言葉の裏ある闇
「タク、どこ行くの?」
玄関先で、三奈にヨレヨレな服装で、ただじっとタクを見つめている。その不安げな顔に腹立ってしまう。何も与えることはできない。何も望まないでほしい。
「すぐ戻ってくるよ」
優しく微笑みかける。三奈の目はじっとこちらを怪訝そうな顔でいる。
「怖いことしちゃ、ダメだよ。」
「分かってるよ。何も怖いことはしないよ」
三奈の頭を撫でて、玄関のドアを開き、空気が籠った世界から出た。
蛍光灯が古くてあまり明るくない薄暗い廊下で、春先でまだ寒く冷えた風がタクの体に打ち付ける。肩を震わせ、2階から階段を下りて、アパートの入口でタバコに火とつけた。夜が更けた寒空に黒煙が空に舞い上がる。
このまま、堕落した生活を続けるのか、そもそも続けることができるのだろうかと脳に言葉が流れてくる。三奈と一緒にいても楽しくない。三奈の錆びえた声が、タクは責められるように気分になっていく。
「あ、先約いたんだ」
男がタクに不快な顔で微笑んでいる。
「そういえば、君がタクさんだっけ?」
「何?なんで人の名前知っての?」
タクは男の顔を凝視した。知り合いにこんな顔の人物はいない。
「三奈ちゃんと別れないの?」
「はぁ。喧嘩でも売っての?」
「いや、喧嘩なんて売ってないよ。三奈ちゃんが可哀想じゃないか。」
「何のお前、人の女に手だすよな」
「出さないよ。人の女には」
何か気分の悪い返答に、タクは苛立ちが募ってくる。こいつ、どこかに行ってくれないかと思うが、一向にどこかに行こうとはしない。人が気持ちよくタバコをふかしているのに、気分が本当に悪いわ。
「外で長く吸ってると、風邪ひくよ」
「どこで、吸おうが人の勝手だろう」
「そうだね。」
男はフフフと薄気味悪い笑顔をして、マンションの中へと消えて行った。三奈からマンションで男の住人と仲良くしているとは聞いたことがなかった。聞くとしたら、隣の遠島恵美という40代の独身の女性の話だけだった。三奈とあの男はどういう関係だろう。もし性行為があったらと考えただけで苛立ってくる。
「ダメって、言った」
急に声がして、顔を上げると、三奈が立っていた。春先で少し寒そうな服で階段にタクの隣に座っていた。
「ダメなことはしてないけどね」
寂し気な三奈の頭を撫でる。隣に座って、タクの肩に頭を乗せる。
「どうした?」
「さっき、男の人来た?」
「ああ、三奈のこと知ってる感じだったけど、どういう関係?」
「ごめんなさい」
三奈はそう言って、顔を伏せる。
「なあ、あいつとやったの?」
「何もしてないよ。ごめんなさい。」
なんで謝ってくるんだろう。本当に、三奈といることがだんだん疲れきているのが分かっているのに、離れられない。三奈が好きというより、1人なるのが怖い。
「あっそう。あいつと上手くやれよ。俺はもう少し外にいるわ。三奈は部屋に戻れよ。」
「ごめんなさい。もう会ったりしないから、許して」
「何を許しんだよ」
タクは部屋に戻らず、そのままどこかへ行きたかった。何か裏切れた気がした。
「ねえ、待って、ごめんなさい」
喘ぐような声がタクは苛立ちをおぼえてしまう。三奈に手首を握られていたが振り払った。後ろを振り返らずひたすら歩いた。どこか怒りが込み上げすぎて、早歩きで道を歩いていくことしかできなかった。ただ、怒りを発散できていない。このまま、三奈のいる部屋には戻れない。
24時間のファーストフード店で、時間を潰すことにした。一杯のコーヒーを手に窓際に座った。
ここ最近、三奈を避けていたのは事実だ。三奈が夜になると先に寝ようとする。ベットで後ろから抱きしめても、眠いと三奈に言われ、セックスレス状態だった。もう、三奈とは終わったんだ。どう、きりをつけよう。
スマホを見ると、画面に6時20分が表示されていた。店を出てマンションへとタクは歩いていった。。マンションの近くに行くと、救急車などが、並んでいた。
「どこに行ってたの?」
隣の住人の遠島に話しかけられた。
「えっ、ちょっと寝れなくて」
遠島は顔が引きつっている。
「なんですか?」
「三奈ちゃんが、102号室の鴨山双喜さんを刺したのよ」
「はい?」
タクの頭は真っ白に染まっていく。
「命には別状ないらしいけど。」
タクの住む部屋の下の階の住人だった。なんで刺したのか、全く見当がつかない。
「三奈ちゃんに何も聞いてないよね。当たり前だろうけど。」
「なんですか?」
「まあ、君がいないときに、部屋に上がってきて、性被害に合ってみたいだよ」
タクは絶句していた。
「で、三奈はどこにいるんですか?」
「マンションから飛び降りて、亡くなったわ」
タクの頭は真っ白で、何も入ってくる気がしなった。そんなに追い詰めていたなんて知らなかった。




