第02武:レッツ密談
本拠地である躑躅ヶ崎館に戻ると
「兄上様ー」
と信繁が飛び付いて来た。
今年で10歳になる割りにまだまだ幼さを感じさせるのは、自分と信玄が年寄臭いから親父とお袋が甘やかすためだろう。
かくゆう自分も胸に頭をすり付ける信繁をナデナデしてしまう訳だが。
「見事な初陣だったそうで、祝着に御座います。兄上殿」
慇懃に頭を下げる信玄に、うむ、と返してやはり可愛いげがないなぁ、と思ってしまう。
顔も親父譲りで恐いしね。
自分は母親譲りでふっくらした顔です。
威厳を出す為にいつもしかめっ面だけど。
「宴の用意も整っていますので、ひとっ風呂浴びてはいかがですか?」
「うむ、気が利くな晴信(武田信玄の出家前の名前、以後この呼称に変更)」
「僕も早く初陣がしたいです」
信繁が右腕にぶら下がり、キラキラした目を向ける。おうふ、眩しすぎるぜマイブラザー。初陣でバーサクったのは言わない方がいいだろうか。
「・・・信繁、兄上殿はお疲れだ。話は後にしろ」
「まあ、いいではないか、晴信。信繁には背中でも流して貰ってユルユルと話したい。よいか、信繁」
はい、と元気良く答える信繁。
ああ、昔は晴信もこの位に素直だったのになぁ。
そんな事を考えながら、ゆったりと自分が考案した檜の風呂に浸かるのだった。
信初兄上殿が初陣を飾った。
敵軍とぶつかった瞬間に武田の劣勢を悟り、自ら単騎駆けを行い味方を鼓舞して敵軍を潰滅、逃走せしめたと言う。
ただ、極度の興奮が収まらず、父上殿のお手を煩わせたとか。
逆に言えば父上殿以外には止めきれなかったのだろう。兄上は固太りな私と違って、隆々とした筋肉に包まれた当に武の化身と見紛う見事な肉体を持っている。
それでいて、ふくよかでいつまでも見ていたくなるような優しげな顔立ちだ。
普段は厳めしく引き締めているが、家臣に声をかける時や私など家族と話す時は本人だけ気付いていないのだろうが、柔和な観音像の如き表情をする。
家臣は元より、私や信繁、あの激しい気性の親父殿さえ信初兄上の前では恋する乙女のように兄上のために何でもしたくなる。
「ひとっ風呂浴びてはいかがですか?」
「うむ、気が利くな晴信」
兄上の引き締められた顔が緩み、目尻が下がるのを見ると胸が高鳴る。
ああ、何て勿体無いお言葉か。
だが、至福の時間は短い。
「僕も早く初陣をしたいです」
信繁が兄上に引っ付くと兄上の顔は私から弟に向けられてしまう。
数年前までは私も無邪気に兄上に引っ付いていたが、元服も近くなればそんな子供っぽいことは出来なくなる。
出来なくはなってもしたいとは思ってる訳で
「・・・信繁、兄上殿はお疲れだ。話は後にしろ」
と出すまいとは思っても弟の無邪気さを羨み、冷たくなる声に嫉妬の色が混じってしまう。
「まあ、いいではないか、晴信。信繁には背中でも 流して貰ってユルユルと話したい。よいか、信繁」
あ、兄上とお風呂だとーーー!?
信繁も、はい、とか言ってんじゃねーー!!
私ですら10歳の頃には兄上と別に風呂に入っていたんだぞ、コノヤローー!!
しかも、兄上におんぶして貰いやがってーー!!
畜生、あそこは私の特等席だったというのにーー!!
・・・だが元服すれば一人前の大人。
いい大人が兄上に甘えつく訳にもいかない。どうすればいい、私。
抱き付くのは無理でもせめてナデナデして貰ったり昔のように二人で並んで寝る位はしたい。
しかし、兄上も次期当主として忙しいお方。
何もなくお願いするのはご迷惑だろう。
然らば・・・
「のう、勘助。兄上と二人で話す機会とか作れんかのう」
「はあ・・・?」
山本勘助、身元不明ながら武田にその才を買われ軍師を勤めている隻眼の男である。
正攻法より奇策を好むこやつなら何か思い付くだろう。
「それはまさか・・・いや、聞かなくとも委細承知致しました。この勘助、晴信様と信初様のために一世一代のモノを造り上げてご覧にいれましょう!!」
何かやたら気合い入ってるな。
いい年なんだから落ち着けばいいのに。
まあ、私や兄上が落ち着き過ぎているだけか
「うむ、頼むぞ。兄上と私の間だけでの事だからな」
「ははーーー!!」
やたら畏まって平伏する勘助に妙な気もしたが、後日に兄上と二人きりで密談出来る隠し部屋を三部屋も造ってくれた。
兄上に甘えられる方法を聞いたつもりだったんだが、二人きりで話しが出来るし布団を並べて寝られるからいっか。
勘助、いい仕事した。
信初様が初陣を飾ったその日に晴信様から
「のう、勘助。兄上と二人で話す機会とか作れんか のう」
と相談を受けた。
なんの事やら判らず、生返事を返してしまったが、晴信様の目の奥に炎のように揺らめく嫉妬の色を見てしまった。
武田家の家族仲のよさは周知の事実。
だが、跡目争いはまた別の話だ。
特に信初様と晴信様はわずかに一つ違い。
信初様の器量は素晴らしいが晴信様もまた負けてはいない。
信初様の初陣は獅子奮迅、八面六臂、修羅阿修羅の如きものだったが、一兵としてはともかく当主としてはまだ器量を示せた訳ではない。もし、晴信様が先にその器量を示す機会があったとすれば・・・武田は甲斐は真っ二つに別れるだろう。
晴信様は己の感情すら観察し、研究してしまうお方。
ならばこそ、信初様との跡目争いによる武田の不利益を感情を排して察せられる。
しかし、いくら晴信様一人が理解出来ても信初様や決定権のある信虎様と話し合う必要がある。
それも、余人の耳に入らないようにである。
ならばこそ、忍びを使い、人に知られぬ隠密の知識を持つこの山本勘助に頼まれたのだろう。
他の誰でもないこの山本勘助を頼りにして下さるとは光栄の至り
「それはまさか・・・いや、聞かなくとも委細承知致しました。この勘助、晴信様と信初様のために一 世一代のモノを造り上げてご覧にいれましょう!!」
平伏する私に何でもない事を頼んだように去る晴信様。
成る程、私ならば出来て当たり前と言うことですな。その期待に答えてみせましょう!!
この山本勘助、一世一代の密談部屋をごろうじろ!!
後日、出来上がった密談部屋の出来があまりにもよく晴信初め、信初や信虎がサボったり人目を盗んで酒や菓子を持ってシケこんだりするのを咎められず、三人を探し回る重臣の姿に勘助がちょっぴり張り切りすぎた、と後悔したとか何とか。
「親子三人川の字で寝る日が来るとはのー」
「親父、お袋がキレてたけど何したんよ」
「ちょっと若い娘に贈り物を・・・」
「親父・・・自重」
「(兄上との一時が・・・父上、空気読め)」
そんな武田家。
主人公って誰だっけ(笑)
信初が周りから勘違いされるキャラのはずが信玄までそうなった。
流石、兄弟似るものである。
というか、信玄を妹キャラにした方が良かったかもね。いや、しないけど。
戦国大名女性化は一人だけかな。
これだけで分かる人が多そうで困る。
基本、まったりでいきますので気楽にお読みください。では。