表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

鈴紀編

今まで書いたこと無いほど長くなりました。ご注意下さい。

 ●桜井美奈子の日記より

 放課後、部室に残って未亜の原稿の校正を手伝う。

 この子、情報収集能力はスゴイけど、それを整理したりまとめたりする能力はからっきし、ない。

 調べることは調べるけど、興味が満たされれば、頭の中に情報を収納だけして、後はどうでもいいって感じ。

 ようするに、やったらやりっぱなし。

 感心は出来ないけど、こういうのは人間そう簡単に直るもんじゃないし。

「にゃあ……ごめんねぇ」

 真っ赤っかになっていく原稿を前に未亜が申し訳ないって顔をした。

「そう思うなら、もっと原稿精査しなさい」

「してるよぉ……」

「してるつもりになってるだけ―――この原稿がいい証拠。よし。出来た」

 A4のレポート用紙は、気がついたらもう書き込む余地がない程真っ赤になっていた。

「えーっ!?こんなに書き足しするの!?」

「仕方ないでしょう?」

 悲鳴を上げた未亜に、私は赤ペンのキャップを戻しながら言った。

「こんなタイトルで仕事するんなら、覚悟してやらなくちゃ」

「えーっ!?私、ヤクザ調べているんじゃないよぉ?」

「原稿書いていて、それ以上だって思わなかったの?」

「西園寺部長に一泡吹かせてやりたいだけだよぉ」

「それにしても」

 私はほおづえをつきながら、原稿を見た。

「よりによって……この人のことは……ねぇ」


 報道部にもタブーはある。

 ゴシップや本人の承諾を得ていない特定の個人を狙った報道というのが一般的。

 つまり、個人情報やプライバシーの侵害に該当する報道は出来ない。

 これは、部員の個人的なイジメ行為等を防止するためというのが建前で、本音は裁判沙汰を避けるための措置。

 他に、部員達の間でも意外と知られていないのが、

 学内で危険人物と指定されている特定の個人・団体に関する報道。

 これだ。


 未亜のレポートは、これに抵触しまくっていた。


「あんた、これは部長に出したら大事だよ?」

「なんで?」きょとんとする未亜。

「なんでって―――」あきれかえる私。

「あんた、誰を調べたか私に言ってご覧なさい」

「だから―――2年A組羽山鈴紀はやま・すずき

「それが問題なんだってば!」



 羽山鈴紀はやま・すずき

 普通科コース2年A組在学中。

 探偵同好会会長兼生徒会書記長。

 頭脳明晰・運動神経抜群、しっとりと濡れた若葉を連想させる美貌。

 写真だけ見ると、非の打ち所のない完璧人間なんだけど―――。



 彼女については、定評がある。

 

 私が問題にしているのはこれだ。

 それを未亜の調べたレポートからいくつかを抜粋してみよう。


 担任のコメント。

「え?成績はいいですよ?成績は―――え?他?勘弁してください。ぼ、僕にも家族が」


 友人代表のコメント。

「あの子、絶対人間じゃない!悪魔よ!悪魔!」(収録中、背後のクラスメート達による「もっと言ってやって!」コール鳴り響く)


 某自由業構成員のお方のコメント。

「あのアマぁ……洗濯屋だなんてウソこいて組の金ガメやがって……俺ぁ、あんな悪党見たコトねぇ」

 わかるでしょう?

 はっきりいって普通じゃない。

 ここまで言われるなんて悪徳政治屋でもそうはいない。

 外見はものすごい美人なのに、にこりと微笑まれるだけで教師達が縮み上がる厄介者。

 それが羽山鈴紀だ。

 ちなみに、羽山という姓からわかると思うけど、あの羽山君の従姉。

 とはいえ、羽山君は「鈴紀」という名前を聞くだけで拒絶反応を引き起こすほど嫌っているし、それで普通だと言い切っている。


「おい桜井!」

 先輩が部室の入り口から声をかけてきたので返事をした。

「はい?」

「デートのお申し込みだぜ?」

「はい?」

 先輩達の冷やかしを聞き流して入り口を見たら、そこにいたのは水瀬君だった。


 先輩達に追い出されるように部室を後にした私達は、今年の春新設されたカフェテリアに移動した。

「お、お願いがあって」

「その前に」

 一体、水瀬君に何があったんだろう。

 水瀬君の頭には大きなタンコブ。

「一体、誰の仕業?」

「それが……」


「私ですわ?」

 突然かけられた声に振り返ると、女子生徒が一人、立っていた。

 清楚な深窓の令嬢という言葉がぴったり来るあたり、なんだかルシフェルさんを想像させる。

 リボンの色から2年生で、しかもその顔から相手が誰かはすぐわかった。

 羽山鈴紀先輩だ。

 写真で見るよりずっとキレイな人だけど……。

 でも―――

「あのぉ……」

 私は聞かずにはいられなかった。

「何です?」

「背後のバラは……なんですか?」

 そう。

 なぜか

 鈴紀先輩の後ろには大量のバラが飾られている。

「あらイヤだ」

 先輩、ちょっと驚いた。という仕草をすると、水瀬君の胸ぐらを掴み上げた。

「水瀬君?私のイメージは白百合だと―――何度も!」

「ごめんなさいごめんなさいっ!」

 水瀬君、完全に怯えている。

「白百合って高くて僕のお小遣いじゃ」

「私への忠誠心があるなら、サラ金にでも走るのが当然じゃありませんこと?」

 うわっ。さらっと凄まじいこと口にしてるし。

「あ、あのぉ……」

 このままだと、水瀬君がとんでもない目に会いそうだったから、助け船を出してあげた。

「それで、何のご用ですか?」

「あら♪」

 ぱっと水瀬君の胸ぐらを離した―――というか、水瀬君を突き飛ばした先輩は、嫣然と微笑んだ。

「いろいろお噂は聞いていますよ?桜井美奈子さん?」

「はぁ」

 噂?

 何だか嫌な予感がする。

 そう思う私に、先輩は告げた。


「探偵部へ来ませんこと?」



 逃げようと思ったけど、逃げようとするだけムダだと悟った私は、先輩に連れられて部室に向かった。

「あれ?探偵同好会じゃなかったんですか?」

「今年の春から昇格です」

 探偵同好会は推理小説ファンの集まりで、私も時々顔を出す、とても和気藹々としたいい同好会だ。

 図書館の手伝いもするし、文芸部とも交流が活発な先生達のウケもいい優良同好会。

 それなのに……そこに先輩がいたの?

「同好会には二種類ありまして」

 先輩は歩きながら説明してくれた。

「推理小説好きが集まる読書班、探偵としての行動を求める行動班―――私は後者を束ねています」

「それって―――」

 私は思わず立ち止まった。

「それって……“明光のゲシュタポ”」

「口さがない愚か者の呼び方ですわ」

 先輩は意にもとめない口振りだけど、それはそれは厄介な組織なのだ。

 表向きは風紀委員会の協力機関。

 ところが、実質は風紀委員会の上位機関。

 別名:影の明光学園理事会。

 明光学園内外にネットワークを張り巡らし、ターゲットに指定されれば、よくて退学、最悪自殺まで追い込む組織。

 盗聴盗撮当たり前。誘拐拷問洗脳何でもござれ。

 マスコミだろうが警察だろうが、全てを敵に回して五分以上に渡り合えるという、情報戦のスペシャリストの集まりとも聞いている。

「そ……そんな組織の方が、なんで私を」

「ご協力いただきたいからです」

 部室棟の端、探偵同好会の部室。

 そのさらに奥。

 豪華な彫刻の施されたブロンズ製の扉。

 地獄の門をあしらったデザインがとても印象的だ。

「“これ”のレプリカは日本に3つだけです」

 先輩はドアの鍵を開けながら言った。

「華雅女子学園生徒会風紀委員会室、皇室近衛騎士団正門、そしてここ」

「上野の……」

「あれこそレプリカのレプリカですわ」


 門をくぐって、部室を案内された。

 中は教室のようになっていて、生徒が何人か座っている。

 ただ、座っている席より空いている席の方が圧倒的に多い。

「随分、空いていますね」

「ええ」

 先輩は、何でもないという顔で言った。

「えっと……『悪魔のバット事件』で太田、『調理同好会連続殺人事件』で佐々木と河合と榎本、『アイドル連続誘拐事件』で江藤、『保健室連続失踪事件』で伊東、龍田、川村、辻……みんな殺されちゃいましたから。アハハハハッ」

「はははっ―――って笑い事じゃないでしょう!?」

 私は思わず怒鳴った。

「どこの世界にそんな死人の出る学校があるんですか!」

「問題はそこです」

 先輩、突然真面目な顔になった。

「今までの事件―――すべて同一犯人の仕業なのです」

「―――はい?」

「とりあえず」

 ぺらっ。

 先輩がポケットから取り出したのは数枚の写真。

 それは―――

「なっ!?」

 顔から火が出るほど恥ずかしかった!

 全裸で写真に写っているのは―――

「これ、どうなさいます?」

「な、ななななななっ!」

 慌てて先輩の手から写真をもぎ取ろうとする私を避けながら、先輩は勝ち誇ったように言った。

「焼き増しして校舎の屋上からばらまくというのも手ですわねぇ」

「や、やめてくださいっ!」

 そう。

 いつ撮ったかは知らないけど、映し出されているのは私の全裸写真。

「み、未亜の仕業ね!?」

「未亜ちゃんなら、写真は独り占めですわ?これは私が独自に」

「何をしてるんですか!何を!」

「趣味です♪」

 ニコリと微笑む先輩、それだけなら美人なんだけど……。

「念のための意思確認です」

「ですから返してくださいっ!」

「次の質問に、“はい”か“イエス”で答えてください。犯人退治に協力してくれますか?」

「選択の余地がないです!」

「じゃ、協力してくださいね?犯人退治♪」

「なんでそうなるの!?」


「で?」

 翌日は土曜日。

 学校は休みなのに―――

「何で俺まで駆り出されるんだ?」

 葉月駅前のロータリーで、不機嫌そうに言うのは羽山君だ。

「まぁ、そう言わない」

「親戚なんでしょう?そう無碍にすることも」

「あれの血が混じっていることを、俺は呪っているよ」

 口ではそう言いながらも、葉子と遊んでくれる羽山君。

 きっといいお父さんになるよ。

「水瀬達は?」

「調べたいことがあるからって、先に行ってる」

「へぇ?」

 キィッ

 ロータリーの前に止まったのは一台の4人乗りオープンカー。

「ジャガーX150オープンコンバーチブルかぁ」

 羽山君は感心したように言ったけど、その顔は即座に凍り付いた。

「お待たせ♪」

 運転席に座るのは、白いワンピースにサングラス姿の鈴紀先輩だと知ったから。

 うわっ。

 こうして見るとすごいなぁ。先輩って。

 モデルみたいでみんなの注目の的。

 みんな見とれてるよ!

「光信も来てくれたんだ」

「ダチを強請ったらしいな」

「お願いしただけよ?」

「お前の言うお願いは一般社会じゃ恐喝と書くんだよ―――トランク開けろ」

 羽山君、私達の荷物を手早くトランクに押し込むと、葉子を抱きかかえた。

「葉子ちゃんは後ろでいいか?」

「まぁ!」

 鈴紀先輩が驚いた声を上げた。

「光信ったら、いつの間にペドに!」

「はぁ?」

「そんな小さい子を相手に後ろでするなんて!」

「後ろの席だ後ろの席っ!」

「わかってますよ」

 鈴紀先輩がぽつりと呟いたのを聞き逃さなかった。

「光信ってホント単純」


 車に揺られること数時間。

 オープンカーって思ったより風がなくて気持ちいい。

「で?」

 助手席に座った羽山君が言った。

「お前が温泉とはどういう魂胆だ?」

「何も聞いていないの?」

「桜井だって駅前に10時としか聞いていないそうじゃねぇか」

「私が言い忘れた。そう言いたいの?」

「言う必要がなかったとか、そういう負け惜しみじゃねぇだろうな」

「……」

 鈴紀先輩は、どこからか一通の封筒を羽山君に渡した。

「探偵部に送られた挑戦状」

「はぁ?」

 羽山君は封筒の中身を改めると、無言で私に渡した。

「連休の一時をお楽しみいただこうと別荘と心づくしの料理をご用意いたしました。そしてとっておきのアトラクションをお楽しみ下さい―――怪人虹男?」

「そう」

「先輩、そんな知り合いがいるんですか?」

「知り合いといえば知り合いね」

 鈴紀先輩、何でもないって顔だ。

「同好会に入会する前に何度か」

「いつ頃です?」

「最初が―――小学校入学式の時だから」

「はぁっ!?」

「入学式に現れたアイツめがけて.25口径撃ち込んでやったの。それ以来」

「小学生が入学式になんで拳銃なんて!」

「ランドセルの中には短機関銃だって入っていましたわ?」

 憮然とする鈴紀先輩。

 たまらず横を見たら、イヤなことでも思い出したんだろう、羽山君が遠い目をしていた。

「それ以来って……鈴紀先輩に対する個人的怨念とか」

「まあともかく」

 それ以上聞きたくないんだろう。羽山君が言った。

「鈴紀、こんなバカじみた話にのるってことは……何かかぎつけたのか?」

「ううん?」

 鈴紀先輩はハンドルをきりながらあっさりと、

無料タダだから」

「お、お前……」

「だって!海辺の別荘に美味しい料理!全部タダなんですよ!?」

 鈴紀先輩、恍惚とした顔になる。

「ああ……♪おいしいお料理の待つ豪華な別荘。そこにオープンカーで乗り付けるわ・た・し♪」

「つーか鈴紀!」

 羽山君、何故か青くなっている。

「お前17だろ!?免許どうした免許!」

「?」

 怪訝そうな顔の鈴紀先輩、すぐに言い返した。

「私は、少女探偵ですよ?」

「はぁ?」

「無免許運転なんて当然ですわ?」


 降ろせぇぇぇっ!

 止めてぇぇぇっ!


 海辺の眺めを楽しむ余裕は、もう私達にはなかった。



 へろへろになった私達を出迎えてくれたのは、水瀬君達。

 水瀬君と博雅君にルシフェルさん。そして涼子さんがいた。

 電車とバスを乗り継いでここまで来たという。

 途中で食べた海鮮丼がとってもおいしかったそうで……。

 私、絶対、そっちにしたかった。



 別荘とはいうけど、正確には別荘風の旅館。

 別荘風の建物をいくつかつないでいるだけだ。

 15時丁度にチェックイン。

 それぞれに割り当てられた部屋に入る。

 利用客は建物を自由に使えるし、食事やお風呂もそこでとれるなんて、最近の旅館は手が込んでいるなぁ。

 私は葉子と一緒の部屋に入ると、すぐに荷物を置いて旅館の中を探検。

「やっぱり温泉よねぇ!」

 豪華露天岩風呂にジャグジーまであるのを見つけて感動。

 S市の旅館もよかったけど、こういうのも捨てがたい。

 その後合流したルシフェルさんから葉子が離れないので、一緒に見取り図を見ていたら―――。

「あれっ?」

 見慣れた人がいた。

 まさかこんな所で会うなんて予想もしてなかった人。

 向こうも相当びっくりしていた。

「り、理沙さん?」

「み、美奈子ちゃんにルシフェルちゃん?」

「葉子もいるよ!?」

「あ……ああ、ひ、久しぶりね」

 すでに浴衣姿の理沙さん、何だかかなり慌てている。

「お休みですか?」

「え!?ええ!そ、そう!今日はオフで!オフで一人っきりで!あはははっ!」

 笑う理沙さん。

 かなりアヤシイ。

「岩田警部は?」

「今お風呂に―――」

 ……成る程?

 そういうことですか。



 夕食はみんなで集まって。

 豪華海鮮メニューだという。

 船盛りなんて何年ぶりだろう!

「でさぁ」

 羽山君が楽しげに言った。

「これでメシに一服盛られていたらギャグだな」

「大丈夫です」

 鈴紀先輩がそれを否定する。

「料理は、私の知り合いに頼みましたから」

「知り合い?」

「料理がシュミの方です」

「職業は?」

「検屍医ですわ」

 しん。

 みんなが静まりかえった。

 その人が出てきたから。

 料理人の格好でもしてくれればいい。

 それなのに、何故手術室で着るような格好をしているの!?

「……お待たせしました」

 ゴム手袋で持ってきたのは魚の活け造り。

「死因は失血性ショックです」

 確かに検屍医だわ。この人……。

「……メニューを言え、メニューを」

 羽山君、それは正しい意見です。

「死後2日から3日……」

「喰えねぇだろ!鈴紀っ!」

 一人だけ平然と刺身をパクついている鈴紀先輩に羽山君が噛みついた。

「これは俺達に対する嫌がらせか!?」

「まさか」

 鈴紀先輩、羽山君のお猪口にお酒を注ぎながら言った。

「執刀に関しては日本一の名医、ついでに魚捌き全国コンクール連続10年優勝のベテランよ?執刀ない日は魚屋と肉屋で働いてるんだから」

「……」

「と、とにかく喰うか」

「光信。お酌してあげる」

 そう言えば、涼子さんも平気そうだけど?

「コレくらいでメゲてたら看護婦なんて出来るもんですか♪」

 そういうものなんですね……。


「待って」

 そう言って羽山君を止めたのは水瀬君。

「……」

 無言でお猪口を改める。その顔は真剣だ。

「アルカロイド系」

 ぽつりとそう呟いた。

「象だって一発で死ぬ程強力なヤツが入っている」


「……心理的盲点でしたね」

 鈴紀先輩。

 そういいながらパクパク食べるの止めようよ……。

「とにかく、飲み物には注意して。鈴紀先輩が毒味してくれた刺身は問題ないけど」


「お待たせ」

 検屍医がまた何か持ってきた。

「これなら大丈夫です」

 出されたのはどうやら牛刺。

「死因は脳挫傷。死後3〜4日の筋肉断片です」

「だから死体を強調するんじゃねぇよ……」

「他にも」

 今度は海老の活け作り。

「外傷性ショックが見えます」

 確かに……海老がビクビクしてるけどさ。


「他、頼んだから」

 いつの間にかインターフォンに向かっていたルシフェルさんが言った。

「熱いかもしれないけど、お鍋なら問題ないでしょう?」



 結局、汗かきながらお鍋をつついて夕食は終わり。


 部屋に戻ったけど―――


 あれっ?


 私は部屋に入るのを止めた。


 何かおかしい。


 ん?


 誰かが侵入したのは明らかだ。


 また、マルかな?


 私は部屋に置かれた葉子のぬいぐるみを見て、そう思った。


 気にしなかったんだ。


 その後、汗を流すためにお風呂へ。

 みんなが集合。

 いろいろあったけど、お風呂は最高♪

 葉子、ちゃんと肩までつかりなさい。

「ふふっ。可愛らしい子ですね」

「先輩、子供好きですか?」

「ええ♪身代金とか臓器売買とか」




 ●男湯

「ったく冗談じゃねぇ」

 男湯で湯船につかる羽山がぼやいた。

「鈴紀のヤツ、何が怪人虹男だ」

「本気じゃないだろう?いくらなんでも」

「ううん?」

 水瀬が言った。

「アレ、本当にいるよ?」

「はぁっ!?」

「何だか知らないけど、探偵部を目の敵にしているのは確か」

「殺人犯が実在する?」

「探偵部で死人が出ているのは事実だもん」

「そういえば、お前、なんで鈴紀に従っているんだ?」

「四方堂先輩から頼まれたんだよ。探偵部で起きている連続殺人事件、鈴紀先輩に手を貸してくれって」

「生徒会長から?」

「会長も心配しているんだよ。殺された連中、学校でも鼻つまみっていうか、情報をネタに恐喝や強請やってて、警察が立件する一歩手前まで行ってた連中だから」

「鈴紀が粛正したわけじゃあるまいな」

「僕もそれ考えたけど」

 水瀬は首を横に振った。

「アリバイが崩せないんだよ。先輩と犯行時間がつながらない」

「誰か共犯者がいて」

 博雅が考えを述べる。

「先輩はソイツに任せた」

「お金のね?」

 水瀬はそれさえ否定する。

「お金の出入りがそれだと説明できないんだよ。先輩は、お金の入りが出を圧倒しているし、ここン所、最高10万円以上の出がない」

「細かく引き出したとは?」

「ありえないって結論づけた。先輩みたいな守銭奴、そんな手数料かかるマネする位なら死を選ぶよ」

「よく知ってるな」

「守銭奴には知り合いが多くて……」

 はぁっ。

 水瀬は天井を見上げた。

 壁越しには女風呂からキャアキャアと楽しげな声が聞こえてくる。

「こんな楽しいのに……」

「厄介事にならなきゃいいが……」

 水瀬達全員が同時にため息ついた時だ。


「へーっ!そうなんだぁ!」

 女風呂から葉子の声がした。

「じゃあ!」

 不思議とよく通る葉子の声は、男風呂にいる全員が耳にしていることだろう。


「みんなおマタがオトナなんだね!」


「……」

「……」

「……」


「どうやったらオトナになるの!?」


「……」

「……」

「……」


 男湯が謎の沈黙に包まれた。


 ●桜井美奈子の日記より

 たまらず私達は逃げるように女湯を後にした。

 葉子に悪気があったわけじゃない。

 でも、あの瞬間の男湯の沈黙が痛すぎる!

 部屋に戻って葉子の髪を整えて寝かしつけたら21時を回っていた。

 とてもじゃないけど、眠れない。

 理由は簡単だ。

「お茶、入ったよ?」

 そう声をかけてくれたのは、水瀬君。

 何故か私、水瀬君と相部屋だったんだもん!

 さっき、誰かが入ったと思ったらそれは水瀬君。

 男の子と同じ部屋なんて何かあったらどうするの!?

 葉子もいるのに!

 ……一瞬、葉子をルシフェルさんに預けちゃおうかと悪魔が囁いた。

 ダメダメ!

 よ、葉子が邪魔だなんて、そんなことない!

 多分、ないんだから!

 連れてきたこと失敗したなんて後悔してない!

 してないんだから!


 とりあえず、葉子を起こさないように二人ともベランダに移動。


 真っ暗な海と星空しかない窓辺。

 あーっ!

 緊張するっ!

 普段なら教室とかいろんなところにいるのに、何でこんな時はこうも緊張するんだろう。

 二人きりになったことはたくさんあるのに。

 何か言わなくちゃいけないのに言葉が出てこない。

 お茶を飲んでも喉が渇いてくる。

 頭の中では、水瀬君とこれからナニをするのか。

 まさかこんなことになるとは思ってなかったから下着は普通のだし……。

 避妊ってどうやればいいんだろう?

 水瀬君、ちゃんとリードしてくれるかなぁ。

 本当、ヘンだと思うけど、そんな心配ばっかり浮かんでくる。


 心配?


 違う。


 期待だ。


 私は今、期待している。

 何を?


 水瀬君に抱いてもらえるかもしれない。


 そう、期待している。


 罪悪感はない。


 水瀬君が日菜子殿下とつき合っていることは知っている。

 だけど、私と殿下ははっきりライバルだと互いに言い切った間だ。

 ライバルだから、この先、私が水瀬君と何しても文句は言わせない。

 肩書きは関係ないって言い切ったのは向こうなんだから!


「ねぇ……水瀬君」

 そう思うと、やっと言葉が出てきた。

「えっ?」

「日菜子殿下とこの前……こうして同じ部屋だったんでしょう?」

「違うよ?」

「うそ」

「あの時は、殿下と橘さんって女官の人が一緒だったんだよ?僕は別室」

「本当?」

 随分疑わしい顔してたと思うけど、それで普通だとも思う。

「本当だよ……」

 水瀬君は困ったような顔をした。

「殿下と二人っきりなんてよっぽどのことがないと……本当に貴重な時間なんだから」

「……水瀬君は」

 言葉はひっこめられない。

「殿下のこと、好きなの?」

「……うん」

「瀬戸さんより?」

「……多分。でも、わかんない」

「わかんない?」

「殿下だけを好きになっていいのか……よくわかんない」

「浮気性なんだ」

「そうじゃないよ」

「そう聞こえる」

「……昔、ううん?本当は今でも誰より好き。愛しているって、その人だけには言い切れる。僕にもそういう人はいるんだ」

 愛している。

 そう言い切れる人が水瀬君にはいる。

 それは、初めて聞いた。

「だけど……」

 水瀬君の表情が曇った。

「僕はその人と別れる……別れなくちゃいけなくなった。死ぬほど辛かった。死んじゃいたいって初めて本気で思ったくらい」

「……」

「綾乃ちゃんの時もそう。綾乃ちゃんが嫌いなんじゃない。好き……だと思う。だけど」

 聞きたくない。

 そう思っても、言葉にはしなかった。

 水瀬君は精一杯の勇気を出している。

 それがわかる。

 なら、それに精一杯答えるのは最低限度の礼儀だ。

「殿下まで……いつか同じ思いをするのかなって思ったら……好きにならない方がいいのかなって……そう思って……怖いんだ」

「それでも」

「?」

「殿下は精一杯、水瀬君のこと想ってる。それには答えてあげなくちゃ」

「……うん」

「納得いかない?」

「ううん?」

「殿下のこと、嫌い?」

「……好き」

「あのね?水瀬君」

 私は水瀬君にお茶をいれてあげながら言った。

「そりゃ、どんなに愛し合っていても、いつかは別れる。……死ぬから」

「……」

「でも、それを恐れていたら何も出来ないし、愛し合えない。価値無いよ。そんなの。刹那の快楽に身をやつせといってるわけじゃないけど、その時その時の互いの想いを大切にすることの方が大切なんじゃない?」

「そういうもの?」

「あの時告白しておけば!なんて後悔する方が絶対にみっともないもん。そんなことしちゃダメだよ?」

「そうなの?」

「一番悲しい思いをするのは、好きになった女の子の方なんだから―――女の子に恥を掻かせちゃダメ!」

「……そうなんだ」

 そしたら水瀬君、とんでもないこと言い出した。

「そこまでいうからには―――桜井さんにも、好きな人、いるんだ」

「え゛っ!?」

 な、何聞いてくるの!?

「いるんじゃないの?」

 め、目の前にいるよ!

 この鈍感!

 あーっ!もうっ!

 ……私、何やってるんだろう。

 いつまでピエロやってれば気が済むんだろう。

 一番好きな人に、別な女の子をけしかけるなんて!


 ……こんな惨めな話、ないよ。



 コンコン


 ドアがノックされたのは丁度、私が時計を見た時だ。

 時間はもういつの間にか22時丁度。

 

 ドアの向こうにいたのはルシフェルさんだった。



 鈴紀さんがいないという。



「どこかで悪巧みでもしてるんじゃないのか?」

 合流した羽山君はそう言うけど、どうしたものか。

「下手に動かない方がいい」

 水瀬君はそう言う。

「この暗闇で下手に動けば余計な犠牲が出ないとも限らないから」

 ……そうね。


 私達は、夜明けを待って―――とりあえず寝た。


 目が覚めたのは5時。


 目が覚めたら、水瀬君と葉子と私で川の字になって寝ていた。

 夫婦じゃあるまいし。

 そう思っても、なんだかそれだけで嬉しかった。

 葉子が私の子供で、水瀬君が旦那様。

 目が覚めた妻はとりあえず朝ご飯とお弁当作り。

 ……本気でお料理、お母さんから教わろうかな。


 とりあえず、思考を現実に戻した。

 考えが深くなればなるだけ、自分が恥ずかしくてたまらない。


 外に出ようとドアを開けた。

 早朝なだけに人影はない。

 そう思ったら―――


「あらっ?」

 廊下を歩いてくるのは―――

「鈴紀先輩!」

「あら。桜井さん」

「あらじゃないです!」

 私は鈴木先輩に駆け寄った。

「一晩中、どこにいたんてすか!?」

「うーん……」

 先輩、なんだか言いづらそう。

「内緒」

「内緒じゃなくて!」

「女の子の事情……そうしていただけません?」


 私は憮然として廊下を歩いていた。

 ヒドイ話だ!

 こんな所にひっぱりだして一晩中心配させて!


 どこをどう歩いたんだろう。

 丁度、廊下の角で人にぶつかりそうになった。

 理沙さんだ。

 しかも、横にいる男の人は。

「理沙さんと岩田警部?」

 二人とも、ものすごく気まずいって顔してる。

 そんなに気にする必要もないのに。

「お、おはよう」

「や、やぁ」

「―――早朝のトレーニングか何かですか?」

「ま、まぁ、そういう所」

「そうですか」

 この程度でいいはずだ。

「それにしても」

 私は何故ここに来たか何となくわかってしまった。

 この匂いだ。

 とても美味しそうな匂い。

 それにつられてふらふらと歩いて来たに違いない。

 女の子としてなんだか情けない気がするけど、しかたないじゃない!

 通路の向こう側が調理室らしい。

 ちょっとマズいかと思ったけど、理沙さんもしきりに調理室を気にしているから、さそって見た。

「どんなお料理か興味有あません?」

「村田はこの匂いにつられてここまで来たんだ」

「警部!」


 調理室に人影はなかった。

 ただ、大きな寸胴がグツグツと音を立てるだけ。

「へぇ?ビーフシチューかしら?」

 理沙さんが興味深そうに寸胴へ近づいていく。

「珍しいな」

 岩田警部は入り口で調理場をのぞきながら首を傾げた。

「普通なら、仕込みだのなんだので、このくらいの時間なら大騒ぎなのに」

「朝ご飯、出るんですよね?」

「バイキングと聞いているが―――おい村田」

 まるでその声がきっかけだったように、理沙さんがその場に倒れた。

「理沙っ!」

 岩田警部が慌てて駆け寄る。

 床は水浸しだ。理沙さんの服が濡れていく。

「しっかりしろっ!」

 うわーっ!

 岩田警部、女の顔を平手でそんなに殴らなくても!

 何か手伝えることがあると思って、私も二人に近づいて―――

 見ちゃった。


 見たくないけど、見ちゃった。


 寸胴の中身。


 理沙さんじゃなくてもこれは卒倒したくなる。


 寸胴の中で煮え立っているのは、確かにビーフシチュー。


 問題は、その具。


 人間の頭部。


 少し縮れた髪がソースでべったりと額に張り付いている。

 

 うつろに開かれた目と視線が重なってしまった。



「い……岩田警部」

 声が出たのが救いだ。

「どうした?」

 警部は、寸胴の中身を確かめると、すぐに理沙さんをその場に放り出し(コンクリートの床にたたきつけ、の間違いかも)、調理場を後にした。

 さっきまでの美味しそうな匂いが、吐き気のする悪臭にさえ感じられる。


 私はトイレに駆け込んで思いっきり吐いた。


「美奈子ちゃん?」

 ルシフェルさんと鈴紀先輩、そして涼子さんがトイレに入ってきた。

「駆け込む所、見えたから」

 そう言って、トイレではき続ける私を見た三人の顔が凍り付いた。

 うまく説明できない。

 というか、すぐに忘れたい!

「み……美奈子ちゃん?」

 ぐいっ。

 ルシフェルさんが真剣な顔で私の肩を掴んだ。

「相手……水瀬君だよね?」

 へっ?

「心配なら、産婦人科……付き添ってあげるわよ?」

「私、妊娠検査薬持ってるから!」

 あの……涼子さん?

「あの子……意外と鬼畜だったんですね」

 何の話ですか?鈴紀先輩?

「みんなで朝風呂って思ったんですけど、これは意外なモノを」

 ですから……。

「で?何ヶ月?」

 何の話ですか?

「妊娠……してるんでしょう?あの水瀬君の子を」

「ち、違いますっ!」

 私は自分の吐いたモノの匂いのせいで、こみ上げてくる吐き気を押さえられない。

 胃液も出ない中、ルシフェルさんが背中をさすってくれた。

「飲み過ぎってわけでもないでしょう?どうしたの?」

 もう調理場は大騒ぎだ。

 旅館の関係者が悲鳴を上げて逃げ出している。

 鈴木先輩、その中に割り込んで、しばらくして出てきた。

「アレ、見たのですね?」

 私は無言で頷いた。

「そりゃ辛いでしょうよ」

 妊娠なら面白かったのにって、鈴紀先輩、とんでもないことぼやくし。


「火を止めろ!」

「現場の保存は!?」

「その前に証拠が骨だけになっちまうだろうが!」

 理沙さんが何とか復活したらしい。

 岩田警部に怒鳴られている。

「ああ―――あの二人も来ているんですね?」  

「お知り合いで?」

「ええ……いろいろと」


 地元警察から鑑識だの何だのが来る中、私達は岩田警部と鑑識の人が話しているのを立ち聞き―――というか、盗み聞きした。


「死亡推定時刻は……煮られているので正確にはわかりません」

「成る程?」

「詳しくは司法解剖にまわしてから……ってことですが」

 鑑識の人は言った。

「あれじゃナイフとフォークで解剖した方が」

「俺はそういうの嫌いなんだよ」

 岩田警部、さすがに常識人です。


 それにしても……。

 私は考えた。

 何か引っかかる。

 おかしい。

 うーん。

 何だろう?


「あーっ!お姉ちゃん!」

 葉子の声に我に返った。

 パジャマ姿の葉子がこっちに駆けてくる。

「起きたのにほったらかしにしたっ!」


「―――困るな」

 背後で岩田警部が苦い顔をしていた。

「警察の情報は、外部の人間には知られたくないこともあるんだぞ?」

「す、すみませんっ!」

 謝る私だけど、鈴紀先輩は涼しい顔だ。

 知り合いってのは本当らしい。

 岩田警部は苦い顔をしかめて言った。

「その前に腹ごしらえだ―――食べたくないかもしれないが、そのお嬢ちゃんはお腹空いているだろう?」


 食事はレストランに集まって行われた。

 もう騒ぎは知れ渡っているのかもしれない。

 旅館側が誠意とでもいいたいんだろうか、それとも元からか、客前でローストビーフの切り分けを行っていた。


 あまり食欲がわかない中、無理矢理胃袋に押し込む。

 みんなそろっての食事なのに、なんだかお葬式みたいな沈んだ顔ばかり。

「虹男の仕業ではありません」

 鈴紀先輩はぽつりとそう言った。

「虹男は、美食家でもありますから……」

「逆に」

 葉子にローストビーフのサンドイッチを作ってあげていた水瀬君が言った。

「だからじゃない?」

「どういうこと?」

 それは興味ある。

「ほら。美食の果てに行き着くのは―――アレともいうし」

「寸胴の中身、見てきなさいよ」

「どさくさ紛れに見ては来たよ―――先輩」

「はい?」

「犠牲者には心当たりがあるんですね?」

「……」

 パンをちぎっていた鈴紀先輩の手が止まった。

「虹男から、彼を守ること……そのために来たのですが」

「どうして、それを言わなかったんですか?」

「生徒に知られるとマズいのです」

 マズい?

 ……。

 そういうことか。

「探偵部の裏切り者を身内で確保したかった―――そういうことですか?」

「そうです。桜井さん、さすがですね」

「虹男からの誘い―――あれが殺人予告だと知ったあなたじゃないんですか?岩田警部達を呼び寄せたのは」

「……あのクーポン券は君か」

 鈴紀先輩は頷いた。

「万一の際の無罪証明にもなりますから」

「いるだけで犯罪者って気がするが」

「光信、黙りなさい」

「でも」気になる。

「誰なんです?」

「鍋の中、顔でわかりましたよ……昨晩、私達の監視下から行方をくらませた浅里信夫」

「誰?」

「元探偵部部員……部費を横領した挙げ句、機密を盗み出し、それを元に某アイドルを強請っていたのです」

「詳しく聞きたいな」

「岩田警部。後でお話ししますが、今は桜井さんとお話しさせてください」

「私?」

「美奈子さん?」

 鈴紀先輩はぞくっとするほど綺麗な顔で微笑んだ。

「何か、気になることがあるんですか?」

「―――はい」

 そう。

 あるんだ。

「虹男って―――先輩の知り合いじゃないんですか?」

「私も正体を確かめてはいません」

「じゃ、その虹男に任せましょう」

 そう。

 それでいいんだ。

「何故です?」

「虹男って、仕事はいい加減な方ですか?」

「いいえ?むしろ、仕事は芸術的。猟奇的とはいえ、警察官も感心するくらい」

 鈴紀先輩、なんだかうっとりした声になった。

「そうですか―――嬉しそうですね」

「それはもう」

 うわっ。頬を赤らめてまぁ。

「あの小学校の入学式の時、.25口径を3発撃ち込んで以来、私の終生のライバルと心に決めた方ですから♪」

「どういう心の決め方かは聞きませんけどね……つまり、仕事にプライドを持っている人なんですね?」

「それは間違いないでしょう。明光学園の敵となる愚か者のみを狙い、確実に、芸術として仕事を成す方」

「それが―――もし、仕事の結果を汚されたら、どうなります?」

 ぽかん。とした鈴紀先輩。意味がわかったんだろう、青くなった。

「黙っては―――いないでしょうね」

「ええ―――ですから、私達が捕まえるのは別です」

 こほん。

 私はわざと大声で言った。

「あの寸胴の中身見たけど、ヒドイものね。あれが料理人の仕事だって言うなら生ゴミが高級食材になるわ?アクも不十分どころの話じゃないし、煮汁だってヒドイ色してたし、料理のプロの仕事っていうなら信じられない!」

 さて―――乗ってくるかしら?

「なんだとっ!?」

 ローストビーフを捌いていたコックが突然怒鳴ると、包丁片手に私の所に近づいてくる。

「口先ばっかりで作ったこともねえヤツが何を偉そうにいってやがるっ!あるだけの食材でも料理にしてやるのがプロってもんだ!」

 中年の坂はすぎているだろう。

 頑固一徹って感じのコックが私に掴みかかろうとして―――

「はっ、離せっ!」

 羽山君と秋篠君に取り押さえられた。

 いくら暴れてもムダ。

 相手は騎士なんだから。

「さて」

 私は立ち上がってコックに尋ねた。


「寸胴って―――どこの寸胴のことですか?」 



「こ、殺したのは俺じゃねぇ!俺はただ、人間を料理してみたかっただけで!なぁ!それが罪だっていうのか!?」

 手錠をかけられたコックが警官に引きずらながら叫ぶ声が聞こえてくる。

 

 私達は無言で遠ざかるパトカーを旅館の窓から見送った。


「それにしても」

 博雅君が驚いたように言った。

「犯人が料理人だって、よく気づいたな」

「直接的な犯人は―――虹男だと思う」

 私は葉子の手を握りながら言った。

「あのコックは多分……死体の第一発見者に過ぎなかった。場所はあの調理室。水で濡れていたのは血痕を隠すため。やったのはあのコック。理由?死体を見て魔が差したんでしょう?滅多に手に入れられない人間の死体。それが食材に見えて―――ああやっちゃった」

「質問の答えになってないよ?」

 水瀬君は興味津々という顔だ。

「どうしてコックだって思ったの?」

「教えてくれたのは水瀬君だよ?」

「僕?」

「そう。この前、肉料理作ってくれたでしょう?中は10時間近く煮たっていうのに全然煮くずれしてなかった」

「……ああ、あれ。あれが?」

「思い出したくないけどね?よくよく考えてみると、鍋の中で煮られたにしては外見がはっきり保たれすぎている―――知ってる?首狩族ってね、長時間鍋に首を入れて頭蓋骨抜くのよ?」

「つまり、クタクタになっていない。そこにひっかかった」

「ただ鍋に入れるなんて、猟奇殺人としてもデキが悪すぎる。だから思ったの。これは料理されたんだって」

「原型を保つ調理がされていた?」羽山君が首を傾げる。

「そう。あらかじめ焼いてあったのよ」

「そういえば」

 鈴紀先輩も思いだしたことがあるらしい。

「頭髪が縮れていました」

「どういう焼き方したか想像したくないけどね。多分、そういうことでしょう」

「俺……しばらく肉食えねぇ」

「同感」

 とはいえ、お腹空いたな。

 葉子も何だか空腹って顔だ。

「虹男の狙いがこれだったのかどうかは知らないけど―――あとは彼に任せればいいのよ」

「後を―――任せる?」

「虹男が、もう一人殺します」

「誰を!?」

 涼子さんの興味津々という声に居合わせた全員の視線が私に集まるけど……

「決まってるでしょう?」

 としか言い様がない。


「あのコックよ」


 それに、問題はそこじゃない。


「それより鈴紀先輩?」

「はい?」

「虹男の挑戦っていうか、お誘いはこれで終わりでしょうか?」

「いえ?」

 鈴紀先輩はあっさりと否定してくれた。

「むしろ彼にとって予定外の出来事です。仕事を台無しにされ、プライドを傷つけられた彼は、新たな事件を用意して、私達の前に現れるのは当然です」

 その時、初めて私は鈴紀先輩がケガをしているのに気づいた。

「先輩、指、どうされたんです?」

「昨晩、転びました」

 そっと絆創膏をまいた指を隠す鈴紀先輩。

「はぁ……」

「でもご安心下さい!」

 鈴紀先輩、なぜか励ますような口調で言った。

「相手は腕に手傷を負わせましたから!」

「虹男とやりあったんですか!?」

「もちろん♪激しい銃撃戦でしたわぁ」

 うっとりどころか、自分の世界に旅立った鈴紀先輩。

「……ねぇ、羽山君」水瀬君が横にいた羽山君の袖をひっぱった。

「何だ?」

「鈴紀先輩って」

「ああ」

 羽山君は盛大にため息をついた。

「基本がトリガーハッピー女だ」

「……納得」


 私達はそれからもう一泊して別な事件にぶつかることになる。

 結果だけ記録しておこう。


 パトカーに乗せられたコックは惨殺死体となって近くの海で見つかった。

 パトカーに乗っていた警察官4名の内、3名が近くで発見されたパトカーの中で縛り上げられ、1名が行方不明になっている。警察はこの1人が犯人の変装であるとして行方を追っているが、手がかりはようとして掴めない。


 学校に戻った私は、これを記事にして部長に提出したが、

「な、なんで却下なんですか!?」

「考えてみてご覧?桜井君」

 西園寺部長は記事の書かれたレポートを机の上に置いた。

「ゲシュタポを敵に回すつもりかい?」

「そ、そんなつもりは」

「鈴紀にそう思われたらアウトだよ?」

「鈴紀?……部長、ご存じなんですか?」

「ああ……小学校以来の腐れ縁でね」

「親同士の決めた婚約者とか?」

「むぅ……」

 あれ?当てずっぽうだったのに。なんで部長、そんな厳しい顔に?

「桜井君」

「はい?」

 うわっ。私、地雷踏んだ?

「誰から聞いた?それ」

「はい?」

「私が、鈴紀と婚約者同士の間柄だと」

「ええっ!?」

 私、よっぽど大きい声出したらしい。

「鈴紀先輩が部長の婚約者ぁっ!?」


 次の瞬間。

 部長室のドアが破られ、部長に思いを寄せている部員達がなだれ込んできた。

「部長、どういうことですか!?」

「先輩!これはスクープですっ!」

「輪転機止めてっ!これ流して先輩達の関係滅茶苦茶にしてやるっ!」


「あのぉ……」

 大騒ぎとなる中、私はふと、頭を抱える部長の右腕に違和感を覚えた。

「部長?」

「ん?」

「右腕の包帯……どうされたんです?」

「ああ……夜道で転んだんだ」

「へぇ?」


 その後、どうやら私は鈴紀先輩を敵に回したらしい。

 鈴紀先輩、部長との関係を隠していたようで、それをばらすきっかけを私が作ったと見なされたのだ。

 そして、校内の掲示板に貼り付けられたのは―――


「本当に……間違いはなかったんですね?」

 校長先生にこう問いただされたのはこれで何回目だろう。

「デートの回数も含めて、間違いがないといわれても疑わしいんです」

「はぁ……」

 校長先生の手元にあるのは、一枚の写真。

 あの旅館の部屋で川の字になって眠る私と葉子、そして水瀬君の写真。

「本当に、間違いなく、ただ仲良く眠っていたのですか?」

「妹の横で間違いを犯すほど、私は物好きではありません」

「そうですか……」

 校長先生は安堵のため息を漏らした。

「桜井さん?あなたは学業優秀、品行方正をもって先生達の評価も高く、一流大学への推薦枠もこのままなら問題なく獲得できる優等生なのです」

「はぁ……」

 そうだったんだ。

 初めて知った。

「その生徒が、こんな写真をばらまかれては困ります」

「私も困ってます」

「……素行には十分注意するように」

「はい」

「では下がっていいです―――教頭」

「はっ」

「瀬戸綾乃さんがクラスメートをまたまたまた、半殺しにしたというのは本当ですか?」

 校長先生と教頭先生のやりとりを背中で受け流しつつ、私は校長室のドアを出た。

「はぁ……」


 私は思う。


 いっそ、校長先生にいってやればよかった。


 あの晩、私は水瀬君に抱かれました。


 葉子は私の子供です。


 そう言ってみれば良かった。


 どうなったんだろう?


 言いさえすれば、私は水瀬君ともっと近づけたんだろうか?


 あの写真をばらまかれて、私の周囲は、私と水瀬君がどういう関係だと思ったんだろう?


 あの写真が「当たり前」って思われた?


 ありえない。


 そう思われるには、私達は遠すぎる。


 でも、近づきたい。


 そばにいたい。


 どうやったら、もっともっと水瀬君と近づけるんだろう?


 わからない。


 わからないことばかりだ。


 はぁっ……。


 ため息混じりに歩き始めた私。


 その腕を強引に掴んで引きずり始めたのは―――


「す、鈴紀先輩!?」


「またやられました!」


「なっ!?」

 私は何とか鈴紀先輩から腕を離した。

「あ、あんな写真をバラまいて!何ですか!?」


「あれは私の仕業ではありませんっ!」

 鈴紀先輩?それを信じろと?

「虹男の仕業ですっ!」

「虹男が?」

「また予告状が届きました!」

「わ、私もうイヤですっ!」

「今度こそオールヌードをばらまかれたいのですか!?」

「もうあの写真だけでこりごりですっ!」

 泣きたい!

 もう泣く!

 泣いてやるっ!

「虹男、あなたを敵に回したようです!」

「私が虹男の敵!?」

「相当、心証を損ねたんじゃないですか?何したか知りませんけど」

「心当たりがありませんっ!」

「とりあえず、次は旧校舎ですっ!―――はりきって逝きましょう!」

「字が違う!字が違いすぎるぅぅぅっ!」


 旧校舎で何があったか?

 それはまた別の話と言うことで……。


 


やっぱり……推理モノは無理がありますね。私の技術では。未熟さ実感です。

推敲が足りないんですね。

たった4時間ちょいで勢いだけで書いたもんだから……大反省!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ