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もしかして:逢引き

 覚醒から5日目、うららかな土曜日の朝。

 私は昨晩、一気に書き上げた「旅の仲間」ファイルを読み返す。


 うーん。


 のっけから、どうにも不穏だなあ、これ。

 〈勇者〉様の口調が御木本生徒会長と一部一致しているのは、お約束的に考えれば、御木本会長が〈勇者〉の転生だから、ということになるだろう。

 けれど、「ユスティナ」の〈勇者〉に対する印象を、「高梨遙」が「まるでコイツ、御木本会長みたいだな」と理解した結果、〈勇者〉の口調が、会長の口調に近似した、という仮説も立てられる。理論的に見て、どちらがより有力かと言えば、まあ、後者だ。


 まずいな。


 「ユスティナ」の記憶と、「高梨遙」の記憶を、厳密に区別するために始めた作業なのに、もう「ユスティナ」の記憶を「高梨遙」の記憶が侵食している。


 (やっぱり、やめたほうがいいかな、これ)


 そう思わなくもないが……かといって、何もしなくたって、記憶の混濁が起こる可能性は否定できない。

 「高梨遙」の記録はいくらでも客観的資料として残っているのだから、ある程度のリスクは覚悟の上で、「ユスティナ」の記憶を掘り起こしていくべきだろう。


 そんなことを考えていると、Skypeに着信があった。発信者IDはlibrarian_098。星野先輩だ。

 思わず顔がほころぶ。なんだろ。


10:47 librarian_098

 中等部の合同遠足のしおりのレイアウト・デザインが、12:30目標で完成する見込みです。もし今日の午後、高梨さんに余裕があるなら、最終校正を手伝って頂けると助かります。

 ジュースくらいなら用意できます。問題ないようでしたら、生徒会室に来れる時間を教えて下さい。今日は私は17:00まで生徒会室にいる予定です。


 普段の星野先輩は無口な人だが、テキストチャットになると饒舌だ。

 こんな嬉しいお誘い、どうして断れるだろう。

 私は勢い込んでキーボードを叩き、送信。


10:49 haruruka_TK_

 喜んで! 12時30分目標で移動します。

 遅くとも午後1時までには行けると思います。

 折角ですし、何か甘いもの、持っていきます。

 リクエストはありますか?


 少しして、ポロンと音がして、返信が届く。


10:52 librarian_098

 もしまだ残っていれば、寮食のパンナコッタをお願いします。売り切れていたら焼きプリンで。お金は後で払います。コーヒーを淹れておきますね。


 おお、あのパンナコッタをご所望とは。さすが星野先輩、お目が高い。

 寮食のパンナコッタは土日限定のメニューで、知る人ぞ知る人気スイーツだ。

 なにしろ寮生だけで午前中のうちに消費し尽くしてしまうので、普通の生徒はその存在すら知らない。


 さてさて、パンナコッタがご指定なら、今のうちに買いに行かないと間に合わない。

 私は勢いをつけて椅子から立ち上がり、床に投げ出してあったジャージのズボンを履いて、カーディガンを羽織る。Tシャツでうろつくには、まだちょっと冷える。


 お財布をポッケにねじ込んで、スリッパをつっかけ、部屋を出ようとしたところで、急反転。


10:55 haruruka_TK_

 了解です! では後ほど!



          ■



 パンナコッタは無事に確保したものの、その後の身支度に気合をいれすぎたのか、生徒会室に着いたのは12時35分。

 5分遅刻ですわよ、おほほ。

 でも星野先輩とのお仕事デートですもの。

 気合、入れて、いきます! とも!


「すみません、遅くなりました!」

 生徒会室の扉を開けつつ、第一声はお詫び。


「こんにちは、高梨さん。

 いま、出力、かけたところです」

 macの前に座っていた星野先輩が、軽く背伸をしながら私を見る。しなやかに反ったうなじと、普段より気持ち主張する胸のラインに、思わずドキドキする。


「じゃあ、出てきたのから、順番に読みますね」

 言いながら、机を挟んで星野先輩の真正面、いつもの自分の席に座る。

 今日くらい星野先輩の隣に座るというのも考えたのですが。

 私がいつも使っている文房具は、普段の私の席の引き出しに入っているのですよ……さすがに、仕事を優先しないと。

 残念無念。


 引き出しを開けて、愛用の赤ボールペンを取り出しつつ、持ってきたビニール袋を先輩に向けて差し出す。

「パンナコッタ、買ってきました。スプーンは袋の中に入ってます」

 背後でプリンタが紙を吐き出す音をさせはじめたので、振り返って、B4に出力された「遠足のしおり」の1枚を手元に持ってくる。

 赤ペンのキャップを外し、プリントアウトに集中。

 誤字脱字や、情報の間違いがないか。

 その最後のチェックをするのがこの私、というわけだ。


 最初の見開きを確認し終えたところで、ふと視線を上げると、星野先輩は小さなお弁当箱を広げているところだった。

 私が言うのもなんだけど、あんな量で足りるんだろうか。

 いつのまにか、私の左手前には湯気をたてるコーヒーと、パンナコッタが1つ、置かれていた。パンナコッタの上には、寮食でもらったプラスチックスプーン。

「ありがとうございます」と星野先輩に一声かけ、まずはコーヒーを一口。

 おおっ、これは先輩が生徒会室のミニ冷蔵庫にこっそり隠してある、お気に入りの豆ですね!

「生徒会室の冷蔵庫に私物を入れるときは、袋やペットボトルに『化学部』と書いておけば、誰かが勝手に食べたり飲んだりしない」というのは、星野先輩に習ったノウハウだ。


 背後を振り返ると、プリンタの出力トレイには7枚のプリントアウトが溜まっていた。まとめて手元に手繰り寄せ、赤ペンで1文字ずつ追う。


 ……3枚、都合6ページぶんの校正が終わったところで、なんとなくまた目線を上に。

 星野先輩はお弁当を食べ終えたのか、パンナコッタに手を付けていた。スプーンでカップからちょっぴり掬い、小さく開いた口元に、優雅に運ぶ。

 うーん、食べるところも絵になるなあ。

 私の視線に気づいたのか、星野先輩はにこりと笑い、軽く頭を下げる。「ありがとうございます」の合図だ。

 わたしもつられて、笑顔になる。


 幸せ-。


 無上の幸福感を噛み締めつつ、コーヒーを一口飲んで、校正作業に戻る。星野先輩秘蔵の豆で淹れたコーヒーは、冷めても美味しい。

 脇に寄せたノートPCも起動、日付と曜日のチェックをしたり、目的地の名称が本当に正しいかを確認したりしながら(「○○動物園」だと思っていたら、正式名称は「○○動物公園」だったりする、よくあるよくある)、黙々と作業を進める。

 最後まで目を通して、変換ミスが1箇所、文字が画像の下にちょっぴり潜っているところが1箇所。後者は無視してもいいレベルだけど、見つけた以上は指摘するのが私の仕事だ。


「終わりました。2箇所です」


 赤ペンで修正指示を書き込んだプリントアウトを、テーブルの向こう側の星野先輩に差し出す。

 星野先輩は読んでいた本を閉じると、手を伸ばして校正紙を受け取った。付箋が張られた校正紙2枚を抜き取ると(修正箇所がある刷り出しには付箋を貼った)、かちりとマウスをクリックしてmacをスリープから呼び戻す。


 一仕事終えた私は、自分のパンナコッタに手を伸ばした。

 星野先輩の真似をして、少し掬って、パクリ。

 むむ。パクリ、じゃないんだ、パクリ、じゃ。

 ペロリ。これも違う。

 もそり。ううっ、なんか違う。


 パンナコッタの理想の食べ方を模索しているうちに、星野先輩は修正作業を終え、再出力を指定したようだ。背後でプリンタのファンが回り始めた音がする。

 あわてて、残ったパンナコッタをずるずると食べる。理想から程遠いが、これは今後の研究課題にしよう。


 再出力された2枚のチェックは、すぐに終わった。

 あとはデータをまとめて、印刷所にメールで納品すれば、来週には綺麗な「遠足のしおり」が中等部に届く。


「お疲れ様でした」

 少し残ったコーヒーを飲みつつ、星野先輩に向かって、座ったまま一礼。

 先輩は納品データをまとめているのか、画面上を指さし確認していたけれど、私が声をかけると「助かりました」と言って小さく頭を傾げる。

 いやー、いい仕事、させて頂きました。


 数分後、データのとりまとめと送信が終わったのか、星野先輩がまた本を手に取る。

 デスクトップの時計を見ると、まだ午後4時前。先輩は5時までいるって言ってたっけ。


 ……あれ。でもなんで5時なんだろ。

 いつもの先輩なら、仕事が終わったらさっさと帰っちゃうのに。

 5時に何かの受け取りでもあるのかな? だったら私が代わりに……


 そこまで考えた私は、別の――とても自然な可能性に思い至って、あわてて荷物をまとめ始めた。


 土曜日の夕方、特定の場所で、特定の時間を待つ美女。

 どう考えてもデートです。待ち合わせです。

 あー、星野先輩には、「逢引き」という言葉のほうが似合うかな。


 星野先輩は、突然帰り支度を始めた私を不思議そうな目でちらりと見たけれど、すぐに本に視線を戻した。

 大丈夫です、先輩! 私は空気の読める、冷静な後輩ですから!

「すみません、あの、そのー、急に、メールが、来まして」

 やっちまったQBK、もといQMK。どこが冷静なんだか。


「ちょ、ちょっと急ぎみたいなんで、これで!」

 なるべく不自然にならないような言い訳をしながら、カバンを持って席を立つ。扉の前で一度くるりと振り向いて、「失礼します」とご挨拶。

 星野先輩は半分腰を浮かせて、困ったように「高梨さん、お金……」と言いかけたけれど、私は「週明けでいいですよー!」と言って、早々に退散する。


 生徒会室から寮に小走りで戻る途中、男子生徒や男性教師を見るたびに「星野先輩の待ち人は、この人かな?」などと、無駄な妄想が何度も掻き立てられた。

 私はその妄想を振り切ろうと、いっそう足早に、部屋へと逃げ帰る。


一応、ガールズラブタグ追加しました

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