もしかして:倒れた
「めーーーーーーん!!!」
トオボエカラスみたいな奇声をあげながら、先生が竹刀を大上段から振り下ろそうとしている。
……え?
トオボエカラス? なにそれ?
今にして思えば、それが「目覚めた」瞬間だったんだろう。
突然、時間の流れがスローモーションみたいになった。頭上からは竹刀が、ハエが止まりそうなスピードで落ちてくる。
(おおっ、これがゾーン! ○峰君の境地!)
そんなことを考えた。つうか、これ意外と暇ね。
私は右足を軽く踏み出しながら体を半回転させ、裂帛の気合を入れて先生の胴を右から左になぎ払う。すぱーん、と、いい音。途端に時間の流れが元に戻ってくる。
「一本!」
主審の剣道部員が大声を上げる。副審たちもその声につられたみたいに旗揚げ。副審は今年になって体育の授業で剣道をはじめたばかりの生徒だから、仕方ない。
武道の必修化で、体育の授業で剣道か柔道が選択できるようになった。私にしてみれば、大好きな剣道ができるチャンスだけど、これやっぱりいろいろ無理があるんじゃないかなあ。
でも、そのときの私は、そんな社会派なことを考えている余裕はなかった。
時間の流れが戻ってくると同時に、ものすごい頭痛と吐き気が襲ってきたのだ。
目の前がグラグラする。少しでも動いたら倒れそうで、身動きすらできない。
忌まわしくもお馴染みの、「発作」だ。
「うっは、すげえ……」
「遙ちゃん、カッコイイ!!!」
「先生から一本取っちゃったよ!」
「綺麗な逆胴だったなあ」
クラスメイトの声が、潮騒のように、近くから、遠くから、聞こえてくる。
頭が痛い。割れそうなくらい痛い。
なんとか深呼吸しようとしたけれど、それが悪かったのか、がくりと膝が崩れる。
(こうやってコケると超痛いんだよー。
せめて、後頭部を打ちませんように――!)
そんなことを脳裏に巡らせながら、体育館の床に倒れた。
女子の悲鳴と、先生が慌てたように私の名前を呼ぶ声がほんのりと聞こえたけれど、そこで私の記憶は途切れた。
■
目が覚めると、保健室の天井が見えた。
私は保健室にわりとお世話になる系なので、天井のシミとか汚れとか、部屋の匂いとか、そういうのをなんとなく記憶している。
日差しの入る方向から考えて、4時間目あたりか。
胸元に視線を下ろすと、体育の時間に着た、だっさい臙脂色のジャージのままだ。
ちなみに、胸元から足下方向への見通しは大変によろしい。
平坦で悪かったな。
(それにしても――今回のはひどかった。
これまでも突然の偏頭痛と吐き気は何度もあったし、
それで倒れちゃうこともあったけれど、あんなのは初めて。
まるでポイゾンウルフの毒牙を受けちゃったときみたい……)
まだ半分寝てる頭で、そんなことを考える。
……?
ポイゾンウルフ?
朦朧とした理性が灯した小さな疑問符を華麗に無視しながら、心は勝手に言い訳を考える。
(いやいや、何も不思議じゃないでしょ、ユスティナ。
確かにポイゾンウルフの一撃を貰っちゃうのは
元魔術親衛隊副隊長としては恥ずべきことかもしれないけれど、
誰だって最初はニュービーじゃない)
……??
ユスティナ? 魔術親衛隊? 副隊長?
ようやく理性が心に追いついて、謎ワード連発の思考をねじ伏せる。
……そ、その。
確かに! 私は小さい頃からその手のファンタジーとか大好きだし!
中学生になるまで脳内で物語を作るのが得意っていうか癖になってたし!
つい昨日もテロリストが突然教室に侵入してきたらってのを妄想したけど!
でも今は某バスケットボール漫画に夢中で、邪気眼系統は卒業なう! なんですよ!
つまり。
もしかして:打ちどころが悪かった
妥当な推測だけれど、さすがにぞっとする。
だって、私は私立宮森学園高等部1年A組、高梨遙。
いささか普通とは言いかねる人生を送ってきた&送っているけれど、結局はなんのかんので平凡な女子高生だ。
いちいち言われなくたって、二次元と三次元を区別するなんて、当たり前のこと。
なのに、私の頭の中には濁流のように、「ユスティナの記憶」が蘇ってくる。
頭痛がぶり返してきた。
「……なに、これ――」
思わず、うめき声。
と、私の声を聞きつけたのか、カーテンを開けて養護教諭の斉藤先生が顔をのぞかせた。