表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/85

もしかして:魔法

 10秒ほどのたうち回ったところで、20分経過。頭痛はだいぶ楽になった。

 たとえ一時の気の迷いとはいえ、「記憶」だなんて思った自分が恥ずかしい。

 いや、記憶っちゃ記憶か。


 しっかし、懐かしいなあ。

 小学校の頃は、ほとんど24時間営業でそういう妄想してる、我ながらかわいそうな子だったからなー。

 中学校に入って、初めての友達ができてから、ぱったりと妄想しなくなったけど。

 今では友達もたくさんいるし、何より私の今の嫁は正体不明の「英雄」なんかじゃなくて、○峰君だからね! 爆ぜろリアル!


 ……いけない、なんだか急激に落ち込んだ。


 (でも、だいぶ落ち着いた。

  幽霊の、正体見たり、枯れすすき、ってやつだね)


 (部屋に帰ったら、あの頃の「ユスティナ」ノートを探してみるかなあ。

  まだあるかな。

  さすがにもうないかな)


 そんなことを、つらつら考える。


 そういえば、魔法の呪文なんかも考えていたっけ。


 ユスティナは魔術親衛隊の副隊長で、剣もそこそこの腕前だけど、何より攻撃魔法が得意なんだよね。特に火炎魔法。

 1万匹近い雑魚魔物の群れを相手に、「ここは私が食い止めます!」とか言っちゃって。で、慌てた英雄が「馬鹿野郎、死亡フラグを立てるな!」の「フラグ」あたりで高速詠唱を完成させて、1万匹を地上から蒸発させた。


 うむ、さすが小学生の考えるおはなし。


 ……で……どんな呪文だったっけ。


 えーと。


 たーしーかー。


 そうだ、これだ!


 (我らは知る、世界は再び元の姿に戻らぬことを。

  我は死なり。

  世界の破壊者なり)


 そのわりとややこしい、そして厨二マインド満載な呪文を心に浮かべると、自分が高揚してくるのがわかった。くっ、だから私の嫁は○峰君だと言っておろうが! 去ね、邪気眼!


 ……なのに、最初は冗談半分だった高揚感は、除々に自分でもドン引きするほど高まっていく。あれ。私、こんなに、そっち系の人だったっけ?


 なんだか、両手が熱を持ちはじめた気がする。

 両手だけじゃなくて、全身がほのかに熱くなってきた。


 ――え?


 ま、まさか、ね?


 保健室のベッドの、金属製のフレームに、そっと触ってみる。

 触った部分は、一瞬で赤熱して、溶けた。


 待って。


 待って。待って。


 まさか、も、さかさ、もない。

 いま、私の指先は、金属が溶解するくらいの熱を帯びてる。


 で、でもこれ、「1万匹を地上から蒸発させる」呪文じゃない!

 ちょっと! ヤバイ! ヤバイって!



          ■



 私は混乱していた。

 せっかく妄想の正体を突き止めたというのに、目の前で起こっていることは、それを真っ向から否定している。

 でも同時に、どこか覚めた目で、状況を観察している自分もいた。


 つまり、私は魔法なり、超能力なりが、使える


 理論的に言って、それしかあり得ない。

 でもなければ、触っただけで、鉄のフレームが溶けたりするものか。

 しかも、これは、大変にマズイ。

 このままだと、「1万匹を地上から蒸発させる」能力が発動する。


 いやいやいや。

 悪い……冗談です、よね?


 でも、自分の中でぐんぐんと「熱」が高まってくるのが、ハッキリとわかる。

 これを極限まで加速して、圧縮し、開放する――

 と、あの爆発が具現化する。

 たとえ加速・圧縮のプロセスを省いても、開放したときの破壊力は相当なものだ。

 最低でも、この保健室は跡形もなく爆散する。


 そのことを、私は「知って」いる。


 落ち着け、落ち着いて、P≠NP予想でもリーマン予想でも、なんでもいいから数を数えて落ち着くんだ私。


 ……


 …………


 ああっ、もう! わかった! 諦める! 諦めるから!


 落ち着きなさい、ユスティナ!

 麗しきエヴェリナ女王の名にかけて、落ち着きなさい、ユスティナ!!


 そう念じると、不自然なくらい、すうっと動揺が鎮まった。


 それから、「なぜかよく知っている」詠唱破棄のプロセスに入る。

 やり方は簡単、呪文を逆向きに唱えるだけ。うっわ、全然簡単じゃないし。

 でも、止めないと、たぶん――いや、確実に――大変なことになる。


 悪戦苦闘しながら、呪文を逆から辿る。

 それにつれて、「熱」が体から抜けていくのが、はっきりと感じられる。


 数分後、私の体から、謎の熱源は去っていった。

 一部分が綺麗に溶け落ちた、ベッドフレームを残して。


 間違いない。

 見たものは、信じるしかない。


 私は、魔法が、使える。

 超能力という可能性もまだ残っているけれど、「呪文」への依存度が高いから、とりあえず魔法と把握していいだろう。自分も素直に「魔法」と思えるし。


 いや、本当の問題は、そこじゃない。


 おそらく私は――

 私は、「ユスティナ」なのだ。


 ……ん?


 あれ、でも私、普通に自分のこと、「高梨遙」だって思えるなあ。

 「自分の記憶」を辿ってみると、幼稚園の頃まで概ね問題なく覚えている。

 それに、私の「魔法」で溶け落ちたのは、自分が今まさに寝ている、ベッドのフレームだ。日本の、私立宮森学園高等部の、保健室の、ベッド。

 つまり、自分はほぼ間違いなく、現代の、日本にいる。

 ユスティナがいる世界に、私がいつの間にか入り込んだわけではない。

 なのに、魔法? 白い何かと契約した記憶もないのに?


 ……あー。

 ということは。

 そうか。そういうことか。


 そのとき、パタンと音を立てて、保健室のドアが開いた。斉藤先生が入ってくる。

 溶け落ちたフレーム部分を、慌てて毛布で隠す。


「どう? 少しは楽になった?」

「はい、だいぶ」


 嘘とも本当とも言いかねる返事をしてベッドから起き上がりつつ、私は限りなく確信にちかい疑惑をひとつ、心のなかで転がしていた。


  (もしかして:「ユスティナ」が異世界に転生したのが私)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ