TRICK!
お菓子かいたずらか?
「トリックオアトリート!」
教室の扉をくぐるなりこちらに迫ってくる大声の主にげんなりと顔をしかめる。肩のバッグは確実に重みを増した気がした。
とりあえずオレは低血圧だ。朝っぱらから怒鳴るのは勘弁してくれ……響くんだ頭に。
できれば上げたくないと切に思う視線を上げれば、後光の差しそうな満面の笑顔ときっちりかっちりご対面。
「よお、ハロウィン日和だな。トリックオアトリートだ。菓子よこせ稲葉」
突き出される両手。図々しい。
生憎と今日は見事に雨だ、お天気頭野郎。オレはこめかみをひくつかせながら無言で睨みつけた。
傘を靴箱横の傘立てに置いてきた記憶は真新しく、第一窓に叩きつけられている雫を見ろ。
いや、雨が降っている方がハロウィンぽいのか?さんさんに日の光が降り注ぐ中のお化けの祭りというのもなんだか。
…いや違う、どうでもいい。どうもダメだ朝は頭が働かない。
そもそも異教の祭りを祝う習慣なんぞオレは持ってねえ。うちは浄土なんたらのとにかく仏教徒だバカが!
「なんだよ頭抱えて変な奴だな~」
からから笑う能天気さが憎い。雨の気配と合わさってどうも持病の偏頭痛まで起こしそうだ。
頭一つ分高い身長が邪魔して教室の中がよく見えないが話し声は聞こえている。
いるんだろクラスメイト様共、おい誰か助けろお願いします。
しかし天からの声は聞こえなかった。無情な世の中だよ、本当に。
「もしかして持ってないの?ないんだな?仕方ないよな、それじゃイタズラされないとだよなっ」
相手は焦れたようだ。何をする気か知らないが、差し出していた両の手をわきわきと蠢かせながら距離を詰めようとしてくる。
心なしか、余計に嬉しそうなのはなんでだ。意味不明。
だが、まあ、オレは無策だと言った覚えはない。
「おら」
ひとまず降ろした荷物に手を突っ込んで、探り当てたそれを迷わず突き付けてみせる。
「……」
「………」
「…え」
「食えよ、おら」
差し出したのは、棒付きのキャンディー。ハロウィン仕様らしく、飴の部分は帽子付きのかわいらしいお化けの形をしていた。
望みのはずの菓子を前に、しかし反応が鈍い。
「なにこれ」
こいつ、目が死んでやがる。
「おい、お前の目には穴でも空いてんのか?どう見ても飴だろ。棒付きキャンディー。これが欲しかったんだろうが」
「えー…。あー…うん。だねー…。稲葉ってえらくかわいいもん持ってんのなー…」
「てめえ何引いてんだよ!別にオレのもんじゃねえよ、妹が今日がハロウィンだからって勝手に押し付けてきやがっただけだ!」
「え、じゃあこれお前が食べないとだめじゃん!横流しはいかんよ、うん」
「はあ?!」
どうしてそうなる。それでなんでまた嬉しそうなんだ。貰ったもんをどうしようがオレの自由だろう。家に帰ればどうせまだ大量に残ってるんだ構うことはないんだよ。
もうこいつわからん。オレは早く自分の席に着きたいんだってのに。
「……菓子は菓子だろ。トリートだ、持ってけよ」
「嫌だね。それはお前のだ。俺のをくれよ」
「駄々っ子か!なんだお前のって、そんなもんあるか。いいから食え、口開けろ戸塚この野郎!」
イライラゲージがマックスまで溜まったオレは実力行使に出ることにした。
飴の根元のリボンと包装を解き、ぐいぐいと押し込もうとするが戸塚の奴は頑として口を開けない。なんだ。何が気に入らない。
片手で顎を引っつかんで片手で口元に押し付ける。
口を閉じているため言葉はないが、間近に迫る目が、戸塚の目が何が何でも食わないと語っていた。
そうまで拒否されるとこっちもやけだ。絶対に食わせてやると息巻く。
そうしていつの間にか頭痛も低血圧も脳内から消え去って、オレたちの奇妙な攻防はホームルームの為にやってきた担任の出席簿による両成敗が決まるまで続いたのだった。
前髪いじりと眉の手入れに忙しい女子ら:
「戸塚甘いもの苦手じゃんね」
「ね~」