第十三話『荒野の即決裁判、あるいは裏切りの報酬』
場の空気が凍りついていた。
俺の指摘に対し、執行官は言葉を詰まらせた。その反応が、何よりの証拠だ。
この世界の法体系は詳しく知らないが、強力すぎる兵器には必ず制限がかかる。それが権力者の常識だ。
「な、何を……これは局長から特別に認可された……」
「許可証はあるのか?」
俺はすかさず畳み掛けた。
「あるなら今すぐ見せろ。提示できないなら、それはただの『密輸品』だ。……リンネア!」
俺が呼ぶと、即座に相棒が反応した。
彼女は青ざめていた顔を上げ、法曹としての冷徹な仮面を被る。
「……はい。条約第四条、第二項違反です。『非人道的魔導兵器』の無許可所持は、国家反逆罪と同等の重罪。所持者は即刻処刑、および……」
リンネアは一瞬言葉を切り、傭兵たちへと鋭い視線を向けた。
「その場に居合わせ、運用に協力した者もまた、『共同正犯』として同罪に問われます」
その言葉が、戦場の空気を変えた。
傭兵たちの足が止まる。
「……おい、どういうことだ」
リーダー格の男――頬に古傷のある熟練の傭兵が、低い声で執行官を睨んだ。
「俺たちは『異端者の討伐』としか聞いてねえぞ。そんなヤバいブツを使うなんて話は聞いてねえ」
「だ、黙れ! きさまらは金をもらって働く道具だ! 命令に従えばいい!」
執行官が叫ぶが、その声には明らかな焦りがにじんでいた。
俺はその隙を見逃さない。
ターゲットを変える。執行官ではなく、金と保身で動く傭兵たちへ。
「おい、プロのお前らなら分かるだろ?」
俺は両手を広げ、諭すように語りかけた。
「正規軍でもないお前らが、なぜこんな極秘任務に雇われたと思う? ……『足がつかないから』だ」
傭兵たちが息を呑む。
「こんな条約違反の兵器を使った現場だ。目撃者は一人でも少ないほうがいい。……任務完了後、お前らを待ってるのは報酬か? それとも『口封じの始末』か?」
疑心暗鬼の種を蒔く。
それは、彼らのような裏稼業の人間が一番恐れるシナリオだ。
「……そういや、前金がやけに良かったな」
「正規兵を使わずに、わざわざ俺たちを集めたのも……」
傭兵たちの間に動揺が走る。
武器を下ろす者が現れ始めた。
「騙されるな! こいつらは口先だけの詐欺師だ! 全員殺せば問題ない! 報酬は弾むと言っているだろう!」
執行官が顔を真っ赤にして叫ぶ。
だが、その必死さが逆に仇となった。
リーダー格の傭兵が、ゆっくりと剣をさやに納めた。
「……悪いがな、旦那。俺たちは金のために命を張るが、確実に死ぬと分かってる賭けには乗らねえ主義でな」
「なっ……!?」
「これ以上、あんたの『汚れ仕事』に付き合うのは御免だ。……引くぞ!」
リーダーの号令で、傭兵たちが一斉に下がり始めた。
執行官が孤立する。
「き、きさまら……! 裏切るのか! 管理局を敵に回してタダで済むと……!」
「……諦めろ、執行官殿」
俺は冷酷に告げ、執行官を指差した。
「今のあんたは、法を守る執行官じゃない。ただの『犯罪者』だ」
形勢逆転。
執行官は歯噛みし、充血した目で俺を睨んだ。そして、狂ったような叫び声を上げた。
「おのれ……人間風情がぁぁぁっ!」
彼は懐から短剣を抜き、足元のタキタへと振り下ろした。
自暴自棄になった、最期のあがき。
水晶の波動で動けないタキタには、避ける術がない。
「タキタさん!」
距離がある。間に合わない。
そのときだった。
「……っ!」
小さな影が、弾丸のように飛び出した。
アリルだ。
彼は地面を蹴り、まだ飛ぶことのできない翼を精一杯広げた。
滑空。
それは飛翔と呼ぶにはあまりに不格好で、泥臭い突撃だった。だが、その白い翼が執行官の視界を覆い隠した。
「なっ、邪魔だ!」
執行官の刃が、アリルの翼をかすめる。
鮮血が舞った。
だが、その一瞬の遅滞が命運を分けた。
「オオオオっ!」
轟音と共に、ガルムの大剣が横薙ぎに閃いた。
執行官の持っていた短剣と闇水晶が、手首ごと弾き飛ばされる。
「ぎゃあああああっ!」
執行官が腕を押さえてのたうち回る。
水晶が地面に転がり、砕け散った。
同時に、タキタを縛っていた重圧が消える。
勝負あった。
「……俺たちは何も見てねえ。あいつが勝手に暴発した、そういうことにしておくぜ」
傭兵のリーダーが、倒れた執行官を冷ややかな目で見下ろし、俺たちに背を向けた。
彼らは倒れた執行官を見捨て、潮が引くように洞窟の奥へと消えていった。
プロの引き際だ。深追いはしない。
静寂が戻った。
「アリル! 大丈夫か!」
俺は駆け寄り、少年を抱き起こした。
翼から血が流れているが、傷は浅い。
「……うん、平気。……僕、守れた?」
「ああ。お前が助けたんだ。……大した奴だよ、お前は」
俺が頭をなでると、アリルは痛みに顔をしかめながらも、誇らしげに笑った。
だが、安堵したのも束の間だった。
「……ゴホッ!」
背後で、湿った音がした。
振り返ると、タキタが血を吐いて倒れていた。
「タキタさん!」
リンネアが悲鳴を上げて駆け寄る。
タキタの顔色は土気色で、呼吸は浅く、速い。
闇水晶の波動が消えても、彼女の衰弱は止まらなかった。いや、あの水晶はただのきっかけに過ぎなかったのかもしれない。
千年の時を生き、里を守り続けてきた彼女の体は、とっくに限界を迎えていたのだ。
「……見事でした、翔一さん」
タキタは俺を見て、弱々しく微笑んだ。
その口元を、鮮血が汚している。
「タキタさん、喋らないで! すぐに治療を……」
「……いいのです、リンネア。私の時間は、もう……」
タキタの手が、震えながらリンネアの手を握った。
その手は冷たく、透き通るように白かった。
「あなたたちに、託したいものがあります。……里の奥へ」
そう言い残し、タキタは意識を失った。
死んではいない。だが、その命の灯火が今にも消えそうなことは、誰の目にも明らかだった。
俺は拳を握りしめた。
勝ったはずだ。だが、この胸に残る重苦しい感覚は何だ。
(……まだだ。まだ終わっちゃいねえ)
大人たちが駆け寄り、薬草園へ運ぶよう指示が飛ぶ。
この里には、長年タキタと里の住人たちが研究してきた薬草がある。それで少しでも時間を稼げるはずだ。
だが、俺には分かっていた。
稼げたとしても、それは「別れの時間」を少しだけ引き伸ばすだけのことに過ぎないのだと。
第六章 第十三話 完




