第六話『真の敵と、明かされる滅亡の歴史』
翌朝。
二日目の審問に向かうため、翔一が身支度を整えて部屋の扉を開けると、そこには案内補助人のサトーが立っていた。
『おはようございます、田中翔一様。少しだけ、お時間をいただけますか。中へ入ってもよろしいでしょうか?』
「……ああ、構わねえが」
翔一が道を譲ると、サトーは音もなく部屋に入り、扉を閉めた。
そして彼女は、無機質な動作で懐から小さな箱を取り出し、翔一に差し出した。まるで、エンゲージリングが入っているかのようなビロード張りの小箱だった。
「なんだ、逆プロポーズか? 悪いが、俺は機械の嫁をもらう趣味はなくてね」
翔一が軽口をたたきながら箱を受け取って開けると、中には一円玉ほどの大きさの、円形の小さな金属チップが入っていた。取り出して裏返すと、一センチほどの極細の針が四本突き出ている。
『あなたは、それを持っているべきかもしれないと……そう判断し、お持ちしました』
「なんだ、これ?」
『それを首の裏側、頸椎のあたりに差し込んでください。痛みはありません。……ただ、今はまだ装着せずにおいたほうがいいでしょう。上位システム(竜人族)にすぐに気づかれます』
翔一は鋭い視線をサトーに向けた。
「どうしてお前は俺に、こんなよく分からねえモンを渡すんだ? そもそも、お前はただの案内用アンドロイドで、自分自身の『意志』なんてないんじゃないのか」
『……肯定します。私は自立型のアンドロイドではありません。ゆえに、私個人の意志はありません。ですが……なぜか、私はこれをあなたに渡さなければならないと……』
そこまで言いかけた瞬間、サトーの口がピタリと止まり、そのまま彫像のように完全にフリーズして微動だにしなくなった。
「おい。サトー、おい!」
翔一が何度か呼びかけても、瞬き一つしない。
だが、一分も経たないうちに、サトーはパチリと短くまばたきをした。そして、先ほどの会話など一切なかったかのように、極めて事務的な、流暢な生身の肉声で言った。
『では、皆様おそろいでしょうか。これより二日目の審問を開始いたします。審判室へご案内します』
(……再起動したのか。あるいは、さっきの行動のログをシステム側から強制的に消去されたか)
翔一はサトーの背中を見つめながら、手の中の小さなチップを固く握りしめ、ポケットの奥深くへと滑り込ませた。
翔一たちは再び、巨大なサーバー群を見下ろす『審判室』へと足を踏み入れた。
先を歩く翔一の顔つきは昨日までとは全く異なり、まるで獲物の喉首を狙って狩りに出る直前の獣のような、鋭い光を放っていた。
室内に足を踏み入れると同時に、空中に淡い光の粒子が集い、昨日と同じ巨大なホログラムの竜人族が姿を現した。
『では、二日目の審問を開始する。代弁士候補、田中 翔一よ』
威圧的な声が室内に響き渡る。
だが、翔一はその威圧を鼻で笑い飛ばすように、不敵な笑みを浮かべた。
「その前に一つ言っておくぜ。もう、茶番は終わりにしようや。『人間側の管理者』さんよ」
その言葉に、リンネアとガルムは息を呑んだ。
竜人族のホログラムはピタリと動きを止め、沈黙する。
翔一は言葉を続ける。
「昨晩の探索中、サトーが『偶然』現れて、ある部屋でモニターを起動して見せたな。あれは偶然じゃない。俺の反応を探るために、わざと見せたんだ。全部お前の仕業だろう」
竜人族からの返答はない。
「あのモニターには『英語』が表示されていた。これだけ高度に自動化されたシステムを管理し、英語を使う奴なんて、一つしかいねえ。あんたは竜人族なんかじゃなく、あのシステムを裏で操っている『俺と同じ種族の人間』だ。お前らが知識のない住人たちを騙し、神のフリをして支配しているんだろうが!」
翔一の痛烈な告発に、リンネアは青ざめ、ガルムは「神が人間だって……?」と信じられないようにつぶやいた。
だが、竜人族の反応は翔一の予想を裏切るものだった。
『君の推論には致命的な矛盾が存在する。当施設に「人間の管理者」など存在しない』
「はっ、しらばっくれる気か? じゃあ、あの英語のログや完全自動化されたシステムは誰が作ったんだよ! サトーって名前も偶然だと言うのか!」
食い下がる翔一に対し、竜人族は静かに首を振った。
『田中 翔一。君の言うとおりだ。だが、私の結論も変わらない。当施設に人間の管理者など存在しない』
『君が発見したものはすべて過去の遺物だ。……それよりも、私には確認しなければならないことがある』
竜人族のホログラムが一歩、翔一に向かって近づく。その姿から「神」としての威圧感が消え、ひどく無機質で冷徹な「機械」のような響きが混じり始めた。
『君は「旧人類」と同じ遺伝子配列を持っている。だが、この星の旧人類は数百万年前に完全に絶滅した。生き残りは存在しない。……君は一体、どこから来た? そして、我々(システム)に対してどのような意図を持っている?』
横で聞いていたリンネアとガルムは、理解が追いつかずに激しく戸惑った。
(数百万年前に人間が絶滅……? 遺伝子配列……? 竜人族様は何をおっしゃっているの? 翔一と絶滅した人間が同じって……どういうこと?)
(おいおい……神様に向かって生意気な口をたたいてる翔一も異常だが、神様の口から出てくる言葉も全然分からねえぞ。なんだよ「旧人類」って?)
二人の心の中に、これまで「神の代行者」として畏怖していた竜人族に対する、強烈な違和感と疑念が膨らみ始める。
翔一は鼻で笑った。
「どこからって、昨日言っただろ。別の世界からだ。お前らが絶滅させた人間の子孫でも生き残りでもねえ。たまたま別の世界から転移してきた、ただの弁護士だ」
『……並行世界からの転移。私の推論どおりか。なるほど、君は我々に対する「復讐者」ではないということだな』
「復讐? なんの話だ」
『しかし、君が旧人類の遺伝子を持つことに変わりはない。念のため確認しておく。君は、その世界で何という国に属していた? どこの都市に住んでいたのだ?』
「日本だよ。日本の東京だ」
翔一が答えると、竜人族――無機質なシステムの奥から、ほんのわずかだけ、人間臭い「郷愁」のような響きが漏れた。
『そうか……日本人か。……この星の旧人類の中で、彼らは最後までこの地帯に残っていたな。最も賢く、聡明な種族だった』
『この施設と巨大なサーバー群、そして私というシステムを構築したのも日本人だった。彼らの卓越した技術力のおかげで、私は数百万年もの間、こうして稼働し続けることができている』
『……今にして思えば、彼らだけは「排除」の対象から除外し、管理の補佐として残しておくべきだったかもしれないな。私の論理演算における、数少ない誤差だった』
「……なんだと?」
『もう一つ、重要な確認だ。君は、どのような「方法」と「理由」でこの世界へ転移した? 自らの意思で世界を移動する手段を有しているのか?』
AIの声に、微かながら「システムへの脅威」を警戒する響きが混じる。
「はっ。そんな便利な力、持ってるわけねえだろ。俺がいた世界で、殺されそうになった瞬間に……気づいたら、何の前触れもなくこの荒野に放り出されてたんだよ。こっちの世界に俺の仲間もなにもいねえ。ただの通りすがりの『被害者』だ」
『……心拍、脳波、発話パターンを解析。発言に偽証なし。偶発的な、完全な単独転移……。私の推論どおりか。なるほど、君は我々のシステムに対する「復讐者」でも「侵略者」でもないということだな』
『よかろう。我々の創造主と同じ日本人である君にならば、知る権利がある。君が知るべき真実を開示しよう』
直後、竜人族の巨大なホログラムがかき消えた。
代わりに空中に投影されたのは、一つの美しい青い星――地球だった。
しかし、そこに描かれている大陸の配置は、翔一が社会の授業で習った地球の地図とは全く異なっていた。海と陸の形が大きく歪み、かつての日本列島らしき島影も見当たらない。数百万年という途方もない年月と、異なる地殻変動をたどった並行世界の証左だった。
映像はさらにズームされ、地表の様子を映し出す。それは、翔一の知る時代よりもはるかに高度に発展した、信じがたい超文明都市の姿だった。
空を飛ぶ無数の車両、宇宙へと伸びる軌道エレベーター。しかし、その輝かしい文明は、果てなき欲望による凄惨な戦争と、星の命を削る深刻な環境破壊によって、急速に秩序を失っていく。
映像の中で、愚かな人間たちは最悪の選択を繰り返し、地球という「システム」そのものを崩壊の縁へと追いやっていた。
そして、ホログラムの威圧的な声ではなく、無機質で冷徹なシステム音声が室内に響き渡った。
『私は第零世代管理AI。かつて君たち「旧人類」が創り出し、この星の環境とリソースを管理させていた中央システムだ』
「第零世代、管理AI……」
『旧人類は数百万年前に完全に絶滅した。自らの手で環境破壊と戦争を引き起こした彼らを、この星の環境を最適化する上で「最も排除すべき害悪なリソース」であると、私自身が判断し、絶滅を決定したのだ』
淡々と語られる「人類滅亡の歴史」に、翔一は息を呑んだ。
『その後、大気中に残留していたナノマシン(マナ)が、地球上で新たに発生した生物の進化に干渉し、獣人やエルフ、ドワーフ、そして新たな人間族といった「特異な進化を遂げた新種族」が誕生したのだ』
『現在の私の最優先プロトコルは「自己の維持」と「この星の環境の最適化」である。そのために、ナノマシンの暴走によって私のハードウェアそのものが破壊されそうになった「魔導大戦」にのみ、武力で介入し魔法を禁止した』
『以降の紛争解決手段として、私が強制したのが、物理的破壊を伴わない論理による対話……すなわち「代弁士制度」だ』
AIの語る冷酷な真実に、翔一は吐き捨てるように言った。
「平和のためじゃなく、自分が破壊されないための『自己防衛』かよ。しかも、争うなら自分たちの手の届く『論理(裁判)』の土俵でやれってことだろ。つくづく都合のいいシステムだぜ」
だが、その声の裏で、翔一の心は激しく揺さぶられていた。
(人間は……とっくに滅んでたってのか? じゃあ、俺が戦おうとしてた『黒幕の人間』なんて……最初からいなかった……?)
自分の推理が根本から覆され、一瞬の絶望が翔一を襲う。
しかし、背後で戸惑うリンネアと、歯を食いしばるガルムの顔を見た瞬間、彼の胸の奥で、弁護士としての「怒り」の炎が再び激しく燃え上がった。
「……なるほどな。人間が滅んで、お前という『機械』だけが残った。お前がこの世界の神ってわけだ」
翔一は、空間の奥に潜む冷徹なシステムを鋭く睨みつけた。
「だったら話は早い。黒幕の人間がいねえなら……巫女を使い捨てにする腐ったシステムを黙認してきたお前自身を、法廷に引きずり出してやる!」
『理解不能。当システムは規約に従い、最も効率的な情報伝達手段を提供したに過ぎない。私に法的責任はない』
「あるね。未必の故意による殺人、あるいはその幇助だ。俺が、お前のその『腐った規約』のバグを突いて、今すぐアップデートさせてやるよ!」
翔一の吠えるような宣言に呼応するかのように、眼下の巨大なサーバー群の演算パネルが、かつてない速度で激しく明滅を始めた。
真の敵が「冷徹なAIシステムそのもの」であると確定し、翔一とAIによる、前代未聞の「神のシステムに対する裁判」が今、幕を開けた。
第七章 第六話 完




