第10話:ゴミステギャル、初陣!
「……ねえチュンペー、あたし今から死ぬんじゃないかな。これ、リセマラとかできない系だよね?」
翠霧の森の入り口で、凛愛は膝をガクガクさせていた。
木々の隙間から漂う白い霧が、まるでお化け屋敷の演出のようで、足を踏み出すのも躊躇したくなる。
「ねぇ……雰囲気、ガチでホラーゲームじゃん。BGMが不穏系じゃん……怖いよ?」
『騒ぐな。今の時間帯はウルフの活動が落ち着いている。冷静に動けば問題ない』
「チュンペーが言う『問題ない』って、あたし基準で言ってる? ゴミステ基準で言ってる?」
『……貴様基準だ。行くぞ』
「答えになってないんですけど!?ま、イケボで厳しいの嫌いじゃないけどさぁ……」
凛愛は恐る恐る森の中へ踏み込んだ。
手に持つのはミリナから借りたパチンコ。ポケットには道端で拾った石が三つ。
装備、これだけ。
ソシャゲの初期チュートリアルだってもう少しマシな武器だろう。
森に入って十分ほど。
「う〜……静かすぎて、逆に怖いんですけど〜……」
独り言をぶつぶつ言いながら、なるべく足音を立てないように進む。
その時、凛愛の「ゲーム脳」がピンと反応した。茂みの奥に、不自然な影。
「……っ」
低い唸り声と共に、灰色の毛並みをした獣が一匹、姿を現した。
ウルフだ。
想像よりずっと大きい。肩の高さが凛愛の腰くらいはある。
「……デカ。ねえ、デカくない? あたしのイメージより三倍でかいんですけど? CGのクオリティ高すぎて引くわ!」
『いいか、落ち着いて聞け。今は風上にいるから気づかれていない。今のうちに一撃入れろ』
「一撃って……コレで? 石で? これ本当に効くの?」
『素早さ3は今の貴様の唯一の武器だ。当てれば怯む。怯んだ隙に逃げろ』
「ひるむ?……逃げるの前提なんだ?」
『当然だ。今の貴様に真正面から戦えとは言わん』
凛愛はゆっくりと石をパチンコにセットした。
指が震えて、弦がうまく引けない。
画面をタップするだけなら簡単だったが。
「……ゲームと違うじゃん。照準とかないじゃん……HUD、どこ……?リアルの「狙う」ってこんなにムズいの!?」
『集中しろ、バカ人間。貴様のその「運10」を信じろ』
「うーっ……わかった」
深呼吸…目一杯に弦を弾く。
ウルフが横を向いた瞬間、凛愛は弦を放った。
――バシュッ!
石はウルフの鼻先をむなしく掠めた。
「げっ……当たってない! 外したじゃん!」
『走れ!!』
「ぎゃーーーーーっ!!」
凛愛は脱兎のごとく走り出した。
背後から、地響きのような足音と「ガルル!」という吠え声が迫る。
「はやっ!! ウルフはやっ!! 素早さ3とか関係ないじゃん!!」
『木の上だ! 登れ!』
「うっそ!登れるわけ……って、登れたぁ!?」
自分でも驚くほどの跳躍力で、凛愛は近くの太い木の枝に飛びつき、一気に上までよじ登った。
素早さ3、まさかの「逃走特化」で本領発揮である。
ウルフは木の下でしばらく唸っていたが、やがて興味を失ったように霧の中へ消えていった。
「……はぁ、はぁ……」
凛愛は枝の上で、心臓の音を全身で聞きながら固まっていた。
「……ねえ……今の、あたし死にかけたよね? ライフ削られてるよね?」
『死にはしない。ウルフは木に登れないからな』
「そういう問題じゃないんですけどぉ! バカ人間に無理させすぎだって〜!」
『……だが、外れてはいなかったぞ』
「え?」
『掠めた。あの距離で初めて放って、掠めた。悪くない』
凛愛は枝の上で、チュンペーをじっと見た。
「……チュンペー、今あたしのこと褒めた?」
『褒めていない。事実を言っただけだ』
「褒めたじゃん。ツンデレじゃん」
『褒めていない……降りろ、バカ人間。もう一度だ』
「えぇーーーっ!? まだやるの!? どんだけドSなのよぉ!倒せる気しないんてすけどー?」
絶叫する凛愛を、チュンペーは冷たく、しかしどこか見守るような目で見つめていた。
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結論から言うと、凛愛がウルフを仕留めるまで、あと七回追いかけられることになった。
そのたびに木に登り、石を放ち、逃げ回る。
そして、八回目。
初めから木の上で狙えば良かったと気づく、知力2。
直後、放った石が、ウルフのこめかみに直撃した。
ウルフはよろめき、その場に倒れて動かなくなった。
と思ったら、ふわりと光って小さな袋に変わった。
「えっ……なんか出たっ!?ウソでしょ!?あたし、マジでウルフ倒したっ!?」
木の上で飛び跳ねて、危うく地面にダイブしかける凛愛。
『落ち着け、バカ人間……ふん。七回逃げて、八回目でようやくか』
「う、うっさい! 倒したんだから、いいじゃん!!……てか、マジでヤったんだね、あたし……死ぬかと思ったよぉ……」
『まあ……及第点だ』
また褒められた、と凛愛は確信した。
まだ興奮冷めやらぬまま震える身体、急に力が抜け、その場にへたり込み、凛愛はチュンペーを掴み泣きじゃくった。
「うっ…あぁ〜ん!ガチで、こわかったよぉ〜!」
『おい!我の羽で涙を拭くなっ!』
しかしふと、自分の足を見ると、さっきまでの重苦しさが消えている。
「うぁ……なんか、体、ちょっと軽い気がする? 羽が生えたっていうか……」
『……気のせいではないかもしれんな。経験、という名の糧だ』
チュンペーはそれだけ言って、凛愛の髪の中に潜り込んだ。
スマホが手元に戻る三日後に、この「感覚」の正体を知ることになる。
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現在のステータス
名前:星凛愛
初戦績:ウルフ一匹討伐(逃走七回、命中八回目)
状態:達成感MAX、足がガクガク(でも実は快感)
次の目標:ミリナに報告して討伐証明をもらう
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七回逃げて、八回目でやっと当たった。
それでも、当たった。
チュンペーは「悪くない」と思います。
口には出さなかったけれど。
逃げることが修行になる日が来るなんて、500年前の自分には想像もできなかっただろう。




