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「君は可愛げがない」と婚約破棄されたので、未払い残業代を請求して国を出ます

作者: 夢見叶

 学園の卒業パーティーは、華やかな音楽と談笑に包まれていた。

 シャンデリアの輝きが、着飾った令嬢たちの宝石をいっそう煌びやかに見せている。


 そんな夢のような空間を、一人の男の声が切り裂いた。


「リーゼロッテ・アークライト! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」


 音楽が止まる。

 視線が集まる。

 声の主は、この国の第一王子であり、私の婚約者であるギルバート殿下だった。


 殿下の腕には、ピンク色の髪をふわふわとさせた小柄な少女――男爵令嬢のミナ嬢がしがみついている。

 彼女は怯えたように震えながら、上目遣いで周囲を窺っていた。なるほど、庇護欲をそそる可愛らしい姿だ。


 対して私は、感情の読めない無表情で立ち尽くしている(ように見えるらしい)。

 扇子をゆっくりと閉じ、私は静かに口を開いた。


「……理由は、お伺いしても?」


「理由だと? 自覚がないのか! 貴様には『可愛げ』というものが欠片もないからだ!」


 殿下はミナ嬢の肩を抱き寄せ、勝ち誇ったように言った。


「ミナを見習え。彼女はいつも俺を癒やし、支えてくれる。だが貴様はどうだ? 会えばやれ予算だ、やれ公務の期限だと、小言ばかり! 俺は王太子だぞ、部下ではない!」


 周囲からクスクスと嘲笑が漏れる。

 アークライト公爵家の才女、氷の令嬢、鉄仮面。

 そんな陰口が私の背中に突き刺さる。


(……ああ、やっぱり)


 私は心の中で、安堵の息を吐いた。

 傷ついていないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に「やっと終わった」という解放感の方が大きかった。


 私はコツコツとヒールを鳴らして殿下の前に進み出ると、懐から一通の羊皮紙を取り出した。

 以前から準備し、常に持ち歩いていたものだ。


「承知いたしました、ギルバート殿下。その婚約破棄、謹んでお受けいたします」


「ふん、強がりを……え?」


 殿下の目の前に、羊皮紙を突きつける。


「これは?」

「請求書です」

「せ、せいきゅう、しょ……?」


 殿下の目が点になる。ミナ嬢もポカンと口を開けている。

 私は営業用の完璧なスマイルを浮かべて説明を始めた。


「はい。わたくしが殿下の婚約者となってからの三年間、代行いたしました公務の労働対価。ならびに、深夜まで及んだ執務室での補佐業務に対する時間外労働手当。さらに、精神的苦痛に対する慰謝料。締めて金貨三千枚となります」


「は、はあ!? なんだそのふざけた金額は!」


「ふざけてなどおりません。殿下の執務の七割は、わたくしが処理しておりましたから」


 会場がざわめく。

 そう、ギルバート殿下は決して無能ではないが、要領が悪く、かつサボり癖があった。

 彼が「視察」と称してミナ嬢と街へ出かけている間、決裁書類を処理していたのは誰だと思っているのか。


「なっ……そ、そんなもの、払えるわけがないだろう! 王族に対する不敬だぞ!」


「払えないのであれば、国王陛下に直接請求させていただきます。業務日誌と、殿下の筆跡を真似てサインするよう強要された証拠の手紙も全て揃っておりますので」


「き、貴様……ッ!」


 殿下の顔が真っ赤になる。

 逆上して手を振り上げた、その時だった。


「――騒がしいな」


 会場の空気が、一瞬にして凍りついた。

 物理的に気温が下がったのではないかと思うほどの、冷ややかな重圧。

 人々が割れた海のように道を開ける。


 現れたのは、漆黒の礼服に身を包んだ長身の男。

 銀色の長髪を揺らし、冷徹な蒼い瞳で殿下を見下ろすその人は。


「ア、アレクセイ宰相……」


 この国で最も恐れられる男。

 若くして宰相の地位に上り詰め、強大な魔力と冷酷な政治手腕で『氷の魔導宰相』とあだ名される、アレクセイ・フォン・ルークラント公爵閣下だった。


 彼は私の隣に立つと、スッと眼鏡の位置を正した。


「ギルバート殿下。婚約破棄を宣言されたというのは、真実ですか」

「う、あ、ああ! そうだ! この可愛げがない女は、俺には相応しくない!」

「なるほど。合意は形成された、と」


 アレクセイ様は私の方を向いた。

 至近距離で見上げる彼の顔は、彫刻のように美しいけれど、やはり表情がない。怖い。


「リーゼロッテ嬢。君の請求書の金額、妥当だ。いや、君の能力を考えれば安すぎるくらいだ」

「えっ、あ、ありがとうございます……?」

「だが、殿下の個人資産では払えないだろう。王家に請求すれば、殿下の廃嫡は免れない」


 殿下の顔が青ざめる。

 アレクセイ様は懐から小切手帳を取り出すと、サラサラとペンを走らせ、私に渡した。


「私が払おう。金貨五千枚だ」

「えっ!? い、いえ、多すぎますし、なぜ閣下が!?」

「利子がわりに上乗せしておいた。受け取れ」


 有無を言わせぬ圧力に、震える手で受け取る。

 金貨五千枚。一生遊んで暮らせる金額だ。


「さあ、これで貸し借りはなしだ。ギルバート殿下、彼女はもう自由の身ですね?」

「あ、ああ……勝手にしろ! そんな金に汚い女!」


 殿下の捨て台詞を聞き流し、私はアレクセイ様に深く頭を下げた。


「感謝いたします、閣下。このご恩は、いずれ必ず……」

「ああ、返済なら今すぐしてもらおうか」


 アレクセイ様が、私の手首を掴んだ。

 冷たいと思っていたその手は、驚くほど熱かった。


「へ?」

「金貨五千枚分の借金だ。体で払ってもらおう」


 会場から悲鳴のような声が上がる。

 え、まさか、奴隷契約的な……? と私が青ざめた瞬間、アレクセイ様は私の耳元に顔を寄せ、とんでもなく甘い声で囁いた。


「――私と結婚してくれ、リーゼロッテ」


「……はい?」


 思考が停止した。

 今、なんと?


「聞こえなかったか? 君の事務処理能力、危機管理能力、そして何より……その、誰にも媚びない凛とした美しさ。ずっと前から欲しくてたまらなかった」


 え。

 アレクセイ様、耳が赤いです。

 氷の宰相が、耳まで真っ赤にして、視線を泳がせている。


「殿下の婚約者である以上、手出しはできなかったが……捨ててくれるというなら好都合だ。これからは、私のものになってくれ」

「あ、あの、仕事……させられるのでしょうか?」

「仕事? ああ、私の補佐をしてくれると助かるが……基本的には、私の屋敷でただ笑っていてくれればいい。君が激務に疲れているのは知っている。これからは、私が君を甘やかす番だ」


 ぎゅっ、と抱き寄せられる。

 硬い胸板の感触と、高級な香水の香りに、頭がくらくらした。


「……嫌か?」


 不安そうに揺れる蒼い瞳。

 そこには、いつもの冷徹さは微塵もなく、ただ一人の男としての熱情があった。

 そのギャップに、私の心臓がかつてないほど激しく跳ねる。


 殿下には一度も感じたことのない、胸の高鳴り。

 私は……評価されることが、必要とされることが、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。


「……嫌では、ありません。ですが、私、本当に可愛げがないですよ?」

「何を言う。こんなに可愛いのに」


 アレクセイ様は躊躇なく、衆人環視の中で私の頬に口づけた。

 きゃああっ! と令嬢たちの黄色い声が上がる。

 私は茹でダコのように真っ赤になって固まった。


「ほら、可愛い」


 満足げに微笑む魔王……ではなく宰相閣下。

 呆然とするギルバート殿下とミナ嬢を尻目に、アレクセイ様は私を軽々とお姫様抱っこし、会場の出口へと歩き出した。


「さあ、帰ろうか。私の愛しい妻(予定)よ」


 * * *


 その後。


 アークライト公爵令嬢とアレクセイ宰相の結婚は、国中を驚かせた。

 もっとも驚いたのは、ギルバート殿下だろう。


 私が去った翌日から、殿下の執務室は地獄と化した。

 山積みになる未決裁書類。複雑怪奇な派閥調整。予算配分。

 ミナ嬢は「難しいことわかんない」と泣き出し、何の役にも立たない。


「リーゼロッテ! リーゼロッテはどこだ!」


 殿下が叫んでも、もう遅い。

 私は今、アレクセイ様の腕の中だ。


「リーゼロッテ、あーん」

「……アレクセイ様、さすがに執務室でそれは……」

「君が食べてくれないと、私も仕事をする気になれないのだが?」


 宰相執務室のソファで、膝の上に抱え込まれ、最高級の菓子を口に運ばれる日々。

 たまに書類仕事を手伝おうとすると、「君の手はペンを持つためでなく、私に触れるためにある」などと甘いことを言われて阻止される。


 氷の宰相は、どうやら私限定で溶ける砂糖菓子だったらしい。

 少し重すぎる愛に翻弄されながらも、私は今、これ以上ないほど幸せだ。

最後までお読みいただきありがとうございます!

スカッとした、甘々にニヤニヤした!という方は、

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― 新着の感想 ―
ギルバートに慰謝料請求して、それをアレクセイが勝手に代わりに上乗せして払っておいて、それをリーゼロッテの借金にしてるって意味不明(;・∀・)慰謝料って借金だったんだ〜ってしか思えないやり取り(;・∀・…
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