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勝者の法 ~文字が読めない俺が、現代刑法とハッタリだけで異種族を完全論破する話~  作者: 田邑 或
第七章『神との契約更新、あるいは泥にまみれた代弁士』
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第五話『宿舎の夜と、英語の記憶』

 サトーに案内された宿舎は、翔一の予想を別の意味で裏切るものだった。

 これまでの高度な設備からすれば、カプセルホテルのような無機質で機械的な睡眠ポッドに通されると想像していたのだが、案内されたのは温かみのある清潔で機能的な個室だった。ベッドには適度な弾力のあるマットレスが敷かれ、温度や湿度は完璧に管理されている。

 さらに、各個室の奥には広々とした共用のラウンジ(リラックスルーム)が併設されており、そこには温かい食事や、様々な種類の飲み物が用意されていた。食事は人間の味覚に合わせたもので、毒見をするまでもなく安全で美味だった。


 (まるで高級なビジネスホテルじゃねえか。神の聖域にしては、ずいぶんと現実的だな)


 翔一はラウンジのソファに深く腰掛け、出されたスープを飲み込みながら内心で毒づいた。

「こんなに丁寧にもてなしていただけるなんて……」

 リンネアは戸惑いを隠せない様子で、行儀良く食事を進めている。

「腹が減ってたから助かるが、なんか拍子抜けだな。もっとこう、試練とかあるもんかと思ってたぜ」

 ガルムは肉を頬張りながら苦笑した。

 その隣で、アリルは温かい食事と安全な環境にほっとしたのか、少しだけこわばっていた表情を緩めていた。


 食後、翔一たちはそのままラウンジに留まり、今後の対策を練ることにした。

「竜人族様の質問は……私が想像していたものとはずいぶん違っていました。法の知識や資質を問うというより、まるで、翔一個人を詳しく調べているような……」

 リンネアが、今日の審問を振り返って首を傾げる。

「ああ。あの竜人族、なんかお前のことばかり気にしてたな。俺たちのことなんて、お前の性格を聞くついでみたいだったぜ」

 ガルムの指摘に、翔一は深くうなずいた。

「俺も気になった。『別世界』って言葉を出した途端に、やけに食いついてきやがったからな。まるで、俺が別の世界から来たことを、最初から疑っていたかのように」


 翔一は腕を組み、思考を巡らせる。

 リンネアは「神」だと信じてきた存在への畏怖と、翔一を支えたいという気持ちの間で揺れているようだった。ガルムは明日の審問への警戒心を強め、アリルは巫女システムの残酷な真実を知った衝撃から、必死に立ち直ろうとしている。


「……よし。決めたぞ」

 翔一は立ち上がり、扉のほうへ歩き出した。

「あれだけ巨大なデータセンターを見せられて、おとなしく部屋で寝てられるか。どこかに、あのシステムを本当に運営している人間がいるはずだ。そいつらを探し出そう」

「人間……? でも、ここは竜人族様の聖域では……」

 リンネアが困惑した声を上げる。

「翔一、何を探してるんだ?」

 ガルムも首を傾げた。

「竜人族なんてのは嘘だ。あんな巨大なシステムを管理してるのは、絶対に人間だ。どこかに俺と同じ種族の管理者が隠れているはずだ」

 翔一は確信を込めて断言した。

「俺たちに殺意や害意がないことは、相手も分かっているはずだ。それに……向こうにも、俺たちをどうこうしようっていう害意はないように見受けられる。だったら、管理者を探して歩き回る程度なら、黙認するだろうさ」

 翔一の言葉に、リンネアとガルムは顔を見合わせたが、結局は彼に従って宿舎を出ることにした。


 夜のエルディア内は静まり返っていた。

 翔一は周囲を鋭く観察しながら歩を進める。監視カメラやセンサーらしきものは一切見当たらない。だが、確実に見られているという肌寒さがあった。


 (監視システムは確実にある。だが、どこにあるかすら分からない。技術格差が恐ろしいな……)


 それでも、警告音や制止の案内は一切なかった。翔一の読みどおり、破壊活動などの害意がない限り、施設内の移動はある程度自由らしい。

 翔一たちは、管理者がいそうな小部屋やメンテナンス室らしき場所を重点的に探索した。

 その道中、電気や電子制御という概念を持たないこの世界の住人であるリンネアたちにとって、そこは「神の奇跡」の連続だった。

 薄暗い廊下を歩いていくと、翔一たちの進路を先読みするように、前方の照明が次々と点灯していく。そして、通り過ぎてしばらくすると、背後の照明は音もなく消えていった。

「神が……私たちの歩む道筋を示してくださっています……!」

「すげえな……まるで俺たちの歩く道が光ってるぜ」

 感嘆する二人を横目に、翔一は冷静に分析する。


 (ただの動線予測システムだ……完璧に自動化されてるな)


 さらに歩みを進め、いくつかの扉の前を通り過ぎる。すると、何の特徴もなかったのっぺりとした扉の表面に、突然『管理室第三号』『冷却制御室』といった文字が浮かび上がった。

「神が部屋の名前を教えてくださった!」

「文字が浮き出てきやがったぞ……」


 (ホログラムか、スマートガラスか……権限管理システムと連動してるんだな)


 入室が許可されていると思われる部屋の前では、扉が自動で静かに開き、中に足を踏み入れると照明と空調が瞬時に作動した。

『ここは冷却制御室です』

 どこからともなく、自然な肉声のアナウンスが流れる。

「神の声で部屋を紹介してくださる……!」

「お部屋が翔一さんを歓迎してるね!」

 無邪気に喜ぶアリルを見て、翔一は内心で舌を巻いた。


 (ここまで自動化されたスマートビルは、俺の世界にも存在しない……管理者の存在がますます確信できる)


 逆に、入室できない部屋の前で立ち止まったり、扉に触れようとしたりすると、

『入室権限がありません。管理システムまでお問い合わせください』

 と、同じく自然な肉声のアナウンスが流れ、扉は微動だにしなかった。

「神が……今は入るべきではないとおっしゃっているのですね」


 (完璧なセキュリティシステムだ。管理者が権限をガチガチに管理してる証拠だな)


 探索を続けていると、一行は『施設管理制御室』と文字が浮かび上がった扉の前にたどり着いた。

 翔一が入ろうとすると、案の定『入室権限がありません』とアナウンスが流れ、扉は開かなかった。

 諦めて立ち去ろうとしたそのとき、廊下の奥から足音が近づいてきた。

『こんな夜更けに探索ですか』

 現れたのは、あの案内補助人のサトーだった。

『私はこの部屋で、夜間メンテナンスプログラムの実行指示を行う用事があります』

 翔一はすかさず交渉を持ちかけた。

「俺たちも、一緒に入って中を見ていいか?」

 サトーは無表情のまま、少しだけ間を置いた。


 (……今、上位システムと通信して、俺の反応をテストするために入室許可を得たな)


 翔一が直感した直後、サトーは口を開いた。

『……許可されました。ただし、内部の機器には決して触れないでください』


 扉が開き、翔一たちが中に入ると、そこには壁一面を覆う巨大なモニター画面があるだけで、操作用の端末は何もなかった。

 サトーが部屋の中央に立ち、何にも触れることなくシステムと通信を始める。

 すると、巨大なモニターが起動し、サトーの通信状態とメンテナンスプログラムの実行ログが次々と映し出された。

 翔一はそのモニターを見た瞬間、息を呑み、足の裏から頭のてっぺんまで電流が走ったような衝撃を受けた。

 モニターに表示されていたのは、この世界の住人が使う未知の魔法文字ではない。


『First Gate System・cleaning・start……』

『Main Gate System・cleaning・start……』

『stable 2~10・cleaning・start……』


 翔一は震える手を強く握りしめる。


 (これは……英語だ……! なんで、こんな世界にアルファベットがある!?)


 翔一は鋭い視線で部屋の隅々まで見回す。だが、操作用のキーボードやマウスといった物理的な入力装置は一切存在しなかった。

 弁護士としての極限まで研ぎ澄まされた思考が、状況の違和感を瞬時に繋ぎ合わせていく。


 (入力機器がない? いや、違う。そもそも人間が命令を入力する必要がないんだ。このシステムは完全に自動で管理されている。この巨大なモニターは、かつての人間が『システムが正常に稼働しているかを目視で確認するため』だけに存在しているんだ)


 (だとすれば……おかしい)


 翔一は、背を向けて微動だにしないサトーをにらみつけた。


 (これほどの高度なシステムなら、わざわざアンドロイドが直接この部屋に歩いて来てメンテナンスの指示を出す必要なんてないはずだ。遠隔で、完全に自動で完結できる)

 (なのに、なぜこいつは夜中に俺たちの前に『偶然』現れ、わざわざ部屋に入れて、このモニターを起動して見せた?)


 翔一の背筋に冷たい汗が流れた。


 (……テストだ。竜人族……いや、この施設の管理者は、俺がこの『英語』を読めるかどうか、この自動化システムの意味を理解できるかどうかを、泳がせて試しているんだ!)


 翔一の脳内で、バラバラだったパズルのピースが完璧な一枚の絵を描き出した。


 (完全自動化された施設……英語のシステムログ……)

 (ここは異世界なんかじゃない……ここは『地球』だ。俺がいた地球と同じ、英語を使う人間がいた……『もう一つの地球』だったんだ……!)

 (そして、俺と同じ種族の管理者どもは、俺が何者なのかを探るために、上から目線で観察している……!)


「翔一? どうされましたか?」

「おい、何かあったのか? 顔色が悪いぞ」

 愕然と立ち尽くす翔一の異変に気づき、リンネアとガルムが心配そうに声をかけた。

 翔一は深く息を吐き出し、震える声でつぶやいた。

「……俺は、とんでもない勘違いをしていた」


 (サトー……ST―〇七……『Sato-07』ってことか。やっぱりな。あいつは俺と同じ種族の管理者が作った、あるいは俺と同じ種族の管理者そのものだったんだ)

 (俺が最初に感じた違和感は正しかった。『佐藤』という名前、あの俺と同じような顔立ち……全部つじつまが合う)

 (つまり、この施設の本当の管理者は俺と同じ種族の人間で、『竜人族』ってのは、知識のない住民を騙すためのただの偽装だったってわけか……!)


 翔一は顔を上げ、先ほどまでの驚愕を拭い去り、不敵な笑みを浮かべた。

「……明日の審問が、がぜん楽しみになってきたぜ」

「翔一?」

 リンネアが不安げに見つめる。

 翔一は冷たい声で言い放った。

「俺は、この施設の正体が分かった。『竜人族』なんてのは嘘で、本当は俺と同じ種族の管理者どもが、神のフリをしてお前たち住民を騙し、支配してるってことだ。……明日は、そいつらの正体を暴いて、特大の『責任追及』をしてやる」

「翔一と同じ種族の管理者……?」

 ガルムが首を傾げた。

「でも、竜人族様は確かに……」

 リンネアはまだ信じられないというようにつぶやく。

「騙されるな。あいつらは神なんかじゃない。俺と同じ『人間』だ。同じ地球に住んでいた人間として……巫女を使い捨てにしてきた責任を、きっちり法廷で取らせてやる」

 翔一は静かに、だが激しい怒りを込めて宣言した。


 翔一の瞳に、新たな闘志の炎が宿る。

 真の敵が「隠れた人間の管理者」だと確信した悪徳弁護士は、明日行われる「神」との直接対決へ向けて、その牙を極限まで研ぎ澄ませていた。


第七章 第五話 完

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