第1章 私はモブのはずだった
全6話+おまけの構成です。
完結まで連続して投稿します。
はっと意識が戻り、シンティアは最初にこう思った。
(……あれ? 生きてる?)
次に鏡を見て、さらに混乱した。
そこに映っていたのは、黄金色の豊かな髪に、澄んだ青い瞳を持つ美しい令嬢。
間違いなく、自分だ。
(いや、ちょっと待って。
この人――死んでるはずなんだけど?)
侯爵令嬢・シンティア。
確かに存在していた。
そして確かに、死んだはずだった。
頭の中を探るように、記憶をなぞる。
(私はシンティア。侯爵令嬢。
で……ええと……乙女ゲームに、いた……ような……?)
思い出せるのは断片的だ。
前世? らしき記憶。
ゲームが好きだったこと。
そして――乙女ゲーム。
いわゆる王道中の王道。
美しいヒロインが現れ、イケメンたちと恋を繰り広げ、最終的に幸せになる。
(うん、よくあるやつ。そして私は……)
――モブ。
侯爵令嬢ではある。
家柄も悪くない。夜会にも呼ばれるし、王族とも顔見知り。
だが。
物語には、一切関係しない。
名前だけが設定資料の端に載っている程度。
攻略にも、分岐にも、感動シーンにも関わらない。
(背景。空気。家具と同レベルの存在、学芸会ならまず木の役決定だわ。
個人的にはまったく問題ないけど)
それが、シンティアだった。
*****
本来なら、シンティアは数年前に死んでいるはずだった。
馬車の事故。
落石が直撃して、あっさり終了。
(しかも陰謀とかない。ただの事故。雑!もう存在も軽いわよね)
冷静になったところで、あまりに軽い扱いの自分に笑いさえ起きてしまう。
前世の詳しいことは思い出せない。
ただ、あの乙女ゲームでは、
「事故により若くして亡くなった侯爵令嬢」
――と、一行で処理されていた。
(せめて二行くらいくれてもよくない?)
攻略にも影響しない、完全なる背景設定。
なのに。シンティアは、今も生きている。
目を覚ました瞬間、すべてを理解した……わけではない。
正確には。
(……え、え、え?え? え?え??)
最初の一時間は、完全なパニックだった。
部屋を右往左往し、鏡を三回見て、頬をつねり、深呼吸。
(落ち着け。落ち着くのよ、シンティア。まずは状況確認)
そして、冷静に分析をしてみる。
どこからみても結論はかわらない。
ここが、前世でプレイしていた乙女ゲームに酷似した世界だということを。
酷似、というのが重要だ。
登場人物の名前も、国の配置も、王家の血縁関係も、ほぼ同じ。
けれど、細部が違う。
(季節の巡り方が微妙に違うし、宮廷マナーも、なんか細かい)
それでも結論は一つ。
(……乙女ゲームだわ、これは間違いないわ)
そして同時に、背筋が冷えた。
(……あ)
シンティアは、死ぬ予定だった。
物語が始まる前に、いなくなる存在。
生き残ってしまった自分は、明らかに想定外だ。
(え、なにこれ。バグ?)
なぜ助かったのかは分からない。
ただ一つ、思い当たることがあるとすれば――事故の前日。
「なんとなく、川遊びがしたい」
そんな突拍子もない思いつきで外出し、案の定、風邪をひいた。
そのせいで翌日の外出が中止。
馬車に乗らなかった。
結果、事故に遭わなかった。
(理由が、間抜けすぎる)
シンティアは、自分の幸運を喜ぶより先に、恐ろしくなった。
運命が、ずれている。
本来なら、王太子が婚約者を選び、悪徳令嬢と婚約し、
ヒロインが登場して――物語が始まる。
(私はその舞台にすら出ないはずなのに)
そんなシンティアに、追い打ちがかかる。
「次期王太子殿下の婚約者候補として、侯爵令嬢を正式に招請する」
父の言葉に、シンティアは盛大に優雅なティータイム中であるのに、紅茶を吹いた。
「――っ!?」
(え? 私?なんで?)
家格としては、確かに妥当だ。
父は王の従弟で忠臣。
母は隣国帝国の第一王女。
(血筋、強すぎない?モブの設定どこ行った?)
だが、それと物語上の役割は別だ。
シンティアはモブ。
選ばれない側。
いや、選ばれる舞台に上がってはいけない存在だ。
(選ばれたら……困る)
物語が始まらなくなる。
悪徳令嬢が婚約しなければ、ヒロインは現れない。
ヒロインがいなければ、乙女ゲームは成立しない。
(世界、詰む)
それは、絶対にまずい。
シンティアは決意した。
「……嫌われよう」
(選ばれなければいい。
そうすれば王太子は別の婚約者候補と婚約して、
物語は円満に進む……はず)
婚約者候補から外されれば、正規ルートに戻る可能性はある。
(いまさら死ぬのは、ちょっと無理だし!)
かくしてシンティアは、
自分の人生で最も無駄な努力を始めることになる。
――この時点では、まだ、
それがどれほど無駄か、知る由もなかった。




