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キミはダレ?  作者: あいあい
その、黒髪の少女の名は
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2-0 鳳の女王




 開け放たれた窓から風はそよぎ、クリーム色の纏められたカーテンをユラユラ揺らす。西に落ちる太陽の光は、室内を緋色に燃やしている。

 その教室には女性が1人佇んでいた。歳相応に見られない彼女は、一見して少女と呼ばれる容姿ではあるが、彼女はただたんに、今年度の学校保健統計調査の女子平均身長よりも18センチ程低いだけ、である。

 身にまとうのは学校指定の制服とは違い、赤いフリルブラウスに肩に掛けた赤いショール、どこで配色指定を間違えたのか赤いホットパンツ、赤いニーソックスに赤いエナメル靴と全身赤尽くめ。極めつけが赤いサングラスを髪に引っ掛け、赤いデジタル腕時計からは、規則的な機械音が秒針を鳴らし続け、正確な時間を告げていた。

 ただ一点、身に着ける物で赤色が使われていないのは、その左目に付けられた白い眼帯だった。

 眼帯、アイパッチ、片側の眼球を保護する為の布。彼女のそれは簡単に取り外しが利く耳に掛けるタイプであり、頻繁に外す事が窺える。


 女性は耳に掛かる髪を手櫛で掻き分け、耳に赤いワイヤレスイヤホンをつける。

 直ぐにイヤホンからは一瞬の接続ノイズが鳴り、報告が入る。

『こちら3班、人払い完了しました。引き続き監視を続けます』

『こちら2班、配置完了』

「そう……こちら1班、準備は出来てるわ」

 ゆったりとした彼女の声に一瞬の静寂が訪れる。

 赤い腕時計が56秒を指す。57、58、59――。

 デジタル時計が17時を印した瞬間、三灯市にある学校施設全てから、時刻を告げる鐘が鳴り響く。

「始めるわよ」

 ザザっとノイズが入る。

『こちら2班。ターゲット、見せ餌(デコイ)に掛かりました。40秒後に到着します』

 17時の鐘が鳴り止んでも尚、遠くでは演劇部の声だしが聞こえ、また違う方角からは運動部の声が聞こえる。


 もうじき夜闇がやってくるというのにまだまだ騒がしいここは、木々が生い茂る山のふもとにある学校施設、鳳学園大学付属高校。通称鳳。

 彼女のいるこの場所は、総合学科と普通学科の一年生と、美術学科A・Bの一年生から三年生が学ぶ通称一年棟。

 各学年毎に学び舎が違い、門を正面にすると逆コの字型に校舎が建てられており、上の横線が一年棟、縦の棒線がニ年棟、下の横棒が三年棟となる。

 総合学科生と普通学科生は学年が上がる毎に校舎が変わるが、特別学科生は割り当てられた校舎から変わる事はなく、入学してから別の学年棟に行く事は滅多にない。

 一年棟は別名芸術棟とも呼ばれ、絵画、陶芸、写真、映像などを学ぶ芸術学科Aと、音楽全般を学ぶ芸術学科Bの特殊学科を受け持つ校舎であり、校舎内外にはその為の施設が設置されている。

 芸術科Aは校舎内での作業が多いが、校舎裏にある陶芸様の施設も使用することが出来、芸術科Bは一年棟だけにある地下施設を使う事が出来る。地下の音楽施設は一般的な音楽ホールと同じ機材が揃っており、音漏れも殆どなく、存分に演奏が出来るよう配慮されていた。

 ここはそんな校舎の4階。どの校舎も基本3階より下がクラス教室や学科毎の教室、移動教室等となっており、4階は各機関や作業用スペースとして使われている。

 本来ならば一年棟4階は放送委員、この学園では放送局と呼ばれる機関が原則として使っており、体育祭や文化祭の様なイベント事の際には、実行委員が集まり会議や作業スペースとして使われる場所だった。


 そんな4階フロア内には、本来居るはずの放送局局員達は誰一人としておらず、彼女を除いた一般生徒及び一般教職員は立ち入りを制限されている状態だった。

 彼女は馴染みの騒がしい学園の声に心を穏やかにし、一転、それを脅かす男の顔を浮かべ、怒りをくべて静かに闘志を燃やす。

『兄さん』

 不意に聞こえるソプラノボイス。識別番号もなく、報告でもなく、ただ一人に当てた言葉。

『今回の失態で私達は小鳥(ことり)様を失望させてしまったわ。小鳥様が地に額を着けさせたのは私達なのよ。それでも私達をお許しくださった小鳥様をもしも……もしも傷つけるような事があったら、私は兄さんを殺すわ。その後私も死んで、あの世で小鳥様に仕えましょうね』

 不吉すぎる言葉に名前を出された女性、小鳥は頬を緩ませる。彼女だったら本当にやりかねない。ソレほどまでに慕ってくれる人が居るのは嬉しい事だが、悲しくもあった。

『……集中しろ』

 妹を戒める兄の言葉。けれど、妹の発言自体を否定する事はなく、現状に徹しただけの言葉。

千鳥(ちどり)、安心しなさい。私に「何か」なんて万が一にもないわ」

『億が一には』

「ないわ」

『兆が一には』

「ないわ」

(けい)が一には』

「呼んでいるわよ千尋(ちひろ)

『…………集中……してください』

 困ったような千尋の声に小さく笑い、言葉通り気を引き締める。

「そろそろね」

 そう云った瞬間、報告が入る。

『こちら3班。ターゲット三階踊り場に入りました。10秒で到達します』


 徐々に近づいてくる二つの足音。二人は何かを話ながら歩いて居る様だが、陽気に喋っているのは主に男性の方で、もう一人の女性の声は簡単な相槌しか打っていなかった。

 その声は小鳥が居る部屋の前で止まり、鍵を差込開ける音を鳴らす。

「さぁおいで」

 そう云いながら長身の男性が先に入り、後から鳳の制服を来た女子生徒が俯き加減で入ってくる。長身の男性は女子生徒ばかり見ているせいか、教壇に立つ小鳥に気が付いてはいなかった。

「先生」

 俯く女子生徒の言葉に男性教諭は立ち止まり、体ごと向き直す。

 男性教諭は、若さ溢れる青年と云っても過言ではない程若々しく、10人が見たら10人がカッコイイと称する程のイケメンだった。

「どうした藤咲、やっぱり嫌になったか?」

 男性教諭は女子生徒の肩に手を置き、少し屈んで目線をあわせ、顔を覗きこもうとする。声には機嫌の良し悪しはなく、ただ淡々としている。

「俺はどちらでも良いんだぞ。ただな、長い長い歴史ある部活動の、伝統と格式を守り続けてきた歴代のOBやOGに、なんて説明する気なんだ?「私のせいで部が潰れました」なんてお前云えるのか?」

 今現在ではなく、過去である歴史を使った脅し。「今」の相手であれば同年代と云う事もあり許しを請う事も出来るが、歴史は長く、紡がれた思いは百を超える。そんな人達に、お前はどう謝罪するのか。男性教諭はそう脅していていた。

「先生」

 もう一度女子生徒は呼ぶ。

「お前には云えないだろ。だったらやるしかないんじゃないか?」

 淡々としていた声色は徐々に諭すように、従わせるように変わっていき、どちらでも構わないと云いながら道は既に一つしかないよう錯覚させる言葉。

「ほら、こんなところに突っ立ってないで」

 肩に置いた手に力が入る。が――。


「地獄に落ちろ」

 顔を上げた女子生徒は、柳眉を逆立て睨み上げる。掴まれた手を払いのけ一歩二歩と後ろに下がると、スチール製の引き戸が勢い良く勝手に閉まり、最後にガチャリと鍵の閉まる音が鳴った。女子生徒は教室の外に、男性教諭は教室の中に。二人の間には堅い扉が立ちはだかったのだ。

 突然の事に男性教諭は呆け、一瞬外の運動部の声が近くに聞こえる。静けさは本当に一瞬で、それを打ち破ったのは扉を乱暴に叩く音だった。

「なっ、何してる! 藤咲! ここを開けろ」

 ガタガタと一生懸命開けようと試みる男性教諭だが、鍵の掛かった扉を素手で開けるには人を超えた力が必要だった。

「ゴラァ藤咲! てめぇ早くここを開けやがれ!!」

 化けの皮は予想以上に早く剥がれ落ち、欲に駆られた醜い男がそこにいた。

 コンコンッ。と、黒板をノックする音。誰も居ないと思っていた男性教諭はその音に驚き振り返る。そこでやっと教壇の上にいる真っ赤な小鳥に気が付く。

 途端、眼は見開かれ、口はだらしなく開けられ、ゆっくりと崩れ落ちる。顔色は赤から青へ。体を小刻みに震わし、

「ッッッ……ぁ…………」

 言葉にならない苦しそうな嗚咽の音。現在自分が置かれている状況に、この先の展開を男性教諭は予想する事が出来たからだ。

 鳳学園内で生徒教師共に噂されるある話(、、、)。今年赴任してきた男性教諭はそんな噂を信じることはなく悪行を積み重ねてきた。それが崩れ去る自身から鳴る音。

 小鳥は窓側沿いに相手との距離を詰めていく。死刑執行人の様にゆっくりと対面にたどり着くと、一つの分厚い封筒を、男性教諭の前へと投げる。

 口の開いた封筒から数枚の写真が飛び出してきた。それは男性教諭が女子生徒の陰部に、服の上から触れようとしている所だった。

 男性教諭はその封筒に眼を落すとすぐさま、飛び出した写真を這い蹲って拾い集め、封筒に詰め込み胸に抱え込む。だが小鳥はそんな無様な男を一瞥もせず、ポケットからICレコーダーを取り出していた。

 操作されたレコーダーからは、先程この教室内で行われた会話と殆ど変わらない、伝統と格式を盾に詰め寄る会話が録音されていた。

 レコーダーを再生している間、男はうな垂れるように顔を伏せ、ピクリとも動こうとはしなかった。だが小鳥は容赦せず、教室内にあったテレビが勝手に電源が点き、録画映像が流れる。レコーダーで再生されているのと同じ内容の物が今度は映像付きで流れ始めた。


「高野教諭」

 ここまで一言たりとも口にしなかった小鳥は、先ほどのインカムで話していた声とは違う、激昂を奥歯で押し込んだ、重々しい声で忌まわしい名前を呼ぶ。

「私は貴方を警察に突き出すつもりはありません」

 放心状態だった高野は、小鳥の言葉をゆっくりと理解して顔を上げる。あまりに意外な言葉だったせいか、理解するのに数秒掛かったようだった。

「な……え?」

 もしかして助かるのか? そんな思いに、高野は淡い希望を抱く。

「私が依頼されたのは、貴方に地獄を見せることです」

 テレビの画面が突然真っ暗になり、女性の声だけが教室に響く。

『地獄に落ちろ』

『死ね』

『許さない』

『絶対に許さない』

『死ね』

『死ね』

『死ね』

『死ね』

 何人もの女性の声。

「貴方のご両親、貴方の妻、貴方の義実家、貴方の血縁者、貴方の交友関係、貴方の職場」

 職場と云う言葉の際、文目は地面を指差す。

「貴方の関わる全ての人間にこの証拠を送りました。私は貴方を警察に突き出すつもりはありません。ですが、貴方に地獄を見せましょう」

 高野の携帯電話が鳴り始める。切れては鳴り、切れては鳴り、催促するように止む事はなく鳴り続ける。高野はただ絶望した顔を伏せるしかできなかった。

私の学校に(、、、、、)手を出した貴方が悪い」

 その表情を押し殺した言葉に、絶望が復讐心へと変わった高野は、小鳥に向かって飛び掛ろうとする、が――。

「ァガッッッ!」

 身長の低い小鳥の頭上を黒光りする何かが通り過ぎ、殴りかかろうとしていた高野の喉下に着弾した。高野は痛みに膝を付き、声にならない声を上げてのた打ち回る。

「射程外からの狙撃じゃ、そんなに痛くもないと思いますけど」

 小鳥の後ろ、開かれた窓のその先には三年棟があり、その一室もまた窓が開かれ、こちらに何かを向けて構えている人の姿があった。


 のたうつ高野の前にしゃがみ込み、つまらなそうに見下ろす小鳥は、近くに落ちていたゴム弾を拾い上げて指で弾く。ゴム弾はたいして弾む事もなく高野の前へと転がっていった。

 高野はその転がる弾を眼で追う。突然の痛みに驚いたが、確かに小鳥の云う通り首の痛みはのたうつ程のものではなかった。

 警戒もせずに近づいた小鳥を見て、開き直った高野は今度こそ一矢報いようと、胸ポケットから折り畳みナイフを取り出し、小鳥に向かって突き出す。

「ッッッガァァァァァァァァァァァ!!!」

 だが、そのナイフを小鳥の目前で腕共叩き落され、今度こそ本物の怪我の痛みで悲鳴を上げる。

 ナイフを強く握っていた手を、真っ直ぐ地面に叩きつけられた高野の手は、親指を除いた全ての指が折れてしまっていた。

 ナイフを握る手を叩き落したのは、今だにその手を踏みつける黒い靴。その先には制服を着込んだ男子生徒が、悲鳴を上げる高野を無表情で見下ろしていた。

 骨折の痛みとは大の大人でも泣き叫ぶ程のものだが、音も無く現れた男子生徒は、そんな些細な事を気にする事もなく、そのまま体重を掛けて折れた骨を更に砕く。高野の泣き叫ぶ声は、教室は勿論4階フロア全域に響渡るが、それを助ける者は誰一人としていない。高野はあまりの痛みに反対の手で足をどけようと叩いてはみるが、あまりに弱々しくてなんの意味もなかった。

「小鳥様に触れるな」

 そんな男子生徒の言葉は、高野にはもう届いていなかった。悲鳴を上げ続けていた高野が失神したため、教室内には高野の携帯電話から流れる着信メロディーだけが残った。

 教室に入ってきた時の面構えはそこには無く、涙と鼻水と涎でグチャグチャになり、白目を向いた哀れな男。そんな無残な男を見下ろす小鳥。

「ショパンのボレロだなんて、音楽教師にしてはありきたり過ぎませんか? ……ねぇ、高野先生」

 その問に答える者は誰もいなかった。

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