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ユスティナ:旅の仲間(3)

(メモ:前回の記録から、1ヶ月前の記憶になる。どうやらユスティナも、パーティに出席していたようだ)




神聖暦1970年 3月


 私は、パーティの席が苦手だ。


 マルキ公爵のご長男が10歳になるお祝いということで、パーティはとても、とても盛大かつ豪華だ。つまり、招待客も多い。最近、巷で話題の対魔傭兵団である〈勇者〉ご一行(=私達)が、客寄せの珍獣的なニュアンスで呼ばれるくらいに。


 はぁ、と、思わずため息。


 エヴェリナ王女が開くパーティはもっと質素で、落ち着いたパーティだった。

 基本、飲むのと食べるのが主体で、ダンスはわりと余興。音楽は、季節折々に宮廷に訪れる、旅の楽師次第。

 王女自身が地味なドレスで参加するものだから、参加者も過度に着飾ることはなく、社交というよりは、節目節目の慰労会的なニュアンスが強かった。

 私は3回に1回くらいの確率でしか参加しなかった。国境警備の最前線を、そうおちおち空けるわけにはいかない。だが、参加するときは軍の礼装で良かったし、ときには駐屯地から帰ってきてブーツの泥を落としただけの姿で列席ということもあった。それを咎められる宮廷では、なかった。


 それに比べて、マルキ公の宴会は、実に居心地が悪い。

 参加者は男も女も派手に着飾り、まるで孔雀の群れが威嚇しあうかのよう。

 じゃらじゃらとぶらさげた宝石が1つあれば、凍える寒さに震えながら国境を守る兵士たちがまる1年、暖かいスープとカビの生えていないパンを口にできるだろうに……。


 などと内心で文句をつけている私も、イリスの見立てでドレスをあてがわれている。仕立ての腕も一流の彼女は、パーティの1ヶ月前にどこからともなく中古のドレスを3着仕入れ、あっという間に最新の形にリフォームしてしまった。

 アクセサリーは、ロザリンデが持っていたクルシュマン伯爵家ゆかりのセット(ネックレス、コサージュ、イヤリング)を、3人で分割。小さいながらも高純度のファイアオパールをあしらった、「1つあれば1個師団が冬を越せる」名品だ。


 つまるところ、同じ穴のムジナ。


 はぁ、と、もう一度ため息。

 理屈は、わかる。理屈は。

 ここはパーティなんかではなくて戦場で、ここで戦う戦士たちにとってドレスや宝飾品、礼服に勲章といったものは、鎧兜そのものだ。

 悲しいかな、後ろに引き連れている「おつき」の数が多いほうが有利、というところまで一致している。

 だがこの場のルールは、戦場ほど明確ではない。勝敗はクッキリと別れるけれど、ここでは「何はともあれ相手を殺せば勝ち」というわけにはいかない。

 そのルールを熟知しているのがロザリンデで、その彼女が「これを着ていろ」と言う。そうなると、私は言われるがままにドレスを着て、宝石で身を飾り、突っ立っているしかない。司令官のご命令のままに、サー。


 そんなことを思いながら、グラスを手に、壁の花となることに専念する。

 ドレス姿ではあるけれど、元ノラド王国魔術親衛隊副隊長、「世界の破壊者」ユスティナに、好き好んで話しかけようなどという人間は、ここにはいない。

 興味半分で近寄って来ようとする男はいるが、私が一瞥すると、微妙な笑みを浮かべて人波の中に消えていく。


 ああ。

 なんで私は、ここにいるんだろう。


 こみ上げるため息を押し殺すために、グラスのお酒をひとくち。

 飲んだ途端、口の中に果実の香りが立ちのぼる、さわやかな飲み口だ。

 これもきっと、ボトル1本のお代で、営舎脇の飲み屋を1個小隊が一晩借り切れる、そんな逸品なのだろう。

 役得と言えば、役得。

 だが、どうにも釈然としない。


「ハイ、ジャスティーナ。額に皺が寄っていてよ」

 鈴が鳴るような声。隣を見ると、いつのまにかロザリンデがグラス片手に立っていた。

「ハイ、ロージィ。お察しいただけると幸いだわ」

 ロザリンデは上品に、くすくすと笑う。自然と、私も笑顔になる。

 彼女の笑顔を前に、どうして難しい顔でいられようか。



          ■



 ともあれ、まずは小さく乾杯。

 何に乾杯、というわけでもないけれど、とにかく一息つきたい。

「……あっちは、どんな状況?」

 彼女と話すときは、自然と砕けた口調になる。

 ちなみに「あっち」というのは、つまりこのパーティの本命、〈勇者〉を巻き込んだ会議のことだ。

「上々、というところでしょうか。

 マルキ公爵は戦争の口実を欲しがっておられますから、私達の情報は渡りに船ですわ」


 マルキ公爵は、強大な軍と、それを支える広い商圏を支配する、大貴族だ。

 多発する異端との戦いにおいても、教会の要請に基づき、大きな功績をあげている。

 まさに、飛ぶ鳥を落とす勢い、というところか。

 だが、強い者は、同じように強い者と対立する宿命にある。

 マルキ公爵の支配体制は盤石だが、現状維持に甘んじれば、本人すら気づかぬうちに権力闘争から脱落するだろう。


「〈勇者〉は、どう?

 あいつ、余計なこと言って、ロージィの邪魔してなきゃいいんだけど」

 ロザリンデは、またクスクスと笑う。

「そちらも、上々ですわね。

 〈勇者〉様は、なかなかのやり手ですわよ」


 あら。これは意外。

 〈勇者〉の口下手っぷりは、私達の間でも有名なのに。


「きっと普段、〈勇者〉様は、私たちの顔を立ててくださっているのですわ」

 涼しげに言うのはロザリンデ。

「それ、本気で言ってる?」

「……自分で言っておいて変な話ですけど、あり得ませんわね」

 顔を見合わせて、2人で笑う。


「アイリス姉妹は、大丈夫そう?

 さっき2人で庭のほうに行くのが見えたけれど、私はここにいろって話だったから」

 自分でも、そこまで律儀に「命令を守る」モードでなくていいかな、と思うのだけれど。

 案の定、ロザリンデは目を丸くする。


「あら……申し訳ございません。もっと自由にパーティを楽しんで頂いてよろしかったのに。

 アイリスさん達でしたら、大丈夫どころか、お庭の話題の中心ですわよ。

 先ほどちらりと見たところですと、イリスさんと、マルキ公お抱えの宮廷楽士の方が、合奏をなさってます。

 なんでも、お二人で即興勝負をして、決着がつかなかったから、途中から合奏に切り替えたとか。

 アイリスさんは、それにあわせて剣舞を披露されています」

 私は内心で驚嘆しつつ、渋い顔をしてみせる。

「ここにいてよかった。本当に、ここにいて、よかった」

「ジャスティーナのダンスも、なかなかのものでしてよ」

「……それ、本気で言ってる?」

 顔を見合わせて、もう一度、2人で笑う。


 ひとしきり笑うと、ロザリンデはグラスをくいっと空けて、表情を引き締めた。

「そろそろ、お仕事に戻りますわ。マルキ公のお相手をしないと」

 私はグラスを傾け、健闘を祈る、のジェスチャー。

 おっと、それはそうと、命令の確認をしておかなくては。

「ロージィ、私はまだ、ここで待機していたほうがいい?」

 ロザリンデは腕を組むと、軽く首をかしげた。

「先ほど申し上げたとおり、もっとパーティを楽しんで頂いて構いませんわ。

 それに、ずっと立ちっぱなしというのも、お疲れでしょう。

 ですが、そうですわね――

 日暮れ頃には、このあたりにいて頂けると、とても助かります」

 右手を上げて、軽く敬礼。了解です、司令どの。


 空いたグラス片手のロザリンデがホールに戻っていくと、あっという間に周囲に人だかりができた。

 そんななか、ロザリンデは「お酒をお注ぎしましょう」だの「ダンスはいかがですか」だの、普通であればとうてい断れない(断ったら命に関わる)方々からの申し入れを、絶妙な間合いと仕草と微笑でかわしていく。


 ……昔、弓兵一個中隊の一斉連続射撃を全部避けきった蛮族戦士と戦ったことがあるが、なんとなく、それを思い出した。


 そのせいか、ようやく私は、この場における自分の役割に思い至る。

 私と話をしている間、ロザリンデは、誰からも話しかけられなかった。

 話しかけたい人は山ほどいただろうけれど、「世界の破壊者」と一緒に談笑する勇気のある者は、いなかったのだ。


 なるほど。

 私は、ロザリンデが翼を休める、ちょっとした止まり木というわけか。


 それならば、それでいい。

 役に立つことがあるというのは、良いことだ。

 それがいわば兵站に相当する任務であるのだから、光栄とすら言える。


 半端に空いたグラスを返すために、ボーイを呼ぶ。

 もう、「残ったお酒がもったいない」とも思わない。

 できるだけ冷厳に。できるだけ無表情に。

 我と我が身を、ひとつの戦争機械として、この場に置く。

 それが、いまの私に求められていること。


 呼びつけたボーイは少し怯えていたようだけど、その怯え方を見て、私は軽く満足する。

 このパーティの間は、もうため息をつかずに済みそうだ。


「ジャスティーナ」はロザリンデが「ユスティナ」を呼ぶときの愛称

「ロージィ」はロザリンデの愛称です

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