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勝者の法 ~文字が読めない俺が、現代刑法とハッタリだけで異種族を完全論破する話~  作者: 田邑 或
第七章『神との契約更新、あるいは泥にまみれた代弁士』
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第一話『沈黙のゲートと、不可視の防人』

 巨大な防爆ゲートが、重低音を響かせながら左右に開いていく。

 タキタの残した『紹介状』――紙切れに込められた千年の重みが、この未知なる領域へのアクセス権限をもたらしたのだ。

 ゲートの先には、依然として巨大なトンネルが続いていた。

「よし、進んでくれ。コクヨウ」

 俺の合図で、コクヨウがゆっくりと蹄を鳴らして歩き出す。

 俺たちは馬車に乗ったまま、数機の無音ドローンに前後を挟まれる形で、エルディアの奥地へと足を踏み入れた。


 トンネルの内部は、異様な光景だった。

 壁面には冷たい青白い光を放つ照明(LEDライトのようなもの)が等間隔で埋め込まれ、チリ一つ落ちていないほど完璧に清掃されている。

 肌に触れる空気は、不自然なまでに適温で心地よく、湿度すら完璧に管理されていることが分かった。

「……不気味なほど静かだな。生き物の気配がしねえ」

 御者台のガルムが、周囲を警戒しながらうなった。

 リンネアは馬車の窓から外をのぞき込み、ただ息を呑んでいる。

「ここが、竜人族の住まう聖域……。いったいどれほどの長い年月、誰も足を踏み入れてこなかったのでしょう」

 神の領域。確かに、魔法や魔獣が当たり前に存在するこの世界を生きる彼女たちにとっては、そう見えるだろう。


 だが、俺の目には違った。

 どこからともなく聞こえる、規則正しく低いモーターの稼働音。おそらく、巨大な換気扇かサーバーの冷却ファンの音だ。


 (リンネアやガルムには、これがどう聞こえているんだろうか……)


 風の精霊が歌っている声か、それとも巨大な神の心臓の鼓動か。

 その未知の音にすら畏敬の念を抱いている彼女たちを見て、俺は背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら、震えそうになる拳を強く握りしめた。


 (ここは、神殿なんかじゃない。完全に超高度な『地下施設』だ)


 トンネルをしばらく進むと、視界が一気に開けた。

 巨大な『円形の広場』だった。地下エントランス、あるいは車両プールと呼ぶのがふさわしい空間だ。

 広場のさらに奥には、先ほどよりもさらに分厚く、強固な金属扉――内部中枢への本ゲートが閉ざされている。

 広場の中央付近に差し掛かったところで、突如として先導していたドローンがピタリと動きを止めた。

 それと同時に、どこからともなく声が響き渡った。

『代弁士候補および同行者の皆様。これより先は「第三種管理区域(内部中枢)」となります』


 (……ん?)


 俺は一瞬、眉をひそめた。

 先ほどゲートを開けたときと同じ、どう聞いても生身の人間(若い女性)にしか聞こえない生々しい肉声のアナウンス。

 姿の見えない巨大なシステムが、なぜこうも「人間らしい」声で語りかけてくるのか。その徹底された『擬態』が、逆に得体の知れない気味の悪さを増幅させていた。

『乗騎および車両の進入は許可されていません。馬車カレッサ車屋くるまやに駐車し、ガロンはカレッサから外して厩舎きゅうしゃへ預けてください』

 さらに続くアナウンスの単語に、俺の違和感は頂点に達した。


 (……「車屋」に「厩舎」だと?)


 これほどの未知のオーバーテクノロジー空間から聞こえる声が、なぜそんな泥臭い、街で暮らす人間たちの生活臭が漂うような単語を使っているんだ?

 どこかちぐはぐな違和感を覚える。だが、今はまだそこまで深く考える余裕もなく、「見た目に反して、ずいぶんと古臭い単語を使うんだな」と、俺はとりあえず思考の端へ追いやった。

「ちっ……仕方ねえな」

 ガルムが舌打ちをし、コクヨウを広場の隅にある指定エリア(車屋)へと誘導し、馬車を停めた。

 馬車から降りた俺たちは、コクヨウを繋具から外し、指示された「厩舎」へと向かう。


 さらに奥のエリアへ進むと、俺は言葉を失った。

 そこには驚くべきことに、壁面をくり抜いて作られた『十頭分の個室になった厩舎』が完璧に整備されていた。

 しかも、それぞれの個室の床には、丁寧に新しい干し草まで敷き詰められ、水桶まで用意されている。

「おお……神は我らの乗騎にまで、こんな細やかな気配りをしてくださるのか」

 ガルムやリンネアが感心したように声を上げる。


 だが、俺は違った。


 (……なんでこんな無機質なSF施設の中に、馬の干し草まで準備されてるんだよ。狂ってるのか?)


 最新鋭のデータセンターのサーバーラックの隣に、リアルな馬小屋が併設されているような、あまりにもチグハグで異様な光景。その異常なまでの「ローカライズ(現地適応化)」に、俺は強い気味の悪さを覚えた。

 コクヨウを厩舎に預け終えると、俺たちは再び広場の中央へと戻った。

『生体スキャン、および携行品の登録を実行します。ゲート前までお進みいただき、一列にお並びください』

 再び声が降ってくる。

 リンネアやガルムも、「誰かが隠れて見ている」のではなく、この空間全体が意思を持っているかのような異常な状況に少しずつ慣れ始めていた。言われたとおり、戸惑いながらもゲートの前に一列に並ぶ。

 たまたま先頭に並んだのは、ガルムだった。

『あなたの種族と、お名前を教えてください』

 ガルムは天井を見上げ、いぶかしみながらも答えた。

「俺は獣人(狼族)のガルム・ウル・バドスだ」

 瞬間、ガルムの足元から赤い光の帯が立ち上り、彼の全身を舐めるようにスキャンした。

『生体スキャン完了。ガルム様、ここから先は武器の持ち込みが制限されています。左手にある武器預かり所にお預けください』

 そのアナウンスと同時に、ゲートの左側の壁がスライドするように開き、縦五十センチ、横二メイル(約二メートル)ほどの穴が現れた。そこから、武器を置くための台状のトレイが音もなくせり出してくる。


「……はっ。ふざけるな」

 ガルムが鼻で笑い、台座に武器を置くどころか、逆に背中の大剣に手をかけた。

「伝説の竜人族サマに、牙を抜かれて丸腰で会えってのか? そりゃあ、傭兵上がりにはできねえ相談だな!」


 だが、彼が大剣を引き抜こうとした瞬間。

 何の前触れもなく、ガルムの巨体がその場に膝をついた。

「ぐ、お……っ!?」

「ガルム!」

 俺はとっさに駆け寄ろうとした。

 だが、ガルムは地面に手をついたまま、見えない何かに押し潰されるように歯を食いしばり、必死にうめき声を上げていた。

「なんだ、これ……っ。体が、動か、ねえ……!」


 魔法ではない。床や壁から見えない力――凄まじい重力か、あるいは強力な電磁気的な力が、彼を物理的に床へ縫い付けているようだった。

 リンネアが慌てて短剣を抜こうとしたが、彼女もまた見えない力で押さえつけられ、身動きが取れなくなる。

 アリルが怯えて俺の背中に隠れた。

 俺もまた、それ以上ガルムに近づけず、足を止めるしかなかった。


 (クソッ、魔法なんかじゃない。だが……俺のいた世界(地球)にだって、手を触れずに大人を押さえつけるような技術なんて存在しなかったぞ!)


 これは、俺の知る科学技術の延長線上にありながら、それを遥かに凌駕するオーバーテクノロジーの産物システムだ。

 そして相手は交渉の余地のない、機械的な防衛プログラム。感情論や暴力は一切通じない。

 だが、相手が「契約」と「権限」に縛られているシステムであるならば、つけ入るバグはあるはずだ。


 俺はガルムに近づくのをやめ、その場に堂々と仁王立ちになり、見えない天井のどこかへ向かって大音声で宣言した。

「俺は第四十六代代弁士・タキタの『紹介状』を持参した、次期代弁士候補の田中翔一だ! そちらの『代弁士審判規約』によれば、代弁士は知的生命体側の『代理人エージェント』であり、その護衛を伴う権利が保証されているはずだ!」


 もちろん、そんな規約があるかどうか俺は知らない。完全なハッタリだ。

 だが、相手が「ルール(規約)に基づいて俺たちに武器を捨てさせようとした」のは事実だ。感情で動く獣ではなく、厳密な手続きを重んじる連中であるなら、こうやって権利を主張し強く出れば、必ず検証のための「タイムラグ」が生まれるはずだと踏んだのだ。


 案の定、音声が少しの間を置いて答えた。

『肯定します。代弁士候補には、最大三名までの同行者の帯同が許可されています。しかし、第三種管理区域における大型殺傷兵器の持ち込みは、防衛プロトコル第十二条により固く禁じられています』


 よし、乗ってきた。

 俺は不敵に笑い、ハッタリのギアを一段上げた。

「ああ、そうだろうな。だが、お前たちの防衛プロトコルは『外部からの攻撃者』を想定した規定だ。俺たちは『正式なゲスト』だぞ? ゲストに対して、事前通告なしに物理的拘束を加える行為は、明らかな『過剰防衛』であり、そちらの『安全配慮義務違反』だ!」

 俺はゲートに向かってビシッと指を突きつけた。

「俺の護衛ガルムの武器は、あくまで俺を守るための『正当防衛用』の装備だ。もしこの場で彼の武器を取り上げ、その後に俺の身に何らかの危険が及んだ場合、その全責任はお前たち管理システムが負うことになる」


 そして、最後の一撃ブラフを放つ。

「……お前らに、次期代弁士候補の命を百パーセント保証できる『絶対の契約』が結べるか!?」


 ピタリと。

 機械的な沈黙が空間を支配した。

 AIの論理フィルターが、俺の提示した『責任問題』と『ルール上の矛盾バグ』の処理に時間をかけている証拠だ。

 数秒の沈黙の後。

 ガルムとリンネアを押さえつけていた見えない重圧が、ふっと消え去った。

『……論理的例外処理エッジケースを確認。同行者による携行品の保持を、暫定的に「自己責任」の枠組みとして承認します。ただし、施設内での抜刀および敵対行動は即時排除の対象となります』


 ガルムが荒い息を吐きながら立ち上がり、肩を回した。

「……助かったぜ、翔一。だが、なんだ今のやり取りは。まるでお役所の窓口と喧嘩してるみてえだったぞ」

「どこの世界にも、規則マニュアルどおりにしか動けない頭の固い連中がいるってことさ」

 俺は冷や汗を拭いながら、軽口で返した。


 目の前の本ゲートのロックが静かに外れ、重厚な扉が奥へと続く道を開く。

「さあ行こうぜ。竜神様が、言い訳を用意して待ってるだろうからな」

 俺を先頭に、一行はさらに施設の深部へと歩みを進めた。


第七章 第一話 完

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