もしかして:魔法
10秒ほどのたうち回ったところで、20分経過。頭痛はだいぶ楽になった。
たとえ一時の気の迷いとはいえ、「記憶」だなんて思った自分が恥ずかしい。
いや、記憶っちゃ記憶か。
しっかし、懐かしいなあ。
小学校の頃は、ほとんど24時間営業でそういう妄想してる、我ながらかわいそうな子だったからなー。
中学校に入って、初めての友達ができてから、ぱったりと妄想しなくなったけど。
今では友達もたくさんいるし、何より私の今の嫁は正体不明の「英雄」なんかじゃなくて、○峰君だからね! 爆ぜろリアル!
……いけない、なんだか急激に落ち込んだ。
(でも、だいぶ落ち着いた。
幽霊の、正体見たり、枯れすすき、ってやつだね)
(部屋に帰ったら、あの頃の「ユスティナ」ノートを探してみるかなあ。
まだあるかな。
さすがにもうないかな)
そんなことを、つらつら考える。
そういえば、魔法の呪文なんかも考えていたっけ。
ユスティナは魔術親衛隊の副隊長で、剣もそこそこの腕前だけど、何より攻撃魔法が得意なんだよね。特に火炎魔法。
1万匹近い雑魚魔物の群れを相手に、「ここは私が食い止めます!」とか言っちゃって。で、慌てた英雄が「馬鹿野郎、死亡フラグを立てるな!」の「フラグ」あたりで高速詠唱を完成させて、1万匹を地上から蒸発させた。
うむ、さすが小学生の考えるおはなし。
……で……どんな呪文だったっけ。
えーと。
たーしーかー。
そうだ、これだ!
(我らは知る、世界は再び元の姿に戻らぬことを。
我は死なり。
世界の破壊者なり)
そのわりとややこしい、そして厨二マインド満載な呪文を心に浮かべると、自分が高揚してくるのがわかった。くっ、だから私の嫁は○峰君だと言っておろうが! 去ね、邪気眼!
……なのに、最初は冗談半分だった高揚感は、除々に自分でもドン引きするほど高まっていく。あれ。私、こんなに、そっち系の人だったっけ?
なんだか、両手が熱を持ちはじめた気がする。
両手だけじゃなくて、全身がほのかに熱くなってきた。
――え?
ま、まさか、ね?
保健室のベッドの、金属製のフレームに、そっと触ってみる。
触った部分は、一瞬で赤熱して、溶けた。
待って。
待って。待って。
まさか、も、さかさ、もない。
いま、私の指先は、金属が溶解するくらいの熱を帯びてる。
で、でもこれ、「1万匹を地上から蒸発させる」呪文じゃない!
ちょっと! ヤバイ! ヤバイって!
■
私は混乱していた。
せっかく妄想の正体を突き止めたというのに、目の前で起こっていることは、それを真っ向から否定している。
でも同時に、どこか覚めた目で、状況を観察している自分もいた。
つまり、私は魔法なり、超能力なりが、使える
理論的に言って、それしかあり得ない。
でもなければ、触っただけで、鉄のフレームが溶けたりするものか。
しかも、これは、大変にマズイ。
このままだと、「1万匹を地上から蒸発させる」能力が発動する。
いやいやいや。
悪い……冗談です、よね?
でも、自分の中でぐんぐんと「熱」が高まってくるのが、ハッキリとわかる。
これを極限まで加速して、圧縮し、開放する――
と、あの爆発が具現化する。
たとえ加速・圧縮のプロセスを省いても、開放したときの破壊力は相当なものだ。
最低でも、この保健室は跡形もなく爆散する。
そのことを、私は「知って」いる。
落ち着け、落ち着いて、P≠NP予想でもリーマン予想でも、なんでもいいから数を数えて落ち着くんだ私。
……
…………
ああっ、もう! わかった! 諦める! 諦めるから!
落ち着きなさい、ユスティナ!
麗しきエヴェリナ女王の名にかけて、落ち着きなさい、ユスティナ!!
そう念じると、不自然なくらい、すうっと動揺が鎮まった。
それから、「なぜかよく知っている」詠唱破棄のプロセスに入る。
やり方は簡単、呪文を逆向きに唱えるだけ。うっわ、全然簡単じゃないし。
でも、止めないと、たぶん――いや、確実に――大変なことになる。
悪戦苦闘しながら、呪文を逆から辿る。
それにつれて、「熱」が体から抜けていくのが、はっきりと感じられる。
数分後、私の体から、謎の熱源は去っていった。
一部分が綺麗に溶け落ちた、ベッドフレームを残して。
間違いない。
見たものは、信じるしかない。
私は、魔法が、使える。
超能力という可能性もまだ残っているけれど、「呪文」への依存度が高いから、とりあえず魔法と把握していいだろう。自分も素直に「魔法」と思えるし。
いや、本当の問題は、そこじゃない。
おそらく私は――
私は、「ユスティナ」なのだ。
……ん?
あれ、でも私、普通に自分のこと、「高梨遙」だって思えるなあ。
「自分の記憶」を辿ってみると、幼稚園の頃まで概ね問題なく覚えている。
それに、私の「魔法」で溶け落ちたのは、自分が今まさに寝ている、ベッドのフレームだ。日本の、私立宮森学園高等部の、保健室の、ベッド。
つまり、自分はほぼ間違いなく、現代の、日本にいる。
ユスティナがいる世界に、私がいつの間にか入り込んだわけではない。
なのに、魔法? 白い何かと契約した記憶もないのに?
……あー。
ということは。
そうか。そういうことか。
そのとき、パタンと音を立てて、保健室のドアが開いた。斉藤先生が入ってくる。
溶け落ちたフレーム部分を、慌てて毛布で隠す。
「どう? 少しは楽になった?」
「はい、だいぶ」
嘘とも本当とも言いかねる返事をしてベッドから起き上がりつつ、私は限りなく確信にちかい疑惑をひとつ、心のなかで転がしていた。
(もしかして:「ユスティナ」が異世界に転生したのが私)