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温泉編 その2

「成る程?つまり」

 刑事さんはメモを見ながら言った。

「あなたは、被害者と出会った。その目的は、妹さんが干し柿をもらったお礼」

「そうです。ただ」

 私はお茶を出しながら断った。

「私はまだ、あのおじいさんの名前すら知りません」

「ああ。こりゃどうも……それでは、被害者とは初対面と?」

「はい」

「被害者とはどういった話を?」

「ですから、干し柿のお礼にって、お菓子をもらっていただいて、戦争中に神奈川に疎開していたこと、それから―――あっ、神奈川の知人と湯治に来ていることを聞きました。あと……夕飯一緒にって」

「はい。わかりました」

「……ホントに?」

「ええ。あなたの言うとおり、現場には菓子の袋はありましたし、フロントにはあなた達の食事を自分達の会場へ移すように連絡が入っています」

「じゃ、それが……」

「そうです」

 刑事さんはえんぴつを懐に収めながら頷いた。

「それが、我々の知る、被害者の最後の言葉です」



「えーっ?それは……」

 そんな風に渋りながら、刑事さんは事件のあらましを教えてくれた。


 被害者は、甲田武志こうだ・たけし72歳。

 妻は戦争前に他界し、現在は独身。子供はいない。

 元・S財団理事。現在は引退している。10年前に突然会社を後任に譲り、出身地だったここS市に戻って帰農。一年戦争中は現役時代のツテを頼って神奈川県T市に疎開していた。

 この温泉も、元は甲田氏の持ち物で、観光復活のために氏が私財を投じて復活させたところ。氏の目の付け所は正しかったらしく、旅館は、湖畔の大きなホテルが復旧に手間取るのを後目に繁盛しているのは、誰の目にも明らかだ。

 

 そして、氏自らが語っていた通り、氏来館の目的は湯治。

 同行者は、氏が疎開していた際に世話になっていた人達―――正しくは、氏の甥夫婦。

 氏にとって唯一の血縁者だそうで、財団の幹部なんだそうだ。

 他には甥の部下が3人、慰安旅行を兼ねて別室に宿を取っているという。

 

 事件発覚のあらましはこうだ。

 部下達の部屋に集まって、ビールを飲みながらポーカーに興じていたが、甥が所用のため、氏の部屋に戻った。

 氏が部屋にいるはずなのにドアをノックしても返事がない。鍵はかかったまま。

 フロントに問い合わせたら、氏は外出した様子はないという。

 歳が歳だから、心配になった甥がフロントに頼んで鍵を開けてもらった所―――。



「ナイフで背中を刺された氏が、倒れていたというわけです。途中で抜けた甥以外の連中は、その時点までポーカーをしていたそうです。―――あ、それとですね?鍵には細工痕がありましたから、密室のセンは考えなくて結構です」

 刑事さんはお茶菓子を食べながら言った。


「そんな殺人事件、テレビや推理小説の中だけだと思ってましたけど……」

 私はぬるくなったお茶で喉を湿らせながら言った。

「それで、犯人のメドは?」

「ははっ……ご期待下さいといいたいんですがねぇ……」

 刑事さんは申し訳なさそうに頭を掻いた。

 どうも、自信がないらしい。

「……私ゃ、推理小説の中に出てくる探偵や名警部ってわけでもないんですよ」


 外見からそうだろうなぁ。

 ダメダメ。

 そういう失礼なこと考えちゃ。


「例えば、一緒に来た人達は?」

「全員が全員と一緒にポーカー……私ゃルールなんてこれっぽっちもわかんないんですけどね。それをしていたと口をそろえてます」

「その部屋でポーカーを?」

「ええ。カードだけでやっていたそうですけど」


 ふぅん?

 チップ、使わなかったんだ。

 なら、紙にでも勝敗をまとめていたのかなぁ。


 私は思いつくままに事件の原因を言ってみた。

「物取り」

「不審者を見たという証言は何も」

「……怨恨の線」

「ありえないとみんな口をそろえてます」

「遺産目当て」

「資産はそこそこありますけどねぇ。他はこの旅館と、この先にある山と農地くらいですねぇ。旅館はともかく、地価で考えれば二束三文だ」

「……」


 成る程。

 刑事さんでもなくても、これはわかんない。

 犯人も、目的も、何もわかんない。

 私だって、推理クイズで出されたら根を上げちゃうかも。


「うーん」

「うーん」


 私と刑事さんが互いに腕組みしながら考え込んでいる所へ 

「お姉ちゃん!」

 葉子がドアを開けて飛び込んで来るなり、私に抱きついてきた。

「こ、これっ!」

 じゃれる葉子をあやしながら、私はちらりと刑事さんの顔を見た。

 元気すぎる葉子に一瞬驚いた顔をした刑事さんは、すぐに優しそうな顔に戻ってくれたと思ったら……。

 うわっ!?

 刑事さんの顔が厳しい!


「お嬢ちゃん?」

 声は優しいけど、顔が怖い!

「それ……」

 刑事さんの指さした先。

 それは葉子の手。

 何かを掴んでいる。

ビニール袋に入ってる……何?


 トランプ?


 私のじゃない。

 水瀬君から巻き上げた私の愛用品は、18世紀英国アンティークの逸品。

 葉子相手に使うのはポケモンのだけど。

 そのどっちでもない。


「お嬢ちゃん」

「葉子だよ?」

 葉子は刑事に初めて気づいたんだろう。そう言った。

「……葉子ちゃん。そのトランプ、どこにあったの?」

「別のお部屋」

「これっ!」私が葉子の手からトランプをもぎとった次の瞬間―――。

 トランプを入れていたビニールの口を止めていたセロテープが外れ、トランプが畳の上にまき散らかされた。

 うわっ!

 しまった!

「す、すみませんっ!」

 私は慌ててカードをかき集める。

「ははっ―――それが、甥達が使っていたカードですよ」

「すみませんすみませんっ!」

 現場にあった重要な品。

 それを黙って持ってきて、あまつさえ床に散乱させたなんて、証拠隠滅と疑われてもしかたない!

 私は半泣きになりながらカードを一つに集めようとした。

「いや―――重要な品ではないので」

「でも!」

 私は言った。

「きちんと数えてお返しします!葉子?」

 何だかわかんないけど、悪いことをしたらしい。

 そんな顔をしている葉子に、私は訊ねた。

「持ってくる時、落とさなかった?」

「う……うん」

 ババヌキ……小さい声でそう言う葉子に、私は言った。

「後でしてあげるから。それまで待ってて」

「うん」

 とにかく、カードを集めて……枚数を確認して……。

 えっと……一枚、二枚……。

 ……。

 ……。

 ……

 あれっ?


 うそ。


 私はカードを数え直した。


 ……。

 ……。

 えっ!?


 もう一度!


 ……。

 ……。

 ……マズい。


「桜井さん?」

 刑事さんが声をかけてくるけど、今の私にはそれに構っていられる余裕はない!


 どうしよう!


 そうとしか考えられなかったから。

 

「どうしたんです?」

 刑事さんが腰を上げた時、私は床に這い蹲っていた。


「カード!」

 ない!

 ない!

 うそっ!?

「ないんです!一枚!」





「―――どういうことか、わかる?」

 旅館近くの神社。

 その広い石畳の参道を歩くのは、私と葉子、そして水瀬君だ。

 さすが古刹。

 大きな杉の木が両脇にデンと鎮座する参道は荘厳な空気すら醸し出している。

 ちょっとだけ、葉子が心配だけど、元気だし、水瀬君も何もいわないから大丈夫だろう。

「それだけで?」

 水瀬君は困った顔をするけど、私はただ頷いてあげた。

「えっと」

 うーん。

 水瀬君は腕組みしながら考え込んでいるけど……。

 無理だろうなぁ。

 これでわかるとしたら、多分、未亜だけだ。

「わかんない」

 としか言い様がないもんね。

 許してあげよう。


 石畳の参道を経て、社殿の前まで来た所で、水瀬君はじれたように言った。

「それでどうして、犯人が甥達だってわかったの?」

「知りたい?」

「うん!」

「簡単なのよ」

 私はポケットから愛用のカードを取り出した。

「あのね?無くなっていたのは、ポーカーで最強のスペードのエース。ジョーカーなしでババヌキしているようなもの……といえば言い過ぎかな。でも、最強の手を欠いたままで何時間もポーカーしてるなんて考えられないでしょう?」

「それだけ?」

 水瀬君はすごく疑わしい。という顔だ。

「だって、そのカードなしでも出来るんでしょう?ポーカー」

「ええ……でも、やりこんでいる人達にとっては耐えられる代物じゃないわ」

「やりこんでいる?」

「カードのへたり具合からみても、かなり熱中していたみたいよ?そもそもの事件のきっかけも、ポーカーのお金の貸し借りが積もり積もった結果みたいなものだし」





 事件の結末だけはっきりしておこう。

 密室殺人の犯人は、甥達、旅行の同行者全員。


 私が刑事さんに一芝居うってもらった結果、判明したことだ。


 芝居?

 ポーカーをやっていた全員を前に刑事さんに言ってもらうだけ。


 まずは確認だ。


 1.連続してゲームを続けていたのか?

 2.何か賭けていましたか?


 この確認は必須。


 ポーカーは一回だけじゃなくて連続して行う性格のゲーム。

 当然、そこには勝敗が発生する。

 賭け事につき物なのはお金。とは言わなくても(お金を賭けたら犯罪だもん)、チップを賭けていたとか答えるはずだ。


 ここまで確認した上で、


 「カードが1枚足りません。これでどうやってポーカーを続けていたか見せていただけませんか」


 ……犯人達は、意地でもポーカーをやり続けるだろうから、


 「事件の頃までの勝敗の記録するものを見せてください。ない?ほう?連続していたんでしょう?賭けてまで。それでどうやって勝敗をまとめていたんですか?」


 記録は捨てた。というだろうから、


 「どこにです?あなた方は今の時点まで、この部屋と隣の部屋しか出入りしてないんですよね?どこに捨てたんです?」


 効果はてきめんだった。


 どういうこと?


 つまり、甥達はポーカーをしていなかった。


 当然だ。


 あんなカードでポーカーなんて出来るもんか。


 しているフリをして、氏を殺す手はずを整えていたんだ。


 氏が私達の前で鍵を開けたのも、氏の油断を誘うための手段。


 それを知らない氏は、何も警戒することもなく、部屋に入り、隠れていた甥により刺され―――。



 カードがわかんない刑事さんは半信半疑だったけど、ここまで問いつめられた途端に、全員が顔色を変えてしまったことで、彼らは刑事さん達から逃げる術を自ら失った。


 まず、甥が自白した。


 目的は、甥が勝手にかけた生命保険。


 動機はギャンブルで作った借金の返済。


 甥と同行した全員が借金漬けだったと聞かされた時はさすがに驚いたな。

 




 私は奉納された絵馬が連なる所(なんて言うの?)の前で立ち止まった。

 いろんな絵馬が奉納されている。


 「祈願 国家鎮護 万民富楽」

 女の子の字でそう書かれた絵馬があった。

 お堅いこと書くなぁ。と感心した矢先、その絵馬の端っこにこう書かれていたのが目に止まった。

 「おっぱいが大きくなりますように」

 本当に、小さくそう書かれていた。


 「無理。諦めなさい」

 何故そう思ったかはわかんない。

 でも、それが最も正しい感想だと思えてならなかった。

 誰が書いたのかもわかんないのに……。

 うん。不思議だ。


「でも……おかしいよ」

 一緒に絵馬を見ていた水瀬君が首を傾げた。

「貧乳は貧乳で、まずは現実を受け入れなくちゃ」

「え?いやあの、そういうことじゃなくて……っていうか、誰のこと?」

 あっ。こっちのこと!

 こほん。

「そんな人達が、どうして最強のカードをなくしたか―――でしょう?」

「そ……そう」

 不承不承という顔で頷く水瀬君。

「あのおじいさんの仕業よ」

「被害者が?」

「そう。あの人、ポーカーがどうしてもわかんなかったんだって。だから仲間に入れない。それが面白くなかったみたいね。スペードのエースが最強のカードと知ったおじいさん、それさえなければ、ポーカーはなくなるとでも考えたんじゃない?金庫に入っていた日記にカードが挟まっていた」

「金庫にねぇ……」

「わりきれないみたいだね。まだわかんないことあるの?犯人は逮捕されるんだよ?」

 そう。

 犯人が自白したんだ。

 もう、事件は終わりなのに。


 水瀬君は何が知りたいんだろう。


 その水瀬君は言った。


「その……ポーカーについて」


 神社の端にある休憩室で、私と水瀬君はポーカー。と思ったけど、水瀬君はルール知らないし、葉子が「つまんない!」とグズりだすしで、当分お預け。


 仕方ないから仲良くババヌキ。


 ……まぁ、いいでしょう。


 意外と強いのが葉子だ。


 この子、不思議とババ(ジョーカー)を避けることについては天才的。


「さーてどっちかなぁ」

 なんて誘っても、この子はのったフリだけして絶対にババに手を回さない。


 反対に、水瀬君と来たら……。


 「あーっ!」とか、「えっ!?」とか……自分で「ここにババがありますよ!」って言ってるようなもんだってどうしてわかんないんだろう。

 ポーカーやる時は、ガスマスクでも被らないと、とてもじゃないけど勝てないよ?水瀬君。


「はい!一番!」

 私がそう言えたのは何度目の時だったろう。

 連敗記録更新中の水瀬君、熱くなっちゃって止めようとしない。

 葉子もおもしろがって止めようとしないし、……そろそろ帰らないと、お昼ご飯、食べられなくなっちゃうんだけど。

 

 とにかく、一番最初に上がった私は二人のやりとりをみつめていた。


 ババは葉子の所。


 手持ちはそれぞれ2枚ずつ。


「お兄ちゃん」

 葉子がカードを出しながら言った。

「私が勝てたら、ご褒美くれる?」

「いいよ?」

 じっ。とカードを見る水瀬君はそう答えた。

「じゃ、私が勝てたら」


 次の瞬間、葉子の口から出た言葉。


 ―――えっ?


 私はそれに凍り付いた。


 オネエチャンヲ、オヨメサンニシテ。


 そう……聞こえた気がした。


 それだけじゃない。


 イイヨ。


 水瀬君の口から出た言葉は、そう聞こえた。


「うん!じゃ、はい!」

 葉子が嬉しそうに水瀬君を促す。


 ち、ちょっと待って!

 カード、しかもババヌキで人の人生決めないで!


 じーっ。と2枚のカードを見つめた水瀬君は、素早い動きで一枚のカードを抜いた。


「これっ!」


「やったぁ!」

 葉子が飛び跳ねて叫んだ。

「勝ったぁ!!」


 ピョンピョン跳びはねてうれしさを表現する葉子は私の手をとって踊り出さんばかりの勢いだ。


「やったよ!?お姉ちゃん、勝ったよ!」


「そ……そうね。おめでとう。葉子」


「うんっ!」

 満面の笑みを浮かべた葉子が、真っ白になって崩れた水瀬君に言った。


「お兄ちゃん!約束だからね!?」


「―――へっ?」

 水瀬君、現実に足がついていない。

 そりゃぁ、4歳児に高校生が負けたなんて、ショック以外の何ものでもないでしょうけど……。


 でもね?

 葉子も葉子よ。

 お姉ちゃんの人生、なんだと思ってるの?

 よりにもよって―――


「お姉ちゃんと結婚してくれるんだよね!?」


 こんなこと、水瀬君に言うなんて!!


 は、恥ずかしいにもほどがある!


「じゃ、記念ね!?」

 なんと、葉子ったら何したんだろう。

 私の後ろへ回ったと思ったら、水瀬君めがけて力一杯私を突き飛ばした。

「きゃっ!?」

 さすが妖狐!

 いざという時の力は人間業とは思えない!

 私はそのまま水瀬君に抱き留められる形になった。

 つまり……水瀬君の胸の中に顔を埋めて……。

 水瀬君の香りを一杯に吸い込めるのは確かに、う、嬉しいけどさ?

 

 顔から火が出そうなほど恥ずかしい!!


「ねねっ!?お姉ちゃん!チューッてして!?」

 葉子が目を輝かせておねだりしてくるけど、そんなこと出来るわけないでしょう!?


「えーっ!?なんでぇ?」

 何でじゃなくて!

「ふーふになったらチューするんでしょう?」

「なっ……なっ!」

 やだ!

 顔が赤くなってるのわかる!

「お、お母さん達してないでしょう!?」

「寝る前いつもしてるモン!」

「いくつのつもりよ!あの夫婦は!」

「お姉ちゃん!」


 あーっ!

 もうっ!

 こんなことなら、殺人事件にでも関わっていた方がマシだよぉっ!!

 


犯人は一度も出ない。現場にも行かない。それでも犯人を知ることが出来る探偵を「安楽椅子探偵」と呼ぶそうです。

それにしても……もう少し、ひねるべきだったかな?

反省です。

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