点については、御木本会長に感謝、ですね。

 この勉強会、もともと提案したのは会長なんですよ。

 正直言えば、『こんなことしてどうなるんだ』って思ってましたけど、昨晩そのテキストを久々に開いたら、結構大事なポイントを忘れていて。

 自分自身、いい勉強になりました」

「かのアインシュタインも、ノーベル賞を取った後、少女の家庭教師をして、『私が彼女に教える以上のことを、私は彼女から教わっているのだから、礼には及びません』と言ったそうですわね」

「そんな話もありましたね。

 カッコツケだと思ってましたけど、意外と本当でした」

「もちろん、カッコツケな部分もあったと思いますわよ?」


 2人で顔を見合わせて、笑う。


「改めて、負けませんわよ、遙さん」

「こちらこそ。そう簡単に、トップを譲るつもりはありません」


 パタンとドアが開いて、コピーに行ったみんなが帰ってきた。

 では、私の復習もかねて、古典文法の振り返り大会、始めますかね。


「えーと。では、いきなり助動詞の活用から入ると死にたくなるので、ここがツボだ! という小ネタから行きたいと思います。

 古文の長い文章って、読んでると、途中でわけわかんなくなりません?

 実は、コツがあるんです。

 理屈を抜きに言うと、『~れば』『~れど』『~るを』『~るに』のところで、ほぼ確実に主語が変わります。例外はありますけど、指針としてこれを覚えておけば、迷子は大幅に避けられます」


 そうなんだ! と驚きと納得の声が上がった。掴みは上々。


 ……かくしてその日、私たちは途中でランチ休憩を挟みつつ、昼過ぎまで勉強会を続けた。


 みんなで食べたお昼も、「打ち上げ」と称して食べたおやつも、とても美味しかった。


 うん。ぼっち道もいいけど、こういうのも、いいよね。


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