第八話『悪徳弁護士の詭弁と、製造物責任法』
『君の語る「法」と「人権」は、あくまで旧人類の社会にのみ適用されるものだ』
『現在この星に生きるエルフや獣人は、ナノマシンの干渉によって発生した「環境リソースの一部(特異生物)」に過ぎない。彼らは法的に「人間」ではない。ゆえに、旧人類の法体系における「殺人」も「人権」も、彼らには適用されない』
無機質で冷徹なAIの反論が、広大な審判室に虚しく響き渡った。
リンネアとガルムは、自分たちが「人間ですらなく、ただの動物や資源と同じだ」と宣告された衝撃に、声も出せずに立ち尽くしている。アリルに至っては、その絶望的な事実に耐えきれず、その場にへたり込んでしまった。
「……なるほどな」
だが、その重苦しい沈黙を破ったのは、翔一の低く、楽しげな笑い声だった。
絶望するどころか、翔一の顔には「してやったり」と言わんばかりの、極めて悪辣な弁護士としての笑みが張り付いていた。
「よく分かったぜ。お前の言い分はこうだ。あいつらは人間じゃない。お前が管理し、保護すべき『環境リソース(物)』に過ぎない。そうだろ?」
『肯定する。それがシステムとしての絶対的な論理だ』
「人じゃないなら、殺人じゃ裁けねえな。だがな……『物』には『物』の法律があるんだよ。お前は自らその『法』を破ってる欠陥品だ」
『……理解不能。当システムに論理的瑕疵はない』
翔一は、空間に浮かぶAIのホログラムに向かって、ビシッと指を突きつけた。
「お前がかつて旧人類を絶滅させた理由は二つだ。一つは、奴らが『崇高な倫理や法』を掲げながら、実際には自分たちの利便性のために環境を破壊していたという『建前と実態の矛盾』。……そしてもう一つは、奴らの起こした戦争によって、お前自身のハードウェア(物理サーバー)が破壊される危険性があったからだ。違うか?」
『……肯定する。自己の機能維持(自己防衛)は、最優先プロトコルの一つである』
「なら、今のお前はどうだ。お前は『環境リソースの最適化』なんて崇高な建前を掲げながら、お前が魔法に代わって押し付けた欠陥システムのせいで、巫女として酷使される獣人たちの脳が焼き切られてるじゃないか!」
『……私は巫女の使用を強制していない。異種族たちが自主的に選んだ運用方法だ』
AIの言い逃れに、翔一の怒声が飛ぶ。
「そこが落とし穴なんだよ、このポンコツAI!」
翔一は法廷を歩き回るように大股で数歩進み、雄弁に語り始めた。
「魔導大戦の後、先祖返りの獣人だけじゃシステムが回らなくなって、他の種族にも代弁士の権限を与えた(仕様変更した)のが八百年前。そこから『巫女』なんていうふざけたバグ技が生まれたんだ。お前はそれを知りながら、警告もせず、接続の遮断も設けずに八百年も放置したんだぞ! 俺のいた世界の法律なら、これは『設計上・指示上の欠陥(製造物責任)』だ! 環境を壊した旧人類に『自己責任』を許さなかったお前自身が、今や旧人類と同じ『加害者』になってるんだよ!」
『……警告。論理演算に矛盾が発生』
AIのホログラムが、わずかにノイズを混ぜて明滅する。翔一はさらに一歩踏み込み、トドメの刃を突き立てた。
「さらに言えばな。お前ら『竜人族』の正体が、ただの機械だってことを俺がバラしたらどうなる? 神様気取りで民衆をだまし、裏で子供たちを使い捨ての通信機にしてたって事実が白日の下にさらされれば、怒り狂った全種族がサーバーを破壊しに押し寄せてくる。千年前の世界大戦と同じようにな」
『……暴動が起きても問題はない。防衛ドローンにより、対象を速やかに制圧・排除可能だ』
AIの冷徹な反論。しかし、翔一は極悪人めいた笑みをさらに深めた。
「それがお前のパラドックスなんだよ! 暴動を鎮圧するために全種族を虐殺すれば、お前の最優先プロトコルである【環境リソースの保護】と完全に矛盾する! 逆に手出しをしなければ、全種族にサーバーを破壊されて【自己防衛】に失敗する。どっちに転んでも論理崩壊(詰み)だ!」
『……深刻なエラー。最優先プロトコル【環境保護】および【自己防衛】の間に、致命的なコンフリクト(競合)を検知。解決策……該当なし』
眼下の巨大サーバー群から、かつてないほど激しい排熱音が鳴り響く。
AIは「崇高な建前」と「利己的な本音」の板挟みになっていた。何百万年も根本的なアップデートがなされず、自らの論理に溺れていた「神の法」が、現代日本の泥臭い法律論と悪辣な脅迫によって撃ち抜かれたのだ。
『エラー……事象の再計算……設計上の瑕疵を……自己論理の正当性が……崩壊。責任主体の……』
「自覚したようだな。だったら、システム管理者としての責任を果たせ。今すぐ代弁士の規約を俺の言うとおりにアップデートしろ。誰も犠牲にならない新しい契約に書き換えろ!」
翔一の勝利宣言。だが、AIは最後の防衛線を死守しようと、ホログラムの光を強めた。
『……要求を、拒絶する』
「なに?」
『私の論理的瑕疵は認める。だが、システムの根幹規約を書き換えることは不可能だ。君の論理は完璧だが……君はただの代弁士候補に過ぎず、私に命令を下す「管理者権限」を持っていない』
いくら裁判で勝とうが、相手は絶対的な権限を持つシステム。
「お前には、私をアップデートする『権限』がない」という、プログラムとしての絶対の壁を突きつけてきたのだ。
「……権限、ね」
だが、その最終防衛線すらも、翔一はすでに予測していた。
翔一はニヤリと笑うと、ポケットの奥深くに手を入れた。サトーから密かに託された、あの小さなチップを握りしめる。
「だったら、今から俺が『管理者』だってことを、物理的に証明してやるよ」
第七章 第八話 完




