第六話『裏通りの解体屋と、折れた翼の記憶』
関所を突破して半日。
俺たちは、山脈の麓にある小さな宿場町『トリヴィウム』に到着した。
ここはちょうど三叉路になっており、北のエルディアへ向かう道と、東方諸国へ続く街道が分かれる交通の要衝だ。
道中、荷台に隠れていたアリルは、痛みと疲労で完全に衰弱していた。まずは彼を休ませ、翼の治療をしなくてはならない。
「……背中に翼が生えたガキか。こいつは目立つな」
馬車の中に隠していれば平気だが、宿に入るときばかりは外に出なければならない。
この宿場町は交通の要衝だけあって、人の目が多い。もし翼を見られれば、ただの好奇心だけで済むとは思えない。今の怯えきったアリルには、他人の視線さえもナイフのように感じられるはずだ。
「まずは宿を取ろう。なるべく目立たない、裏通りの安宿をな」
俺たちは裏通りの目立たない宿を取り、部屋に荷物を運び込んだ。
ベッドにアリルを寝かせ、リンネアが翼の状態を確認する。
「……骨が折れているのは見ただけでも分かります。ですが、素人判断は危険です。下手に動かせば、一生翼を動かせなくなるかもしれません」
「だろうな。……この街に医者はいるか?」
「正規の医師はいないでしょう。ですが……」
ガルムが低い声で口を挟んだ。
「ある程度の規模の街なら、『何でも屋』がいるもんだ。……医者とは名乗っていないがな」
「ほう? 心当たりがあるのか?」
「宿の主人に聞いてくる。『何でも直しちまうような器用な奴はいないか』ってな」
ガルムはそう言うと、部屋を出て行った。
数分後、戻ってきた彼の手には、汚い羊皮紙の切れ端が握られていた。
「『解体屋』のオヤジのとこに行きな。裏口から入って『修理を頼みたい』と言えば通じるはずだとよ」
「解体屋か。……穏やかじゃねえな」
俺は苦笑し、アリルを背負って宿を抜け出した。
教えられた場所は、屠殺場の裏手にある薄暗い小屋だった。
中に入ると、血と錆の匂いが充満していた。
奥から出てきたのは、血まみれのエプロンをした無愛想な中年男だった。
「……修理だと? 何の修理だ」
「こいつだ」
俺が背中のアリルを下ろすと、男は目を丸くした。
「……たまげたな。本物の鳥人族か。……坊主、これ、飛べるのか?」
「……と、飛べない……飛んだことも、ない」
「まあ、坊主の体格じゃ、この翼は小さすぎるわな。もっとデカくならねえと無理か」
男は納得したようにうなずくと、無造作にアリルの翼をつかんだ。
「いいか、歯ぁ食いしばれよ」
「えっ……ぎゃあああっ!」
バキバキッ! と鈍い音が響き、アリルの絶叫が小屋にこだました。
男は歪んだ骨を強引に元の位置に戻したのだ。
「う、うるせえ! すぐ終わる!」
「麻酔はないのですか!?」
見かねたリンネアが抗議するが、男は鼻で笑った。
「んな上等なモンがあったら、最初から使ってらぁ。……よし、終わったぞ」
男は手早く添え木をして包帯を巻くと、血のついた手を洗った。
「ま、人間の骨と同じだとすりゃ、くっつくまで数週間ってとこか。二週間たったらもう一回来な。経過を見てやる」
「……荒っぽい治療だな」
「文句があるなら、大都市の病院に行きな。金貨十枚は取られるだろうがな」
男はニヤリと笑い、俺が差し出した銀貨五十枚を受け取った。
宿に戻ったころには、アリルは痛みと疲労でぐったりしていた。
だが、その表情には少しだけ安堵の色が見える。
「さて、治療は済んだ。……お前、どこから来たんだ? 両親はどうした? なんでこんな大怪我して逃げてきたんだ?」
俺が椅子に座り、問いかける。
アリルはしばらく沈黙していたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「……白い制服の人たちが、いきなり家に踏み込んできたんだ。僕をどこかへ連れて行こうとして……父さんと母さんが必死で止めてくれた隙に、窓から逃げた」
「逃げる途中で崖から落ちて、翼を……」
「父さんと母さんが言ってたんだ。『エルディア方面に行け。そこには不思議な洞窟があって、お前みたいな先祖返りを助けてくれる女神様がいる』って」
女神様、ね。
俺はリンネアと顔を見合わせた。手記にあった『風の鳴く洞窟』、そしてオアシスの街で聞いた『巫女捨ての洞窟』。
三つの情報が一本の線でつながった。
「その『不思議な洞窟』ってのは、どの辺りにあるか聞いてないか?」
「えっと……北の森の奥深くだって。霧が出てて、普通の人はたどり着けないって」
「上等だ。……よし、今日はもう休め」
俺たちはアリルを寝かせ、夕食の買い出しに出ることにした。
アリル一人では不安なので、ガルムに護衛を頼み、俺とリンネアの二人で街へ繰り出した。
第六章 第六話 完




