夢5
「ユスティナ。あたしには、以前から気になっていることがあるんだ」
「なんです、アイリス」
「なぜ、魔術師は、この世界を支配しない?
ユスティナは、万の軍隊を、一瞬でこの世から消し去る力を持っている。
それでもなお、お前は世界最強の魔術師であることを否定する。
そしてあたし自身、それはある面において、認めざるをえない。
だったら、なぜ?
なぜ魔術師たちは、ともに手を携え、自分たちの力で世界を征服しない?」
「そうですね――理由は、大きく分けて、3つです」
「ほう」
「最初の理由。
戦場において、魔術には決定的な弱点があります。
魔術は『術師が肉眼で視認しているもの』にしか、行使できないのです。
魔術師は奇襲に成功すれば、万の軍隊を消し炭にできます。
ですが魔術の完成が遅れれば、そこでその魔術師の命運は尽きます。
世界を征服するような長い戦争をすれば、軍隊とまともに戦えるクラスの魔術師は、途中で皆、戦死するでしょう」
「それは、分かる。
あたしも、魔術師のその弱点を突いて倒したことは、何度もある。
だが、魔術師は視力を魔術で強化できるだろう?
普通の兵士が視認できない超遠距離から魔術を使えばいいじゃないか。
現に、イリスは何度もそれで敵を圧倒していた」
「そこで、2つめの理由です。
魔術を行使するには、対象を目視していなくてはならない。
これが何を意味するか、アイリスのような戦争のプロフェッショナルに理解してもらうのは、多少難しいことだと思います」
「ふむ?
……ああ――そういう、ことか」
「はい。魔術師は、あくまで、学究の徒です。人殺しの訓練は受けていません。
普通の術者は、自分が放った術によって無残に人間が死んでいくのをずっと見守り続けるようなことに、長くは耐えられません」
「普通は、か」
「私だって、楽しんではいません。
夜中、不意に後悔や恐怖が襲いかかってきて、朝まで一睡もできないことだって、未だにあります」
「ユスティナ、お前は――」
「これだけは、たとえアイリスにであっても、『わかる』だなんて言ってほしくない。
数万人の人間が、生きながら焼かれ、死んでいく。
そのすべてを、私はこの目で見てきました。
そのすべてを、私が、やりました」
「……だがそれは」
「命令だったから。生き延びるため。戦争だから仕方ない。
そんな言い訳を、自分に許すつもりはありません。私は、弱い人間です。それを許せば、自分がどこまで自分を許してしまうのか、想像もできない」
「それでも、お前は、やるんだろう?」
「もちろん。だって私は、楽な仕事を貰っているんです。
私はただ、目の前の敵を、殺せばいい。それだけ。
あなたのように、勝利のために味方をどう効率よく死なせればいいか、その計算をし、決断を下し、命令する。そんな責任は、今の私には、ありません」
「――そうだな」
「戦争を始める前には、何のために戦争をするのか知っておくべきだと、賢人は言います。
だから、私は、あなたについていきます。
あなたが願うなら、私はあなたの剣であり続けましょう」
「あたしは、お前が大切に思っているものを、お前よりずっとずっと大切にしていると、身勝手にも信じている。
そしてその大切なもののために、戦争をしてる。
あたしは、お前に何も返してやれない。
お前の望むことを、何一つ、叶えてやれない。
だから、あたしはお前に、厚顔無恥な願いを言うことしかできない。
どうか、あたしの剣でいてくれ、ユスティナ」
私は将軍の前に、膝をつく。
将軍は無言で、彼方を見つめていた。
そのとき、一人の伝令が駆け込んできた。
「――失礼します! 敵軍に動きがあると、斥候から報告入りました!」
「いま、向かう」
将軍は伝令の報告に重々しく答えると、軍議の間に向かった。私は立ち上がって、彼女の後ろに続く。
「ところでユスティナ」
廊下を歩きながら、将軍が背中越しに言う。
「さっき、理由は3つある、と言ったな?
最後の1つを、まだ聞いていない」
「ああ。そうですね。魔術師が、なぜ世界を征服しないのか。
その、一番重要で、一番くだらない理由を、まだ話していませんでした」
「ふん?」
「3つめの理由。
それは、世界を征服するだなんて、面倒だからです」
「よくわかった。
いいだろう、ユスティナ。その面倒な仕事を、あたしたちで片付けに行こう」




