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温泉編 その1

「温泉と狐とライバルと」翌日から物語は始まります。同作品をご覧になってからお読み下さい。でないと、混乱するかもしれませんので……多分。

「お姉ちゃん♪」

 その声に起こされた時、私は自分が部屋の籐椅子に座っていることに気づいた。

 庭の景色を眺めながら眠っていたらしい。


 都会のコンクリートの景色ばかりに見慣れていたせいか、和風の庭の美しさを、どこかで忘れていた様な気がする。


「どうしたの?葉子」

 嬉しそうな顔をする葉子の様子からして、二日酔いからは復活したようだ。

 若いってうらやましい。

 それにしても、どうも静かだと思ったら、葉子ったら、部屋から抜け出していたらしい。

 「外に出る時は必ず被りなさい」と言い聞かせていた麦わら帽子を被ったままだ。


 訝しがる私に、葉子は後ろに隠した手を出した。

「ほらっ♪」

 手に乗るのは……なんだか茶色いシワのよったモノ。

 何だかわからなかった。

「何?……これ」

 指先で突いてみると、表面は固いけど、中は柔らかい。

「干し柿っていうんだよ?」

「干し柿?」

 ああ。

 思い出した。

 柿を干したヤツね?

 東京じゃ珍しいから、結構高いんだよね。これ。

「うん。おじちゃんにもらったの!甘くて美味しいよ?」

「へぇ―――って葉子!」

 私は籐椅子の上で飛び跳ねた。

 この娘ったら!

「誰にもらったの!?」

 

 もし、葉子がどこかの部屋に入り込んでもらってきたとしたら、保護者として申し訳が立たないじゃない!


 案の定、葉子は外に出ていた。

 「黒い服着た人」……つまり、フロントの人に「遊んできます」といったから問題ない!とは葉子の主張だけど―――その前に私に言いなさい!

 ……え?

 私に断った?

 そしたら……「いってらっしゃい」って、私、言ってた!?

 ……ごめんね?葉子。

 次からはちゃんと起こして言ってね?


 こほん。

 話を戻す。

 外で「探検ごっこ」の最中、私がヨダレ垂らして寝ているのを窓越しに眺めていた。

 そしたら、隣の部屋のおじさんが葉子を呼んで、いろいろ遊んでくれた挙げ句、この干し柿をくれた。

 で、葉子はお姉ちゃんの分も。といって、私の分までもらってきたのだ。


 ……やだ。


 隣?


 さっそくお礼にいかなくちゃ。


 私はバッグの中を漁って、駅で買った好物の「ヒヨコ」の残りを見つけた。

 数は4つ。

 少ないけど、お礼にはなるかな……折り詰めでも用意した方がいいのかな?

 だめ!

 お金ないもんね。

 ……これで勘弁してもらおう。

 

 葉子を連れた私は、隣の部屋、「紅葉の間」のドアを叩いた。

 ノックを数回。

 返事がない。

 ……留守かな。

 困った。また来るか。

 そう思っていたら、葉子が私の袖をひっぱった。

 「お姉ちゃん」

 葉子が指さす方、廊下の角を曲がってこっちへ歩いてくるのは、頭が寂しいことになっている小柄なおじいさん。

 好々爺という言葉がしっくり来るような割腹のいい、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた人だ。

「おじちゃん!」

 葉子が嬉しそうにおじいさんの元へ駆け寄っていく。

「おお。おお。さっきのお嬢ちゃんかい?」

「うん!」

「ほっほっほっ……干し柿は美味かったかい?」

「うんっ!ちゃんとお姉ちゃんにも渡したよ!?」

 ちらり。と私の方に向けられた視線を受けて、私は慌ててお辞儀をした。

「ほぉ?礼儀正しい娘さんじゃ」

 おじいさんは褒め言葉と一緒に、私に返礼してくれた。

「して?」

「あっ!はい!」

 私は紙袋にいれたヒヨコをおじいさんに差し出した。

「あの、妹がお世話になりました!これ、少しですけど、お礼と思いまして」

「ほぉ?……これは済まないねぇ」

 おじいさんは嬉しそうに紙袋を受け取ってくれた。

 よかった!

 内心で安堵のため息をついた私に、おじいさんは言った。

「東京の人かい?」

「はい」

「私はここから少し離れた所に住んでいるんだよ……とはいえ、戦争中は知り合いのいる神奈川の方へ移住してね。ようやく戻ってきたというわけさ」

「ここへは、湯治に?」

「よくわかるねぇ」

 おじいさんは驚いたように言うけど、昼間に浴衣姿で風呂上がりの風情を出すなんて、それ以外の何があるというんだろう。

「そう。歳とるとね?どうもいかん。膝だの腰だの……私は毎年この季節になると、この温泉に湯治に来るのが楽しみでねぇ」

「お一人ですか?」

「いや。神奈川の知人達も一緒だよ?」

 おじいさんは部屋のドアをちらりと見た。

「今、部屋にいるはずだがな?……はて?」

「さっき、ドアをノックさせていただきましたが、誰もいらっしゃいませんでしたよ?」

「おや?それはヘンだな」

 おじいさんは小首を傾げて言った。

「私が湯に行くといった時、みんなはいたんだが……まぁいい。もしよろしかったら、そちらのかわいい娘さんと一緒に夕食でもとらないかい?こっちは老人ばかりだ。若い子がいてくれるとうれしいし、何より、にぎやかな方が楽しいだろう?」

「は?はぁ……」


 葉子とふたりじゃ、確かに味気ないかな?

 そうは思っていただけに、このお誘いはありがたいけど……。


 娘?


 私―――妹って言ったのに。

 おじいさん、耳遠いのかなぁ。

 いくら何でも、私まだ16だよ?

 4歳の娘がいるって……どういうこと?

 このおじいさん、ボケてるようにも見えないけど、

 うん!きっと目が悪いんだな!


「じゃ、よかったらおいで」

 おじいさんはそう言って、葉子の頭を撫でてから部屋のドアに鍵を差し込んだ。


 長居はする必要ない。


 そう判断した私は、手を振る葉子を連れて部屋に戻った。


 それが、私の大失敗。


 ううん。違う。


 もしかしたら……私、この時、お礼なんて持っていかなければよかったのかもしれない。そうも思えてしまうのだ。


 私は自分のとった行動全てが失敗だったと、今なら断言できる。



 夕方。

 

 少し早いけど、夕食前に葉子をお風呂に入れてあげた。

 シャンプーハットなしで髪が洗えた!

 そう得意げに喜ぶ葉子に相づちをうちながら、私は部屋で葉子の髪にドライヤーを当てる。

「お母さんにも自慢していい?」

 シャンプーハットがとれたことがよっぽど嬉しいらしい。

「そうね。お母さんも喜んでくれるわよ?」

「本当に!?」目を輝かせる葉子があまりに可愛くて、私は頷いて答えた。

「ええ。絶対に。お夕飯食べたら、電話してあげようね?」

「うんっ!」


 ふふっ。

 この無邪気な所が葉子の可愛いところ。

 この子が狐だろうが妖怪だろうが、天狐だろうが、九尾の狐だろうが、とにかく、なんだろうが、私は葉子が可愛くて仕方ない!


 コンコン


 葉子を抱きしめようと思った、丁度その時……。


 誰かがドアをノックした。


 先程のおじいさんかと思ったから、私はドアに近づいて開けた。


 でも、外にいたのはおじいさんじゃなかった。


 疲れたというか、憑かれたような顔に、いっそ燃やしてしまえといいたくなるようなよれたトレンチコート、それ以上によれよれの背広を着た人が立っていた。

 少し日本人離れした顔を少し傾げるようにしていると、何となく愛嬌があって、ピーター・フォークを彷彿とさせる。


 その人を前に、私は凍り付いた。


 その人が、ある意味怖かった。

 別にその人が私に拳銃を向けているとか、そういうことじゃない(もしそうなら、葉子のご飯にしてあげるんだから!……お腹壊さないか心配だけど)


 「せっかくのご旅行中にすみませんねぇ」


 その言葉に、不思議に返事が出来ず、ただ頷くのがやっとだった。


 何故?


 その人が、ドアの隙間から私の顔の前に突きだしたモノが原因。


 ううん。


 この人が、それを持っていることが原因。


「警察です」


 ソレ―――警察手帳を初めて間近に見た私は、無言で頷くだけ。

 ヘンに喉が渇く。


「ちょっとよろしいですか?」


「はっ、はい!」


 私は慌ててドアのチェーンを解除して、ドアを開けた。


「どうぞ!」


「ああ。こりゃすみませんねぇ。お嬢さん」

 警察手帳を胸元にしまってから、その人は言った。


「私、長野県警の刑事やってます竹村といいます」

「はぁ……」

「実は、少しお伺いしたいことがありまして」

「はい?」

 高校生の私に警察が何の用?

 その疑問がこの人にもわかるんだろう。

「いえいえ!」

 刑事さんは大げさなまでに手を左右に振った。

「別にとって喰おうってわけじゃありません。ただ、ちょっと捜査にご協力いただければよろしいだけでして」


 捜査?

 まさか!?

 私は青くなって、思わず後ろで不思議そうな顔をしている妹の顔を振り向いてしまった。

 まさか……

 まさか、昨晩の騒ぎのこと!?

 誰かが警察に連絡していたとか!?

 心のどこかで否定する疑問だけど、心配じゃないといえばウソになる。


「いえね?」

 刑事さんはポケットからメモをとりだしたけど、書くモノがないらしい。

 私は少し待ってもらって、バッグからえんぴつを取り出して刑事さんに渡してあげた。


「こりゃぁすみません。……お嬢さん、東京の人ですってね」

「ええ。葉月市です」

「へぇぇ……行ったことないですけどね。いえね?ウチのカミさんが東京生まれなもんで、いろいろと話は聞くんですよ。あ、ウチのは練馬の出なんですけど」

「はぁ……」

「ああ。いけないいけない。肝心なこと忘れてた」

 刑事さんは頭を振ると、

「お嬢さん、ここ数時間、何してました?」

「え?」

 何ソレ。

 まるでそれって―――。

「ああ。別に疑っているわけじゃないんですよ?」

 刑事さんはそういうけど……。

「そのまんまじゃないんですか?」

 ……言っちゃった。

 どうしよう。

 思わず刑事さんの顔色をうかがう。

 面食らったという顔の刑事さん。目をぱちくりした後、吹き出したように言った。

「はあぁぁぁ……いけませんねぇ。商売柄とはいえ、そうなっちゃいますねぇ」

「す、すみません!」

 私は頭を下げた。

 警察関係者なんてこの歳で(なくても!)、敵に回したいもんじゃない!

「いえいえ」

 よかった。刑事さん、怒ってない。

「ちょっとした事件がありましてね?それで宿の方にいろいろお話を聞きたいと思いまして」

「事件?」


 何だろう?

 この宿、昨日まで日菜子殿下が泊まっていた宿だよ?

 そんな所で事件?


 ……やな予感がする。


「ええ……ああ、気をしっかり持ってくださいよ?聞いてもあまり気分のいい話じゃないですから」


 そう、断りを入れる刑事さんの顔を見ながら、私は頷いた。


 ……。


 聞かなきゃ良かった。


 もし、それで逃げられるなら、そうすればよかったんだ。


 でも、私は聞いてしまった。


 刑事さんは言った。


「先程ね?隣の部屋、紅葉の間っていうんですか?そこで老人が一人、殺されているのが見つかりまして」



 

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