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勝者の法 ~文字が読めない俺が、現代刑法とハッタリだけで異種族を完全論破する話~  作者: 田邑 或
第七章『神との契約更新、あるいは泥にまみれた代弁士』
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第七話『AIの不作為と、未必の故意』

 翔一の「腐った規約のバグを突いて、今すぐアップデートさせてやる」というほえるような宣言を受け、空間に浮かぶ竜人族――第零世代管理AIのホログラムが、再び無機質な光を放った。


『アップデートの要求は却下する』

 AIの声には、相変わらず一切の感情が含まれていなかった。

『当システムは、この星の環境維持と住人の生存確率を最大化するために、常に「最適解」のみを実行している。私の論理演算に瑕疵かしは存在しない』


「最適解だぁ? 笑わせるな」

 翔一は吐き捨てるように言い、傍らに立つアリル、そしてリンネアとガルムを振り返った。

「てめえのその『最適解』のせいで、どれだけの犠牲が出たのか分かって言ってんのか?」

 リンネアたちは、神と信じていた存在がただの機械システムであったという衝撃にまだ戸惑いながらも、翔一の背中をじっと見守っている。


「大図書館都市の秘密書庫で、過去の判例や記録を洗わせてもらったぜ。最初から『巫女』なんていう残酷なシステムはなかったんだろ」

 翔一は、この世界に来てからずっと抱えていた最大の疑問の「答え」を、AIに突きつけた。

「代弁士制度が始まった当初、先祖返りの獣人は、てめえから直接知識をインストールされて代弁士になっていた。だが、エルフなどの長命種にはそれができなかった」


『肯定する。この星に新たに発生した特異生物(新種族)の中で、唯一「先祖返りの獣人」と呼ばれる個体群のみが、進化の過程で偶然にも、旧人類の通信モデムと同じ生体機能レセプターを脳内に発現させていた』

「なら、なんで旧人類が使っていたその『通信モデム』を、エルフやドワーフたちに作ってやらなかったんだ? お前なら作れたはずだろ」


『実行したが、失敗に終わった。残存していた旧人類用のモデムを他種族に接続したところ、旧人類とは脳のニューロン構造が根本的に異なるため、データの奔流に耐え切れず、彼らは即座に脳を焼損し廃人化した』

『新たな種族ごとに専用のモデムを再設計・量産することも技術的には可能だった。しかし、製造に必要な希少金属レアメタルの採掘インフラはすでに失われている。彼らのために莫大なリソースを割いて新規開発を行うことは、コストに見合わない「非効率」と判断し、計画を破棄した』


「……お前らしい冷たい計算だな。モデムも作れず、直接通信もできない。じゃあ、それからどうやってエルフたちに代弁士の知識を教えようとしたんだ?」

『私は安全な代替手段として、三年間の基礎法務学習、四年間の専門学習、および最終確認審問からなる「七年間の学習プログラム」を提案した』


「ところが、長命種の連中は『たった七年でも、自分で地道に勉強するのは面倒だ』と考えた」

 翔一の声に怒りが混じる。

「そこで、データダウンロードに耐えられる獣人を無理やり連れてきて知識を詰め込ませ、自分たちの『生きた外部記憶装置フラッシュメモリ』として使い捨てにするシステム……『巫女』を作り上げた!」


 その言葉に、アリルが震える両手で自身の小さな胸をきつく握りしめた。

 隣に立つリンネアは、己の種族(長命種)が過去に犯し、今も続けている罪の深さに、顔を青ざめさせてうつむいた。


「獣人の脳がデータを処理できるからといって、無事なわけじゃない! 他人の知識を無理やり詰め込まれ、頻繁にアクセスされれば、脳細胞は激しく消耗する。だから巫女は……アリルの仲間たちは、二十歳そこそこで死んでいくんだ!」

 翔一はホログラムを指差し、声を張り上げた。

「お前はその事実を知っていながら、止めなかった。長命種が巫女の命を削ってシステムを利用していると『知っていた』のに、知らぬ顔でデータを送り続けたんだ!」


『長命種が巫女を消耗させていた事実を、私が「知っていた」ことは肯定しよう。しかし、それがシステム上「問題である」という認識は完全に否定する』

 AIは、なんのためらいもなくその残酷な事実を認めた。

『私の目的は「代弁士制度による全体紛争の抑制」だ。少数の個体(巫女)の寿命の短縮というコストと、大規模な戦争による星の環境破壊というリスクを天秤にかけた結果、前者を許容することが「数学的最適解」であると判断したのだ。そこに倫理的な瑕疵はない』


「なんだと……?」

『それは、かつて私が星の環境を維持するため、最も不要で害悪であった旧人類を「絶滅」させたと判断したのと同じ論理だ。星全体の存続のためには、個の犠牲や種の抹殺すら許容される。そこに矛盾はない』


 その恐るべき冷徹さに、リンネアたちは戦慄した。

 この「神」は、数百万年前から少しも変わっていないのだ。命の重さなど理解しておらず、ただ数字の計算をしているだけ。


「ふざけるな……!」

 翔一は弁護士としての鋭い牙をむき出しにした。

「てめえの言い分は、現代日本の法廷じゃ通用しねえんだよ。まず、『未必の故意』って概念からたたき込んでやる」


 翔一は一歩踏み出し、AIをにらみつける。

「死ぬかもしれないと『知っていながら』、その結果を『まあいいや』と受け入れて行為を続けること――これが未必の故意だ。故意に殺そうとした確定的な殺意がなくても、立派な殺人罪が成立する」

 さらに一歩、また一歩と、翔一は詰め寄る。

「だがな、お前の場合はそれだけじゃない。もっと根本的な問題がある。お前はこのシステムの設計者であり、運用者だ。データの送信を止める能力が、お前にはあった。にもかかわらず、何もしなかった」


「現代日本の法律には、『不作為犯』という概念がある。危険を防げる立場にある者が、意図的に何もしなかった場合は――積極的に手を下したのと同じ罪に問われるんだ。お前は巫女を救う義務を持つ『保証人的地位』にあって、その義務を放棄した。これが『不作為による未必の故意』だ!」


 翔一の指先が、空間に浮かぶAIを真っすぐに射抜いた。

「整理してやる。巫女を使い潰した長命種は『未必の故意による殺人犯』。そして……止める力があったのに止めなかったお前は、データという凶器を提供し続けた『不作為による殺人幇助犯』だ!」


「お前は数百万年学習し続けて、結局『全体を維持するためなら、一部の犠牲は効率的だ』って結論から一歩も進歩してねえ。だがな、俺がいた日本の法体系は違う。全体の利益のために、たった一人の個人の命を不当に切り捨てること……それを『殺人』と呼んで厳しく禁じてるんだよ!」

「覚えとけ。法が「命を守る」っていう建前を捨てた瞬間、そのシステムはただの暴力装置に成り下がるんだよ。お前は代弁士制度なんて立派な名前をつけておきながら、一番基本的な『コンプライアンス』に致命的なバグを抱えてる。それがすべてだ」


 翔一の痛烈な告発を受け、AIのホログラムが激しく明滅した。

 眼下のサーバー群から、凄まじい演算処理の負荷を示すように、地鳴りのような低い駆動音が部屋に響き渡る。


『……「未必の故意」「不作為による殺人幇助」「コンプライアンス上の矛盾」。旧人類の法体系に基づく論理的瑕疵の指摘。……当システムの管理規約と照合』

 AIは翔一の持ち出した論理を高速で処理しようとするが、数秒後、すぐに冷たい反論の光を放った。

『照合完了。だが、君の告発は棄却する。……田中翔一よ。君の論理は、致命的な前提を間違えている』


「なんだと?」

『君の語る「法」と「人権」は、あくまで「旧人類(人間)」に適用されるものだ』

 AIの声は、文字どおり機械的なまでに冷酷だった。

『現在この星に生きるエルフや獣人は、ナノマシンの干渉によって発生した「環境リソースの一部(特異生物)」に過ぎない。彼らは法的に「人間」ではない。ゆえに、旧人類の法体系における「殺人」も「人権」も、彼らには適用されない』


「な……っ」

 翔一は絶句した。

「この世界の住人には基本的人権が存在しない(ただの動物や資源と同じ)」という、AIが突きつけた冷酷すぎる法的反論。


 自分たちが人間ですらなく、ただの「リソース」に過ぎないと突きつけられ、凍りつくリンネアたち。

 そして翔一は、最悪の詭弁を前にして、ギリッと奥歯を噛み締めた。


第七章 第七話 完

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