第05武:ネオ武田家発進
驚異的な筆のノリで書けました。
長女の出演要望があったので
第01武の信虎と大井の方の結婚時機の前後をいじりました。
ご了承下さい。
家臣全員が広間に平伏しています。
自分は上座に座らせられました。
「これより信初様の家督相続の儀を始める」
厳かに宣言するのは晴信(後の武田信玄)。
あれ、何だろうね、これ。
朝イチで親父が追放されたと聞いたと思ったら晴信の腹心である板垣信方に拉致られ、真田さんはこれまた晴信の腹心である甘利虎泰に当て身で気絶させられて別室行き。
止めて一言も発っせず気絶した真田さんを、真田(笑)とか言わないで。
甘利虎泰って、親父(武田信虎)の軍師だった荻原昌勝並に強いのよ。荻原昌勝が誰かって?
取っつきにくいショタ晴信を、拳骨一発で言うこと聞かせたマッスルじいさんです。
殺気から昇化された、剛気ともいうべきオーラを纏った未だに頭が上がらないじい様で、そのポスト萩原と言われるのが甘利さん。
世紀末でも素手で生きていけそうな戦闘能力と、抜群の采配能力を併せ持つパーフェクトジェネラル。ぶっちゃけ勝てる気がしない。
板垣さんも晴信の傅役やってた万能武将。隙が無い無さすぎる。あ、でも歩く速度とか上手く誘導されててエスコートされるお姫様気分、自分男だけどね!
晴信は本人以下もチートだから困る。
自分は真田さん位しか相談役いないのにね。
ぼっ、ぼっちちゃうわい。皆、話し掛けても硬直しちゃって会話にならないんだもん、クスン。いいんだ、ゆっきー(真田幸隆)だけが遠い目をして付き合ってくれるから寂しくなんかないやい。
でも、晴信が親父を追放するのって、
天文10年(1541年)のはずなんだけど、
今は天文9年(1540年)なんだよね。
これがバタフライ効果というヤツか、恐るべし。あ、自分が晴信より1年早く生まれてるからか。二十歳だもんね、キリがいい。
「・・・と武田の先達たる祖先に敬意を払い、武田信初を当主として家督相続の儀の全てとする」
すっ、と晴信が差し出した烏帽子を受け取り、何となく見つめてみる。
「兄上殿、それを被れば兄上殿が武田の当主でございます。父上殿の戦に民は疲弊し、戦に息子を獲られ殺される民の怨みは甲斐一円に満ちております。何卒、武田家を率いて善き治世を良き統一を願います」
平伏する晴信に唖然とする。
この年でもうそこまで思い詰めていたのか。
いやいや、戦国時代は15前後で元服。
20前後になれば現代でいう中間管理職に当たる年齢扱いか。周りの人に頼りっぱなしの自分とは違い、晴信は晴信なりに考えているんだなー。
と、兄ちゃんってば弟の成長に感慨無量。
もうショタ晴信を懐かしんだりしません。
こんなに立派に成長した晴ちゃんを認めずして何が兄か。でも相談も無しは兄ちゃん寂しんぼ、そこら辺はしっかり言っておかないとね。後の武田信玄とは言え、晴ちゃんもまだまだ可愛い弟ですとも。
そう考えれば今は絶好の条件じゃないか。
家臣の主だった人も皆いるし、この機会にお互いの立場をはっきりさせる。うむ、兄ちゃんは頑張っちゃうよ、晴ちゃん。
「面を上げよ、晴信」
父上の追放と兄上の家督相続。
強引なのは否めないが、私が武田を切り盛りしていくという印象を強く与えるにはこれ以上無い計画だった。
兄上は武田の象徴であればいい。
例え兄上が傀儡と言われようと、私が蛇蝎 (だかつ:蛇や害虫の意)の如く忌み嫌われようとも、兄上だけに武田を背負わせるよりは何十倍もマシだ。
・・・兄上にどう思われるか。
それだけが私の胸に鈍い痛みとなって沈むが、これ位は飲み込んでみせる。
「・・・と武田の先達たる祖先に敬意を払い、武田信初を当主として家督相続の儀の全てとする」
兄上に当主の証となる烏帽子を差し出し、私は平伏する。
兄上は烏帽子を感情の読めない表情でじっ、と見つめていた。
「兄上殿、それを被れば兄上殿が武田の当主でございます。父上殿の戦に民は疲弊し、戦に息子を獲られ殺される民の怨みは甲斐一円に満ちております。 何卒、武田家を率いて善き治世を良き統一を願います」
これは間違いなく私の本心だが、父上を追放する詭弁でもある。
何の事はない。ただ、私は自分のやりたいようにしたい傲慢な人間なのだ。
兄が武田を全て背負うのは嫌、父の戦狂いに付き合うのは嫌、だから父を追放し、兄を傀儡にして私の思い通りにしたい。
ただ、それだけなのだ。
私は何と卑し・・・
「面を上げよ、晴信」
兄上はまだ烏帽子を被らず、いつもとは何処か違う笑みを私に向けていた。
何たる事か。
武田の猛将達が相手とは言え、不甲斐なく気絶するとは真田の名折れ。信初様が心配・・・余り心配しなくてもいい気がするが心配しておこう。文字通り、矢が降ろうが槍が降ろうが弾きそうだが。
家臣が集められている広間に息せき切って駆け込めば
「おう、真田殿。そこらの女中に
脇息(きょうそく:肘掛けの事。肘掛け椅子の肘掛け部分だけのものを想像すれば大体合ってる)
を持って来させてくれ。二つな」
烏帽子を手中で玩ぶ信初様と居心地悪そうに対面に座る晴信様の姿。
・・・心配って何だろうね。
兄上がしつらえたのは、脇息に身をもたせかける武田の嫡子と向かい合って同じように座る次子。
そして、
「皆も楽にするがいい。ここからは兄弟の語らい。肩肘張って見るものではない」
恐る恐る足を寛げる武田の主だった家臣。
何をしようというのか。
折角整えた武田の『これから』を無にして何をしようと言うのか。
「晴信と二人だけで話すのも久しいな」
「は、はあ・・・」
最近は今日の段取りに奔走し、兄上と話す機会は全く無かった。
そう言えば、元服してからも密談部屋で二人きりの機会はそこそこあったが、ここ三月ほどはすれ違い様の挨拶程度だった。
そう思いを馳せて改めて兄上の顔を見る。
ふくよかで優しい顔だ。
私の大好きな兄の顔だ。
「晴信には国内の事を任せきりで苦労をかけた。ありがとう」
脇息から身を起こし私の手を取る兄上。
「そ、そんな・・・まだまだ力足らずです」
「自分もな・・・」
兄上の手から包み込むような温もりが伝わってくる。
「戦では役に立たん。敵を斬る度に我を失い、采配は自分より上手いのが幾らでもいる。全体の差配とて晴信がいる」
「勿体無いお言葉です」
涙が溢れそうになる。兄上は私を認めてくれている。私を必要としてくれている。
「国内の政治とて自分には分からん。皆が自分にはやらせまいと頑張ってくれる。身近に民を感じようとて許されぬ立場だ」
私の手を放し、脇に置いていた烏帽子を取る兄上。
「自分はこの烏帽子と同じだ。遠くからよく見えるが、それは武田を支える皆が体となり、顔である武田を持ち上げてくれるからだ。自分はその上に乗せられた烏帽子に過ぎん」
手のひらの上に烏帽子を乗せて、兄上はふぅと息を吹き掛けると烏帽子はパタリと床に落ちた。
「風が吹けば倒れ、体が揺らげば倒れ、頭を振れば倒れてしまう」
すう、と兄上は家臣達を見渡す。
誰一人、足を寛げる者は居なかった。
「自分はこんな不安定なものにはなりたくない」
バリッ、と音を立てて烏帽子を縦に真っ二つにしてしまう。
ざわめく一同の前で兄上は半分になった烏帽子の片方を私に渡してきた。
「烏帽子は半分で良い。武田の顔に自分もなりたい。それでも上が必要なら、自分は髪の毛にでもなろう」
半分になった烏帽子を促され、被る。
兄上も被り、家臣一同に振り返る。
「人は水、人は米、人は道、人は家、人は城、人は国。人が居ればあらゆるものになる。人が居なければ何も生まれず、全て朽ちゆく。自分は皆と同じ人でありたい。ただ在るだけでなく、生み出すもので自分はありたい」
そう言って茫然とする私に再び顔を向け、
「それ、似合わんなぁ」
と無邪気に笑い烏帽子を取る。
私も久しぶりに本当に久しぶりに笑い
「兄上もさっぱり似合いませぬよ」
兄上の烏帽子を取った。
半分になった烏帽子は後に揃えられ、
この広間の奥に飾られる事になった。
いやん、武田信玄の名言使っちゃった。
ごめんね、晴ちゃん。一度使ってみたかったのよ。
後年の創作と言われてるけど好きなんよね。
武田信玄という人物の、国というものに対する巨視的な人柄が偲ばれる名言です。
取り合えず、家督相続は解決したみたい。
皆も打ち解けた顔で話し掛けてきてくれるし、やったね、ぼっち脱出。
だから晴ちゃん、近付こうとする人を威嚇しないで。皆が脅えるでしょ。よーし、よしよしよしよしよし。いい子だから大人しくねー。何で瞳を潤ませますか。
最近、嫁さん達からスキンケア習ってるせいか優顔になってきた晴ちゃんは間違いなく美男子。おのれ、まだ嫁さんゲットする気か。
「兄上・・・今夜はずっとお側に・・・」
な、何か妖しい雰囲気なんですが。
誰か助けてーー。
「おーう、今帰ったぞー」
「ただいまー」
「おわ、何で皆揃ってるの?
あ、晴信また信初に抱きついてる!?
あんた兄離れしたんじゃないの?
油断も隙もないわねー」
親父達が信繁やシノブ姉が広間の障子を開いてそこにいた。
追放したんちゃうんかい。
「じ、実は家族で山菜狩りでもと一時的に隔離しただけでして・・・」
板垣さんが申し訳なさそうに説明してくれた。
成る程、武田一門は自分と晴信だけ残して家臣の前で家督相続。
親父が帰ってきても
「皆に認めさせちゃったテヘリ(ペロッ)」
って既成事実を作った訳か。
そうなるとこの場合、親父に責められるのは簒奪したっぽい・・・自分?
いや、何とか誤魔化せば・・・
ああ、遠い目をした真田さんが親父に説明しとるー!
おのれ、ブルータス貴様もか。敵は腹心だった、獅子心中の虫とはこの事か。身じゃなくて心なのがポイントね、腹『心』だけに。
ぶふぅ、自分今うまい事言った。
じゃねぇぇぇ!!
親父が般若になっとるー!!
マジ、恐ぇぇぇーー!!
助けてマイファミリー!!
お袋は山菜持って台所か、相変わらずフットワーク軽いな、オイ。
信繁は・・・親父の怒りの波動に当てられて気絶か、南無。
シノブ姉は
「晴信、あんた信初は諦めたんでしょ!?」
「ふふふ、私達兄弟は今日新たな絆で結ばれ申した。姉上といえどこの絆は断ち切れませんぞ」
ガクンガクンと晴信を揺すっております。
晴信も揺らされ過ぎて青い顔してるが、凄いドヤ顔してるのな。
もう、何なんだよお前ら。
「のーぶーはーつーー・・・」
おうふ、今まさにそこに迫る危機。
取り合えず、半分に割った烏帽子を差し出し
「被る?」
と、聞いてみる。
何故か盛大に溜め息をつかれ
「他人のものになったもんに興味ないわい」
とペシッ、と頭をはたかれた。
「老いては子に従う、儂も人並みにそうするわい」
顔を上げれば苦笑する親父の顔。
それが何故か今までで一番優しく見えた。
・・・やっぱり顔自体は恐いんだけどね。
山菜狩りから帰ってみれば馬鹿息子どもがやらかしておった。
儂をないがしろにして家督相続も糞もあるか!! と飛び込もうとすれば真田がすっ、と儂に近寄り
「もう、遅いですぞ。晴信様は戦より治世を為すべし、と進言され信初様は領地ではなく人を見るべし、と承諾されてしまいました」
それを聞き、ガン、と頭を殴られたような衝撃。いつかの酒の席で信初は言うた。
「壁は(戦を考えぬ)白塗り、犬(忠臣)がいて、草(当時の忍、諜報係の総称)は青々と生え(国内外問わず情報を重視し)、太陽は絵画の如く輝き(天皇や将軍は人の手の届かない象徴とする)、世は全ては事も無し(武田の下に戦無し)」
その言葉通りにする気なのだろう。
戦は引く事ない信初ならば討って出る野戦のみ。本当にそうする気ならば儂が地ならしした甲斐一円を、戦に飽いた甲斐を治めてしまうのだろう。
それが容易に想像出来て儂はぐぅの音も出なかった。
だが、それですぐに納得出来る柔い人生は歩んでおらん。武田の当主として戦に狂い武田をここまでにした自負はある。
せめて一言食らわしてやる。
と、意気込んで信初に迫れば
「被る?」
と縦に引き裂かれた烏帽子を差し出す信初。
真田が言っておったの
「武田の当主としてではなく、武田の人として皆と在りたいとおっしゃておりました」
何処か夢見るような目で言う真田に、今までは一段高い所で崇められていた信初が家臣共の側に降りてきた事を知った。
武田は一枚岩となるだろう。
上も下も一丸となり、武田の当主という存在はその上に乗せられた烏帽子のようなものに。
そんなものはいらない、と信初は示す。
儂が固執しようとしたそれは要らないと。
悔しいではないか、儂が人生を掛けて誇ってきたそれをただのもののようにしか見ない信初の視点の高さが。
悲しいではないか、そんな男の父がそんなものに固執する程度の男だと言うのは。
だから儂は
「他人のものになったもんに興味ないわい」
と信初の頭を叩き 、儂の半生に別れを告げた。
「老いては子に従う、儂も人並みにそうするわい」
苦笑する儂を信初は呆けた様に見上げていた。
ああ、そうとも儂は貴様にそれ位の顔をさせる事が出来る父だとも。誇れよ、儂の自慢の息子よ。
その夜は下も上もない無礼講の宴会であった。
「うぃー、信初のやろーはよぉ。いっつも私が及びもつかない事しやらってよぉ。付き合うこっちの身にもなれっちゅーの」
「真田殿は大変れすなー。晴信殿はまだ常識的れすからー」
「れも信初様へのご執心だけはどうにかなりませんかにゃー」
「「「・・・無理れすなー」」」
「大体いつも信初様、信初様なんれすよ、アサ様ー」
「うん、そうね」
「あの時だって、気づけば名前を漏らしたり、寝言らっれ『あ、兄上・・・』とかなんれすよー」
「うん、そうね」
「・・・アサ様?」
「うん、そうね」
「兄上と私は一心同体。この割れ烏帽子と同じピッタリはまり合う存在、うふ、うふふふふふ」
「晴信がキモい!
信初と私は物理的にはまり合えるわよ」
「姉上が何を言ってるのか理解出来ない」
「うふふ、信繁はまだ知らなくていいわよ。
シノブちゃん、ちょっとこっち来なさい」
「何よ母上・・・みぎゃーー!!」
「おう、信初。当主として儂に何か命令してみろ。何、出来ない?そんなんで武田を率いていけるか!!
大体貴様はなー・・・」
「親父、そっちは壁だよ」
武田家は平和です。
信初と信玄以外はあまり出さない予定だったんですが、広がりを期待する感想が多かったのでゲスト出演的に絡めて行こうて思います。
逸話とかはそもそも余り知らないので、
Wiki頼みになってます。
長女は今川に嫁いで里帰りしたついでに山菜狩りを提案され、信虎は家族サービスを提案されてそれに乗ったという流れです。
まあ、細かい突っ込みはやりだしたらキリ無いですけどね。