第二話『白銀の迷宮と、案内人(ナビゲーター)』
武器を預け、重厚な本ゲートをくぐり抜けた俺たちの前に広がっていたのは、神殿とはかけ離れた光景だった。
壁も床も、白銀の金属で統一された無機質な迷宮。天井から放たれる冷たい青白い光が、まるで手術室のような清潔感と同時に、どこか不気味な印象を与える。
(これが聖地エルディアの内部か……)
俺はゆっくりと歩きながら周囲を観察する。規則正しく配置された金属パネル、完璧に磨き上げられた床面、そして微かに響く低いモーター音。すべてが人工的で、計算され尽くしている。
歩きながら、リンネアが青ざめた顔で俺に問いかけてきた。
「翔一……おかしいと思いませんか。私たちはまだ一度も『巫女の確認』をされていません」
ガルムも眉をひそめる。
「確かにそうだ。代弁士の審査には巫女の同行が必須のはずだろ」
俺は冷静に答えた。
「ああ。普通、代弁士は巫女を通してしか神(竜人族)と意思疎通できないはずだ。竜人族の魔素は濃すぎて、一般人には耐えられないって話だからな……。だが、さっきの『声』……神は巫女を通さなくても、普通に肉声で俺たちとしゃべれてるじゃないか」
その事実に、リンネアは戦慄したような表情を見せた。
「では、なぜ歴代の代弁士は、必ず巫女を伴う必要があったのでしょう……? まさか……」
言葉を濁すリンネア。俺も確たる答えは持っていない。
(タキタが命を懸けて暴こうとしたのは、この『神のウソ』か……いや、違うかもしれない)
思考を巡らせながら、俺たちは無機質な回廊を進み続けた。
***
回廊の奥、開けたホールに出ると、中央に透明な円筒形の装置がそびえ立っているのが見えた。
(あれは……エレベーターのシャフトか?)
俺が装置を見上げていると、突然、その脇にある壁面が音もなくスライドした。
奥から、一人の女性が静かに歩み出てくる。
現れたのは、無機質だが清潔なスーツ風の服装をまとった、若い女性だった。黒い髪、黒い瞳、無表情。身長は百六十センチ前後といったところか。
その動きは滑らかで美しいが、どこか機械的な正確さを感じさせる。まるで計測されたような、完璧すぎる歩幅と姿勢だった。
リンネアとガルムは、その神秘的な出現に息を呑んだ。
「姿を持たない神が、人の姿となって現れた……!」
リンネアが畏怖の念を込めてつぶやく。ガルムも身を硬くしている。
だが、俺の反応は違った。
(これは……本物の人間じゃない。アンドロイドか!?)
驚愕が俺の背筋を駆け上がる。
(俺のいた世界でも、ここまで精巧なヒューマノイド・ロボットは試作段階だったぞ……まるで本物の人間じゃねえか!)
アンドロイドは俺たちの前で立ち止まり、抑揚のない声で自己紹介した。
『「サトー」とお呼びください。私は本施設の案内補助人です。代弁士候補の皆様を、地下百二十階の「審問室」へご案内します』
俺は内心で情報を整理する。
(……さっき壁面から出てきたとき、扉の脇に「ST―〇七」って表示が見えたような気がしたが……まあ、管理番号か何かだろう。案内補助人……要するに「ナビゲーター・ユニット」か。審問室ってのも、システム的には「コア・アクセスルーム」――AIの中枢に直接アクセスできる部屋ってことだな)
そして、もう一つ気になることがあった。
(……サトー? 佐藤か? いや、まさかな。この世界にも似た音の名前があるだけだろう)
わずかな違和感を覚えたが、この時点では深く考えることはしなかった。
リンネアが恐る恐る尋ねた。
「サトー様……あなたは、竜人族のほうなのですか……?」
サトーは首を傾げるような動作を見せる。プログラムされた仕草だと一目で分かる、不自然なほど正確な角度だった。
『否定します。私は竜人族(管理AI)ではありません。私は「案内補助人」であり、皆様を安全に審問室までお連れする役割を担っています』
(案内補助人……この世界の住人たちのために、わざわざこんな『機械的な係員』を用意したってことか。なんだか妙な感じがするが……まあ、今は案内してもらうしかないな)
サトーが円筒形の装置に近づき、扉を開いた。
『こちらは昇降機です。審問室まで一気にお連れします』
(昇降機……要するにエレベーターか)
俺は理解した。
***
昇降機に乗り込む一行。
扉が閉まると、装置は滑らかに、しかし恐ろしい速度で地下へと降下を始めた。リンネアとガルムは、内臓が浮くような感覚と、窓の外を猛スピードで流れる謎の配管や光の帯を見て、顔を青ざめさせている。
サトーは昇降機の隅に立ち、微動だにせず前を向いていた。その姿勢の完璧さが、逆に人間離れして見える。
降下中、俺はサトーに探りを入れることにした。
「おい、サトー。さっきのゲートで俺たちの言葉に返事をしたのもお前か?」
『肯定します。本施設の音声インターフェースはすべて私に統合されています』
「なら聞くが、お前ら(竜人族)は『直接』俺たちとしゃべれるんだな? アリル(巫女)みたいな生体モデムを通さなくても」
サトーは再び首を傾げるような動作を見せた。
『肯定します。音声およびテキストによる低速通信は、約八百年前、代弁士制度を全種族に開放した際に導入した新しい通信方式です。それ以前は先祖返りの獣人のみが直接通信可能でしたが、彼らの寿命と出生数の問題により、当システムが各種族の言語を学習し、安全な音声通信を実現しました。巫女(生体通信リレー)の媒介は、代弁士審判を行う上で「必須」ではありません』
その言葉に、リンネアが息を呑んだ。
「必須ではない……? では、なぜ私たちの歴史では、代弁士は必ず巫女を伴ってきたのですか!?」
サトーは無機質に答える。
『先祖返りの獣人が代弁士だった時代、審判に合格した者には、当システムから法務知識や道徳観を一気に授与していました。しかし、長命種(エルフ等)の脳では、そうした大容量の知識注入に耐えられず、致命的な障害(脳の焼損)を引き起こします。そのため他種族には、書物や口伝による時間をかけた学習を推奨していました。ところが、過去の代弁士候補者たちは、その修行期間を「長すぎる」と判断し、先祖返りの獣人に知識を代わりに注入させ、「知識の貯蔵庫」として同行させる手法を「自主的」に採用しました』
「……自主的に、採用した……?」
リンネアの声が震えていた。
***
サトーは淡々と続けた。
『当システムは、代弁士の審査において「巫女の持ち込み」を禁止していません。したがって、その運用方法(巫女の寿命が削られること)については、代弁士個人の責任範疇として認識しています』
真実が明かされた瞬間だった。
神(竜人族)が「巫女を犠牲にしろ」と命じたわけではない。
かつての代弁士たち――エルフをはじめとする長命種の権力者たちが、神の言葉と知識を安全に独占するために、獣人の子供を「使い捨てのUSBメモリ」として奴隷化し、それを「神の定めだ」という嘘の伝説で覆い隠していたのだ。
「嘘だ……そんな……私たちが信じてきた歴史は、代弁士の誇りは、ただの……ただの、醜い言い訳だったというのですか……!」
リンネアは膝から崩れ落ち、顔を覆った。
ガルムもギリッと牙を鳴らして拳を握りしめている。
アリルは自分の種族が単なる「便利な道具」として扱われてきた歴史を知り、小さな体を震わせていた。
だが、俺だけは冷静だった。
いや、その瞳の奥には、氷のように冷たい『弁護士としての怒り』が燃え上がっていた。
「……なるほどな。どこの世界にもクズってのはいるもんだな。だがな、サトー」
俺はアンドロイドをにらみつけた。
「代弁士どもが巫女を死に追いやると知りながら使い続けるのは『未必の故意による殺人』。そして、それを知っていながら巫女に知識を注入し続けたお前らは『幇助犯』だ。約款に書いてないから無罪だと? ふざけるな。お前らは共犯者だよ。……一番上のボス(システム・コア)に伝えとけ。今日は特大の『刑事告発』と『損害賠償請求』のダブルパンチになりそうだ、ってな」
昇降機が重い音を立てて停止した。最深部への扉が開く。
怒りを静かに燃やす俺を先頭に、一行は次の段階へと歩みを進めた。




