もしかして:平穏無事
私の中のユスティナが覚醒した日から数えて、4日が経った。
内心、いろんな可能性を考えてはいた。
「ユスティナ! ついに覚醒したか!」とか叫びながら握手を求める人が現れるとかー
差出人不明、謎の文字で書かれた手紙を貰っちゃうとかー
12文字くらいの短いメールが届くとかー
「目覚めたからには仕方ない、死んでもらう」系日本刀セーラー服黒髪ロング女子と遭遇とかー
はい、みなさんも当然、考えますよね! 考えますよね!
何もッ! ありませんでしたァァァァァッ!
……死にたい。
いやいやいや、そんなことがあったらすっごく困るんだけど、あったらどうしようと微妙にワクワクして妄想に妄想を積み重ねていた自分を、穴を掘って埋めたい。
いいかー、みんなー、覚えとけー。
異世界に転生したからって、ドラマチックなイベントが待ってるとは限らんのだぞー。ここ試験でるぞー。
…………死にたい。
ひとつだけ釈明させていただくと、ですね。
その手の何かが「起きちゃった」なら、もうそれと向かい合うしかないじゃないですか。
起こるかもしれない、起こらないかもしれない、そもそも何がどんな角度で起こるかまったく想像できない、気にしても仕方ないけど、気にせずにいるにはネタが大きすぎる。
これ、毎日続くと、結構しんどいっす。
慣れの問題な気もするんだけどね。
普通の人は、「空が落ちてくるかもしれない」なんて心配しながら暮らしたりはしないでしょ?
でも、「空は絶対に落ちてこない」ことを理解するには、結構な勉強か、さもなくば長い経験が必要なわけで。
転生デビュー4日目のニュービーには、まだ「どの空は落ちる可能性があって、どの空は絶対に落ちてこないか」が、わからんのです。
以上、現場からの言い訳でした。
なんにせよ4日間は無事に過ぎて、今日は金曜の夜。TGIF!
執行部の仕事も珍しくあっさり片付いて、午後6時には部屋に戻れた。執行部員たちと生徒会室でダラダラするのもいいんだけど、星野先輩はあっさり帰っちゃったし、生徒会長は帰らないし、長居しても仕方ない雰囲気。
永末さんもそそくさと帰っちゃったしなー。
ありゃきっとデートだなー。
……いいのだ。私にはやるべきことがある。
速攻で宿題を片付けて、今日の授業ノートをざっくりと再確認、しかるに問題集を広げて類題を探し、解答までの筋道を脳内で模索して、模範解答と照合。
う、模範解答のほうが、エレガントだ。
しばし模範解答を熟読。うーむ、エレガント……
ああっ、今日はそんなことしてる場合じゃなかった。
それ以外の類題もざっと確認し、エレファント(「エレガントではない」という意味のスラング)ながらも自分の解き方で正答にたどり着けることは確認。
ま、これが私の実力ってやつですね。
ユスティナの魔法も、どっちかって言えばエレファントだからなー。
学校の復習はこれでOK、予習は日曜夜に回そう。
今日はまだ、復習すべきことがある。
そう、ユスティナの記憶を、「復習」しなくては。
机の上を片付け、自分専用のノートPCを起動する。中等部の入学祝いで譲ってもらった、林檎のシンボルも眩しい高級品だ。こういう高価なものを貰うのは私のポリシーに反するのだけど、「パソコンとスマホは良いものを持ちなさい、でないとあなたの貴重な時間を無駄にする」という学長の言葉は、否定し難かった。
ともあれ、これから毎週末ごとに、テーマを決めて、「ユスティナの記憶」を思い出し、テキストにまとめていく。今日は栄えあるその第1回だ。
第1回のテーマは、もう決めてある。
決めてあるというか、これでなくてはならない。世界の掟だ。
というわけで、私は「ユスティナ」フォルダに保存する最初のテキストファイルの、1行目を入力する――




