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キミはダレ?  作者: あいあい
その、黒髪の少女の名は
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 住宅街の最後。登りに登った先には緑色の鉄柵に囲まれた、広大な面積の浄水場が建てられていた。

 近所の小学校では、就業見学で浄水場見学が行われているらしい。今の世代は恵まれていると老後を控えた中年みたいな愚痴が云いたくなる。僕の世代は精々近くの消防署見学がいいとこだ。勿論学年全員が行けるわけもなく、第三希望まで書かされた中の第三希望である、近くの保育園に見学をしに行ったのを覚えている。

 山を登りきり振り返ると、街の全体が見渡せる。

 下に一際輝いてる一本の長い道は商店街のある表通りだ。その先には木々が生い茂る山になっていて、周囲は高地で囲まれた盆地となっている。今立っているこの山と向かいにある山は昔、双子山と呼ばれていたそうだが、今では片方の山は住宅街となって山らしい木々の姿はなくなっている。

 休日の18時ぐらいだろうか。民家の窓からはどこもかしこも明りが漏れ出ている。家族団らん、お節も食べ飽きてカレーの準備でもしているのだろうか。谷の底は夜でも明るくキラキラと輝いていて、一匹の龍のように道は伸びていた。

「良い景色だ」

 風は山にぶつかり上へ上へと押し上げてくる。走り回ったお陰で、額から薄っすら汗がにじみ出てくるが、そんな汗も冬の山風に当たり気持ちが良い。だけど訴訟を起こす相手もいないので、風邪には自衛しなくてはならない。

「あまりボヤボヤしている暇はないようだよ」

 文目の言葉に視線を落すと、坂のずっと下に人影が見えた。あれが鍔付きキャップなのか、仕事帰りのお父さんなのかは分らないけど、リスクは最小限に抑えるべく、目的の場所へと急ぐ。


 浄水場は昼夜問わず門が閉められているので、関係者以外は中を通る事はできない。左右の分かれ道は、右へ進めば袋小路。左へ進めば勿論袋小路。だけれど左には3つの建物が、正確には一つの大きな建物が建っていた。

 この建物の外周にも浄水場と同じ様に緑色の鉄柵が囲うように並んでいたが、門の鍵は開いており簡単に敷地内に入ることが出来た。門を過ぎると直ぐ目の前には建物。

 ガラス張りだった扉は全て割られ、壁という壁は色鮮やかな着色スプレーで描かれた前衛的な絵と、色々な文字体が入り混じった、文章とも言えないロゴ達で埋め尽くされていた。

 山の頂上の更に6階建てという、この辺では一番空に近い建物は、一見して反社会的な輩の巣窟として勝手にリフォームされていた。

 ここが何の施設なのか僕は知らない。たまに遠くから視界に入る事があっても、そこが何の為の建物なのか疑問すら抱かない。生まれた時からここにあったけど、ここに来る必要もなく、興味も抱かなかった場所。けれど、中学に上がった頃から噂される怪談話では、いつもここが舞台に上げられる。

 曰く病院跡地。曰く学校跡地。曰く浄水場関係の施設跡地。曰く密集住宅跡地。曰く城跡地。曰く謎。噂は尾だろうが鰭だろうが付けまくりで大海原を縦横無尽に泳いでるのは、話を訊いていれば大体分る。噂は噂。踊らされるのはピエロか無邪気な子供だけで十分だ。そんな考えのまま、ここまでやって来た。そうして建物を目の前にして思う事がある。

「こぉぉえぇぇ」

 夏に怪談話は定番だろうけど冬の方が断然怖いと思う。曇天の空、窓の隙間から入り込む冷たい風。そもそも幽霊やら怪談やらは、暑さよりも冷たさと云うイメージがある。夏に怪談話とは涼を取る為の団扇代わりなのは分るけど、そもそも怪談話を訊いても涼なんか取れなし、取れるのは蚊と馬鹿ばかりだ。 

 そんな馬鹿の1人に加わった僕は、文目に手を引かれて中に入ろうとしていた。

「あの、いつまで手、繋いでるんでしょうか」

「繋いできたのは北斗だろう?」

 ――えぇそうですとも、条件反射ですとも、日本の道徳教育の賜物ですとも。

 文目はしたり顔で手を放した。強く握り合っていたせいか繋がりが絶たれて少し名残惜しさがある。代わりに繋がれ続ける苦しみから解放された開放感もあった。

 文目はそんな僕を置いてさっさと中に進んで行き、本来掲示板の役割をしていたであろう物体を擦っている。内装もそこかしこに悪戯書きがされており、アクリル板の掲示板も例外なく、鮮やかな色で塗りつぶされていて、中に何が書いてあるか見えそうになかった。

「日本の総住宅数の13%以上は空き家なんだそうだよ。流石にこれ程の大規模な建物が、それもこんな住宅街の直ぐ近くに放って置かれているのは中々ないだろうがね」

 放置されている理由なら何となく分かる。僕達が登って来たあの坂は、普通車でも中々登って来れない程急な傾斜となっている。この辺の住民で車を持っている人達は、表通り沿いにある駐車場を借りてる場合が多いのもそのせいだ。

 そんな場所での解体工事となると、かなりのお金が必要になる。県営の浄水場は東西南北の4つに入り口があり、中を通る許可さえもらえればトラックでもこちら側に来る事が出来るだろうが、そう簡単に許可も降りないだろう。

「ふむ……ここが何の施設だったか知っているかい?」

 掲示板を諦めたのか、今度は建物内の見取り図を擦り始める文目。

「一番ありえそうなのは、浄水場の何かしらの施設跡地かな」

 噂の中では一番ありえそうな回答。浄水場とは小道を挟んで隣り合わせに立っているし、浄水場を囲う緑色の鉄柵と同じ物が、この廃墟の周りを囲っていた。

 そもそも学校や病院がこんな通学通院し難い場所に建てないだろう。密集住宅地という案もあるけど、今立っているフロアを見る限り、住宅らしさは垣間見えない。

 ここにあるのは企業ビルなんかの表の顔。用件を取次いだりしていたであろう、玄関フロント。横たわる人工観葉植物が並んだでいて、崩れたコンクリートやら割れた窓ガラスがベンチの上に散乱している。左右には階段。上を見上げると中二階が見える。階段を数段登って見てみると、そこはエレベーターホールになっていた。

「電気は通ってないと思うよ」

 ――直ぐ横で声を掛ける時は、気配を絶たず、足音を鳴らして近づきましょう。

「心臓に悪いから」

「臆病者の恐怖は臆病者を勇敢にさせる」

「臆病者って別に情けない奴って分けじゃないよね。もしも(、、、)を考えうるだけ考えて、そのもしもに備える人の事だよね。「備え有れば憂いなし」ってことわざがあるけど、実際いくら備えても憂いなんか晴れないし、むしろ備えた程度で憂いが晴れる奴の気がしれないよ」

「怯えなくても大丈夫。何もしやしないさ」

 ――虚勢ヲ見透カサレタデスヨ。

 近所で有名な心霊スポット。廃墟というだけで怖いというのに、怪談話まで流れている建物内で、全方位に髪が垂れ下がってる人が横から現れたら、どれだけハートの強い人でも驚くだろう。むしろ驚いてくれないと(ジャパン)ホラーが流行らない。


「文目」

 階段を上り始めていた黒い物体を呼び止める。振り返る文目の髪は相変わらずキューティクルでサラサラと流れていくが、この場では恐怖の対象でしかない。

 僕は、かぶっていた緑のニット帽を脱いで放り投げる。

「階段上る時、髪の毛踏みそうで危ないからそれで前髪なんとかして」

 平地ならいざ知らず、体を前のめりにして歩く坂や、髪の先端より高い階段を上がる際、踏みそうで危なっかしい。今のところは文目も慣れているのか上手い具合に避けて歩いているけど、何時踏んで転ぶかヒヤヒヤものだ。

「……」

 受け取ったニット帽と僕を、髪を揺らしながら交互に見る。感情色が若干濁り、現れたのは……不安と緊張だろうか?

「いらないお世話なら返却を」

 黙りこくったまま何をそんなに不安がっているのか分からない。先ほど自分で髪を掻き揚げて素顔を晒しているのだから、顔のコンプレックスとかではないだろう。そもそもこんな(なり)をしてるのだ。文目は容姿に関して気に掛けるとは思えない。

 しばらく沈黙が続いたが、文目はため息一つ付き、意を決して髪を掻き揚げ帽子をかぶる。割れた窓から差し込む月明りに、晒された素顔を覆うように文目は左頬をさする。吊り上げられた眉に鋭い眼光がこちらを窺う。

「どうかな?」

 え、何が? なんて云いそうになるのを堪える。彼女の問の意味は何か。可愛いとか綺麗、似合ってる等賛美の声をかけて欲しいのか。それともそれ以外の感想を求められているのか。

 あぁ、リア充が恨めしい。こういう時リア充だったらなんと答えているだろうか。初対面の相手に、可愛いとか綺麗とか、そういった発言は大丈夫なのだろうか。云ったら殴られないだろうか。先生とっても心配です。

「か、可愛いと思います」

「そんな事は訊いてない」

 振り絞った勇気はどぶ川に投げ入れられました。男の子の純情を踏みにじった文目は、さっきよりも深いため息をついて笑った。

「なんでもないよ」

 緊張は解け不安は安堵へと変わり、覆っていた手を手すりに掛ける。

「とりあえず上に行こうか」

 僕の回答は不正解だったようだけど間違いではなかったようだ。

 けれど、彼女の不安の種とはなんだったんだろうか。容姿を気にするタイプでもないだろうし、顔に怪我などがある様にも見えなかった。文目が、所謂女の子が気にする様な事が何一つ思い浮かばなかった。

 思考をめぐらせながらゆっくりと中二階の階段を上りきると、そこに文目の姿はなく、奥の階段からフロアに響く足音が徐々に遠ざかっていた。

「あれ」

 置いていかれた。

 一人ぽつんと突っ立っていると、割れた窓から風が入り込んで、どこかの何かの軋む音が聞こえる。まさにホラーハウス。何かの軋む音と、文目の遠ざかっていく足音、あと聞こえるのは自分の心臓の音ぐらいだろうか。

 一見して妖怪のような容姿の相方でも、現状居ないよりマシなのを再確認出来たので、急いで文目の後を追う事にした。決してビビった訳では、断じてない。


 二階もフロントと変わらず、窓は全て割れているし落書きされ放題だった。

 そこはかつて事務職の方々が、せせこましく肩を並べ机に向かって仕事をしていただろうフロア。仕切りもなくだだっ広いフロアには、外から入り込んだ砂利や崩れたコンクリートの欠片と一緒に、過去に取り残された机と椅子が無造作に置かれていた。

 文目は窓際の壁を背にし、隠れるように月明りで照らされている外を見下ろしていた。

「とりあえず篭城?」

「それ以外に選択肢はなさそうだよ」

 それは何時まで? そんな疑問が過ぎるが敢て云わない。何時までとは、現状鍔付きキャップ次第なのだから、疑問を口にしても回答は得られない。

「それとも打って出るかい? 一応忠告しておくけど、彼が本当に刃物を持っているか分らない状況で危害を加えれば、捕まるのは北斗の方だよ」

「分っとります理解しとります重々承知でございます」

 携帯電話の時計を確認すると18時を少し回ったところだった。彼是1時間近く追いかけっこをしているらしい。

 ――ため息の一つも出ちゃう程しつこい追っ掛け(ファン)だことで。

「最悪警察かな~」

 緩んだ緊張感は体の力を抜かせる。

「変質者に追いかけられた。辺りが妥当だろうね」

 証拠も確証もないのなら、変質者さんに頼るしかない。

 受験生としては、不法侵入を自己申告しなければいけない立場というのは、回避したいところではあるが、命と人生の天秤は若干命に傾いた。


 寸暇。汚れた椅子を叩いて座り、窓の外を眺める簡単なお仕事をこなしつつ、会話の種を探す。色々な事を訊いてみたい。例えば髪の毛とか、例えば狙われる理由とか。例えば、その色とか。

「この街は良いね。大人より学生の方が多くて」

 口火を切ったのは文目だった。外に向けられている視線は下ではなく真っ直ぐ前を向いている。

「あぁ確かに、子供が通う施設が多いよね」

 そう答えて指折りながら数えていく。

「幼稚園と保育園が一つずつ。小学校と中学校は西と東に二つずつ。高校は偏差値高いのが三つ。その内大学付属が一つ。大学と短大もあるね。この辺は学生向けのアパートも多くて、学生の一人暮らしも多いらしいよ」

 実際一軒家よりもアパートやマンションが多い街だ。坂を上る際にも、隠れながら進む為にアパートの敷地を何度も通ってきた。

 商店街のある表通りは、学生の為の娯楽施設や、溜まり場になる飲食店が数多く並んでいる。ただ、普通の街と違う点は、やはりタバコやお酒が殆ど取り扱われてない事だろうか。

 街の6割以上が子供。僕が中学一年生の頃聞いた話なので、数値としてはあまり変動してないだろう。そんな街なので、非行に走らないようにという配慮か、一応飲食店や食品販売店には置いてはあるけど、とても品数が少なく、身分証明は徹底されている。未成年に売ったら、売った側も罪に問われるのだから当たり前と云えば当たり前の話だが。

 嗜好品を求めた大人達は、バスで10分程掛かる一番近い駅へと向かうのだった。

 ちなみにこの辺は市の中心に近いせいか、五つの駅前に行くバスがあり、更に大学病院に行くバスが一つ通っている。ある意味郊外としては交通の便が良い土地でもある。


「文目はこの辺の人じゃないよね」

 外に一歩踏み出せば学生と遭遇する確率120%のこの街で、こんな悪い意味での派手な容姿をした人が居れば、目撃情報ぐらいは流れてくる。それがないという事と、現在受験シーズン真っ只中という事を考えた上での、外部の人間という結論。

「あぁ。受験の為の下調べに来たんだけどね。ほら、あそこ」

 指差す先には向かい側の山があった。向かい側と云ってもここから直線距離でも7.8キロ離れているその山には、ぽっかりと切り開かれた場所があり、森の中で唯一人工的な明りが灯されている建物。

 それは広い広い敷地の学校。学区内では上位の偏差値を有する、周辺校の中でも一際目立つ、歴史ある私立校。

「鳳ですか……」

 鳳学園大学付属高校。鳳グループが経営する、創設150年を超える私立大学付属校。格式に則った校風だけではなく、総合、普通、芸能、芸術A、芸術Bなど多方面への学科アプローチが行われている、古さも新しさも取り揃えた学校だ。

 広大な敷地内には付属大学もあり、申請が通れば大学側の資料も使え、更に娯楽を含む学生の為の施設もある。学生寮まで完備されている為か、休日以外で鳳の学生が学園の外を歩く事は滅多にない。

 そんなレア度の高い鳳の学生服を見た日は、一日良いことがあるなど、周辺校の生徒達にとっては、幸運を呼ぶラッキーアイテムのような扱いをされていたりする。

「北斗も鳳を受けるんだろう?」

「うん……まぁそうなんだけど……――ってなに!? なんで知ってるの!!?」

 ここまで鳳に詳しいのは、自分自身鳳を受験するからだった。

「なんでだろうな」

「そのはぐらかしは流石に容認できません!」

「些細な事だよ」

「僕にとっては重要案件だから!」

 文目の視線は変わらないが、横から見える口元は、ニヤリとつり上がってるように見える。

「ストーカーが集めた資料を見ただけさ」

「何その爆弾発言……」

「世の中にはコインの表と裏のように、善人と悪人がいる。そんな世の中で、彼女はストーカーの中でも極悪非道に部類されるだろうね」

「極悪女ストーカー!? いや確かに男と男の薔薇色な感じよりはマシなんだろうけどさ!」

 ストーカーのイメージって基本男がするものと思い込んでいた。

「それも年上で美人」

「全然心当たりがありませんですハイ。そもそもどういう関係なのさ。そのストーカーと文目は」

「協力関係」

「ストーカーの?」

「だったら愉しそうだね」

 ――適当すぎて話にならないですよ文目さん。

「ところで、私も一つ聞きたい事があるんだが」

「話をぶった切られたデスヨ……」

 文目は変わらず前を向いている。けれど、彼女の目は景色以外を見ているようだった。


「北斗は何故、私を助けようとしたんだい?」

 何気なく問われた質問は現在進行形の案件。咄嗟に文目の手を取り走り出した理由。

 理由もなく、何も考えないで行動するというのは、人生で間々ある事だ。ただなんとなく。つい。混乱してて。咄嗟に。そこに何かしらの理由を付けろと云われて、最初に思いついたのは、親から言われた言葉だった。

「まぁ多分……両親の教育? 躾の賜物かな」

 それは子供(、、、)にとって根本的な事。人の行動一つ一つには、何かの影響を受けた結果でしかない。それを成長と呼ぶか、退行したと云うかはその人の人生次第だが。

「親……か」

 小さく呟く文目をチラリと見ると、また感情色が濁り始めていた。追いかけっこ中は感情の起伏の少ない子だと思っていたけど、ここに来てどうにも良く分らない所で心を動かす。親子関係にでも問題があるのかもしれないが、流石にそこに触れるのは野暮という奴だ。

「親は……何て云うか、善人とか悪人とか、善行とか悪行とか、そういうのを意識してる人達かな」

「と云うと?」

「善人って云われるのが恥ずかしいみたいな」

「意味が分らない」

 どう説明するべきかと唸りを上げ、結局そのまま云う事にした。

「親の言葉で言うと、「善人になるな。だけど人は助けろ」だってさ」

「それは……善人という事じゃないのかい?」

 うんうんと首を縦に振る。

「僕もそう思うんだけどねー」

 そこで一度切り、親の言葉を思い出す。

「親が云うには、善行ってつまり自己犠牲らしいよ。他人や何かの為に自分の、労力だったり時間だったり、もしかしたらお金だったり、そういうのを浪費支払いをして助けること。それが善行。善人。でも人間ってそんな単純じゃないじゃない? 目の前で人が車に轢かれそうになったり、崖から落ちそうになったら助けるよね。その行動に何かを掛けるような事はなく、そこに危険があったから助けた。 でもそれって自分が嫌な思いをしたくないからじゃないかって。嫌な物を見たくない訊きたくない。寝覚めが悪いとかそんなの。 どんなに自分と関係なくても、目や耳、手で触れることが出来る範囲で起きる事は、必ず自分に、良いも悪いも影響を及ぼす。だから助ける。気持ちの良い朝を迎える為に。気分の良い一日が過ごせるように。 だから、まぁ体面的に自己犠牲に見えても、内面的には自分の為。何事も自分の為であれ。つまるところそれは、優しいエゴイスト」

 話している途中で何でこんな話してるんだろうと疑問符が浮かんだ。面白い話じゃない。そもそも自己犠牲と善行を同一するのもあまり好きじゃない。ただそういう仕組みは理解しとけよって話。

 思想というのは星の数ほどあり、子供は世間の荒波にもまれながら見聞を広め、他人に迷惑をかけず、他人の意見を訊き、より自分が正しいと思う思想に属す。選挙然り、今晩の献立然り。それが大人になるという事なんだと思う。

 文目は楽しそうに鼻で小さく笑う。

「確かに、善人って言葉に恥ずかしがってる中学生の様な話だね。 北斗はそれを訊いてどう思ったんだい?」

「別に間違った事は云ってないと思うけど、随分遠回りしてるなーとか。素直に善人になれって云えば良いのになーとか。 結局人を助けるにはリスクを背負い込まなくちゃいけないし、それを自分の為ですって云っても狂言にしか聞こえないかな」

 今の僕のように。だから僕は利己的でも自虐的でもある。自分の為。文目の為。命を掛けて助ける義理はないけど、袖すり合うも他生の縁。出会った少女をここに1人残して逃げ出す程、白状でもない。

「ふむ、では行いには見返りを?」

 報酬が発生する場合、それは利害関係になる。

「見返りって、必ずしも貰う物ではないよね。自分が勝手に得るモノだったりするし」

 それが成長。

「この話の態で云えば、さしずめ私を助けて得たものは、私の死に顔を見ないで済むといったところか」

「ダークだなー。九死に一生を得る体験を自分達で乗り越える事で、人間的に成長できるーとかなんとかそんなで良いじゃない」

「いい加減だね」

「良い加減だろ?」

 適当結構。無事に帰れれば儲け物。後付の理由は何だって良いです。

「まぁ」

 文目は壁から背中を離し、こちらを向き直す。

「九死に一生、本当に体験できそうではあるけど」

 指差す先は、窓の下。文目の方ばかり見ていて気が付かなかった。外がさっきよりも明るくなっている。窓から顔を少し出して下を覗いてみると、僕達が入った入り口付近から広範囲の明りが、黒い煙と一緒に漏れ出ていた。

[意味]


空き家 :平成20年10月1日時点で空き家は13.1%だそうです。この調査は5年毎に行われるので、一応最新の情報です。


浄水場 :浄水場には県営、市営、町営、村営などの運営形態があり、県営浄水場で浄化した水を、市町村が運営する浄水場や配水場に配水するそうです。


臆病者の恐怖は臆病者を勇敢にさせる :イギリスの作家、オーウェン・フェルサムが残した名言。


男と男 :ゲイという言葉は本来、お気楽、しあわせ、いい気分、目立ちたいなどの感情表したものだったそうです。

日本ではゲイ=男と男という認識ですが、現代語でのゲイの意味は同性愛を指します。つまり女と女でもゲイと呼んで間違いではありません。


思想について :登場している二人は中学生です。

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