プロローグ
「・・・・・・眠い」
ぼそりと呟くと隣からため息が聞こえた。
「20回目だぞ。そのセリフ・・・いい加減聞き飽きた」
「・・・仕方ないでしょ。それ以外に思うことなんてないし。」
「まぁ確かにな。実際今は午前1時50分だしな。」
「げっ!もうそんな時間?!・・・・・・はぁ~。明日私、学校なのに・・・」
「ちゃんと起こしてやるよ・・・たぶん」
「“たぶん”なの?!」
いい加減な返事を返した相手に、少し声を張り上げて慌てて口を手で塞ぐ。
「静かにしろよ、琥月。近所迷惑だぞ」
“琥月”と呼ばれた少女は、悔しそうにぎっと相手の青年----黒羽を睨む。
「・・・だって」
拗ねた子供のように口を尖らせる琥月に、黒羽は苦笑して頭を撫でてやる。
「冗談だ。ちゃんと起こしてやるよ。」
「・・・・・・・・・ん」
優しく頭を撫でられて少し、機嫌をよくする琥月。
ご機嫌取りに成功した黒羽。ふと、眉をひそめた。
ざわざわと、冷たい何かが接近してくる。
それは常人には感じることができない特異な存在。
琥月は手を止めた黒羽に、眉を寄せた。
「どうしたの、黒羽?」
「・・・・・・来るぞ」
警戒に満ちた黒羽の声を聞き、琥月が身構えた。
その瞬間――――――――熱気のこもった突風が二人を襲う。
吹き飛ばされそうになった琥月を、とっさに体で受け止める黒羽。
やがて風は止み、“そいつら”は姿を現した。
クレーン車のように大きい体。
血のように赤く、ギラギラと光る瞳。
四肢の先には刃のごとく、鋭い爪が伸びている。
明らかにこの世のものではない。
そう、俗言う“鬼”の類だ。
琥月はその存在を確かめると怯むどころか、むしろ怒った表情で鬼共を指差した。
「やっと現れたな、鬼共!こんな夜中になるまで待たせやがって!!
退治してやるからさっさとかかって来いや!!!」
鬼達は決して琥月の言葉を理解はしていなかったが、
そこに「人間」がいる。
それだけを認識して、襲い掛かってきた。
「黒羽っ!」
「はいよ」
襲い掛かる鬼達の攻撃をかわしながら、相棒の名前を叫ぶ琥月。
黒羽が軽く返事をすると、その体が光に包まれ、一つの光の球となり、
琥月の右手へと吸い込まれていった。
鬼の一匹が琥月へと鋭い爪を振り下ろす!!
ガギンッ
金属と金属が激しくぶつかる様な音が鳴り響いた。
鬼の一撃を防いだのは琥月の手に握られた――――――――――――――――1本の「金属バット」。
「よっ・・・と!!」
鬼の爪を横へと受け流し、がら空きになった頭へとバットを振り下ろす!!!
「おりゃああああああああああああああああ!!!」
耳を劈くような轟音と共に、鬼の体はアスファルトの地面へとめり込んだ。
十月。またの名を「神無月」。
一年に一度、全国の神々が出雲の地へと集まり、その土地の神が居なくなることから
神のいない月――――――神無月と呼ばれるようになった。
神の居ない土地では災厄を招く“鬼”が暴れまわり、人々が苦しんだ。
困り果てた土地神に、道祖神である「久那斗の神」が提案した。
“神の代わりに30日間だけ、土地を守るものを遣わせては”と。
そうして生まれたのが「神無」と呼ばれる都の守り人だった。
そして現代の「神無」が、この“琥月”である。
「・・・・・・終わった~」
地面に倒れ付した複数の鬼を見て、地面に座り込み、「疲れた」とため息を吐く琥月。
鬼達の体はやがて、黒いモヤに包まれて、地面の中へと消えた。
それを見届けた黒羽は
「お疲れさん。」
と、ため息をつく琥月に苦笑して労いの言葉をかけた。
「さて、じゃあ帰るか」
「・・・・・・うん・・・」
「琥月?」
もともと眠かったのに加えて、大暴れまでしたせいか琥月の体力は限界だった。
ぐらぐらと船を漕ぎ出した琥月を慌てて支える黒羽。
「こらこら、寝るんじゃない!家につくまでが鬼退治だろうが!!」
「・・・遠足帰りの先生みたいなこといわないで・・・よ・・・・・・」
黒羽の台詞に突っ込みを入れるも無意識だったようで、
琥月の瞼は襲い掛かる強大な睡魔に委ねられるがままに、閉じていった。
「あ!!!・・・・・・ほんとに寝やがったな、コイツ・・・」
器用に座ったまま眠る琥月を呆れた表情で見下ろす黒羽。
「っく・・・誰が家に連れて帰ると思ってんだよ・・・」
ぶつぶつ文句を言いながら、黒羽はその背に琥月を乗せ、
家へと帰った。