第4章 絡み合った糸がほどけるとき
嫌な予感は、外れなかった。
あの男たちを見かけた直後、シンティアは父に即座に耳打ちし、クラウディアの周囲の警護を強めるよう進言した。
父はシンティアの言葉を聞くと、深くうなずき、そのまま王と側近のもとへ向かった。
それきり、父も王も、しばらく戻ってこなかった。
――それが、答えだった。
数日後。
クラウディアが学園を欠席していると聞いた瞬間、シンティアの胸の奥で、はっきりと警鐘が鳴った。
体調不良。
そう説明されてはいたが、違う。
(……何か隠されている)
シンティアは授業が終わると、迷わず馬車を出させた。
向かった先は、クラウディアの実家が管理する、王都の別邸。
社交の場では決して見せないほど、警備の手薄な場所だった。
門をくぐった瞬間、空気が変わる。
嫌な予感が、確信に変わった。
屋敷の奥。おかしい、人がいなさすぎる。
普段は使われていない温室で、シンティアは彼女を見つけた。
床に崩れるように座り込み、荒い息を繰り返すクラウディア。
その周囲には、割れた薬瓶と焦げた痕。
さらに奥からは、剣がぶつかる音が微かに響いていた。
――事故ではない。
彼女は、誰かに襲撃されたのだ。
「来ないで……」
シンティアに気づいたクラウディアが、弱々しく声を出す。
その声に、敵意はなかった。あるのは、ただ恐怖だけ。
「大丈夫よ」
シンティアは即座に駆け寄り、彼女の容態を確かめた。
致命傷はない。だが、このままでは危険だ。
応急処置をしながら、シンティアは悟った。
――クラウディアは、利用されていた。
王太子の婚約者になること。
それだけが価値だと、幼い頃から刷り込まれてきた。
父を操ろうとする勢力に逆らえなかったのも、そのせいだ。
従わなければ、立場も、安全も失う。
けれど、何かが計画が狂ったのだろう。
彼女の家が、誰かにとって邪魔になったのだ。
「……どうして、あなたが」
クラウディアが、かすれた声で呟く。
「私、あなたに……ひどいことをしてきたのに……」
「今はいいわ。呼吸が苦しいでしょう?あとで全部聞くから。まずは医者を呼ぶから」
淡々と答えながら、シンティアは手当てを続ける。
クラウディアは、堰を切ったように言葉をこぼした。
「……私、嫌がらせなんて、したくなかったの。でも、あなたが……あなたが思っていたよりずっと、ちゃんとした人だってわかって……」
声を絞り出すように、懺悔を繰り返す。
しばらく黙っていたシンティアは、ぽつりと口を開いた。
「婚約者にならなきゃ、私は――何者でもなくなる。父に、ずっと言われてきたの。必死に努力してきた……それだけだったの」
驚くほど、素直な言葉だった。
シンティアは手を止め、彼女をまっすぐ見た。
「それ、私もわかるわ」
クラウディアが目を見開く。
「あなたはいつも、その場にふさわしく振る舞っていた。私を注意してくれたのも、そのためでしょう。ずっと素敵なレディだと思っていたわ」
一瞬、言葉を失った彼女の目に、涙が浮かぶ。
「……ずるいわね。あなた」
「……クラウディアほどではないわ」
ふっと、二人同時に笑った。
ほどなくして医者が到着し、クラウディアは引き渡された。
その後、シンティアは父から事情を聞かされる。
詳しいことは伏せられたが、クラウディアの家を巡る不穏な動きは、すでに王たちが把握していたという。
泳がせていた末の、摘発だった。
クラウディアは婚約者候補から外された。
大きな咎はなく、関係者の一部が処分された――それだけだった。
その日を境に、二人の関係は変わった。
重圧から解放されたクラウディアは、驚くほど柔らかくなり、
気高く、優しいレディとしての本来の姿を取り戻していった。
やがて、学園に復帰した彼女を取り巻く悪い噂は、何事もなかったかのように消えた。
そして数か月後。
学園生活が本格的に始まる。
ヒロイン・マリーが転入生として現れ、
シンティア、クラウディア、マリーの三人で笑う日々が始まった。
身分の低いマリーを排除しようとする動きは、何度もあった。
だが、そのすべては、事前に察知され、潰された。
この世界は、乙女ゲームに似ている。
でも、少し違う。
少なくともここでは、
悪役も、ヒロインも、ただの乙女ゲームのキャラクターではなかった。
シンティアにとって彼女たちは、
大切な友人だった。
――それだけで、十分すぎるほどだった。




